自殺者への潜入
「やっほ~、憧護くん。昨日はドキドキ理花ちゃんのお部屋ご招待イベントだったんでしょ? エロ展開あった? あった?」
SDS室へ顔を出すと、枝宮さんの暴言シャワーが俺をウェルカムしてくれやがった。
「……あるわけないでしょう」
げんなりと答える俺。
あの鬼軍曹とエロ展開なんて考えただけで恐ろしい。
「え~。憧護くんって理花ちゃんのお気に入りだからてっきりそういう展開になると思ってたのにな~。もちろん理花ちゃんが攻めで♪」
「……俺が受けかよ」
というかお気に入りとは初耳だ。
あの人は自分のお気に入りに対して屑呼ばわりをするのか。
どんな愛情表現だよ。
怖すぎる。
「まあお気に入りというのは否定しない」
げんなりとため息をついていると鬼軍曹が入ってきた。
今日もスーツ姿がビシッと決まっている。
「おはようございます、鬼ぐん……じゃなくて沖浦さん」
危うく鬼軍曹と言いかけて訂正するが時はすでに遅し。
目にも止まらぬ速度の裏拳が俺の胸板に直撃した。
「ぐはっ!」
「いま鬼軍曹と言いかけただろう?」
「す、すみません……」
詰まった息を整えながらとりあえず謝罪。
これで許してもらえなければ土下座決定だ。
さもなくば第二撃が間違いなく襲い掛かってくる。
「ふん。お前はいたぶり甲斐があるから実に楽しい。そういう意味では間違いなくお気に入りだ」
「………………」
なんというドS発言をするのか。
鬼軍曹様絶好調すぎるでしょ?
もう少し不調なぐらいがきっとちょうどいいんじゃないかな。
と、被害者側は切実に願うのだった。
「今日のターゲットは自殺者だ」
本日の仕事は自殺者がターゲットらしい。
って、待て。
自殺者って死人かよ!?
「SDSって死体にも適用できるんですか?」
「出来ないわよ~。死体に適用出来たらそれはもう夢を介した精神アクセスじゃなくて霊体アクセスになっちゃうからね~。オカルトは専門外よん」
枝宮さんがしれっと答えてくれた。
「……SDSそのものが十分オカルトレベルなんですけどね、俺から見れば」
「失礼な。SDSはれっきとした科学の代物よ。ちゃんと理論立てて説明すれば不可思議の入り込む余地なんてないんだから。なんだったら一週間ぐらい集中講義してあげましょうか?」
「遠慮しておきます」
眠りそうだ。
そしてセクハラされそうだ。
俺の貞操がピンチだ。
「馬鹿話はその辺にしておけ。自殺者と言ったのは死体同然の状態だからだ。対象者は現在ICUにて治療中だが死ぬのはもう時間の問題だそうだ」
鬼軍曹が厳しい口調で割って入った。
正直助かったけど、気分の悪い話を聞かされてプラマイゼロだ。
「つまり死んでいくだけの人間から情報を搾り取ってこいって事ですね」
「その通りだ」
「……個人的にはそっと死なせてやって欲しいと思うんですけどね、そういう手合いは」
「口答えできる立場か?」
「……いいえ」
俺は不満を隠さずに鬼軍曹を睨みつけた。
これぐらいの抵抗は許してもらおう。
自ら死を選んでしまうほどに追い詰められた人の記憶をさらに暴こうというのだからロクなものじゃない。
正直そんなことに関わりたくはないのだが、しかし従う以外の選択肢はないのだろう。
「それで、一体何の記憶を見つけてくればいいんですか?」
「ストーカーの記憶だ」
「……はい?」
「今回の対象者はストーカーの被害者なのさ」
「もしかしてそのストーカーが原因で自殺を?」
「ああ。このストーカーは今まで何人もの女性を追い回して追い詰めてきたらしい。他の被害者は例外なく精神科の世話になっている」
「あのー……余計なことかもしれないんですけど、何もそんな死にかけから無理やり情報を分捕らなくても、他の被害者から情報をもらえばいいんじゃないですか?」
「それが出来れば苦労はしない」
鬼軍曹が忌々しげに吐き捨てた。
どうやらそれが出来ない状態にあるらしい。
「SDSっていうのはデリケートなシステムらしくてな。下手に精神を病んだ者にSDするとその影響で状態を悪化させてしまう危険性があるのさ。直接夢に、つまりは精神にアクセスするのだから当然の結果ではあるがな。という訳で閉鎖病棟で療養中の被害者達からの協力は得られない」
「……もしかして試そうとしました?」
「医者から大激怒されながら断られたがな」
ふう、とため息をつく鬼軍曹。
きっとこの人を断念させるまでに医者たちは相当な恐怖を味わったに違いない。
健闘御苦労様である。
俺にはとても真似出来ない。
「今回は許可してもらえたんですか?」
「どうせ後は死ぬだけなのだから精神状態にまで気を遣ってやる必要はないだろう?」
ニヤリ、と口元を吊り上げる鬼軍曹。
せめて安らかに死なせてやろうなどという人間的な感情は全く持ち合わせていないらしい。
ここまでの非人間性を堂々と見せつけられると俺としても複雑な気分になってしまう。
「憧護くん、あんまりドン引きしちゃ駄目よ。理花ちゃんは死んでしまう女の子の無念を晴らすためにも頑張って交渉したんだから。これで犯人が捕まればその子も少しは浮かばれるでしょう?」
「………………」
なるほど。そういう考え方もあるのか。
どっちが本心なのかは正直なところは分からないのだが、しかし枝宮さんの言う通りなのだとしたら精神的に少し慰められる。
「月陽。余計なことを言うな」
そして鬼軍曹が枝宮さんに牽制を入れる。
「いやん。理花ちゃんったら照れ屋さん♪」
「今日の引き金は軽いぞ」
がちっと枝宮さんのこめかみに懐から取り出したハンドガンを押し当てる鬼軍曹。
おいおいおい、日本の警察は簡単に引き金を引いちゃダメなんじゃなかったのかよ!?
「大丈夫大丈夫~。SDSの研究は私がいないと進まないもんね~。理花ちゃんは自分の出世の為にもその引き金を引けないのよ~」
対する枝宮さんは余裕そのものである。
確かにその通りではあるのだが、あの鬼軍曹に銃口を向けられてこれだけ落ち着いていられるのだから恐るべき胆力の持ち主だ。
「………………」
鬼軍曹は深いため息とともにハンドガンを懐に戻した。
「まあそういう訳だからとっとと行って情報を持って帰って来い」
鬼軍曹は何かを誤魔化すようにそう言った。
照れているのかもしれない。
「………………」
俺の思考を読んだのか、鬼軍曹は再び懐に手を入れる。
「っ!!」
俺は慌てて首を横に振った。
恐ろしい。
この人の前では迂闊なことを考えることすら許されないらしい。
くわばわくわばら。




