プロローグ
人類の科学に対する情熱と執念は凄まじく、ついには禁断の領域にまで踏み込むこととなった。
科学の進歩と言えば聞こえはいいだろう。
しかしその実態は紛れもなく魂への侵略。
一つでも使い方を間違えれば、人間が人間として生きるために必要な魂の尊厳をこれ以上なく踏みにじってしまうような技術だった。
その技術の名前は『潜入システム』。
人間の夢に潜って忘却した記憶や隠したい記憶を取り出すことが出来るという、まさに夢のような技術だ。
忘れるということ。
そして隠すということ。
その二つと無縁ではいられない人間という生物にとって、この技術は恩恵であると同時に禁忌でもあった。
ヘミシンクという音響効果により特定対象の夢に潜入することができる。
対象者には『リンカー』と呼ばれる腕輪の形をした端末を身に着けてもらうことになる。
音がリンカーを持つ対象者の夢へと導き、そこから記憶探索が始まる。
SDSが確立して、一般に知られるようになってから、この技術に対応した依頼は徐々に増えてきている。
忘れた記憶を取り戻したいと願う人間は意外と多いという事実を認識することとなった。
人間は忘れる。
あらゆることを。
必要なこともそうでないことも。
忘れたいことも忘れたくないことも。
時間という不可逆の理に流されていく。
しかしそれは人間として生きていく上で不可欠の欠落だと俺は思っている。
生まれた瞬間から今現在まで、すべてを記憶している人間はいないだろう。
記憶して、学んで、忘れていく。
それが自然の流れであり、人間の本能なのだから。
忘れた記憶は失われるわけではない。
脳の深いところに沈んでいくだけ。
無くなるのではなく認識できなくなる。
ただそれだけの事なのだ。
そもそも最初から失われてなどいない。
取り戻したいと願うことすら間違っている。
取り戻すも何も、自分が気づかないだけで最初からその手に持っているのだから。