第三十二話:告白(六花)
第三十二話
冬治を生徒会室まで連れてきた。まさか美也子達が手伝ってくれるとは想像していなかった。感謝はするが、直接礼を言うつもりはない。
生徒会より、一緒に食事をしていた食堂に連れて行ったほうが良かったのかもしれない。きっと、感傷に浸ってくれただろう。
「…何ですか、先輩」
「…」
言葉が出ない。
冬治に『大嫌いだ』なんて思われているとは考えた事も無かった。
はいはい言う事を聞いて、嬉しそうだったから…助けてくれたあの時てっきり告白されると勘違いしていた。あの場所でそう言われたら、どう返すのかあっという間に考えてしまった自分が恨めしい。
まだ好きと言う気持ちじゃないはずだ。やっぱり、大切なものが、誰かに盗られてしまいそうな気がしたから探していたのである。そうだ、間違いない。
颯爽と助けに来てくれた冬治の事がかっこうよくみえたのも、多分、偶然だ。
「用事、無いのなら俺は帰りますよ」
鍵は内側からかけただけなので当然、中から開けようとすれば開けられる。
「ま、待ちなさい」
「何ですか」
こうなったら実力行使しかない。
冬治の胸倉を掴んでそのまま唇をおしつけてやった。
「ぷはー…どう?これで機嫌もなおったでしょ」
「…」
男なんて、こうすれば機嫌も直すだろうと六花は考えていた…が、少なくとも冬治は違ったようだった。
「…最悪です。幻滅しました」
唇をぬぐった後、睨まれた。
凄んだ表情は初めてみた。とても、怖かった。六花の事を襲ったあの一年にだってこんな顔はせず、冷静な顔をしていた。普段から想像も出来ない表情で、冗談ではなく本気で怒っているのが伝わってくる。
「…晩冬生徒会長は、やっぱりこんなくだらない事をして男の気を引いていたんですね。この前、男子生徒が先輩を襲ったのも簡単に想像できます」
「…違うわよ。わたしはこんなことあいつにはしてない」
即答してみせた。
でも、疑惑の視線はぬぐえていないようだ。
「どうだか…」
全然信用してもらえていない。いまだに怖い顔のままだ。
「こ、怖い顔したって駄目なんだから」
「…晩冬生徒会長、一つ聞きたい事があります」
「な、何よ」
「この前…とはいっても結構前の事ですけどね。ストーカーが此処に居た時の事です。あの時、放送機具いじって流しましたよね?」
「え、ええ、そうね」
あの時何か、気になる事があったのだろうか。動揺していなければ六花ほどの人間なら何が言いたいのか理解したはずだ。
「あれ、本当は流れてなかったみたいですね」
「それが…どうかしたの?」
「俺に何で…流れていないって黙っていたんですか」
「…えっと、あれは…」
頭が回らない。さっきみたいに即答も出来なかった。
理由は簡単だ。ストーカーがまたちょっかいを出してきたときのために駒として動いてほしかったのだ。
ただ、それを言うのは良くないだろう。気を損ねるのは間違いない。
「俺、先輩の事が多分好きだったんです。だから、先輩にこき使われても文句も言わなかったし、連絡しないでくれって言われた時はショックを受けましたけど諦めようと決めました」
言葉が出ない。
「でも、まさかこんな男を垂らし込むような淫魔だとは思いもしませんでしたよ」
「淫魔って…君ねぇ…」
「違うんですか?」
「…あんたねぇっ」
勝手に決め付ける冬治の胸倉を掴んでしっかりと見据える。馬鹿にしている、屑を見るような目をしている…そう思っていた。
ただ単純に、失望の色だけ。
「俺からは…それだけです。信用に値しません。先輩ももう、何も言う事無いみたいですから…帰りますね」
しっかりと胸倉を掴んでいたのに、あっさりと振りほどかれる。優しく、はなされただけだった。
「待ってよ!わたしの話、まだ…終わって無いっ…」
