第九話:春成との林間学校
第九話
ゴミを捨てに行ってから微妙に春成さんと距離が遠くなった気がする。
でも大丈夫だ。うちの学園は行事が多いからそれで挽回できるはず。
行事が多いのは『学園生の本分は勉強。勉強とは何か…学ぶことだ。机にかじりつき、教科書を頭に詰めるなんて小学生でもできる。行事を自分らで成功に導く事もまた勉強』という学園長先生の考えに基づいているそうだ。
「じゃあ私の班は夢川君と四季君、坂和さんと私だね」
しかしまぁ、行事は曲者である。生徒が決めなくてはいけない事が多いし、終わればすぐさまテスト期間になるのだ。今回は林間学校…肝試しをやることになった。しかも、俺達の班は人数が少ないのでコース判定班というものだ。
正直、この判定班とやらは楽しめる類のものではない。
「んで、そのコース判定班とやらはなにをすればいーんだい。委員長」
「えーっと、判定班は最初と最後にコースを回ります。最初はお化け担当の人たちの準備確認をしてゴーサインを出し、最後に回る方は後片付けが終わったかの確認に成ります」
何でも、以前行方不明者が出たらしい…後片付けが遅くなった人を確認し、手伝う…これで防止しようというわけだ。余談ではあるものの、この話は全学年で話が共通しており…未だに見つかっていないそうだ。
「わ、私怖がりだから四季君と一緒に先に回っていい?」
坂和さんは春成さんにそう頼みこんでいた。四季があれの相手をするのか。ご愁傷様である。
「おれは坂和さんとか…体が震えるな」
隣に来ていた四季が言葉通り体を震えさせている。ついでに、言葉も震えていた。
「お前も怖いのは駄目だよな。暗がりに連れ込んで色々出来ないな」
「ば、ばかいうなよぉ…さ、坂和さんと一緒なんだ。ここはびしっと決めてやるぜ」
コンニャクが飛来して顔に貼りついただけで失神する。そんな男が決められるものなんて無いと思うんだ。
今回の肝試し、今の時期暇な文化部が気合を入れまくっている。部外秘になるぐらいの大掛かりな装置を準備しているとか言っていたからちょっと見てみたい。もっとも、俺と春成さんは最終確認のためどうやらみる事が出来ない手はずになっている。
「楽しみだねー、春成さん」
「え?あ、うーん…そうだね」
どうやらあまり気乗りしないようだった。まぁ、俺達は一番最後の確認しか出来ない。幽霊役なんて拝めないから…少し残念なんだろう。
そして、林間学校当日になった。
「じゃ、行って来るよ」
「お前足が逃げ始めてるぞ…腰ももう砕けてる」
統也と坂和さんが行ってもお化けたちは特に何もしてこない。準備はいいかと名簿をもって訊ねるだけだ。
「四季君、お化けが出たら助けてね!」
「任せてよ。すぐに自衛隊呼ぶから。お化けになった事を後悔させて、ここを更地にしてやるよ」
お前は同級生達をどうするつもりだ。
「はふぅ…」
「何だか元気ないね、春成さん」
「え?あ、うー…ちょ、ちょっと今日からの林間学校が楽しみであまり寝てないんだよ」
あははと笑う春成さんに俺はちょっとだけ感心していた。
「へー、凄いなー」
「そ、そう?」
「ほら、俺らは肝試し参加できないし、終わったら後は勉強だけだから。そんなに林間学校楽しめないと思うよ」
「そうでもないと、思うけどなぁ…」
何とも言えない表情で…しいていうのなら不安八割の表情で春成さんは二人を見送ったのだった。
そして、俺達の番。足腰立ってない男子が多い中、女子は比較的平気なようだった。統也と坂和さんは仲良く抱き合って震えている。結果オーライ…かな。
「さ、終わったみたいだから俺らも行こうか」
「…」
「春成さん?」
「う、うん」
顔が、真っ青だった。
「あの、具合でも悪いの?」
「大丈夫。心配しなくていいから」
これ以上何か言って機嫌を損ねるのも嫌なので(何せこれから嫌でも二人きりだ)出発する事にする。まぁ、お化け役も引き上げているだろうから俺ら二人が周ったところで何も起きないだろうがね。
二人で歩き始めて五分後、いきなり足元で風船がわれる音がした。
「ひゃあっ」
「うお、此処が一つ目か」
ちょっとだけびっくりした。こんなトラップを回収するのも俺達の仕事だ。事前に大体の場所は教えられているのでそうそう驚きもしないかな。
「春成さん、大丈…」
「あ、ああああ……」
尻もちをついてかなりびっくりしているようだった。
「春…」
ここでようやく気がついた。ライトを当ててみると…白いレンガの道に染みが、出来ていた。
最初は一体これが何の染みかわからなかった。
「もしかして春成さん」
それが春成さんを中心に、広がっていたのだ。
「もらしちゃったんだ」
俺の言葉ではっとなった春成さんはみるみる青い顔になっていく。
「い、いやーっ。みないで!」
みないでと言われても仕方がない。見ちゃったもんは仕方が無いのだ。しかも、運が悪い事に誰かが来ているようだった。
これ以上彼女が悲惨な目に会うのも可哀想だ。足腰が立っていない放心状態の春成さんを抱え、暗がりへと隠れる。
「…先生か」
「ふむ、もうここも後片付けしたのか…生徒の点検の後に一人で周るとかぞくぞくするぜ」
先生がいったのを確認し、道へと二人で出る。
「帰ろうか」
これ以上続けても無駄だろう。先生が見周りを続けるみたいだから後は任せておこう。
「え、無理だよ。こんな状態じゃ…」
しょげている春成さんをどうにか元気づけてあげたい。
「とりあえず下着をどうにかしないとね。こっち、俺についてきて」
「う、うん」
手を引いて暗がりを通り、生徒達が集まっている広場を少し遠回りする。
「よし、まだ誰も戻って無いね。部屋はどこ?」
「二階…」
廊下を通るのもどうかと思ったので俺はさっさと木に登って二階へと侵入する。
「この部屋?」
「うん」
それからは本当に気が休まらなかった。春成さんのバッグを発見し、その中から下着を拝借…二階から木にムササビのように飛び移ってくるくる回って着地。
「はい、とってきたよ」
まさか、女子の部屋に侵入して下着を“取ってくる”羽目になるとは…いや“盗ってくる”ことにならなくてよかったけどさ。
「…ありがとう」
「どうって事無いよ。さ、早く着替えて」
迅速に着替えてもらって俺と春成さんは何食わぬ顔でみんなの元へと向かう事にした。
「今日の事…」
「言わないよ」
「…」
いまいち信用してない視線が俺に突き刺さった。ちょっとは信用してくれてもいいのに、残念な話だった。予定としてはちょっとでも仲良くなるつもりだったんだけどなぁ…。




