逢魔時 〜螺旋のリビドー序歌〜
それは逢魔時のこと。
昼と夜の狭間、光と闇の交錯。
辻を行き交う人々の、重なり合わない心のような世界。
私は白拍子の姿をしていた。
長い髪を結い上げ、白い袖をひるがえし、都のざわめきの中に佇んでいた。
誰に頼まれたわけでもない。気紛れだった。
ただ、人の夢の匂いが、そこには濃く漂っていたから。
若者は名を義一丸といった。
農村から出てきたばかりの、まだ世馴れぬ青年だった。
厳しい暮らしと知れるほど荒れた手をしていたが、目だけは妙に力強く、まるで焔を宿しているかのようであった。
その目が私を捉え、視線が絡まる。
宵闇に沈みゆく路地を行き、灯りが途切れた先の茶屋の奥座敷へ。そこではもう都の喧騒も届かない。
私は微笑を浮かべ酒を勧めながら、
彼に異国の話をした。
誰も見たことがない塔の話。
螺旋を描いて天へ伸びる白い高楼。
光が明滅し、時が前後する国。
それは何のために存在しているのか。
答えは謎のままに秘められた──。
彼は身じろぎもせずにきいていた。
その表情から彼の心は読めなかった。
夏の日の陽炎のごとく。
だから、触れてみたいと思った。
その夜の空は澄んでいて、月が冷たかった。
私は彼の前で扇を開き囁いた。
ねえ、貴方の夢をきかせて。
共に褥に入るとき、彼の体は熱く、私の手は冷たかった。
本来なら、それだけの夜だった。
気紛れの戯れ。いつもと同じ。
朝になれば姿を消し、叶わなかった夢の結晶だけを持ち去ればよかった。
古の女神の呪いは、私にそれしか許していない。
なのに。
彼が眠ったあと、私は彼の夢に入った。
触れていれば、同じ夢を見られる。
それが私の業であり、呪い。
夢の中で、若者はまだ何も知らなかった。
貧しいままで、何かを渇望しているだけだった。
私は彼の深層に触れ、世界の理の一端を、二重螺旋の形を、そっと置いた。
リビドーの奥に。
生命の核に。
本来なら、してはならないことだった。
なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。
この若者の、まだ形にならない渇望が、私の中の何かを揺らしたのかもしれない。
あるいは、ただ会いたかっただけなのかもしれない。
誰に、とは言えない。
ただ、会いたかった。
朝、私は彼の腕から静かに離れた。
白拍子の姿のまま、朝霧の中へと消えた。
彼は目を覚まし、私の姿を探しただろう。
だが、もうそこには誰もいない。
それから、私は幾度も姿を変え、幾度も人の夢を渡り歩いた。
叶わなかった夢の結晶を集め続けた。
時に異シ神と、他者の夢の中ですれ違いながら。
これが人の世の流れから解離した者──マレビトの宿命だとしたら。
それもまた世界の理のうちの一端なのかどうか、私にはわからないというのに。
異シ神はいつも、私に問う。
「何故に、人は夢を見るのか」
私はいつも、答えなかった。
答えられるわけがない。
私は夢を見たことがないから。
やがてまた時が流れた。
私はミヨミという名で、あの若者──今は頼仁と呼ばれる男の夢に、再び入っている。
螺旋の塔を、共に登っている。
薄紫から茜色へと偏光にゆらめく薄闇は、どこかあの日の逢魔時のようだった。
彼の手は、昔よりずっと大きく、あたたかい。
重ね合わせた指先にも淡い光の玉が流れていく。
青い流星のように。幻の蝶のように。
「この夢は、私が守る」
私はそう静かに告げる。
異シ神の視線を感じながら。
自らは夢を見られないこの身で、なお人の夢を守り、集め、時に壊してしまう。
情とは、なんという業なのだろう。
気紛れのつもりが、いつまでも消えない。
白拍子の一夜は、まだ終わっていない。
それはたぶん永遠にも似ている。
あの夜、リビドーに残した言霊は、螺旋の夢。
物語は巡る。
ゆめみたま
ときのうつろに
ながれゆき
あめのきしより
ほしはふりつつ




