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時空の波涛  作者: ELYSION
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第12話 明石元二郎との密談

航空界においては『富式1型飛行機』が最初の実用機として、イギリスに渡ったものは

ドーバー海峡横断飛行に成功する等、華々しい活躍を示した中、並行開発している戦車に

ついては難行していた。

これは、飛行機については紛いなりにも『玉虫型飛行器』という先例があったのに対し、

戦車についてはそれが無く、全くゼロからのスタートとならざるを得ない状況にあったからだ。

特に問題となったのは、一般にキャタピラーと呼ばれている覆帯を用いた無限軌道の機構だ。

『阿蘇』のメンバーに限らず、今日当り前にイメージ出来るこの機構も、当時の人間には、

車輪とは異なる機構として、なかなか受入れられるものではなかった。

それでもやっとメドが立ち、もう一歩の段階までこぎつける事が出来てきた。


ところで、無限軌道式の走行車両が、当時全く無かった訳ではない。

1901年、アルビン・ロンバートというアメリカ人が、蒸気動力の木材輸送用雪上トラクターを

開発・実用化している。

これは後輪に当る駆動部がその無限軌道であり、舵を取る前輪部は(そり)となっていた。

早い話が、蒸気機関車にスノーモービルの下回りを組み合わせた代物だと思って良い。

車両の下回り全体に無限軌道を用いたのは、1905年、イギリスの農機具メーカーだった

ホーンズビー社が最初である。それをアメリカのベンジャミン・ホルトが興したホルト社が、

先のロンバートの車両共々特許を買取り、商業ベースに乗せる事に成功したのである。

そして、覆帯の動きをイギリス兵士が芋虫(キャタピラー)と皮肉った事を戴き、この手の車両を『キャタピラー』

という名で商品登録、後に会社名までホルト社からキャタピラー社に改名、今日まで至っている。

この事実から、『阿蘇』のメンバーとしては、ホーンズビー社ならびにホルト社に先駆けて

無限軌道車両を開発し、特許を取得。ついでにキャタピラーという商標まで戴いてしまおうという

野望を持っており、これはどうやら達成出来そうな見通しが立って来た。

達成出来れば次なる目標も決まっている。それはクリスティー式サスペンションを先取りする事だ。

ソ連製T-34戦車で有名なこの機構を封じてしまえば、列強諸国に対して大きな牽制になると

考えられるからである。




1902年半ば、島田は明石元二郎(あかし もとじろう)大佐と面談する機会を得ていた。

フランス駐在武官からロシア駐在武官に勤務換えとなるに当って、明石は一時帰国していたのである。

史実において彼は、日露戦争中にロシアを内部から突き崩す謀略戦を行い、日本における諜報活動の

第一人者と知られている。

島田は、そんな彼との面談を、二宮忠八の元上司であり、二宮飛行機製作所の設立にも大きく携わった

長岡外史からの口利きで、すんなりと実現出来たのだった。史実においても明石と長岡の関係は深い。


「貴方がロシアで、これから出会うであろう人物の中で二人、始末してもらいたい者がいるのです」

島田は単刀直入に切り出した。

「始末してもらいたいとは物騒ですな。

それに、出会うであろうなどと、預言者じみた言い方をされるのは何故ですかな?」

明石は島田の言い回しを指摘する。島田はニヤリと笑い、

「さすがに鋭いですね。そうです。この時代の人々にとれば、私はたしかに預言者でしょう」

そう言って島田は、自分を含む『阿蘇』のメンバーが、未来から来た事を正直に話した。

明石はそれを興味深く聴き入っていた。

「なるほど、日本が初めて飛行機なる物を開発出来たのは、貴方たちの仕業でしたか。

私が駐在していたフランスでも、えらい騒ぎになっていますよ」

彼は笑いながら訊き返す。

「それで始末して欲しいとは、いかなる人物ですかな?」

明石に言われて、島田は一枚の写真を差し出す。

「彼はロシアの革命運動家で、ウラジーミル・レーニンと言います。

もっとも今時点では、本名のウラジーミル・ウリヤノフを名乗っているでしょうけど。

ただ、間違っていただきたくないのは、始末してほしいのは彼では無い事です。

レーニンには、しばらくの間、少なくとも日露戦争の間は、ロシアを内部から揺るがす者として

活躍してもらった方が好都合でしょう。

問題なのは、彼に腰巾着の如く纏わり着いているであろう、この男です」

島田は二枚目の写真を差し出す。

「ヨシフ・スターリンといいます。

もっとも彼とてレーニン同様、本名のヨシフ・ジュガシヴィリを名乗っているでしょうけど。

彼を生かしておく事は、日本はおろか、世界的に見ても好ましいものではありません」

島田はスターリンが、レーニン亡き後を受けて独裁者に成り上がり、政敵をことごとく粛清、

その後は世界を二分しての冷戦時代に突入する事を、明石に語って聞かせた。

「なるほど、その様な危険人物に成るのなら、放っておく訳には参りませんな」

「ええ、そうなのです。

ですが、彼は今時点では単なるチンピラです。それとなく動向を探っていただくだけで結構です。

むしろ、彼よりも緊急性を要するのが、二人目となるこの男です」

島田は三枚目の写真を差し出した。

「グリゴリー・ラスプーチンという得体の知れない怪僧です。

彼がロシア帝国首都サンクトペテルブルクに現れ次第、即刻始末する必要があるのです」

ラスプーチンは、日露戦争の最中の1905年に生まれた病弱なアレクセイ皇太子の祈祷治療で、

皇帝夫妻の厚い信任を得たのを良い事に宮廷内で横暴な振舞いをし、これがやがてロシア帝国

崩壊の糸口になるのだと、島田は明石に説明した。

「しかし、その様なロシア帝国を危機に導く男なら、今の日本にとっては、彼をのさばらした方が

むしろ好都合なのではないかね?」

明石は指摘する。

「たしかに、そういう見方も出来ます。

しかし、未来から来た私どもが考えるには、ロシア帝国が崩壊し、ソ連という社会主義国家が

成立する方が、事として重大だと言えるのです。

ですから、スターリンはもちろん、レーニンも、いずれは始末すべき対象だと考えています。

とは言っても、今の日本に差し迫った問題として、ロシア帝国の威力を微分にでも弱める事は

もちろん大事です。けれども御安心下さい。ラスプーチンに代わるものを私どもは用意出来ます」

島田は明石に向って微笑むと、合図を送る。それを受けて、一人の人物が現れた。

明石はその現れた人物を見て、意外この上ない表情をして驚く。妙齢の美女だったからだ。

「彼女も、未来から来た私ども『阿蘇』の乗員の一人で、艦内医も務める露本理恵軍医中佐です。

この露本中佐こそ、ラスプーチンに代わりし私どもの切り札です」

島田は理恵を明石に紹介し、してやったり顔で微笑むのだった。

どうにか年内最後の投稿をする事が出来ました。

日露戦争開戦まで行けるかな? とも考えてましたが、無理でした。すみません。

それでも一ヶ月に三度、定期的に投稿出来た事は、自分的には満足しています。


今回、読者様の記憶を繋ぎ留める意味で、戦車と露本女史を登場させてみました。

私自身が存在を忘れていた訳ではありませんよ。本当ですよw



それでは、年が明けた来年も本作を宜しくお願いします。

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