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時空の波涛  作者: ELYSION
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第6話 『あそ』から『阿蘇』へ

海軍とのパイプが出来た『あそ』のメンバーは、その後も何度か山本らと秘密裏に会合を続け、

帝国海軍における『あそ』およびその乗員の扱いについて決めていった。


まず護衛艦『あそ』であるが、常備艦隊所属とし、一等巡洋艦『阿蘇』となった。

艦名自体は史実において日露戦争以降に制定される命名規準に則したものであり、

元々海上自衛隊の艦名規準もこれに準拠したもの(ただし平仮名書き)であるから、何ら問題無い。

そして、常備艦隊所属とはいっても、今まで通り単艦で行動する遊撃部隊的位置付けとなる。

もちろん『阿蘇』の存在は山本ら一部の者にしか知るところでない。


それよりも重要なのが航行用の燃料の問題である。

『阿蘇』の機関はディーゼルだ。原子力どころか現在の軍用船舶の主流であるガスタービンでもない。

最新鋭のイージス護衛艦にしては、退行した感がある機関方式を採用したものだと思われるだろうが、

これは西暦1900年の過去に遡る(ふね)として充分考慮した上での事だ。

たしかに原子力機関であれば、燃料補給の心配はいらない。

だからといって、メンテナンスの呪縛からは逃れられる訳ではない上、その作業は恐ろしく複雑とくる。

とても機関担当の乗員だけで帰結出来るものではないのだ。

当時の人々の手を借りるとなっても、今度はそんな複雑な機関は理解不可能となってらち)があかない。

何しろこの時代-1900年初頭の艦船の機関といったら石炭炊きのレシプロ機関が未だ主流で、

タービンが普及するのも最初の弩級戦艦たる『ドレットノート』が登場した事によってという有様なのだ。

その点ディーゼル機関は、1908年に独MAN社と技術協定を結ぶ等、当時の日本でも研究が進んでおり、

こちらは充分理解可能だと考えられ、この機関方式の採用に踏切ったのだ。

又、ディーゼルは燃費等の問題で経済的なのも理由の一つである。

その分、速度がやや遅いのが欠点だが、『阿蘇』はそれでも30ノット出せる。

大型艦の最大速度が20ノット前後の当時の状況からみれば、これは驚異的速度といえるだろう。


機関の説明はこれくらいにして、本題である供給の問題に移る。

ディーゼル機関というと、燃料は軽油である。

ただし『阿蘇』は当時の質の悪い燃料でも航行出来る様に、艦内に精製装置を積んでおり、

重油でも運行可能となっている。

この点は良いのだが、当時は先述の通り石炭主体であり、石油の貯蔵施設といったら、

神戸ぐらいしかなかったのである。よって『阿蘇』はこの神戸まで供給を受けに行く訳であるが、

隠密行動をとる艦が、堂々と入港する訳にはいかない。

そこで、中継ぎ用のサポート船の整備が急がれる事となる。

つまり、この船を使って神戸の貯蔵施設から燃料を受取り、沖合に隠れて停泊している『阿蘇』に

給油するという段取となる訳だ。

構造としては、海軍で徴用した貨物船の船倉に石油タンクを設けた簡易タンカーとなる予定だ。



『阿蘇』が常備艦隊へ編入になるのに伴い、島田をはじめとする乗員も帝国海軍所属となった。

階級は現行の海上自衛隊での位階がそのままシフトされた。

艦長である島田は一等海佐なので、帝国海軍では大佐という具合になる。

軍装も新たに帝国海軍のものが用意された。

ただ困ったのは、岡本千香ら女性乗員の扱いである。

この時代、軍隊は男性の独占場であったので、軍装だって女性用のはもちろん無い。

「男物で良いんじゃないですか。

岡本副長なんて髪はショートカットだし、胸だって無いんだし、男と何ら変わりませんよ」

こんな事を冗談でも言おうものなら、彼女から容赦の無い鉄拳が飛んでくる。

しかし、結局決め手が見つからず、女性は公の場に出ない事を前提に、軍装は男物を手直しする事で

我慢してもらうしかなかった。



6月の初め、『阿蘇』のサポート船の用意が出来たと連絡があり、島田たちは下見に訪れた。

「随分と大きな船だな。燃料を運んでくれれば良いだけなのに」

島田は桟橋からその船を見上げながら呟く。

「3000tクラスだそうです」

片山がそれに応える。

目的が燃料輸送だけに、片山を長とする機関科担当員が中心となって運用・管理する予定なのだ。

「ま、これだけ大きいのなら、何も燃料だけでなく、他の必要物資の運搬に使うのも良いかもな。

そうなると岡本君の出番か・・・」

島田も考えを改める。

副長の岡本千香中佐は船務長も兼ねており、必要資材を管理する主計係は彼女の配下となる。

一堂はやがて船首部分に辿り着く。そこにはこの船の名が記されている。

『福井丸』-そう書かれていた。

船名を見て、片山は驚きの表情を浮かべる。それを不思議に思った島田が尋ねる。

「この『福井丸』っていう船は、歴史的なものですよ」

「どういう風にだ?」

「1904年3月27日の第2次旅順港閉塞作戦において、あの広瀬少佐と共に没した船です」

片山の言う通りだった。

この『福井丸』、元の船名を『アバーゲルデイト』といい、1882年に英国サンダーランド造船所で

竣工した貨物船だった。それを1899年に右近権左衛門なる商人が買取り、『福井丸』として運行開始。

1903年12月17日に海軍が徴用し、翌年の旅順閉塞作戦に用いられ、沈められたという履歴を持つ。

島田たちの驚く様子を見て、案内役の秋山は、「解っていただけましたか?」といった表情をする。

「秋山殿は知っておられたのですか?」

「ええ、貴方がたに見せていただいた歴史によりますと、私の立案した閉塞作戦で、

親友の広瀬をこの船で死に追いやる事となります。

その想いを断ち切りたいが為に、私はこの船を貴方がたに託す事にしたのです」

秋山の意図を汲み取った島田は、彼の手をしっかと握る。

「ありがとう秋山殿。この『福井丸』、大切に使わせていただきます」

前回から間隔を置かずに投稿という事もあって、短めです。

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