第三十三話:桜の考え冬治に至る
第三十三話
まさか自分の下駄箱の中にラヴレィタァーが入っているなんて思ってもみなかった。しかも、タイミングが悪く春成さんがいた時に入っていたものだから…気まずかったぜ。
本当は無視するつもりだったのに、春成さんが行ったほうがいいと言うから校舎裏にきてみた。
今更だけど、悪戯なんじゃないかと思う。
既に、約束の時間から一時間経過してるし…。俺、ただの見世物じゃん。
「…帰ろうかな」
これ以上ここに居ても変な目で見られるだけだ。
さっきも掃除担当者が俺の事を『ああ、この人誰かに告白するつもりだ』って目で見てたし。俺じゃないもん、俺が恋文書いたわけじゃないもん。
あと五分待って帰ろう…。
時計を確認していて四分が経過したとき、後ろから声をかけられた。
「…冬治君」
「夢川さん?あ、まだ居たんだね。もう一時間待ってたんだけど、来ないみたいだから一緒に帰らない?」
もしかしたらすぐに戻ってくると思って春成さんは待ってくれていたのかもしれない。そうだったら、嬉しいけどさ。偶然、通りかかったのだろう。
あと一時間待つべきだよ!なんて言われたらどうしようか…。
「あ、あの、私、冬治君に話があるの」
「そうなの?それなら帰りながら聞くよ」
春成さんの相談事か…初めて聞くなぁ…俺もちょっとは信用されるようになったようだ。うんうん、それは嬉しい事だ。
他人の信頼は何事にも代えがたい。詐欺師だって信頼を得るまでが大変だってむしょの伯父さんも言っていたしな。
「ううん、駄目、此処で言わせて」
「え、此処で?」
ここで言うなんて大胆だ。
誰かが来たら勘違いする…あれ、もしかして…。
あのLOVE LETTERはもしかして春成さんが書いたものなのでは?
いやいや、待て待て、春成さんが書くようなラヴィレィツァーならもっと心をどきっとさせるはずだ。
とりあえず、早とちりはいけない。大人しく話を聞いてみよう
「…話していい?」
「うん、聞く準備は出来たよ」
こういうときって心臓がバクバクするぜ。
でも、ショッキングな無いようだった時の為にちょっとだけ覚悟した方がよさそうだ。
考えられるのは…何だろう。
現実的な事を考えるとお弁当の事か。それならお昼の時に言うよなぁ…。
遊びに行く誘い?それなら家に帰りながら話せる。
紹介したい友達?殆ど紹介してもらった。
怪しい宗教の勧誘?神様なんていない―ってこの前叫んでた。
犯罪の誘い?まさか、春成さんはそんな人間じゃない。
「あ、あのね…」
春成さんの顔をしっかりと見据える。目を合わせてくれた…その目には何かを決意した色が浮かんでいた。
「私、冬治君の事を疑ってたの」
「え」
疑っていた…どういうこったい。
もしかして俺が春成さんの家に行っている間に何かが無くなったとか…。
もしくは、春成さんがストーカーの被害を受けた…。下着を盗られて、それが俺だと思っていた…犯人は別にいた事を知って、その事を…言っているのか?
それなら、とっくに出禁を喰らっているはずだよな。
「一体何を疑われてたの?性別?俺はれっきとした男だぜ」
「違うよ。冬治君は立派な男の子、だよ」
真面目に返された。立派なんて付けられると何だかやらしい!
「じゃあ疑っていたって何を?」
「…うん、林間学校の事。あの事で、私を脅したり何かを要求するってずっと思いこんでたの」
「………?」
あ、ああ。そういえばそんな事があったなぁ…忘れてたよ。そうそう、あれから仲良くなったんだっけ。
「あれをネタに春成さんを強請るわけないじゃん」
「うん、今なら信じられるけど…あの時は、そう思えてなかった。だから、夏休みずっと冬治君と一緒に行動することにしたの」
「…つまり、監視?」
「うん」
言葉でごまかすことなく、目をそらすでもなく…まっすぐこっちを見て言った。どうやら、嘘をついているわけではなさそうだ。悪い冗談でもないようである。
「………ああ、そうなの」
おかしいとは思ってたんだ。春成さんが対して仲良くもない俺を誘うだなんてさ。つまり、俺は無駄な…夏休みを過ごしていたって事になる…はずだ。
「ごめん。最低だよね。それとね、夏祭りのあの時…四季君と一緒に居た時の事、私聞いてたんだ」
「そっか」
統也にお金を貸しているのを見られたのか。ちょっと、それは嫌だった。
「もう、その時には…疑ってなかったけど、あれが私にとって決定的だった。一緒に居るのが楽しくなったよ。冬治君の事を信じてなくて、ごめんなさいっ」
春成さんは勢いよく頭を下げた。
「あ、頭をあげてよ」
「…会わせる顔なんて、ないよ」
春成さんは泣いているようだ…。
凄く、悪い事をした気分になってくる。
疑われていた事も頭の隅にいってしまう。
「……わかった、じゃあ俺の話も聞いてほしい」
相手の返事を聞かずに俺は口を開く。
「夏休み、春成さんとずっと一緒に勉強してたじゃん?」
「うん…」
「俺、最初はずっと一緒に居られるからちょっとやらしいことも考えたりしたけど、春成さんも知っての通り超真面目に勉強してたよね」
「そうだね」
春成さんはまだ顔をあげてはくれなかった。
「ちょっと、嫌だったよ。ずっと、勉強だったもん。それで、俺は嘘をついた。海に行くからって、春成さんを騙そうとしたんだよ」
「え…」
ここでようやく春成さんは顔をあげた。
「勉強、ちっとも楽しくなかったよ」
「…ごめん、本当に」
「えっと、それで海の嘘だね…それで、はしゃぐ春成さんに悪い気がしていける友人を誘ってみたけど…全員駄目だった。だから、その穴埋めとして夏祭りに行くことにしたんだよ」
「そうだったんだ。でも、楽しかったよ?」
春成さんに俺は首を振る。
「ううん、嘘をついたのには変わりないよ。だから、これでチャラにしてくれないかな?お願いします」
そういって勢いよく頭を下げる。
「ちょ、ちょっと…冬治君。許すも何も、悪いのは…私だよ。夏休みだって全部使わせちゃったんだから」
「だから、それと俺の嘘でチャラだね」
「どう考えても…冬治君の方が損してるよ!」
「いいんだよ、俺は。そのおかげで春成さんの色々な姿を見る事が出来たんだ。これでどうかな?」
「…冬治君がいいっていうなら…わかったよ」
ようやく俺は頭をあげる。
「えと…私、まだ冬治君と一緒に居ていいのかな?」
不安そうな春成さんに笑いかける。
「あたりまえ。これからもよろしくお願いします」
そういって右手を差し出した。春成さんはすぐに手をとってくれる。
「もちろんだよ」
「そっか、よかったぁ…」
心底ほっとした。
「感謝するのは、こっちだよ…ありがとね、冬治君」
照れた春成さんを見ると抱きしめたくなった。
なっただけだ、実行はしてない。




