第二十二話:告白(千波)
第二十二話
「千波、今日の夏祭り一緒に行かないか」
窓の向こう側に居る千波に向かって俺はいたって平静を装って誘ってみた。心臓はずっとフル稼働、喉はからから、目の前なんてゆがんでいる。
「…一体、どうしたんですか」
千波は少し驚いていた。
「別に、どうもしてない」
「せっかくの兄さんの誘いですけど…お昼から夏祭りに友達と一緒に行くんです。言ってませんでしたっけ」
「そ、そう言えば言ってたな」
完全に忘れていた。
千波の気持ちに知る前だったから『そうか、何かあったら電話しろよ~』って答えた気がする。
現金なもんだな、俺も。
「…あー、さっきの夏祭りの事は忘れてくれ。ちょっと俺、疲れてるみたいだ」
「最近なんだかよそよそしいって思ったら今度は誘ったりして…情緒不安定ですね」
千波の言うとおりだ。
「いいですよ。これから行って、夕方また兄さんと一緒に行きますから」
「それは楽しくないだろう?同じ場所に行くんだぜ?」
「夜は花火もあります。それに、夜行くと女の子だけで行くと面倒な事が起きますからね」
そう言えば去年、花火見ていたらナンパされて大変だったと言ってたなぁ。確かに、千波とその周辺はレベルの高い娘さんが多い。
「そっか、気をつけて行ってこいよ。俺は勉強してるから」
「はい」
千波が行ったのをしっかりと確認し、机に頬杖をつく。
「…あれから真面目に考えたけど、俺の方がもろ影響受けてるじゃねぇか」
真面目に考えようと思っても、答えなんて出てこなかった。
多分、千波は告白したらオーケーしてくれるだろう。
出来るだけムードがある場所でやっときたい。
「……どうしたもんか」
変に時間をあけずにあの時後ろから抱きしめておけばよかったのかもしれない。
後悔先に立たずとは良く言ったもんだぜ。
「俺より、千波のほうが気にすべき事だよなぁ…あいつ、俺の部屋で…何してんだよ」
あいつが言っていた匂いって成るほど、俺の匂いだったんだな。
改めて自分の匂いを嗅いでみる。
「…特ににおわねぇよなぁ…」
匂いフェチだったとは知らなんだ。小さい頃に俺のお下がりのタオルケットを大切にしていた程度しか知らない。
「………うーむ」
それからまた悩んでみたものの、答えは出てこず。千波の趣味と言うか、嗜好については何も言うまい。そういったタイプの人間は障害があればある程萌える…燃える、タイプだ。駄目って言ったら風呂でも覗かれそうである。
冷静になる為、ブリッジしてたら千波が帰ってきた。
「兄さん、何を?」
「あ、頭の体操だ」
「もう手遅れだと思います」
「え」
「何でもないです」
「そうか…えーと、準備はできたか」
「もうちょっと暗くなって行きましょう」
それもそうか、気ばっかり急いでしまって仕方がないのだ。
今か今か、来るな来るなの相反する心境で…俺は千波と一緒の夏祭りを待っていた。
そして、時は来た。
「浴衣着たのか」
「はい」
千波の浴衣姿なんて滅多に見ない。最後に見たのは…一緒に夏祭りに行った時かな。
「兄さんと一緒ですから」
「…似合ってるよ」
「………裏があるんじゃないかと思います」
素直に褒めたらこれである。これまでの自分が、今を作っているなんて言葉を思い出した。
隣の千波が可愛すぎてどうにかなっちまいそうだ。
「…何だかそわそわしてますね。何か悪いものでも食べたんじゃないですか」
「ちょっと、目の毒な光景をな…」
「…兄さんのスケベ」
「ち、ちげぇよ。何を勘違いしているのか知らないが…そう言うのじゃないから」
今気付いたけれども千波の奴、俺の居ない間に部屋に入ったりして色々してたんだよな…金目のもんは特にないし心配もしてないけど、えっちな本とか見つけられて居たらどうしよう。
一応、見つけられないように二段底とか本のカバーを付け替えたりしてたぞ。
俺のエロ本はさておき、それなりにいい時間帯だ。家族とか、カップルが多かったりする。
「っと、もう花火が始まるのか」
出店を回るのもそこそこに、俺と千波は花火のよく見える場所へと移動する。その際、出来るだけ人の多い場所を選んでおいた。
本音としては人気の少ない場所に行って告白しようと思ったんだ。でも、何だか暗がりに連れ込んでやらしいことをするんじゃないか…そんな事を言われたらどうしようと思って人が多い場所にしたのだ。
何発も花火が打ちあがる中、隣が気になってそれどころじゃなかった。
「綺麗ですね」
「…ああ、そーだな。きれーだな」
「気のない返事です」
千波はしっかりとこっちを見ている。
「悪い。ちょっとぼーっとしてた」
「兄さん、千波を何で誘ったんですか」
まだ花火は続いている。打ち上げが始まったのは十分前、なので二十分程度残っている。
花火が終わって、人気が少なくなって告白しようと思ってた。
けど、チャンスは、今だ。うるさいし、他の人はもっと前に行っている。
「……俺さ、千波の事が好きだ。前まで…詳しく言うと一年ぐらい前まではそうでもなかった。血なんて繋がって無いけど、俺は兄貴で、千波は妹だったよ。ちょっと怖くて、お茶目なところがあるお前が、好きだ。どこが好きかなんてわかんない、多分、全部が好きなんだと思う」
最早、花火なんざ視界に入ってなかった。家族がきれーとかすげーとか言っているのも何処か遠くの出来事みたいだ。
「だから、俺と付き合って欲しいっ、千波っ」
「兄さん…」
じっと見つめてくる千波は迷っているようだった。
「…一つ、聞いてほしい事があります」
「何だ」
「千波の相手は生半可な気持ちじゃ…つとまりませんよ」
「そうか」
じゃあ、辞めるわ。つい、冗談で言ってしまいそうになるのを慌てて飲み込む。
「どんな千波だろうと、受け止めるよ」
「…覚悟してくださいね」
「望むところだ」
気付けば花火は終わっていて、俺たち二人は不敵に笑い合っていた。
不審そうに俺達を見てくる連中もいたけど、些細なことだ。
「これから千波を喜ばすには…何をすればいいんだ」
「千波は兄さんに引っ張ってもらえればいいんです。正直、これからも一緒にいられると思うと涙が止まりません…よ」
そう言って本当に泣きだした千波を撫でてやり、俺は笑うしかなかった。
やけに味のしないいかをかじりながら考える。この先、どうなるんだろう。
千波編を最後まで読んでいただきありがとうございます。言いたいことは数あれど、一番に言いたいのは上のことだけですね。一応、今後も続ける予定ですが蛇足ととらえてもらって構いません。春秋冬との兼ね合いもあるので仕方ないのです。




