第8.5話 入浴と艦魂社会
艦魂を主体とする作品内番外編の第2回目です。
なお、設定を変更しましたので、「第6.5話b 新しい友(改訂版)」からお読み下さい。
「津島中尉、今度の貴方の非番日だけど・・・」
千香が志乃に声を掛ける。
「はい。何か都合でも悪いですか?」
「いえ、それは無いんだけど、この日は『福井丸』とのランデブー日なのよね。
調べたら、この前も、その又前も、やっぱり『福井丸』が来る日に、貴方は休暇を取ってる。
これって、何か訳でもあるの?」
「あ、い、いえ、単なる偶然ですよ・・・ホントに・・・」
はにかみ笑いを浮かべながら、志乃はその場を誤魔化したが、
心の中では、(す、鋭いっ! さすがは船務長!) そう呟かなくてはいられなかった。
『阿蘇』の乗員は、ローテーションを組みながら交代で休みを取っている。
それは自己申請して得るが、それを管理するのは、副長であり船務長の岡本千香中佐の役目だ。
更に彼女は、通信係を務める志乃の直接の上司でもある。
情報分析能力に長けた彼女は、ズバリ志乃が『福井丸』が来る日に休みを取っているのを見破った。
偶然と言って誤魔化したが、ちっとも偶然ではない。ちゃんと訳がある。
それは、この艦の艦魂である阿蘇の為だ。
見た目も言動も、まだ中学生くらいの少女である阿蘇と、おそらくこの艦では唯一彼女が見える
人間である志乃。二人は友達同士であるが、阿蘇には最近、新しい友達が出来た。福井丸だ。
『阿蘇』に必要物資を届けてくれる『福井丸』。その船魂である彼女は、阿蘇よりずっとお姉さんだ。
行動原則上、仕方ない事なのだが、他に交流相手の無い阿蘇は、同類として相通じる処があるのだろう。
福井丸と接している時は、志乃と接している時とは別の嬉しそうな表情をする。
志乃はそんな時、軽い嫉妬を感じながらも、阿蘇の屈託の無い笑顔を見るのが好きだった。
しかし、『福井丸』は頻繁に『阿蘇』へ補給に来る訳では無い。せいぜい一ヶ月に一度程度だ。
しかも、補給作業が終われば、そのままさっさと帰ってしまう。
つまり、艦魂の阿蘇が船魂の福井丸と接していられる時間は、極く限られているのだ。
だったら自分も、その限られた時間を一緒に過し、喜びを分かち合ってあげよう。
志乃はそう心に決めて、『福井丸』が来る日は決まって休みを取る様にしていた。
貨物船の舳先で一人の女性が遥か先を見詰めている。
其処には私が来るのを待っている二人が居る。私も二人に会えるのを楽しみにしている。
それを思うと、自然と笑みがこぼれてくる。
殺伐とした貨物船にあって、彼女は映えた。その姿が全裸であれば尚更である。
やがて彼女は、踵を返して自分の船室へ戻ろうと歩み始める。
途中、忙しく荷積み作業をしている人たちとすれ違うが、誰も全裸の彼女に驚きもしないし、
咎める事もしない。仕事に夢中で気が付かないのではない。彼らには彼女が見えないのだ。
彼女は人間の様でいて人間では無い。この貨物船-『福井丸』に宿る船魂という存在である。
船室に辿り着く。
大洋を往復していた頃は、船員で溢れ、自分の居場所を確保するにも苦労したものだが、
今は極く短い距離を往復するだけだから、要員も僅かで、船室も空き部屋だらけだ。
そんな空き部屋の一つを彼女は自分の部屋としていた。
古びて汚れ、殺風景な部屋。彼女は傍らのベッドに露わな身体を横たえ、しばし物思いに耽る。
『アバーゲルデイト』としてこの船は生まれ、同時に自分も此処に宿り、既に20年近くが経つ。
その間に、この船も私も老いて汚れた。
もう何時、廃棄処分にされ、そこに宿る自分も消滅してもおかしくないと思えてきた頃、
遥か東の国へと身請けされる事となった。『福井丸』と名を変えて。
日本-生まれた国と同じく、大陸の片隅に位置する島国。
しかし、同じなのは単に島国という事だけで、成熟した国である故郷とは違い、全てがこれからの国だ。
