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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
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十歳児の脳内に秘められた危険用語について

 それから二時間ほど他愛のない話を続ける。

 すると、結の手元に新たなる『本』が生まれた。

「あ、新しい本だね!」

 結は嬉しそうにその本を抱える。

『メモリアテクニカ』と名付けられたそれを、大事そうに撫でながら、

「ありがとう、憧護くん」

 結はお礼を言ってきた。

「良かったな。これでまた記憶が戻るじゃないか」

「……そうだね」

 結の頭を軽く撫でてやりながらそう答えると、何故か目を伏せられてしまった。

「結……?」

「あ、ごめんね。折角いろいろ協力してくれているのに」

「いや、それは構わないし、俺の望みでもあるから本来なら礼を言われるようなことでもないんだけど。どうかしたのか?」

「………………」

 結は迷うような素振りを見せながら、それでも口を開いてくれた。

「ええとね……記憶が戻るのは嬉しいんだけど。でも憧護くんが本当に逢いたいのは今のわたしじゃなくて、十九歳のわたしなんだろうなって思ったら、少しだけ寂しくなっちゃったの」

「……結」

 つまり今の結はこう思っているのだ。

 俺が必要としているのはあくまでも十九歳の結であって、今の結ではない。

 今ここで会話している如月結はあくまでも仮の姿であって、本来の姿ではない。

 未来の自分に至るための踏み台にしか過ぎないのであって、それ以上でもそれ以下でもない、と。

「あのな、結……」

 俺はそんなことを考えてしまっている結の頭を軽く小突いた。

「……痛い」

 そしてその小さな身体を抱え上げて膝に座らせた。

 後ろから抱きすくめてからよしよしと頭を撫でてやる。

「俺はいまラッキーだと思ってるよ」

「ラッキー?」

「うん。俺は十六歳以降の如月結しか知らないからな。でも結にだって五歳の頃もあれば十歳の頃もあったんだ。その頃の結を知らないっていうのは、やっぱり俺にとって寂しいことだったよ。知りたいとも思っていた。だからこうやって十歳の結と話を出来るのは嬉しいと思っているよ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。大体、どうして十歳の結と十九歳の結を別人みたいに考えるんだ? 同じだろう?」

「うー。でも十九歳の自分なんて想像も出来ないよ。想像も出来ない自分はやっぱり別人だと思う」

「そんなことはないさ。十歳の如月結がいたからこそ、そこから九年の時間をかけて十九歳の如月結になっていくんだから。過去の自分が消えて未来の自分になるんじゃない。過去の自分を積み重ねた先に未来の自分があるんだ。だから十九歳の如月結の中には、確かに今の結がいるんだよ。だから俺にとって今の結も十九歳の結も同じなんだ。区別することに意味なんかないよ」

「憧護くん……」

「逆に俺が寂しいぐらいだ」

「え?」

「今の結には恋人としての瑚島憧護の記憶がないんだからな。十歳までの記憶しかないんだから仕方ないけど、やっぱりちょっと寂しくなる時がある」

「……ええと、今のわたしも憧護くんが大好きだよ? それじゃあ駄目?」

「駄目なことはないけど……ううん。でもこの年齢差体格差でらぶらぶっぽいことしたらビジュアル的に完全な変態だよな……」

「大丈夫。わたしは憧護くんがロリコンでもちゃんと受け入れてあげるから♪」

「十歳児の記憶領域になぜそんな危険用語が入ってるんだ!」

「昔からたくさん本を読んでたからじゃないかな~」

「読書少女に不必要な知識がっ!」

「他にはペドフィリアって言葉があったような気が……」

「言わなくていい! それ以上言わなくていいからーっ!」

 どうやら十歳の如月結はタガが外れると問題発言を繰り返す設定になっているらしい。

 確かに俺と付き合っているときもぽろりと漏れる問題発言とかが気になっていたものだが、しかしこの状況を鑑みるに、あれはあれでかなり抑えていた状態なのではないだろうか。

 読書によって積み重ねられた膨大な不要知識は、確実に結の人格形成へと影響を与えている。

「まあ、本も出現したことだし、読書に集中したいだろうから今日のところはこれでお暇するよ」

「うん、そうだね。憧護くんには悪いけど、やっぱり新しい本が出現したら気になっちゃうんだよね」

「それはよく分かる」

 一見凹みそうな台詞だが、しかし理屈としては正しい。

 自分を取り戻すためにこうしている俺達にとって、そのパズルピースであるメモリアテクニカは何よりも大事なものなのだ。

 眠っている間に二年過ぎてしまったが、しかし最低でも十七歳までの記憶を取り戻し、その魂を活性化させることが出来たなら、きっと結は目を覚ますだろう。

「じゃあまた近いうちに来るよ、結」

「うん。またね、憧護くん」

 俺は結に別れを告げて樹から離れた。


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