第四十六話:妃奈先輩
第四十六話
大学に行ったがっちゃん先輩こと…多賀田妃奈先輩が校門に来ていた。改めて思うけど、『ひな』ってすっごく可愛い名前だよなぁ…。
「よぉ、冬治」
「がっちゃん先輩っ」
ここから近い大学だから、呼べばいつだって来てくれる。凄く頼りになる先輩だ。
「今日はどうしたんですか?」
「え、あ、えっとな…」
照れた顔なんて久しぶりに見た。
ちなみに、この前見たときは『やっべ、大学の柔道サークル壊滅させちった』だった。ぺろっと舌を出したのを見るとほほえましかった。
あれから結構な月日が経つけど…まだ柔道サークルの方は戻ってきていないらしい。
「冬治に、彼氏になってもらいたいんだ」
「え?」
月が落ちてきたのかと思った。
「あ、いや、違うんだ。正確に言うと、『彼氏役』だよ。六花の奴で一回やったろ?大学の友達が彼氏の自慢話されてばっかりで『あんたいないんでしょ』っていわれたから頭きて…」
「言っちゃったんですね。いるって」
「あ、ああ…この通りだ!おれを助けてくれっ」
頭を下げて、拝まれる。
「あ、頭をあげてください。みんながみてますからっ」
がっちゃん先輩の存在は他の生徒だって知っている…。
恐ろしい物を見る目つきで俺の事を生徒達が見ていた。先生も、心配そうにこちらを遠巻きに見ていた。卒業してもなお、がっちゃん先輩の影響力は計り知れないんだなぁ…。
「駄目だ、お前が頷くまでおれはこうするぞ」
「わかりました、手伝いますから」
「よしっ」
ガッツポーズに爽やか笑顔…うーん、まっすぐで格好いい人だからなー。
「で、これからおれはどうすりゃいいんだ!」
「い、痛いですっ」
肩を乱暴に掴まれて、迫られる。ひぃ、食われるっ。
「あ、すまん」
「えっと、とりあえず場所を変えましょうか」
頭を下げていたら今度は肩を掴まれる…学園に居た頃から一緒に居たからか…どうやら『別れ話を切り出したのはいいものの、がっちゃんに別れないでくれと懇願され、最後は脅されている』とみられているようだった。
「おう、じゃあおれの部屋に来いよ。寮があるんだ」
がっちゃん先輩と二人になっても、別にどうってことは無いだろう。
そう思いつつ女性の部屋に入るのはやっぱり緊張する。
「お邪魔しまーす…って、汚いですね」
「すまん」
雑誌やら服やら…下着やら、散らかっていた。
「で、おれは何をすればいいんだ?」
結構大きめのブラジャーをどかして、座る。
「そうですねぇ…まずは簡単なところ呼び方ですよ」
「呼び方?」
「はい。がっちゃん先輩は冬治という呼び方のままでいいです。俺が、がっちゃん先輩の事を『妃奈さん』と呼びます」
「……は、恥ずかしいな」
頭を掻くがっちゃん先輩に俺は苦笑する。
「我慢してくださいよ。さすがに、恋人同士って設定ならがっちゃん先輩は無いです」
「そ、そうか…おれはその名前あんまり好きじゃないんだけどな」
「そうですか?俺は妃奈さんの名前、好きですよ」
「……からかうなよ」
「からかってません。それで、続きですけど…妃奈さんは嘘が嫌いですよね」
がっちゃ…妃奈さんの性格はわかりやすい。回り道は大嫌い、まっすぐ進むのが人の道…だ。
「ああ、そうだ…だからなぁ…かっとなったことを後悔してる」
そうだろうなぁ…嘘を付いたってことになるもん。
「ま、それに関しては置いておきましょう。俺の呼び方に慣れるのが重要ですね。いつ会わせるつもりなんですか?」
「え、えっと…第三日曜日だ」
それならまだ時間はある。
「じゃあ次の日曜日、デートしましょう」
「で、デート!?」
目をひんむいていた。
「お、おれとお前がか!」
「はい。相手は多分、意地悪な事をしてくると思いますからね…出来るだけ隙をなくしたいんですよ。特訓ってやつです」
「特訓…」
ちょっと傾いているようだ。
卑怯だけれど、妃奈さんのような人は炊きつけてやったほうがいい。
「どうせ、相手が挑発してきたんでしょうね。『がっちゃん先輩みたいなのには男が出来るわけがない』とか」
「ぴったりだ!お前、あの時いたのか?」
マジかよ。怖いもの知らずだな、おい。
「いえ、いませんでした。結構、意地悪な人だったんですね。ぎゃふんって言わせてやりましょう」
「そうだな…あのさ、もうひとつお願いしていいか?」
「はい、何ですか」
また頭を下げて拝んできた。
「掃除するの手伝ってくれ。今日、母ちゃんが来るんだっ」
みた事が無い、がっちゃん先輩の…お母さん。きっと、怪獣みたいな人だろう。
「部屋を片付けないと、こ、殺されるっ」
「わかりました」
事前に下着とかも片づけていいのかと聞くとあっさりオーケーが出された。よって、全力で片づける。
「ふぅ…」
