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勇気ある者

作者: 石崎京悟

 勇者は魔王と戦っていた。針の山と言われる魔城の、その最上階で。魔王との戦いは半日に及び、その結末も近づいていた。

 魔王は近辺の地域を脅かす凶悪な存在であった。彼が存在し、その邪悪な波動だけで田畑は荒れ、水は淀み、山田さんちの蛇口からナメクジが出たり、川村さんの家にいたっては夜、怖くてトイレに行けなくなるという、災害ぶりだった。

 勇者は一人だった。魔王を倒すには心許ないと、仲間を募ったが声をかける者は、全て恐怖に負け結局、彼は一人で魔王を倒すことを決意した。そしてここまできた。だが、彼は金や名声のために戦っているわけではなかった。まして、人々の平和のためと言った、博愛精神の持ち主でもなかった。

 そんな彼に最後の最後で、最大の困難が降りかかる。

 魔王の王座。銅鏡のように磨かれた床。巨大な柱が連なり、玉座まで朱の絨毯を挟んで一直線に伸びている。照明があれば美しい王座だが、数えるほどの松明しかなく、不気味な空気が漂っている。

 そして、王座の前では美しい壁や床が砕け、絨毯は焼き切れ、大きな柱も二、三本と倒れ、激戦を物語っていた。

「とどめだ魔王。最強の呪文を喰らえ!」

 勇者が魔王にかざした手から光の球が生まれ、それはみるみるうちに大きくなっていく。そしてそれは、しだいにしぼむように小さくなり、


 ぷすん。


 手からガス状のものが放出され、静寂に消えていく。勇者の魔法を恐れ、身を固めた魔王がゆっくり構えを解いて、勇者の手を見る。そして、勇者と目が合う。

 沈黙の間。

 しかし、それは一陣の風が過ぎ去る程度の時間でしかなかった。

「ふ……ふふふ、ふははははは!」

 魔王が堰を切ったように、笑い出した。

「魔力切れか! 惜しかったな魔法使いの身でありながら、一人でここまで私を追いつめたのは褒めてやろう!」

 仁王立ちになった魔王は、格好が悪かった。

 勇者との激戦のせいで、魔王を象徴する闇色の衣は所々破けており、牛の角を模した兜は片一方は折れ、もう一方も角がカーブする辺りで折れて、ぷらぷらと揺れている。

 そして、マントに隠れて勇者には見えないが、ズボンの尻が真ん中からぱっくりと裂けている。さらに、

「どうする、頼みの魔法も使えなくてはな! どうするのだ? ん?」

 その声はとても安堵に満ちていた。一般的な魔王のイメージからすると、それは随分格好が悪かった。

 勇者は魔法使いだった。そして、魔法使いという職業柄、一人で魔王と対峙するだけでも、困難がつきまとう。戦士のように、体力や強くて重い武器を持つ力があるわけもない、僧侶のように傷を癒すような奇跡を起こせるわけでもない。彼は攻撃魔法だけで、此処までやってきたのだ。

 その所業だけでも、まさしく勇者といえるだろう。

「くそう、ここまで来て……!」

 悔しさの余り、握り拳に力が入る。だがそれは一瞬でしかなかった。


 かくん。


 いきなり膝が崩れ、思わず四つんばいになる。勇者は身の異変に驚くが、支える手すら、もはや力がないことに気付く。

「どうやら魔力どころか、体力・気力まで尽きたようだな。どれ、ゆっくりととどめを刺してやろう」

 瀕死の勇者に近づく魔王。

 今、死が一歩ずつ近づく。しかし、勇者はそれを見るしかない。


(本当にもう駄目なのか……。へへ、そうだよな。肝心の魔力がつきちゃあ、魔王に勝てる見込みもあるわけ無いしな。オレの力じゃ、どうやらここまでみたいだ……。

「バカ野郎!」

 ぐふっ! この腰が入ったこのパンチ……お前は脳内勇者二号!

「脳内勇者一号! 何時の間に、そんな簡単に諦めるようになったんだ!」

 くっ、そんなに襟を掴むと魔王に殺される前に死ぬ……。

「大丈夫だ! お前の妄想だから死なない!」

 そうか、なら安心。苦しいけど。

「それはともかく、さあもう一度立って戦うんだ!」

 無理だよ二号。魔力も無いし。

「バッカ野郎!」

 ぎゃ! だって体力も無いし。

「バッッカ野郎!」

 がはっ! で、でも気力ももう無いし。

「ババババババーッカ野郎ー!! 必殺、見開きパーンチ!」


※見開き……雑誌などを開いた時、向かい合っている左右にページの称。漫画では迫力あるシーンを演出する手法として最高峰に上げられる。


 ぐっはー! だって魔王がそう言ったんだよ! もう無理だって!

