第十二話:晩冬先輩とお留守番
第十二話
これほど不幸な事も無いだろう。え?何がって?
林間学校だと言うのに風邪をこじらせてしまったおかげで俺は三日間、学園に行かなくてはいけなくなったのだ。
三年生は林間学校が無い為(お受験ですの)、通常通り基本自習の学園生活が待っている。
当然、晩冬先輩もいると言う事になる。
「貴方が風邪をひいてくれてラッキーね」
「ラッキーじゃないっす」
風邪も一日で治ってしまった。今更、合流したところで後は勉強ぐらいしか楽しい事は残って無い。青春とか、そんなものを勉強に捧げるのも如何なものか。勉強が楽しいとか言う奴は脳が可哀想な事になっているにちげぇねぇ。
「平常通り、貴方にはわたしといちゃついてもらうわ」
「でも晩冬先輩、あれからストーカー被害ないんじゃないんですか」
俺がいる為か、それとも別の要因か…件のストーカーとやらはなりを潜めているようだった。そもそも、俺はそのストーカー被害について詳しく事情を知らされていない。
「んー、そうとも言い切れないわね」
「そうなんですか」
「ほら」
「なんですか、これ」
手渡されたのは無数の手紙だ。どれも、可愛らしいピンクの封筒にハートマークのシールで封をされている。
「読んでいいんですか?」
「いいわよー」
まだ先輩も読んでいないようだ。書いた人の気持ちを傷つけるかもしれない…が、晩冬先輩は迷惑と感じている以上…いやいや、それでもどうかと思う。
「あの、先輩ってちゃんと相手に『迷惑だ』って伝えてますか」
もちろん、迷惑だと言ったら相手が逆上し、悪化したり最悪襲われるなんて事もあるから気をつけないといけない。でも、どう考えても『迷惑だ!』と告げるのは出たとこ勝負だよな。
「ちゃんと迷惑だって伝えているわ」
「じゃあ読みます」
「さっきの『ノー』って答えていたらどうなってたのかしら」
「読みませんよ。気持ちを大切にしてますから」
「珍しく気を利かせたわね」
いつもは利かせてないみたいに聞こえます。なんて言葉より手紙を読む方に集中することにした。
「…『貴女の事が、大好きです。彼女になってください』…ストレートですね。しかも、こんな可愛らしい手紙とか…俺みたいなやつが書いたとしたらおぞましい気持ちでいっぱいになります」
男だったらラブレターなんざ時代遅れのものは使わず(俺の独断と偏見)、玉砕覚悟で告白するべきだ。そう言うと先輩は呆れていた。
「で、その玉砕覚悟のプランとやらはどんなものかしら」
「授業中にクラスの後ろの扉を開けて『好きです!突きあってくだしあああAA』とか言います」
「誤字があるわよ」
俺と突き合ってください…はぁ…はぁ…とか、ただの変態だ。
「まぁ、君の告白方法は置いておくとして、もう一度はっきり言うしかないわね」
「何をでしょう」
「わたしには君がいるっていう事よ…当然、嘘でね」
ウィンクをして晩冬先輩は笑っていた。元からそういった算段だったので別に問題は無いだろう。
「先輩」
「何よ」
「ウィンク似合ってません」
「放っておきなさいな」
そして、数十分後…生徒会室に一人の生徒が入ってきた。
入ってきたのは一人の女子生徒…今の時期に居るので当然、三年生だ。
「って、女子だったんですか」
「そうよ」
下着も盗られ放題だったとは後で聞いた話。
窓側に俺らが陣取り、放送機材がある場所へと彼女は移動した。ふと、彼女の手が放送機材に触れたような気がする。
もっと良く見ようとすると先輩が切り出したので俺はそっちへ視線が動いてしまった。
「飛鳥さん、悪いけどわたしには彼氏がいるの。生徒同士の簡単な付き合いじゃなくて、将来まで約束した真剣なものなの」
先輩の演技は大根じゃあなかった。腕に絡まれる先輩の腕、表情、ちょっと仕草のどれをとっても本当に恋をしているように見えるものだ。
だが、騙されてはいけない。こうして純情な俺の精神をたぶらかしてうんぬん…。
「六花さんがそう言うなら仕方が…ないかな」
ストーカーさんの声ではっとなる。そうだ、騙すのは相手で、こっちは騙す側じゃないか。危うく俺が騙されるところだった。
「わかってくれたのは嬉しい」
「本当に、その男子生徒を愛しているの?」
「ええ、わたしは冬治の事を愛しているわ」
「それを証明できるの?」
飛鳥と呼ばれた女子生徒の挑戦的な笑みに真っ向から先輩は頷いた。
「もちろんよ」
「じゃあキスして見せてよ」
「そう言うのは人前でする事じゃないわ」
先輩の言う事は非常に正しい。特段、先輩が焦っている様子もない。
「あたしは、見せてくれるまで引かないから。将来誓いあってるんでしょ?それなら毎日してるんじゃないの?見せてくれたっていいじゃない!もしかしてあたしを諦めさせるために嘘付いてるんじゃないの!」
生まれて初めて見た人間の躍起になった目…これ、どっちかと言うとキスしたら爆発して凄い事するんじゃないか。しかも、やっぱりばれそうになってるし。
いきなりエンジンがかかった相手に俺は若干ひきつつ先輩の対応を待った。勝手に動くわけにはいかないのだ。
「わたしは人のいる前でいちゃつきたくないんだけどね…冬治はいいの?」
晩冬先輩の淀みの無い態度を俺は一生懸命真似するしかなかった。
「俺は、六花先輩が…やりたいんなら此処でやります」
「そう、じゃあいいのね」
この時俺は、どうにか相手をごまかす方法在るんだろうと思ってた。
「目、瞑って」
「はい」
あってそんなに経っていないのに、人を信頼させる不思議なオーラを出す先輩だ。俺なんてイチコロリで指示に従う。
男がするもんだろうが、先輩の両手が俺の肩に乗せられる。
吐息が顔に当たり、胸の高鳴りを感じる。
何か、決定的な何かが起ころうとしたところで悲鳴に似た気質の言葉が耳に入った。
「もうやめてよっ」
提案してきた相手が言ったのだ。先輩もそこで辞めた。
「…」
あ、あぶねぇ…もう、目の前じゃねぇか。
高鳴る鼓動を押さえつけ、俺と晩冬先輩は相手を見る。
「あたしの目の前で、汚されるのはみたくない…」
「汚されるって…」
俺が汚されそうになったんだけど。
相手にとっちゃ、そんな事はどうでもいいのだろう。少し泣いた後に恐ろしく悪そうな顔をしていた。
「あ、あたしも終わりだけれど…あんたたち二人もアウトね。放送機材、いじってやったんだから」
「…やっぱりか」
彼女に隠れて見えなかった場所はちょうどスイッチの場所だ。きっとONにしたのだろう。
「酷い目にあうといいわ」
そういって生徒会室を出て行った相手を見送ることも無く、俺は頬を掻いた。
「どう、しましょうか」
「さぁね。でも、大丈夫よ」
生徒会室でこんな事をして…本当に大丈夫なんだろうか。ただ、晩冬先輩がどこ吹く風と言う事は大丈夫なんだろうなぁ…。