これが美也子先輩の部屋ならもうちょっとドキドキしながら片づけていた事だろう。
洗濯物が多く、それらを洗濯して干しておいた。ブラジャーとかパンツも俺が干したのだから仕方がない。
「じゃ、俺は帰ります」
「おう、ありがとよ」
「いえいえ」
その日の晩、妃奈さんからメールがきて本当に助かったとメールが来た。余程、怖い人なのだろう。
そして、デートの日がやってくる。
待ち合わせ場所へと向かってみると、妃奈さんが既に来ていた。服装はいつものようにTシャツジーパンだ。
「えーっと、まだ一時間ありますよ」
「あ、ああ…何だか、その、デート…だろ?だから、落ちつかなくてな」
初めてなんだよと照れている。からかいたい衝動を必死で抑える。
茶化すと、俺は…どうなるんだろう。
「で、デートは…どうすりゃいいんだ?」
「腕を組みます」
「こ、こうか?」
腕を組んでもらった。
「い、いたたたっ。力の入れ過ぎですっ」
「すまんっ」
身長は若干妃奈さんのほうが高いので、みた感じ釣り合いが取れているだろう。
「まぁ、妃奈さんらしくていいですよ」
「そうか?」
「そうです…じゃ、行きましょう」
腕を組んで歩きだす。周りの視線が気になるのか、あたりをきょろきょろしてばっかりだ。
「うおっと」
「おっと、大丈夫ですか」
案の定、こけそうになるので支えてあげる。
「あ、ああ…悪い」
「周りの目が気になりますかね」
「…お、おれがこんなことするのは変じゃないか?冬治にも迷惑かけてるし…」
珍しく弱気である。可愛かったので、からかいたくなった…だが、思いとどまる。
待っているのは、地獄だ。
「変じゃありませんよ。俺は役得です。こうして、妃奈さんと一緒にデートで来てるんですから」
「か、からかうなよっ」
「からかってませんよ。世話を焼く甲斐がありますもん」
お世話をしてあげたい…そう思ってしまう。何だ、この変な気持はっ。
それから少し歩いて、喫茶店に入る。
周りのカップルを見て、妃奈さんはため息をついていた。
「…どうかしました?」
「おれ、あんな服持ってねぇ…やっぱり、あんなのがいいんだろ?」
実に女の子らしい服装の人を指差していた。
うーむ…あの人、多分、男だよ。
「妃奈さん、勘違いしてますよ」
「何をだ」
あれは、男です…と言いそうになって辞める。
「えっと、服装なんて関係ないです。率直にいいますけど、今日の妃奈さんと一緒に居ても楽しくないです」
「そ、そうか…やっぱり、おれがこんな見た目だからか…」
頭を抱える妃奈さんに俺は続ける。
「違います。全然、違いますよ。馬鹿力で、豪快で、あほなくらいまっすぐなのが、妃奈さんで…げはっ」
胸倉を掴まれる。テーブルに座っていたと思ったら片腕だけで持ち上げられていた。
「…おい、冬治、知ったような口をきくじゃねぇか」
正直、怖い。
でも、続けなくてはいけない。
「それですよ、それ。妃奈さんは難しく考える必要なんて無いんです。俺と一緒にやってみたい事を言ってくれればいいんですよ」
変に考えすぎなのだ。
妃奈さんだって、考えるのは苦手だって言っていた。
「…そう、だな」
どうやら納得してくれたようで下ろしてもらえた。周りの客やウェイトレスが固まってこっちを見ている。
「…いちゃついているだけです。心配しないで下さい」
「そうだ、いつものスキンシップだ」
二人でそう言うとそそくさと周りが日常に戻っていく。
その後は色々と二人でやった。
「今日は楽しかったですね」
「ああ、そうだな…なぁ、冬治」
「はい?」
「おれ、あいつに嘘だったって正直に言うわ」
妃奈さんの顔はすっきりしていた。
「そうですか」
「ああ、お前には苦労かけたな」
「いえ、気にしないで下さい」
いつもの事ですから。
「迷惑かけたから今日は奢ってやるぞ?」
どんと胸を叩く妃奈さん。相変わらず、男らしい。
「奢ってもらわなくていいですけど、また俺とデートしてください」
「え…お前、おれなんか誘うより美也子や百合を誘ったらどうだ」
「妃奈さんと一緒に居るほうが、多分、楽しいですから」
別に告白したわけじゃない、相手もそれは理解しているだろう。
「…わかったよ。気が向いたら…な」
「はい」
まさか、それが次の日だったとは…思いもしなかった。
多賀田妃奈先輩。略して、がっちゃん。多分、多賀田の『がた』からがっちゃんになったと推測されます。改めて読み直して、本編じゃ名前出てなかった…百合のほうも苗字でてなかった…と、まぁ、これで予定していた分が全部終わりましたかね。感想、評価、メッセージ等お待ちしておりますので気がむいたりしたらお願い致します。『気になるあの子は隣のコ』を最後まで読んでいただいてありがとうございました。それではまたどこかでお会いしましょう。




