第6.5話 新しい友
今回は作品内番外編として、艦魂である阿蘇を主としています。
ま、阿蘇という艦の気持といったところですw
ですから、仮想戦記に艦魂は邪道とお考えの方は、お読みにならない方が無難です。
内容が解らなくなる事はありません。
『阿蘇』の甲板に一人の少女が佇んでいる。
潮風が背中まで伸びる彼女の黒髪を撫でていく。初夏の日差しが優しく包み込む。
その身は軍装を纏っているが、小柄で顔立ちはまだ幼く、十代前半にしか見えない。
正に少女と呼ぶに相応しい容姿だが、こんな女性が『阿蘇』の乗員の一人なのだろうか?
その答えは、正しくもあり、間違っているともいえた。
一隻一隻の船には、それぞれ一人の女性の姿をした魂が宿るとされている。
それは、現代のハイテク機器を満載したイージス艦とて例外ではない。
この、人間とは似て異なる者、艦に宿る魂を、海に関わる者たちは半ば伝説の如く
「艦魂」と呼んでいた。そして今、甲板に佇む少女こそ、この『阿蘇』の艦魂なのであった。
『阿蘇』の艦魂(艦魂の名前は普通、艦名と同一なので、以降は単に阿蘇と記す)は孤独だった。
時空を越えるという特殊用途に向けて建造された艦なので、同型艦は無い。
これは艦魂にとっては姉妹がいないのと同じだった。
もっとも、生まれて公試運転を終えると直ぐに時空を越えてこの世界に跳んだので、
姉妹がいたとしても会える機会は少なかっただろうし、友を得る事も同様だったろう。
そして、この世界に来ても、隠密行動をとる『阿蘇』は他との接触を極力避けていた。
だから此処でも、阿蘇が仲間を得る機会は訪れなかった。
彼女は甲板から遥か先の海を見つめ、「まだかな?」と呟く。
やがて、「あっ!」と嬉しそうに叫び、その海の一点を注視する。イージス艦の艦魂だけに眼は良い。
注視した先に小さな影がある。その影はゆっくりと、本当にゆっくりと、こちらに向って近付いてくる。
「じれったいな・・・」
待っている彼女には、その速度が堪らなく遅く感じられ、愚痴の一つも溢したくなる。
それでも影は着実に大きくなっていく。そして遂に船型がはっきり解るまでになる。
それは貨物船であった。
待ちきれなくなった阿蘇は、己の身を光に包むと、その船に向って転移した。
彼女はその貨物船の甲板に降り立った。
そこは、己の本体の様に機能的で整った綺麗なものではなく、古ぼけてあちこち錆も浮いた
汚らしく雑然としたものだった。
その様子に彼女は顔を顰めながら、この貨物船の魂-船魂を訪ね歩く。
やがて、船室への入口のところに人影を見つけた。
亜麻色の波打つ髪を肩先まで垂らした女性だ。歳恰好は30才前後といったところだろうか。
この貨物船の船魂に違いない。それは艦魂同士が発するある種の波長でも感じ取れる。
「貴方がこの船の船魂なの? 私はこれから貴方に補給してもらう事となる『阿蘇』の艦魂」
「あ・・・ええ、私がその貨物船『アバ』・・・じゃなくて『福井丸』よ」
たどたどしく応える福井丸に対し、阿蘇が不審な表情を浮かべると、
「ごめんなさい・・・前の船名を名乗っている時が長かったので、新しい船名にまだ慣れてないの」
彼女はそう弁解するが、その表情はいかにも疲弊した様子だ。
それだけでなく、己の本体に合わせるかの様に、その姿もよく見れば薄汚れている。
亜麻色の髪も色褪せ、あちこち解れた様に乱れていた。
阿蘇はその姿に唖然としながらも一言声を掛けようとしたところ、二人の身体に軽い振動が伝わる。
係留している『阿蘇』に『福井丸』が横付けしたのだ。
続いて『阿蘇』艦長である島田の声が『福井丸』に向って響く。
「どうだ? 『福井丸』の具合は」
それに応えるのが、この船を操船してきた片山ら機関担当員たちだ。
「かなりのオンボロ船ですな。機関も相当使い込まれている。
こんな船を売付けたイギリス人を怨んでやりたくなりますよ」
「まあ、そう愚痴るな。これとて秋山少佐が都合を付けてくれた船なんだから、
その恩義に報う為にも我慢してくれ」
島田と片山、二人のやりとりを聴いていたこちらの二人、阿蘇と福井丸は思わず顔を見合す。
いや、それは一瞬の事で、福井丸は直ぐに顔を背けた。
そして、いかにも申訳なさそうに再び「・・・ごめんなさい・・・」と謝った。
阿蘇は最初、何で謝られるのか解らなかったが、やがて福井丸が己のみすぼらしい身形の事を
言っているのだと気付く。
たしかに阿蘇自身、初めての艦魂の友達が出来ると期待していたのに、彼女の姿を見て失望しなかった
と言ったら嘘になる。しかし、今の自分を卑下する福井丸の姿は、堪らなく哀れに映った。
だから彼女は福井丸の手を取り、精一杯の笑顔を作ると言った。
「来てっ! 私の艦を案内するからっ!」
二人の影は一つとなり、光に包まれた。
己の本体の甲板へと戻った阿蘇は、福井丸の手を引いたまま、艦内のある場所を目指す。
そこは居住区であり、彼女はその中の一つ、仕官個室のドアを勢い良く開けると叫ぶ。
「し~の~! 友達連れて来たよ!」
中には一人の女性士官が居たが、いきなりドアが開いた事や、阿蘇の叫び声には別段驚いた様子は無い。
そればかりか、笑顔を阿蘇に向ける。
髪を三つ編み状に一本に結い、それを首筋に沿わす様に垂らした眼鏡姿の女性。
文学少女という表現がぴったりくるこの女性士官は、津島志乃といった。
階級は二等海尉、いや、今は帝国海軍中尉で25歳。通信関係を担当しており、千香の配下である。
艦魂は誰でも見える訳ではない。それどころか、見える人間は極めて稀有であった。
おそらく何らかの波長が合わないと見えないのだろう。霊能力者にも近い存在なのかもしれない。
津島志乃は、その数少ない艦魂の見える人間であった。
「そう、良かったね」
志乃は歳の離れた妹を優しく労わる様に阿蘇に声を掛ける。
しかし、次に発せられた彼女の言葉は、まだまだ幼い阿蘇には衝撃的だった。
「それで、その友達はどこに居るの?」
「えっ! ちゃんと私の横に居るけど・・・ひょっとして、志乃には見えないの?」
「うん、私に見えるのは阿蘇だけ・・・」
志乃はいかにも残念そうに言う。
「そんなぁ・・・」
阿蘇の笑顔は、玩具を取上げられた子供の様に、途端に泣き顔へと変わる。
その様子に今度は傍らに居た福井丸が、そっと彼女を慰める。
「良いんですよ。汚い身形の私なんて見えなくって」
そう言われても阿蘇には納得出来なかった。
今日、初めて福井丸という船魂の友が出来たのに、それをもう一人の友である志乃には見えない。
彼女には、それがとてつもなく理不尽に思われた。
外伝の方でもそうですが、当方のオリジナル設定として、艦魂が見える人間でも艦魂全員が
見える訳ではありません。
これは、艦魂が見える主人公が、艦魂に囲まれてハーレム状態な上、人間様そっちのけで
作戦会議やったりと、そういった作風に疑問を感じるからだったりします。
「だったら艦魂なんか出すなよ」と言われそうですが・・・
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