「目を覚ませ一号!」

 な、に?

「お前は魔王に言われたから戦いを止めるのか!?」

 ……ハッ!

「お前の戦いの幕引きは、誰かに決められる物なのか?」

 ………………。

「この鏡で自分を見ろ!」

 この顔は……。

「そうだ、自信のかけらもない顔だ。これがお前の顔か?」

 ……違う。

「立ち寄った町や村で『魔王を倒す』と言えば、必ず煙たがられた男の顔か?」

 違う。

「ロクに宿にも泊めてもらえず、野宿し続けた顔か?」

 違う!

「魔王を倒すという目的だけで、仲間どころか友達もできなかった顔か?」

 違う……違う!

「違うだろう! 勇者はそんな顔じゃないだろう!」

 そうだ、オレはそんな顔じゃない! ええい、鏡を貸せ!

 こんなもの!


 ガッシャーン!!


 二号、とくと見ろ。これが勇者の顔だ!

「……鏡を見る必要もなく、今の自分の表情をオレに見せるか。ふふふ……」

 フフフフ……。

「ははは……」

 ハッハハハッ……

『ハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 オレは勇者だ!

「そうだ、それでこそ勇者だ!」

 おう!

「こっからが勝負だ。今のお前なら、あり得ないことを起こせる!」

 ああ、奇跡なんぞホイホイ起こしてみせるさ。

「じゃあな。負けることが前提だが、まあ頑張れよ」

 おい、不穏なこと言って去るんじゃない!)


 勇者は立ち上がった。体から抜けきった力を、さらなる精神力で補い、立った。

「魔王、まだ終わってないぞ!」

 力強い眼差しが、あぐらをかいて携帯ゲームを楽しむ魔王に注がれる。

「あ、もう終わった?」

 勇者に気の抜けた返事が返ってきた。

「って、おい、何でゲームやってるんだ。というか、それオレのだろ!」

「いや、最近の携帯ゲームってすごいねえ。白黒画面だった昔が懐かしいよ」

 激高する声に、のんびりした反応。魔王は完全にやる気がなくなっていた。

「ええい、とにかく勝負はこれからだ! ゲームを止めろ!」

「ええー? この面クリアするまで待ってよー」

 魔王の提案に勇者は拒否し、魔王はため息混じりに言い放つ。

「立ったのは凄いけどさ、魔力も無しでどうするの?」

 勇者は微笑んだ。そして、

「どうする……だと? フッ……そんな策やら、手段やらそんな女々しいモノはとうに捨てたさ」

 ふらつく足を一歩一歩、魔王に向けて進めだした。魔王は、じっと見ていた。いや、動けなかった。勇者から出る不気味な雰囲気に飲まれ、ゲームをする手も止まっていた。

 手を伸ばせば、届く位置まで来た。

 互いに緊張の糸が張られ  勇者が笑った。

「オレに残された手は、これだ!」


 ぺし。


 ぺし。


 ぺし。


「な、何のマネだ?」

 魔王に拳を突き続ける勇者に、あまりの愚行に、魔王は驚いた。

 勇者は拳を出し続けながら、

「何のマネ? 魔力もないオレに残されたのは、拳のみ。その拳をキサマにぶつけている。」

「馬鹿な。確かに私の力はあと少し。だがそれは、お前に魔法が使えればのこと! 私の体力を五千と考えれば、お前の拳はせいぜい一与えられるかどうかだぞ?」

「そうだ、だからそうしているのだ!」

「まさか……」

「そうだ」

「まさか!」

「そう、そのまさかだ!」

「五千発殴る気か!?」

「はーっはっはっはっは!」

 その笑いは魔王の質問を頑なに肯定していた。

「ひいぃ! 気の毒すぎて反撃できないー!」

 魔王は腰砕けになった。そして、はいずって逃げ出した。

「逃がすかー!」

 勇者は腰が微塵にも入ってない拳を振りかざし、意気揚々とふらつく足で追いかける。


 ぺし。


 ぺし。


 ぺし。


 ぺし。




 小一時間後、付き合いきれなくなった魔王が反撃したのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  面白い! 面白いです!!  魔王の存在による弊害がナメクジが出る蛇口だったり、勇者がパーティーを組まない魔法使いだったり、更に魔王がやる気をなくしてゲームをはじめていたり…
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