ここで逃げられたらもう会っても話を聞いてもらえそうにない。
今度は言葉で振り返ってはくれなかった。鍵を開けようとしている。
行ってほしくなかった。
「そ、そうだ!き、君が私の事を好きだっていうのなら付き合ってあげるわよ。これでいいんでしょ」
腕を掴んでそう言う。
でも、すぐに振りほどかれた。
「…そうですか。でも、俺は遠慮しますよ」
「何でよ。意味わからない。何すればいいの?」
正直、何で下級生相手にここまで必死になっているのか自分でもわからない。でも、引くのだけは嫌だった。
「君が…冬治が、わたしのことを許してくれるって言うのなら何でもするわ」
「……本当に、何でもしてくれるんですかね?」
無表情な顔だ。やらしい顔をしてくれていれば、まだよかったのかもしれない…何を要求されるのか本当にわからなかった。
「え、ええ…もちろんよ」
「じゃあ、『ごめん』って俺に言ってください」
「え…」
謝って済む問題なのだろうか。
「と、冬治は謝るだけでいいの?」
「はい。いいですよ…何より、まだ謝られていませんから」
理解できない。
「土下座しろってこと?」
辱めるのが目的なのだろうか?
「いや、普通に『ごめん』って言ってくれればいいです。もちろん、何に対してなのか言わないとだめですよ。あと一分だけ、ここで待ちます。先輩が納得できずに言葉だけで謝るのなら…もう、知りません」
何を知らないのか…聞かなくてもわかる。
一分は短い、あと五分くらいよこせと言いたかった。
与えられた一分でさっきまでは動いてくれなかった脳みそがフル回転し始める。
「…さすがに、我儘が過ぎたわ。冬治に色々と酷い事も言ったし、しちゃった。許して…くれないかしら」
変に取り繕う事も無く謝った。先ほどみたいに行動が間違っていないか不安に思ってしまう。
頭を下げて、戻すと冬治が怖い顔ではなくなっていたので安堵する。
「許します。六花先輩、これ、俺の電話番号とメールアドレスです…よかったら登録しておいてください」
それを奪い取って六花は冬治を真正面から見据える。
「…覚悟しなさいよ、明日からこきつかってやるから」
「明日は休みです」
恥ずかしくなったので下を向いて反論する。
「……わかってるわよ。あと、さっきのキスは忘れておきなさい」
苦い思い出である。そして、怖い思い出でもあった。
侮蔑の表情で、唇をぬぐったのだ。
あんな顔をいつまでも覚えておきたくはない。
「あの、先輩」
「何よっ…!?」
一瞬の出来事なんて良く言う。
でも、それはスローモーションに見えた。
冬治に唇を奪われたのだ。
「…と、冬治…あ、あんた…」
唇を指でなぞる。拭って侮蔑の表情なんてぶつける事が出来ない。
どちらかと言うと、嬉しい…目の前の冬治は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「今のが…俺のファーストキスですよ。六花先輩、大好きです。もっと先輩の事好きになりたいから俺と付き合ってください」
「…あ、明日からこきつかってやる」
「それさっきも聞きましたよ」
「で、デートに連れて行きなさいって言ったのよ。ちゃんとわたしが満足する場所を選んでおきなさいよ」
冬治の表情はにやけていた。何だか、癪に障るものだった。
ただ、自分の口元を触っているとにやけているのを確認してしまった。
「か、勘違いしてもらった…困るけど、わたしはまだ、あんたの事が好きってわけじゃないから」
「わかってます」
冬治はそれで満足したのか、帰ってしまう。もう引き留める必要もない。用事があれば電話すればいいだけだ。
「…ふぅ…ん?」
放送がオンになっているようだった。以前とは違って、全教室に向けて声が漏れていた事だろう。
まぁ、もうどうでもいいことだった。