そして、この国の人間は皆、目を輝かせ、「負けるまい遅れまい」と、必死になってがんばっている。
この直向きさは、生まれた国や、その支配下にある国には見られないものだ。
それが私は好きだ。そして、この極東の地で、初めて友と呼べる者を得た。
一人は、貨物船の船魂に過ぎない私にも気楽に接してくれる、まだ幼く無垢な心を持つ軍船の艦魂-阿蘇。
そして、もう一人は、私を見る事が出来る人間の女性-津島志乃。
彼女はおもむろにベットの脇に設置された箱を開け、中の物に手を伸ばす。
それは服だった。志乃が彼女の全裸姿に悲観してプレゼントしたものだ。いわば彼女の一張羅である。
その服に袖を通しながら呟く。「さあ、二人に会いに行きましょう」
「福井丸ぅ~!」
『阿蘇』に『福井丸』が横付けするよりも早く、艦魂の阿蘇が福井丸を迎えに光を伴い現れる。
「こんにちわ。阿蘇様」
己の胸へと飛び込んで来る幼き艦魂を受止め、福井丸は笑顔で声を掛ける。
「今日は三人でお風呂だよっ! だから早く早く!」
阿蘇に急かされ、二人は一つの光となって消える。
そして、『阿蘇』内の士官個室で志乃とも合流した二人は、休む間も無く三人で艦内浴場へと向う。
これは、福井丸の全裸で薄汚れた身形を気の毒に思った志乃が、
「今度来た時は三人でお風呂に入って、すっきりしよう」と、勧めてくれたのだ。
もちろん艦内浴場の使用は事前に許可が必要だが、これも志乃が、休暇届と共に『福井丸』との
ランデブー時間を見込み、申し込んであった。
浴場に着く。
志乃は眼鏡を外し、三つ編みの髪を解いて服を脱ぐ。
彼女の今日の服装は軍装では無く、シャツにジーンズといったラフな普段着だ。
オフ日だし、上陸でもするというのなら当時の服装に合わせる必要もあるが、それも無いからだ。
福井丸も志乃に合わせて、彼女から貰った服を脱ぐ。
艦魂/船魂には物質化能力という技があって、身の回り品なら簡単に空間から出し入れが出来る。
だから服も消し去る事が出来るのだが、彼女に貰った服という事で、きちんと脱ぐ事にしたのだ。
阿蘇は面倒がってなのか、自分の身に纏っていた軍装を簡単に消した。
三人揃って全裸となると、今まであれだけはしゃいでいた阿蘇が急に黙り込んでしまった。
「どうしたの? 阿蘇」
志乃が心配して訊くと、
「・・・志乃も福井丸も胸が大きいよ・・・」呟く様に言う。
たしかに志乃に関しては『眼鏡っ娘は胸が大きい』の定説通り、かなり大きい。
福井丸も志乃ほどではないが、外国生まれという事も加味して、それなりに大きい。
阿蘇は、度々志乃と風呂に入るのだし、福井丸は元々全裸だったので、二人の裸姿は知っている。
けれども、二人が揃ってとなると、自分の貧弱さが目立ってしまうのだ。
「大丈夫よ。阿蘇だってこれからどんどん大きくなるわよ」
そう言って志乃は励ますが、艦魂である阿蘇が本当に人間の様に成長するかは定かでない。
「本当に?」
確証の無い不安が顔に出てしまったのだろう、阿蘇は疑わしそうに訊き返す。
「ええ、その通りです」
福井丸が同意してくれたおかげで、阿蘇にやっと笑顔が戻る。
スペースに限りのある艦内の、元々一人用の浴室に三人、阿蘇は半人分としても、窮屈この上ない。
それこそ肌を寄せ合う様にして浴槽に浸かる。
志乃と福井丸の大きめの乳房同士がくっ着き合い、脚同士が絡み合う。
三人の姿を見える者がいたら、さぞかし妖しい展開が拝めただろう。
海上では水が大切だから、「津島中尉の入った後は水が減って困る」と、小言の一つも言われそうだが。
「福井丸さんも、随分綺麗になったよ。やっぱり女は日頃から身嗜みを整えとかなくちゃ」
浴槽を出た志乃は福井丸の身体を洗ってやっていた。
こうやって身近で接すると、阿蘇もそうだが、人間と何ら変わらない事に志乃は少なからず驚く。
「・・・ありがとうございます・・・」
