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第四十五話:百合先輩

第四十五話

 女の子だったらショッピングモールとか好きだと思う。

 ウィンドウショッピング…要は冷やかしって事なんだろうさ。

 母さんに連れられて、俺もやってきた。

「はぁ…」

 みる物があまりない為、俺にとっては母さんを待つ時間何をしていればいいのか悩む。

 店に行っても、今月厳しいので変に購買欲をそそられるとやばそうだ。

 とりあえず、ぶらぶらするしか時間をつぶす方法が無い。

「くそぅ…カップルどもめ」

 端から端まで行ってみるか…くだらない事で時間をつぶすことにした。

 十分ほど歩いていると、一人のお子様ががっくりと地面に突っ伏していた。可愛い服を着ている…あれ、何処かで見た事が…。

「…君、大丈夫?」

 これは何かまずい事が起こっているかもしれない。

 慌てて近寄って話しかけると、相手は立ち上がった。

「大丈夫ですわ」

「って、百合先輩…」

「あら、冬治君」

 少女だと思ったら俺のちっこい先輩だった。

 百合先輩とは良く会うため、そんなに驚いたりはしない。

 晩冬生徒会長だけ遠い大学に行ったので、どうなったかは不明だ。

「あの、どうかしたんですか?」

「ちょっと、迷子になってしまったんですの」

 やっぱり、百合先輩が迷子になったのか?

