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時空の波涛  作者: ELYSION
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第13話 女たちの想い

「武夫、やはり帰ってしまうの?・・・」

その亜麻色の髪の女性、とはいえ、少女からやっと女性と呼べる範疇に入ったばかりの若い彼女は、

今の自分の気持や、昨今の空と同じ灰色の瞳で、相手を見据えて訊く。

「仕方ないんだよ。アリアズナ」

その相手は、彼女を諭す様に優しく答える。口髭を携えた男性だ。しかも日本人である。

「僕だって軍人だからね。国からの命令に逆らう訳にはいかないよ」

「それはそうだけど・・・」

アリアズナ、アリアズナ・ウラジーミロブナ・コヴァレフスカヤとて、海軍大佐の父を持つ貴族の娘である。

いくら女性は軍事に無関係とはいえ、それくらいの事は解る。

しかし彼女と、相手である日本人男性との間柄は、それだけでは納得仕切れないものがあった。

少なくともアリアズナ本人には。

「大丈夫。日本とロシア、両国の冷めてしまった関係は一過的なものだよ。

元通り平穏に戻れば、僕は必ず戻ってくる」

大日本帝国海軍少佐・広瀬武夫も、アリアズナの気持を感じ取り、力強く言い放つ。

「本当かしら?・・・」

彼女は未だ不満気に疑わしそうに呟く。

その短い喋りの中には、いろいろな想いが交差する。

一つは自分の母国ロシアと、広瀬の母国日本との関係が、本当に修復され、元に戻るのかと言う事。

優雅な貴族の娘にも、うすうす感じられる程、両国の関係は緊張して来ていた。

そればかりでなく、父の物腰を見ていると、国内においても叛乱の兆しがあるらしい。

いざ叛乱となれば、貴族である自分たちの身の保全も考えねばならないだろう。

そして何よりも、広瀬が日本に帰ったまま、それっきり一生会えなくなるのではという疑い。

軍人として戦死したとなれば、まだしも納得出来よう。

自分を棄てて、母国である日本の女性と結婚してしまったら・・・

アリアズナは、そこまで広瀬に対して真剣だった。

「本当だよ。もう一度誓って言おう。僕は必ず、どんな事をしてでも戻って来る!」

広瀬も彼女の熱い想いに応えるべく、更に力強く答える。

しかし、「その時は結婚しよう」と続けるのは(はばか)れた。

これは、軍人として日本人男性として、情熱的な言葉を発するのは軽薄だと考える向きもあったが、

それ以上に重要なのが、二人の年齢差だった。

アリアズナが20歳を過ぎたばかりの若さに対し、広瀬はこの時既に34歳。一回り以上の隔たりがあった。

彼女が自分を慕い愛してくれるのは嬉しい。

しかし、歳の離れた自分との結婚が、彼女の幸せとなるのだろうか?

このまま日本に戻ったまま、ひっそりと身を引いた方が、最終的には彼女の為になるのではないか?

