第二十六話:単なるいちゃつき
第二十六話
千波が俺の彼女になって何か変わるかと思えば、ちょっと変わったぐらいだった。
「兄さん、朝ですよ」
「…ふぉ」
目を覚ますと千波が俺を揺すっている。
一番の変化は多分、これだろう。朝起こしてくれる。
「…おはよう」
「おはようございます。今日から二学期ですよ」
「そうか…だるいなぁ」
ぼーっとしている俺の頬に、千波がキスをしてくる。
「お、おいおいおいお…」
あっという間に脳が覚醒して頬を手で押さえる。
「目が覚めました?」
「覚めたよ。びっくりしたなぁ…」
「それは良かったです」
ほほ笑む千波に苦虫をかみつぶしてしまう。
「嫌でした?」
「不意打ちでされるのがちょっとな…ずるいぞ」
「じゃあ、またします」
身体でぶつかってくるようにキスをしてくる。抱きとめると、そのまま押し倒された。
「もっと、凄い事もしましょうか」
「あ、朝から…何をする気だおい」
「とか言いつつ抵抗はしないんですね」
パジャマのボタンがあっという間に根を上げて、千波にひんむかれる。
「兄さん…」
「千波っ…」
「こほん、御二人さん」
「え…」
「あ」
母さんが立っていた。
「お盛んなのはよろしい。でも、学園に行かないと遅刻するわよ」
時計を指差している。なるほど、なにかしてたら遅刻するだろうな。
「そ、そうだな。飯食ってくるから千波はくつろいで居てくれ」
「はい」
いちゃついてたら母親が乱入なんてよくある話だ。もっとも、俺と千波がいちゃついているときは基本的に親がいないときだけだが…。
テーブルで食事を取っていると目の前の母さんが真剣なまなざしで俺を見ていた。
「冬治、あんた千波ちゃんの事を大事だと思ってるの?」
「あ、当たり前じゃあないか…。飯食ってくるときにじっと見ないでよ。食べづらい」
「…大事、ねぇ。あんたは変にシリアスな展開に引きずるよりもいちゃいちゃラブラブしているだけでいいわよ。今日だって学園が無ければあのまま好きなようにやらせてたわ」
味噌汁をふきだしてしまった。
「か、母さん…」
「千波ちゃんをなかせるのは夜の営みだけにしときなさいよ」
「ぶほっ、あ、朝から何言っているの母さん…」
あたしもこの歳で孫かぁ…なんて、幸せそうな顔をしていた。
母親にからかわれながら飯を食い終わり、自室へと戻る。
「あ…」
「…千波、学園に行くぞ」
俺のタオルケットに顔を押し付けている彼女に声をかける。
「に、兄さん、違うんです…これは…」
「いや、いいから。何ならそのタオルケット持っていっていいぞ」
「そんな事…出来ませんよ」
「とか言いつつ自分の部屋に嬉々として投げ込むんじゃない」
まだ突き合って日が浅いせいか理性が働いているようだった。一応、母さんとかの前では『つ、付き合ってませんから』等と言っている。
母さんいわく、態度でモロばれ。さっきのあれは何と言い訳するんだろう。
とにもかくにも学園に行く為着替える事にしよう。
「…」
「ここで着替えるんですか?」
「そうだよ。見るのが嫌なら廊下に出てろよ」
「そう言っている暇があるなら早く、着替えてください」
目を爛々とさせててちょっとこえぇよ。
まぁ、いいや、今さらだ。
「それでも着替えづらい…」
「…」
とてもきらきらしている…無垢な子供の目をまだ持っているとか珍しい娘さんもまだいるんだな。それが、男の下着姿を見る為にしている目とは思えない。
「…鼻血が出そうです」
「…」
冗談には聞こえなかった。
全部脱がないんですかと言われて当然だと答える。
「お前は俺にノーパン登校しろと言うのか」
「ち、千波は兄さんが望むのならの、ノーパンぐらいなら…」
「なんでそうなるんだ!やめてくれ」
お前より俺の方が苦労しそうだ。
「さ、アホやってないでさっさと行くぞ」
「はい」
二人で仲良く家を出る。母さんは冷やかしてこなかった。
千波の空いている手をそっと握る。
「あっ…」
「え、嫌だったか」
「いえ、握りたくても…これまでは握れませんでした。だから、嬉しいですよ。初めて握ってもらえましたから」
真顔で語る千波が、俺の事をどう想ってくれているのか…そんなのは想像するのが簡単な事だ。
「その、悪いな。俺がさっさと気付いていればお前を苦しめなくてすんだのに」
「兄さんが千波の気持ちに気付いてくれただけで…嬉しいですよ」
「いや、俺の匂いに依存してたほうだよ」
「そっちですか!」
まだまだ夏だ。暑い、だけど俺は汗ばみながらも彼女の手を離すつもりは毛頭なかった。