「全く、あれほどわたくしから離れるなと言っていたのにダニエルったら…」

 困ってしまいますわと先輩はため息をついていた。

 よかった、百合先輩が迷子になったんじゃないのか。そうだよな、こんな見た目でも…もう大学生なんだし。

「冬治君と少しお話をしたいと思いましたけど、ダニエルを探さなくてはいけないのでこれで失礼しますわ」

「俺も手伝いますよ」

 ちょうど暇を持て余していたので、俺は百合先輩の助けになる事にする。

「いいんですの?」

「ええ、母さんと一緒に来てるんですが…まだ終わりそうにないんです」

「そうですの。ではお願いしますわ」

 百合先輩と一緒に歩き出す。

「ダニエルって誰ですか」

「ダニエルはダニエルですわ」

「恋人ですか」

 うーん、百合先輩の恋人かぁ…。どんな人だろう。

 かっこうよかろうが、どうだろうが…警察に厄介になりそうだ。

「違いますわ。犬ですの。どうも、この鞄の中に入っていたみたいで…」

 指差す先には少し大きな鞄があった。

「…わたくしったら気付かず、お店で開けてしまいましたの。そうしたらダニエルが驚いて逃げてしまったのですわ」

「なるほど」

「放送してもらおうにも犬ですから無理ですわ」

 そりゃ、無理だろうな。

 放送してそのダニエルがやってきたら困ったりしない。

「犬種は何ですか」

「シーズーです」

 シーズーか…うるさいからちょっと嫌いなんだよなぁ…。

「そもそも…持った時に気付きませんか」

 原因の事を言っても埒はあかないだろう。しかし、百合先輩ぐらいならすぐに重たいと気付くはずだ。

 犬一匹をもつのも大変そうだ。

「……あの、わたくし実はほんのちょっとだけ、ちょっとだけ…力が強いのですわ」

 暗い感じでそう百合先輩は告げる。

「ええっと、箸より重たいものはもてないと言うぐらいですかね」

「そんなの貴族だけですわ」

「はは、そうですよね。単位で言うと十分の一がっちゃん先輩ぐらいですよね」

 それでも百合先輩にしてはあるほうかもしれない。

「いえ、がっちゃんの二倍ですわ」

「にば…え!?」

 嘘だ…握手したときとか、手をつないだ時なんて全然力強さを感じられなかったんですけど。

「ははぁ、俺を担ごうってわけですね」

「試してみます?」

 差し出された丸っこい手を掴む。すべすべしてて気持ちのいい手だ。

「行きますわよ?痛かったらすぐにいってくださいませ」

「わっかりまし…ったったたっ」

 手のひらの上半分が引きちぎられるかと思った…ぜ。

「す、すげぇですね」

 ちっさな身体にでっかいパワー…ミクロマ○かよ。

「それだけ力が強いと羨ましいですよ」

「……弊害が大きすぎますの」

「弊害?」

「そうですの。実家の喫茶店を手伝っていると…忙しくなってくると力加減を間違えますの」

 想像してみた。

 てんぱった百合先輩がお皿を素手で握りつぶしていた。

 レジを軽く打っただけで破壊してた。

 こけた拍子にテーブルをチョップで真っ二つにしなさった。

「それに、一年の頃ちょっとお痛が過ぎた男子生徒を懲らしめてあげたら…大変な事になりましたの」

「…そ、そうなんですか。俺はちょっと想像付きませんけど」

 これは、嘘である。

 聞いた事があるのだ。

 俺らが学園に入って一つの噂を聞いた。

 上級生に『覇王』がいると。男子生徒を全校生徒の前で血祭りにあげた…なんて眉唾な代物だった。

「おかげでわたくし…お友達が少ないんですの」

「み、美也子先輩と、がっちゃん先輩、晩冬生徒会長が三年生でいるじゃないですか」

「それで全部ですの」

「…」

 なるほど、事情を知っている人は百合先輩に近づかないのか。まだ病院から戻って来ないんですの…そんな声が聞こえた気がした。き、気のせいだよな。

「それに、がっちゃんが面白おかしく言いふらすから…いけないんですの。本当、いじわるが過ぎますわ…お仕置きしてさしあげましたけど」

 がっちゃん先輩にお仕置き出来るとか本当にすごいとしか言いようがない。

「大丈夫ですよ、百合先輩。俺、百合先輩の友達ですから…あ、でも…後輩ですから友達って言うのはおかしいですね」

「冬治君ならそう言ってくれると思いましたわ」

 そういって手を握られる。やっぱり、手には力が入っていなかった。

「…」

「どうかしました?」

「普通だったら、ここで手をひっこめられるんですの」

「あ、ああ…なるほど」

 ぐっと力を入れそうだからなぁ…。本能的に手をひっこめるんだろう。

「あの、冬治君はわたくしの口調をどう思われますか?」

「え?安易なキャラ付け…ではなく、可愛いと思いますよ」

「これにも理由があるんですの。子供の頃は更に大変で、感情が爆発すると手がつけられないと両親は言っていました」

 文字通り、手がつけられないのだろう…子供の頃から大人でも手を焼く子供だったのか。

「だから、落ち着いて行動するためにこうやって上品な言葉づかいをマスターしたのですわ」

「…見た目は可愛いのに結構努力しているんですね」

 ちょっと言い方が失礼かな。

「か、可愛い…?子供っぽいって事ですの?」

 何だろう、黒々としたオーラが…。

「あ、えっと、子供みたいで可愛いって言ったつもりじゃないんです。一人の女性として、可愛いなと…」

「そ、そう言われると照れますわ。わたくし、たまに可愛いとか言われます」

 ばしばし叩かれる。な、なるほどねぇ…。こいつは、がっちゃん先輩よりいてぇや。

「でしょうね、実際可愛いですよ」

「冬治君と違って、からかいで言って来るんですの。いつかは凄く成長して見返してやりますわ…魅力的って言わせますの」

 百合先輩には悪いけど、無理だと思う。

 でも、直接言うのは現実を直視させそうで嫌なので心の底から褒めておいた。

「今だって十分魅力的ですよ。初めて見たときとか、何だか凄く護ってあげたいって思いました」

「……本当ですの?」

 全てを見通すような瞳だ。その瞳には年相応の…多分それ以上の鋭さが宿っていた。

「俺が嘘を言っているのかどうか…百合先輩ならお見通しかと」

「…そうですわね。冬治君はそんな人じゃありませんわ」

 俺から目をそらし、百合先輩はベンチに腰をかけた。

「すこし、休みますわ。冬治君もお隣どうぞ」

「はい」

 二人して腰掛ける。

 俺がジュースを買ってきて、二人で飲み始める。歳下だから…ではない、身長の問題だ。

「…やっぱり、冬治君は六花さんのような女性が好みですの?」

「俺ですか?俺は…うーん、こう言っちゃあれですけど…俺の事を好きだって言ってくれる女性が、好きです」

 告白するより告白されたいんだろうなぁ…多分。相手がSならM…ではなくNになるような人間だと俺は自分の事をそう思っている。

「そうですの?」

「はい。百合先輩はどんな男性がタイプですか?」

 がっちゃん先輩が『おれのタイプはおれを倒せる相手じゃないと、駄目だ』と言っていた。百合先輩のほうが恐ろしいのなら…この世に百合先輩と付き合える奴はいないだろう。そもそも、一緒に歩いていたら捕まりそうだ。

「わたくしは冬治君のような男性がタイプですわ。大人しくて、優しくて、嘘をついたらすぐにあたふたするような男性…」

「それはまた…返答に困りますね。褒めてるんですか?」

「褒めてますわ!」

 きらきら輝く眼差しは幼い女の子のようだった。

「がっちゃん先輩は自分より強くないと駄目だって言ってましたけど…百合先輩はどうなんですかね」

「わたくしは…好きな男の子を守れるお姉さんに成りたいのですわ」

「なるほど…」

 がっちゃん先輩は規格外だと思ってたけど、百合先輩のほうが規格外なのか。がっちゃん先輩と結婚できる人がいたとしたら…それは多分、百合先輩だな。

「まさしく百合ですね」

「何がですの?」

「いえ、何でも…っと、そろそろダニエルとやらを探しましょうか」

「そうですわね」

「呼んだら来ますかね?おーい、ダニエルーっ」

 周りに人がいる事も忘れて、俺は大声を出した。

 すると、一匹のシーズーが走って寄ってくる。

 それまでシーズーはうるさいと思っていたけど、人懐っこい顔で俺の目の前に座っている。

「嘘、見ました?呼んだら…来ましたよ」

「冬治君、凄いですわ!」

 百合先輩は若干興奮しているようだ。

「そうですね、まさか来るとは…」

「違いますわ!普通だったら噛みついてきますの…男だったら特に!」

「えっ…」

 足元のシーズーを見る。ただすわって俺の事を眺めているだけだった。

「…冬治君、今お付き合いされている彼女はいらして?」

「いませんけど…」

「わたくしでは…ダメですの?」

 待ってほしい。

 いきなり何だ、この展開は。投げやりにも程がある。

「あの、何でいきなり?」

「このダニエルの人を見る目は確かですわ。うちの者には大人しいんですの…でも、見知らぬ男が名前を呼んだりしたら…酷いですわよ。うちのお父様もこのダニエルを観察眼として使う時がありますの」

 どういう状況で使うんだ…。

「返事はいつでも構いませんの。では、わたくしはこれで失礼しますわ。冬治君、ありがとうですの」

 一生懸命、背伸びして、俺の頬に軽くキスしてくれた。

「あっと…えと」

「ふふ、可愛いですわ。では、ごきげんよう」

 先輩の背中を見送って、俺は自分の頬を撫でる。

 う、うーむ、からかわれた…だけだよな。


おまけ編です。読んでの通り、冬治は六花と付き合っていなかったりします。とりあえず、がっちゃん先輩までは頑張ろうかと思います。

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