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第三十四話:泣いて病んで

第三十四話

 部屋で本を読んでいると(Iもうと倶楽部)、千波がやってきた。

「お邪魔します」

「うおぁっ」

 可愛らしい彼女が入ってきたのでやめる。そもそも、見られるとまずい類の本だ。

 素早く机の下へと隠し、冷静を装って立ち上がる。

 若干、内また気味に。

「兄さん、またIもうと倶楽部ですか」

「ばれてるっ」

「他の妹に浮気、しないで下さいね」

「しないから安心しろよ…元は妹系なんて興味がなか…ち、違うぞ。千波には大きな関心があるんだ」

 闇化…じゃなくて、病み化しそうだったので慌てて言い添える。

「千波のせいでそっちに目覚めたんだよ」

「…喜んでいいんですか」

 そらぁ、そうだろうな。

 彼氏がお前のおかげで妹が素晴らしいもんだとわかったとか言ったら一発殴りたくなるだろう。

「微妙なところ…いや、是非喜んでもらいたい。千波に『兄さん』と呼ばれる度、絶頂に、天国に向かいそうなくらいだ」

「それですよ、兄さん」

「はい?」

「今日はその為に来たんです」

 絶頂に向かわせるために来た…のか?

「おい、真昼間から何をするつもりだ!」

 嬉しいけども!

「え…呼び名について相談しに来たつもりですけど。朝にした方がいい話題ってわけでもないでしょう」

「…そうだな」

 何を考えているんだ、俺は。まだ真昼間だと言うのに…。

「真昼間からえっちな事を考えてても兄さんは、兄さんです。そんな兄さんも…大好きです」

「またばれてる…」

「心が繋がってますから」

「一方的だわょ…俺から千波にはたまにつながって無い時がある」

 千波のPCファイルに『兄さん』なんてあるから開けようとしたらパスがかかってた。手当たり次第に打ちこんでみたけど、駄目だった。

 俺のPCファイルは一発で開けられたと言うのに…。

「女の子には秘密が多いんですよ。教えるわけにはいかないんです」

 悪戯っぽくぺろりと舌を出す千波が可愛すぎた。

 そろそろ死んじゃいそうだ。

 千波が妹でよかった…いや、彼女だ。幼馴染で、妹で、彼女でよかった。

「話がそれましたけど…」

「呼び名だったか?」

「はい」

「千波じゃ嫌か?」

「いえ、千波のほうが問題だと思っているんです。いまだに『兄さん』って呼んでますよね?」

 ちょっとややこしいな…。

「そうだな」

 別におかしなところは無いはずだ。何せ、十数年愛用されている『兄さん』だからな。そんじゃそこらのえせ妹どもが『お兄ちゃん』とか言ってもピクリとも心は動かない。千波がいるから言ってもらえる気使いのこもった(たまに侮蔑が入った)素晴らしい呼び名だ。

「たまには変えてみようとおもうんです」

「へぇ、どんな?」

「と、冬治さんって…」

「お、おぉ…」

 ほっぺを染めて、名前を呼んでくれた。下の名前…そもそも、苗字も呼ばれないからなぁ…新鮮でいいよ、これ。

「何だかこうやって新鮮な方法を取るのって倦怠期に入った夫婦みたいだな」

「倦怠期…」

 これがまずかったようだ。

 ネガティブな(もちろん、千波にとって)発言をするとすぐにがっくりしてしまうのだった。つきあう前は、こんな姿を見せてもくれなかった。

「…兄さんは…千波の事、飽きました?身も心も攻略して…飽きました?」

「飽きてないって。何だよ、身も心も攻略って…」

 いじけるとまるで子供みたいだ。普段は背を伸ばしたい盛りの性格だし、貴重なところを見せてくれるのはそれだけ俺のことを信用してくれているって事だ。だから、その信頼を裏切っちゃいけない。

「千波、お前にとって俺はまだ兄さんか」

「…私にとってずっと兄じゃなくて片思いの相手でした」

「そうか。だったら、今日から俺の事は『大好きなお兄ちゃん』って呼んでくれ」

「大好きな…お兄ちゃん」

 躊躇なく言ってくれるところがまた可愛い。

「千波、可愛いぞ」

「…」

 それから三十分間ひたすら千波の頬をぷにぷにしてやった。

「…もう、触んないで下さい」

「復活したようだな」

「はい、もう大丈夫です」

 それでもまだ、千波は何処か暗かった。

「どうしたよ」

「あの、兄さんは面倒ではないのですか?」

「何をだ?」

「千波の事です。他の子に目移りしないんですか?結構、ネガティブでしょ?病んだりもしますよ?浮気したら、兄さんの事…刺すと思いますっ…」

 泣きながら言う。すごい、説得力だ。

 ちょっと悪戯でもしてやろうかな。

「そうだな、目移りする時もある」

「…兄さん…」

「待った、その暗い笑みはやめろぉ。鞄から鋭利な何かを出すなっ。まだ続きがある…目移りしても、俺には千波しか考えられないよ。十数年も片思いの幼馴染なんて臨んだって手に入らない…かけがえのない、相手さ」

 若干くさいかな…。

「あの、ありがとうございます」

「礼は要らないキスしてくれ」

「はい!晩御飯までずっとします!」

 そういって俺はベッドに押し倒されたのであった。


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