第11話 『三笠』来航
イギリスに旅立った5機の『富式1型飛行機』と入れ替わる様に、竣工した戦艦『三笠』が
3月1日、日本への引渡し式を行った後、13日にイギリスのプリマスから出航した。
「『阿蘇』を『三笠』と並航させてみないか?」
島田が突然そう言い出したのは、『三笠』の日本への到着が間近となった5月初めの事だ。
「どういう事ですか?」
虚に包まれた様に訊く『阿蘇』の乗員たち。
「いやなに、『阿蘇』も最近航行させてなくて運動不足だろうし、
光学迷彩の効き具合も、今一度確かめておきたいと思ってね。
君たちも知っている、記念艦となり岸壁に固定された『三笠』では無く、
竣工から間もない生きた『三笠』が見れるのも、この世界に来たならばこその醍醐味と言えるし」
島田は澄まし顔で答える。
光学迷彩とは、その場の景色を投影する事によって、外部から存在を気付かれない様にするものだ。
艦船に設置した場合、航行時に波を切る事によって生じる航跡が、せっかくのこの装置を台無しにも
しかねないが、その点は艦首に特殊な消波装置を設ける事で、最小限に抑えている。
もちろん島田も、この世界に旅立つ前に確認を取っているし、来てからも『阿蘇』の活動時に実証済みだ。
けれども、外部から『阿蘇』がどの様に映るのか?
ロシアとの戦の前に再度確認をとり、作戦に役立てようというのが、島田の考えであった。
かくして『阿蘇』は、『三笠』とのランデブー航行を試みる事となり、その際に一騒動あったのだが、
この件は次話に譲るとして、先を進める事とする。
「ようやく揃ったな・・・」
5月18日、無事横須賀に到着した『三笠』を見上げ、山本権兵衛は感慨無量の想いで呟く。
列強に屈する事の無い海軍力の増強に心血注いできた彼にとって、『三笠』はそれを結実させる艦である。
しかし、此処に辿り着くまでの道程は紆余曲折の連続であり、中でもこの『三笠』は、
資金が尽きた中を、予算の違法流用という荒業を犯してまで手に入れた至極の一艦であった。
それだけに彼の『三笠』を見る目は、我が子も同然と言えた。
『三笠』もそれに応えるべく世界最大最強。連合艦隊旗艦を務めるに真に相応しい艦である。
「六六艦隊が完成しましたね」
島田は山本の傍らに立ち、共に『三笠』を見上げながら言う。
「ああ、やっとな・・・」
山本は、これまでの辛苦の道程を思い出してなのだろう、静かに答える。
「しかし、閣下は更なる先の事を考えておいでですね?」
「たしかにそうだが」
「それについてお話したい事があります」
「ほう、どんなだね?」
「それについては、この場所では申せませんので、場所を室内に移してからで」
「解った。聴かせてもらおうじゃないか。君の話を」
二人は鎮守府内へと向った。
「必要無いと言うのか?」
山本は怪訝そうな顔で島田に訊く。
「はい。帝国海軍は、閣下が心血注いだ結晶として、
先程の『三笠』をもって、戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻からなる六六艦隊を完成させました。
そして閣下は、更なる戦艦の増備を考えておいでです。
けれども、私に言わせていただければ、この増備分は全くの無駄以外の何でもありません」
島田は穏やかながらも辛辣さを含めて答えた。
「しかし、露西亜と戦う事となれば、損傷する艦も出てくるだろう。
最悪、沈んでしまう艦もあるかもしれん。
その場合、補充が利かないのはどうかと思うが。戦艦なんぞは一夜にして出来るものではないぞ」
「たしかに我々の歴史においては、戦艦『八島』『初瀬』が機雷に触れて爆沈という、
全くもってつまらない理由で失われています。
そして、敷島級の後継となる2隻-我々の世界では『香取』『鹿島』なる艦名を与えられてましたが、
戦争には間に合わなかったものも、失われた2隻の補充として、戦後の海軍力保持の面では、
いくらか役に立ってくれました。しかし、あくまでも”いくらか”です。
直後にイギリスが画期的な新戦艦を竣工させるに至っては、無駄な買物だったと言えるのです」