志乃に己の身体を任すままにしていた福井丸は、それだけ言ったきり黙ってしまった。
「どうしたの? 福井丸さん」
志乃が不思議に思って訊くと、
「嬉しいのでございます。艦魂である阿蘇様はおろか、人間殿である津島様にまで、
下級の貨物船の船魂である私が、こんなにも優しくしていただけるなんて・・・生まれて初めてです」
「そんな、大袈裟だよ。福井丸さん。でも、貴方の話を聴いていると、艦魂の世界にも身分とかが
ありそうだけど、そのあたりどうなの?」
「はい、ありますよ。
私の口から言うのもおこがましいのですが、一番偉いのが勿論、我々が宿りし船を造られた人間殿です。
次が軍船である艦魂の方々。この艦魂の方の中でも身分が分かれてまして、
最高位は、今の時代ですと戦艦と呼ばれる方ですね。次が巡洋艦の方です。
この方々は私どもの様な下級の者とは、ロクに口もおききになりません。
同じ艦魂でも、駆逐艦の方々は、若くて短命に終わられるせいか、割と気楽に声を掛けてくれますが。
そして、船魂でも身分がありまして、客船の船魂の方が用途柄もあって上位です。
続くのが私ども貨物船の船魂と、こんな感じになっております」
「へぇ~、そうなんだ。艦魂の世界も大変なんだね・・・」
志乃は感心するやら呆れるやらで、二人が出た後、一人のんびり浴槽に浸かる阿蘇を見た。
この子供艦魂は、福井丸が言った事を当てはめれば、巡洋艦クラスに該当する。
しかし、どう見てもそんな威厳があるとは思えない。
「それで、艦魂や船魂って、普段の福井丸さんと同じで、やっぱり何も着てない裸なの?」
これは志乃が以前から訊いてみたかった事だ。
何しろ、この『福井丸』の船魂に初めて会った時、全裸だったのに驚いたのだから。
「いえ、裸なのは私達貨物船の船魂より下位の者たちでして、上位の方々は何らかの服を着られてます。
たぶん自分の位階を示すつもりなのでしょうけど、艦魂の方々は軍装というのでしょうか?
阿蘇様と同じ様な姿をされてます。駆逐艦の方は、人間殿でいうところの水兵さんみたいです。
客船の船魂は・・・日本ではどう言われるのか・・・女中さん・・・でしょうか?」
福井丸は言葉に詰まる。そこで志乃が助け舟を出す。
「もしかして、メイドさんの事かな?」
「ええ、そうです。そのメイドさんの様な格好をしてます」
福井丸は自分でも納得した様に説明を終えた。
「でも、裸なのは福井丸さんたち貨物船の船魂に限るって、それって差別に当るんじゃない?」
志乃は憤慨して言う。
「そうでしょうか? 私ども貨物船の船魂は、上位の方の様な特別な役目がある訳ではありませんし、
前にもお話した通り『艦魂/船魂は船に宿る精霊であり、精霊なら裸が当り前』という概念に
則ったものでありますから、それで構わないと思うのですが・・・」
福井丸の自身に対する答えは、悟りを開いた僧侶かの様に平然としたものだ。
しかし、志乃は腑に落ちなかった。
貨物船だって物資を運ぶという立派な役目があるだろうに。それに偉ぶっている艦魂も気に入らない。
一度、戦艦の艦魂とやらに会ってみたい。大人しい志乃にして、そう思えてならなかった。
二日連続投稿(というか、割込み投稿は予約出来ないので実質一日)となります。
何だか裸だらけの話ですねw
志乃がだんだん重要な役を担う様になってきます。
実は当初、福井丸のみならず、艦魂全員が素っ裸という構想もありました(爆)
この方が書くにも活力が上がって良いのですが、流石に他の艦魂作家様の手前マズいだろうと、
泣く泣くw没にした経緯があります。
しかし、完全に諦めた訳では無く、第6.5話bで連載本数を抑えると言った舌先も乾かぬ内に
欲望にかまけて、艦魂主体で書いてしまうかもしれません(をい
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