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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
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戒めの記憶

「……どういうつもりだ?」

 なるの目的が分からない。

 まだメモリアテクニカとしての形を得ていない、都賀峰の記憶は確実に結の中に存在する。

 箱でなくとも、なるならばその記憶を奪うことは可能なのだろう。

 記憶の書き換えという特殊技能を持つ彼女ならば、それは可能なはずなのだ。

「悪い事じゃないでしょう? 都賀峰隼人の記憶。それは如月結にとって忌まわしいものの筈でしょ? 自分と、そして大好きな人を殺そうとした人間の記憶。忘れられるなら忘れたい。そう願っているんじゃないかしら?」

「………………」

 否定は出来ない。

 俺にとっても結にとっても、あの男の存在は忌まわしいものでしかない。

 忘れられるなら忘れてしまいたい。

 しかし理不尽なことに、人間は忘れたいと願った記憶ほど鮮明に覚えてしまうのだ。

 思い出したくもないのにふとしたことで思い出す。

 その度に苦々しい気持ちになりながらも、新たな記憶が蓄積されていく。

 忘れられないことに苦しみながら。

 考えてみれば理不尽な話だ。

 ふとしたことで忘れてしまう大切なことや、忘れたいとも思わない日常の記憶はいつの間にか抜け落ちていくのに。

 忘れたいと焦がれる記憶ほど心に深いところへ刻まれるのだから。

「あたしなら都賀峰隼人の記憶を奪う事が出来るわよ。どう?」

 そこにほんの僅かほどの悪意を感じなかったと言えば嘘になる。

 なるにはなるの目的があるのだろう。

 しかしそれを差し引いたとしても、こちらのメリットが大きい。

 それは確かだった。

「何が目的だ? まさか俺やなるに肩入れしたいわけではないんだろう?」

「そうね。肩入れとは少し違うけど、でも興味があることは確かなのよね」

「興味があるって、結にか?」

「まさか。興味があるのは貴方の方よ、憧護くん」

「俺?」

「そう、貴方」

「……それは例のSDとしての適性数値の高さが原因か?」

「んー。まあそのあたりも興味がないと言ったら嘘になるかな。だって千八百なんてマジであり得ないし。あたしだってママに調整されても四百二十が限界だったんだよ。それなのに天然モノでそこまでの数値を弾き出すなんてもう傑作じゃない。所詮養殖じゃ天然には敵わないんだって思い知らされたわよあの時は」

「……人を魚みたいに言うなよ」

 しかも自分が養殖って……

 扱いは悪いかもしれないが、お前みたいな奴をうじゃうじゃ養殖されたら恐ろしいことになるぞ多分。

「ふふ。ママはその数値にこそ実験体としての価値を見出してるみたいだけどね~」

「………………」

 嫌なことを思い出した。

 枝宮さんの事こそ、強制労働終了後にはきれいさっぱり忘れてしまいたい記憶なのかもしれない。

「あたしはもうちょっと別のアプローチを試みようと思って」

「別の?」

「そう。憧護くんの適性数値が高いのはまあ突然変異だということで納得しましょう」

「納得するのか」

「だけど適性数値が高い事と、犯罪者の夢に潜っても精神が無事でいられることは別だと思うんだよね。だって数値に関係なく特殊公安部のSDストレージダイバーは人格破壊されちゃってるでしょ?」

「……機密って概念がないのかあの人には」

 娘にここまでいろいろ知られているということは、枝宮さん自身が隠すことなく喋っているのだろう。

「ふふ。ママは機密よりも好奇心を満たす方が重要って性格だからね~。ママにとってはあたしも貴重な実験体だし、情報を与えることで新たなアクションを起こすことでも期待してるんでしょ。そうすることで新しいデータが得られるわけだし」

「どうしようもねえなあ、あの人は」

「それは同感。まああたしも同じ血を引いてるんだなってバリバリ実感しちゃってるけどね」

「それは同感」

 俺はなるのセリフを繰り返した。

 枝宮月陽と枝宮なるは精神的にも間違いなく親子関係の似た者同士だ。

「で、どうする?」

「……悪いが、すぐには返答できない」

 結の記憶から都賀峰隼人のことが抜け落ちるのは歓迎すべき事だ。

 あんな男のことは忘れて欲しいし、思い出してこの先苛まれるような姿は見たくない。

 結のことだけを考えれば、それは歓迎すべき提案なのだ。

 しかし……

「ふふ」

 俺のそんな内心を見透かしたのか、なるはクスクスと笑う。

 その表情はなんというか……枝宮さんにそっくりだ。

 ……悪女っぽいというか、そんな感じだ。

「そうよね、そりゃあ悩むわよね」

「………………」

「だってその記憶は憧護くんにとってもある種の戒めなんだから」

「………………」

 なるは俺の周りを囲むように歩きながら続ける。

「都賀峰隼人の記憶さえ消してしまえば、少なくとも如月結に対して彼を殺した・・・・・という事実と・・・・・・向き合わなくて・・・・・・・済むのだから・・・・・・

「………………」

 その通りだった。

 俺が今現在抱えている問題。

 結が目覚めた時に向き合わなければならない事実。

 それは自分の恋人が人殺しになってしまったとうことだ。

 この手を血で汚してしまった俺を見た結は一体どんな反応をするのだろう。

 人殺しと俺を詰るのか。

 それともあらゆるものを呑み込んで赦してくれるのか。

 その時が来ることを俺は覚悟しているけれど、だけど怖くないと言ったらやっぱり嘘になる。

 だけどそれはいつか訪れる未来であって、俺はそこから逃げるわけにはいかないのだ。

 たとえその結果、結が俺から離れていくことになったとしても、それを受け入れなければならないのだ。

 だけど、怖い。

 結に人殺しだと知られることが。

 結の俺を見る瞳が、人殺しと蔑むのが。

 結を失うことが。

 たまらなく、怖い。


 だからこそなるの提案は結にとってではなく、俺にとっての揺さぶりなのだろう。

 人殺しという事実から逃げ出すのか、それとも向き合い続けるのか。

 俺は今、その覚悟を試されている。

 結が都賀峰隼人に関する記憶の全てを失い、そして俺はあの男を殺したという事実から目を背け続ける。

 その未来はきっと、幸せだと言えるものになるだろう。

 逃げることは必ずしも悪いことではない。

 少なくとも幸せになろうとする意志があるのなら、その為だけに都合の悪い事実から目を逸らし続けることも出来るのだから。

 生きるために、逃げ続ける。

 自分の罪から目を逸らし続ける。


 幸せになりたいと焦がれるが故に。


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