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第十三話:春成の考え

第十三話

 ある日を境に、それまで特に興味も無かった男子生徒の事が気になって仕方がない。

「…夢川、冬治か…」

 気になっている、その言葉だけ聞けば響きはいい。現実は違う。信用できないから気になっているのだ。これが信頼とか、誠実、憧れ等と言った前向きな言葉ならよかっただろう。

 夢川冬治の事が気になり始めたのは春成桜がおもらしをしてしまった日に違いならない。

 あれから、ちょっとだけ日が経った。

 悪く言ってしまえば目の上のたんこぶである夢川の近くに居るようにしていた。当然、口を滑らせたり、わざと言わないか心配してのことである。

「言わないから安心していいよ」

 夢川は確かにそう言った。等価として何か要求されると思っていた春成に何も要求してこなかった。それが彼女を疑心暗鬼に陥らせていたりする。

 彼女の根本として『何かをしてもらうのには対価が必要』と言うものがある為、気を利かせたつもりの冬治は『もしかしたら脅すのかもしれない』等といった反対の結果を生んでいた。

 この歳になって『怖くておもらし』なんて事がばれれば自主退学せざる負えない。彼女は他人には優しいが、自分には厳しかった。想像しただけでぞっとするのだ。

「夢川君、次は移動教室だよ」

「え、ああ、うん」

「一緒に行こう」

「ああ、いいぜ」

 頭痛の種である夢川は何も考えていないようだ。いや、そう見えるのかもしれない…他の人にどう見えるのかは不明でも、春成にはそう見えている。

 一緒に歩いて横顔を盗み見る。何か悪だくみをしていないか、直感じみたものだって春成にとっては貴重な情報だった。

 何故、対価を要求しないのか直接聞いてみれば問題は早急に解決するようにも思えた。ただ、一刻も忘れたい自身の気持ちともしかしたらもう夢川は忘れているのではないか、それなら無理にほじくらなくてもいいはずだ…等と言った実に淡い期待があるのだ。

 横顔を見た結果として…特に何も考えていないように見える。

 昼休みになっても春成は夢川と一緒に昼食をとることにしている。これまでは主にクラスメートの女子と一緒に食べていた。

 最近一緒に食べなくなったね。誰かがそう言うこともない…春成は気付いていないが『どうやら林間学校であの二人はそういう事になったようだ』と認識されていたりする。

「春成さんさぁ」

「何かな」

 毎回、呼ばれる度に心臓がどきんとはね上がる。

「最近やたらと思いつめてるみたいだけど…何か心配ごとでもあるの」

 能天気にそう言われて、久しぶりにかっとなった。

 危うく『誰のせいだ!』と怒鳴りつけそうになるものの、太くてたくましい理性が押さえつけてくれる。

「…う、うん、ちょっとね」

 ここで怒ったら逆切れもいい所だろう。

「そっか、まぁ、話せない事もあるだろうしもっと親しい人に早く打ち解けたほうがいいよ」

 出来ればとっくにやっている。

 心の中で壁を一発、叩いておいた。

「暑くなったよねー」

「そうだね。夏服でも熱いし、冷房が無いと思うと私死んじゃいそう」

 とりあえず落ちつかせるためにいつもの会話をすることにした。当然、相手の言葉の中に真意が隠れているのではないか…そんな気持ちも忘れない。実に難儀で真面目な性格だった。

「たまにスカートが羨ましくなるよ。俺も煽って冷気を入れたい」

「はは、確かにそうかも」

 一見するとマイペースそうな性格をしている男子生徒だ。顔は良く言えば普通、悪く言えば特徴のなさそうな男子生徒である。成績も突出して素晴らしいわけでもなく、運動神経も特別素晴らしいわけでもない。

「でも、男子ってスカートを煽っていると嬉しいんじゃないの?パンツがみられてさ」

 男がえっちだということは当然、知っていた。これまで告白してきた中でそっち方面の告白をしてきた変態がいたりもしたのだ。

 あくまでそれは確認のために聞いたつもりだった春成に首を振った。

「いやいや、幻滅だよ。もちろん、みられれば何でもいいって言う人もいるのかもしれないけどさ」

 首をすくめる夢川にそういうものなのかと情報を更新させる春成。

「変な方に行きそうだから話題変えるけど春成さんは夏休みどうするの?」

「夏休み?」

「え?あと二週間で夏休みだよ」

 そう言えばそうだ。

「わ、私はまだ計画立てていないけれど…」

「そっか、俺は普通に友達と遊ぶかなー…」

 夢川の知り合いについて詳しい事は知らないものの、四季と言う男子生徒はうわさ好きである事は知っていた。この前の林間学校についてちょっと居なくなった二人の事にあれこれ突っ込んで聞いていたぐらいだ。

 ニヤニヤしていたところを見ると何か掴んでいるのかもしれない…もっとも、あっちはあまりいい噂を聞く相手ではなかった。

「し、四季君とも遊ぶ?」

「四季?ああ、多分」

 これは危ないだろう。それなら、自分が一緒に居れば何か問題が起こる前に対処できるはずだ。悪だくみをしているのかもしれない…二学期が始まって、全校生徒に知られているのではないか…考えすぎとも思われた。でも、一パーセントでもあるならどうにかしたい。

「な、夏休みさ…私と一緒に勉強しない?」

「いや、それはさすがに…」

「た、たまには息抜きで遊びに行くから!」

 相手の喉元に食いつかんばかりの勢いである。これに夢川は小刻みに首を縦に動かした。

「よし」

 何かを守るために、何かを失う…彼女の好きな対価は今まさにクラスで誤解を生んでいたのであった。


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