第二十九話:追い立てるもの
第二十九話
最近、春成桜は調子がいい。
二学期始まっての学力検査では学園トップに躍り出た。
初めてのことだったので嬉しかった。ただ、それよりも夢川冬治が自分の次だった事の方が嬉しかったりする。
そして、運動の成績も何故か上がっていた。
男子が近くに居ると顕著であり、冬治に見られているかもしれないと言う気持ちが彼女を頑張らせていたりする。
極めつけがお弁当の存在である。
春成は自分のお弁当を自身が詰めているので二人分作るなんて造作もなかった。初日は少し手間取ったものの、冬治の食べる量を知った後は問題が無く、食べている姿を想像するとあっという間に終わるのだ。
冬治が美味しいと言ってくれるだけで、世界だって救えそうな勢いをもっているのかもしれない。
「ふー」
「頑張るわねー」
母親が隣でちょっと呆れていた。桜がご当地キャラのキャラ弁を作っているから呆れられるのも仕方がない。
「ううん、頑張って無いよ。私最近楽しくって仕方がないの」
充実しているとはこの事だろうか。
「そんなに冬治君の事好きなら告白してしまえばいいのに」
「ありえ無いよっ。た、ただの、友達だもん」
取り繕うように笑って見せる。母親である蓮華は更に呆れていたのだった。
「臆病ものねぇ…」
「ち、違うってば。それに、こ、告白しようにも…色々あってそれどころじゃないの」
そう、それどころではないのだ。
もし、冬治の方から告白してきても断るだろう。がっかりさせるかもしれない…それでも、笑顔で頷いて彼女になるわけにはいかないのだ。
一つ、問題があると桜は考えている。
母親が指摘した通り、自分は冬治君の事が好きなのだと思っている。ただ、こうして仲良くなるきっかけが『もしかしたらおもらしをばらすかもしれない…監視しよう』という春成にとっては不純な気持ちから来たものだ。
後ろめたい気持ちがあってはいけない。
告白する、もしくはされるならこの問題を解決するしかないのだ。
間違い無く信じていなかった、監視しているつもりだとったと告げれば冬治はがっかりするだろう…桜はそう考えている。そして、お弁当を受け取ってもらえず、今のような仲の良い関係が崩れるかもしれない…そんな不安がよぎってばかりだった。
当の冬治は林間学校の事をすっかり忘れていたのであるが…。
桜にとってはとても、大切な事である。
「冬治君が来たわよ」
「う、うん。今行く」
二学期に入って、正直に話そう…。
その誓いも二週間以上過ぎてしまっていた。
お弁当を渡し、いつものように学園へ。
「…今日、何だか元気ないね」
「そ、そうかな」
「もしかしてお弁当づくりが大変なんじゃないの?」
「そんな事無いよ!」
食いつく感じで冬治の顔面へと迫る。
「そ、そっか」
「ご、ごめん。何だか怒鳴り散らしたみたいで…。お弁当は楽しく作ってるから安心して。今日は、ご当地キャラのキャラ弁作ってきたよっ」
元気に笑って見せる。嘘をつく自分にちくりと痛む。
「それは楽しみだなー」
のんびりそんな事を返してくる冬治の気持ちを踏みにじっているようで、嫌だった。それでも、今のような関係が続いてくれれば嬉しいな…誰かが追い立ててくれればいいのにと考える。
意外にも、その機会はすぐにやってきた。
「おや…」
「どうしたの?」
下駄箱で冬治が立ち止まり、何かを拾い上げている。横から覗きこむ。
「これは一体…」
それがいったい何なのか、春成は一発で気がついた。
「それって、もしかして…ラブレター?」
「こここっ、恋文だってぇ!?」
ピンクの便せんに、ハートマークのシールが付いている。春成が持っているマンガや、アニメで何度も見かけた事のある代物だ。いつか、書こうか、いや、やっぱり直接話して伝えたい…なんて考えていたりもする。
こういうとき、男子は諸手を挙げて喜ぶのではないか…おそるおそる冬治の顔を見ると苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「…なぁーんてね、春成さん、俺がラブレターもらえると思う?」
唐突にそんな事を聞かれた。
「え、も、もらえるんじゃないの?」
現に手に持っているものはそれだろう。
「いんやぁ、それは無いね。俺にくれる女子なんていないよ。在り得ない」
断言された。一度でも書こうと思っていた自分が全否定された気分だ。
色々と聞きたい事や、言いたい事もあったものの、その時はそれっきりで終わった。
その日は春成にとって気が気でない一日だった。隣の席にいる冬治は真剣な顔をしているし、先生には何度かあてられその度に『こら、授業中は夢川じゃなくておれのほうをみておけよ』等とからかわれクラス中に笑われた。それでも、冬治は全く笑わずずっと考え事をしていたのがちょっと寂しかった。
昼食は屋上でとることにした。冬治も誘っている。
お弁当を食べる時もあんな表情するのかな…ちょっと不安だったものの、いつもの顔に戻っていた。
「…凄いね」
「……今日は自信作のつもり」
「そっくりだよ…俺、ご当地キャラ知らないけどさ」
また真剣な表情になってお弁当を眺める冬治に不安になってしまった。
「あの、冬治君?どうしたの?」
「あ、えっとさ…」
「う、うん」
「どれから手をつければいいんだろう」
ほっとした。
「可愛くて手をつけらないのも問題だ…」
「それならはい、あーん」
実に自然にこの行動を取ってしまった自分がかなり恥ずかしかった。
「あ、うん。あーん」
そして、ポカンと驚く事も無く、茶化すでもなく…あっさりとそれを受け入れた冬治に桜のほうが驚いたりする。
桜の表情を見た冬治は首をかしげている。
「どうかした?」
「え、ううん。何でもないよ」
別におかしなことではないのだろうか…そう思いながらそのまま冬治に食べさせ続けたのだった。
放課後、桜は立ち上がった冬治に尋ねることにした。
「あ、あのさ、ラブレター…どうするの?」
「悪戯に一票。放課後、校舎裏に来てくださいって書いてあった。差出人不明」
「でも、悪戯じゃなかったら…行ってあげたほうがいいよ」
「…まぁ、春成さんの言う事も一理あるなぁ…」
実は、悪戯だったりする。
悪戯をしかけた本人達は各々が先生達に呼ばれていたり、急に部活のミーティングがはいったり、彼女に呼び出されたりしていた。
「じゃ、行って来るよ」
「うん…いって、らっしゃい」
どんな返事をするのだろう…いけないとは思いつつ、桜はついて行こうと心に決めるのであった。




