第二十四話:壊れた信頼
第二十四話
晩冬先輩の事を忘れる為…ではないものの、ケータイを買い替えた。もう、晩冬先輩の事は引きずって無い…と思う。
「晩冬先輩…うう…」
前のケータイには晩冬先輩とのツーショットが入っていたりしたんだよな…。
がっちゃん先輩の熱い抱擁により、右ポケットに入っていたケータイが御釈迦したのである。
それまでの電話帳の殆どは入れなおしたものの、晩冬先輩のものだけが入っていない。連絡してくるなと言っていた気がするからちょうどいいだろう。
二学期が始まって、晩冬先輩との関係は無くなってしまった。それでも俺は三年生のところへ良く顔を出している。
「おー、冬治じゃないか」
がっちゃん先輩がヘッドロックをかましてくる。もう慣れた。
「相変わらずがっちゃんのおもちゃですわね」
「百合先輩はいつも元気ですね」
ぺしぺし叩いてくるロリぃな先輩にほほ笑んで美也子先輩の方を見る。
幸か不幸か、晩冬先輩は隣のクラスだった。
「このクラスはもう進路決まってるような連中だからいいけど、他のクラスに行くと食われるから気をつけなさいね」
「はい」
決行殺伐としているところが多い中、美也子先輩が言った通りこのクラスの殆どの進路が既に決まっている。それだけ優秀なのだろう。
先輩達に会いに来たついでに進路が決まった人にちょっと聞いてみることにした。
「俺?ニートだよ」
「おれはフリーター」
「アルバイター」
「コネ」
「裏口」
「スポォツ推薦」
何だろう、どれも先行き不安なものばかりだ。
昼休み、昼食をとりながらその話をしていると放送が入った。
「なんだろ…」
『…ちょっと、こっち来ないでよ』
誰の声かは分かったものの、頭の中にはてなが沢山出てくる。
「こりゃ、一体何だ」
当然、俺だけが聞いているわけではないのでクラスがざわつきだした。
『だから、来ないでってば』
「他のクラスじゃ、流れて無いみたいだよ」
隣のクラスの友人に尋ねに行ったクラスメートが戻ってきた。
「このクラスだけなのか」
ちょっと胸騒ぎがした。
『やめてってばっ』
「この声、生徒会長だろう?」
「ああ、そうだな」
「また、性質の悪い悪戯かよ」
「なんだ、冗談か」
クラスの方にも放送をオンオフにできるつまみがある。一人がとりあえず切ろうとして、在る言葉が聞こえてきた。
『冬治、助けて』
聞くつもりがなかった他の人には聞こえなかったのか…それっきり放送は無くなった。何人かは首をかしげて俺の事を見る。どうやら俺の空耳ではないらしい。
「…」
「冬治、どうした?」
「ちょっと行って来る」
まだ食べ終わっていない弁当をほったらかしにして、俺は走った。
もちろん、目指すのは生徒会室だ。放送室のほうかもしれない…それでも俺は生徒会室だと確信していた。
俺の脳内では彼氏(チャラ男)とやらに先輩が襲われているところがくっきりと再生されている。
「くそっ、そんな事ぜってぇさせるかよっ」
廊下を駆け抜け、階段をすっとばし、生徒会室の扉を蹴飛ばすように開ける。
「六花先輩っ、大丈夫ですかっ」
「あん?」
其処に居たのはやたら体躯のよろしい男子生徒だった。
角刈りにふと眉、おっさんにしか見えなかった。
「なんだ、お前。一年のおれより弱っちぃ感じだな」
「しかも、あの顔で一年だと…」
とりあえず、チャラ男以外は俺の想像が当たっていたらしい。先輩は押し倒されていた。
「何してんだ、六花先輩から離れろよ」
ちゃら男とか俺ぐらいの体格だったらとりあえず突っ込んでいただろう。おかげで冷静でいられる。
「冬治、助けて」
いつもより元気の無い先輩は何だかみていて可哀想だった。
「はっ、お前が冬治か」
「ああ、そうだ」
「うざかったぜぇ、こいつ、いちいち冬治はどうだったとか比べるんだからな」
吐き捨てるようにそう言った。俺は、目の前の人物にちょっとだけ同情してしまう。
非難の視線を送ると六花先輩は目をそらした。
「けっ、しかも捨てた男に助けを求めるとかどんだけだよ。あーしらけた、こんなの相手にしてた時間が勿体ないぜ…色気で誘ったくせにその気がねぇならすんな、ボケ。こんなの襲って問題になるとか馬鹿らしいっ」
そう言うと一年は俺の肩に自分の肩をぶつけてこようとした。
まぁ、よくあることなのでそれは避けておいたが。
「ちっ」
とりあえず舌打ちして帰って行った。
意外と穏便にすんで心底ほっとしている。チャラ男が相手ならいい線行くけど、どう見てもさっきの奴はやばかったからな。
相手も体格差をわかっていたから手を出さなかったはずだ。
「俺は六花先輩の為ならどんな相手が来ようと逃げはしない!かかってきやがれこの野郎!」
とは言わない…とりあえず、今は。
「冬治、大丈夫か」
「先輩達…」
気付いてみれば美也子先輩、がっちゃん先輩、百合先輩が後ろにやってきていた。六花先輩もちゃんと立ち上がっていた。
「さっきのクズはゴミ箱にぶち込んできた」
「…」
さすがのあいつもがっちゃん先輩には勝てなかったのか。がっちゃん先輩になら抱かれてもいいかもしれない。
「冬治、格好良かったですわ」
「ありがとうございます」
「六花、あんた冬治君に言う事があるんじゃないの?」
美也子先輩が六花先輩に詰め寄っていた。
「来るのが遅い」
「あんたねぇっ」
美也子先輩の右手が唸りをあげそうだったので事前に掴んだ。睨まれたので百合先輩の方を慌ててみる。
「ぼ、暴力はいけませんよ」
「私は関係ないですわ」
「目を見て話しなさい」
「…はい。美也子先輩、俺は大丈夫っすよ…あの、六花先輩」
美也子先輩に場所を変わってもらい、相対する形になった。
「何よ」
どうやら、不機嫌なようだった。
「俺、前から六花先輩の事が…」
「あ、あんたどさくさにまぎれて…」
他の先輩達も俺の言葉を待っているようだ。
「大嫌いですっ」
「え」
俺以外の時が止まったようだ。
「すっきりしました。もっと、言いたい事は在りますけど…もういいです。美也子先輩達、行きましょう」
三人の先輩の返事を待たず、俺は生徒会室を後にするのであった。