一途なアリアズナに対し、広瀬には躊躇するだけの理由があったのだ。

事実、広瀬の心の奥底には、彼女を恋人としてより妹として見る趣きがあった事も確かである。


一週間後、広瀬は帰国の途に就いた。

アリアズナは見送りには来てくれなかった。

その代わりではないだろうが、やはり広瀬が弟の様に可愛がり、彼自身も広瀬を「タケ兄さん」と呼んで

慕ってくれた、ロシアの若き海軍士官ボリス・ヴィルキトゥキーが来てくれて、別れを惜しんだ。

ロシアとの戦ともなれば、二人は敵味方に分かれて争う事になるのである。

広瀬はおもむろにポケットから、ある物を取り出した。

それはペンダントだ。Aの字が彫ってある。アリアズナの頭文字だ。彼女からのプレゼントなのだ。

彼はそれを見詰め、彼女の笑顔を思い浮かべた。

この先、同じくAの頭文字を持つ女性と深く関わりを持つ事を、広瀬も、アリアズナも、

未だ知る由も無かった。




「兄が亡くなりました・・・」

広瀬と同じく海軍少佐・秋山真之は、親友の死を、その妹の律から聞かされ、さすがに唖然となった。

結核で余命いくばくも無い事は覚悟していたが、やはり悲しいものである。

ロシアとの開戦の準備に追われる日々を送ってはいるが、せめてもう一度だけでも生前に見舞うべき

だったのではと、後悔の念が浮かぶ。

「そうか・・・」

秋山は短く呟き、続けてこう訊く。

「りーさんも寂しくなるね。これからどうするんだい?」

「母の面倒を看ながら、兄の功績の整理でもして、ひっそりと暮らしていこうと思います」

「そうか・・・」

秋山は、その答えにもう一度同じ言葉を呟く。

「それでなんですけれど・・・」

伏せ目がちだった律は、いきなり秋山を見詰め、

「淳さんは『結婚する』気は無いのですか?」

「りーさんはもう『結婚する』つもりはないのかい?」

奇しくも二人の間に、相手に対して結婚の問掛けが重なり合う。

そのハーモニーに驚く二人。

「りーさん・・・」

「・・・じ、淳さんから、先に答えを言って下さい・・・」

そう言って(うつむ)く律を、秋山は見下し頷くと、

「分かった。僕なら今は皇国の重大時。軍人としてもそんな余裕は全然無いよ」

律を(なだ)めるかの様に、あっけらかんとした様子で答えた。

「そう。そうですか・・・だったら・・・」

秋山の答えに律は、安堵した様な思い詰めた様な複雑な面持となった後、突然、

「淳さん、いえ、秋山真之少佐! 私を貰っていただく訳にはいきませんか?!」

律からのいきなりの求婚に、秋山が驚いていると、彼女は更に畳み込むかの勢いで続ける。

三十路(みそじ)を入り、二度も三行半(みくだりはん)を突き着けられた女では駄目ですか?!

私・・・私・・・昔から淳さんの事が好きで・・・それで・・・」

最初の勢いがいつしか涙声に変わり、彼女は顔を手で被って俯いた。

史実でも正岡律は、過去に二度結婚している。

しかし,事在る毎に兄の居る元に戻る嫁に相手は呆れ、二度が二度とも離縁を申し渡されていた。

秋山は驚きながらも、律の言動の一部始終を冷静に見据え、優しく声を掛ける。

「りーさん、先にも言ったけど、僕だって軍人の端くれ、今がその時では無いのだよ」

「だから・・・だから・・・待ってます。私だって今はまだ、兄の喪に服してないといけないし・・・

世の中が落着き、淳さんが「いいよ」って言ってくれるまで・・・」

「りーさん・・・」

秋山は未だ興奮冷めやらぬ彼女に対し、顔を(しか)めて困ったふりをするが、実際はそれほどでは無い。

結婚なぞ、どうでも良いとも思っていた。

これは何も彼に限った事では無く、秋山家の男子は、ある方では優れた才能を発揮する反面、

その他の事には、ずぼらで無頓着な面があった。

実際、彼とは九つ違いで、三番目の兄に当る好古(よしふる)にしてそうである。

同じく軍人士官の道を歩んだ(ただし真之が海軍に対し好古は陸軍)この兄も、佐久間多美との結婚は

36歳の時と晩婚である。陸軍士官学校同期の中では一番遅かった。

この結婚も母や多美、その他周りの人間の根回しで、本人はやっと腰を上げる始末であった。

だから、弟の真之にしても、律がそれで幸せになるのなら、それも良いかな?程度だった。

たしかに親友・正岡子規の妹にして幼馴染でもある彼女とは、気心知れた仲である。

今は兄・好古夫婦の処に厄介になっている母にも面識がある事だし、喜ばれるだろう。

しかし、いずれにしても今は結婚を考える状況ではない。

「分かった。考えておくよ。けれども今直ぐという訳にはいかない。それでも良いかい?」

あやふやな答えしか出来なかった。

それでも律は満足だったらしく、笑顔を取繕い、「はいっ!」と返事をした。

4年に一度のこの日に向けて何とか投稿をと、目指してみたのですが、やはりというか、中途半端に終わってしまいましたorz

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