「画期的な新戦艦というのは『ドレッドノート』という奴かね?」
「そうです。この艦の出現によって香取級の2隻は直ちに旧式艦に成り下がるのです。
多額の借金までして買い揃えた戦艦が、一夜にして旧式艦の烙印を押されてしまう。
これでは最初から無い方が、どれだけマシと言えるのではないですか?」
「島田君、君はそう言うが・・・」
「閣下の心配される御気持は、よく解ります。
けれども御安心下さい。皇国に我ら『阿蘇』がある限り、一隻たりとも失わせる真似はさせません。
したがって後継艦の追加発注は必要ありません」
島田は山本相手に、正すかの如くピシリと言う。
「常々そうだが、島田君は随分と大きく出るな」
山本は半ば呆れる。
しかし、島田にはそれを言うだけの技術も、実行するだけの力もあった。
それがホラ吹きのペテン師とは大きく違うところだ。
「はい。我々は歴史を知る者ゆえ、それなりの自信がありますから。
だからといって、我々を頼っていただいてばかりでは、勝てる戦も勝てはしません。
兵士の士気向上に関しては、必要充分にやっていただかないと困ります」
「無論だ。それくらいの事は、君に言われなくとも解っておる」
島田のケチの付いた意見の数々に、少々頭に来ていた山本は、憮然として答えた。
「しかしながら、戦艦の増備をするなという訳ではありません。
従来通りイギリスから戦艦を買入れるのではなく、将来を見越して国産艦をこれに充てるのです。
もちろん建造する戦艦は『ドレッドノート』に準じたものをです」
「そうは言っても、戦艦を建造した経験の無い我が国が、いきなり新式戦艦なんぞ出来るのかね?」
「はい。今から準備しておけば充分可能です。
とりあえず、主砲の試作だけでも着手しておいた方が良いでしょう。
そして、出来た砲を試す上でも、丁度良い艦がある事ですし・・・」
そう言って島田は一枚の図面を山本の前に広げる。描かれている艦は、山本も良く知る艦であった。
「この艦をどうするのだ?」
「日清戦争においては、帝国海軍の切り札として期待されてながら、搭載砲は故障の連続、
たまに撃てても、今度は船体の安定が困難になる等、全く良いところ無く終わった艦ですが、
10年近い歳月を経た後に製造されるこの砲に換装する事により、正面切ってはさすがに無理としても
それなりの戦力にはなると考えられます。
もちろん新型砲の搭載だけでなく、多少の改修は必要となりますが・・・
それから、この砲に関しては、別の利用方法も考えております」
島田は新たな図面を見せる。これには山本も驚く。
「何なのだね? これは」
図面に描かれた物は突拍子も無い物だったのだ。
「戦艦は強力な攻撃力を持っておりますが、陸上へは砲弾の届く範囲でしか役に立ちません。
これは、そんな戦艦の砲弾が届かない陸の奥深くまで攻撃出来る兵器です。
『陸上戦艦』とするにはいささか語弊がありますので、『移動砲台』とでも言うべきでしょうか」
島田はそう山本に説明し、ニヤリと笑った。
結局、この時の島田の意見が通り、敷島級の後継となる戦艦2隻のイギリスへの発注は無くなった。
又、国産大型艦の建造も、今日では巡洋戦艦のはしりとされている筑波級2隻『筑波』『生駒』、
鞍馬級2隻『鞍馬』『伊吹』も、この世界では建造される事がなく、いきなり薩摩級戦艦が最初となる。
それも史実では、前弩級や、せいぜい準弩級だったのに対し、純然たる弩級戦艦として完成に至るのだ。
日本はこれらを中止した事による浮いた予算で他の設備を充実させ、着々と戦争準備を図っていく。
次話以降に持ち越す事ばかりの中途半端な回とも思えますが、こういったのを入れておかないと、
いきなり登場させた場合に批判を受けかねないからと、自己弁護しておきますw
終盤に出てきた新兵器は、わざと名称を伏せておきましたが、解ったと思います。
けれども今はまだ、胸の内に留めておいて下さいw
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