第14話 完敗の先にある光と、至高の専属メイドの日常
大広間を支配していた喧騒が、しんと静まり返った。
皿の上に残されたのは、微かな蜂蜜の香りと、完璧に磨き上げられたような白磁の輝きだけだった。
「……負け、か」
ピエールはその場に力なく膝をついた。
王宮職人長としての誇り、積み上げてきた伝統、そのすべてが、一人の少女が作った丸い菓子の前に膝を屈したのだ。
「私の負けだ。……さあ、笑うがいい。小娘に敗れた無能な料理人として、私を追放するがいいさ!」
自暴自棄に叫ぶピエールの肩を、誰かがそっと叩いた。
見上げると、そこには目を潤ませ、感動に震えるミアが立っていた。
「……素晴らしいです、ピエールさん!本当に、本当に凄いです!」
「……は?」
「あの生クリームのキメの細かさ!私のあんこと合わせた時、一瞬で溶けて消えたのは、ピエールさんの完璧な泡立て技術があったからです!私、感動しました!あんな魔法みたいなクリーム、私一人じゃ一生作れません!」
ミアはピエールの両手をがっしりと握りしめ、獲物を見つけた猛獣のような、もとい、同志を見つけたオタクのような熱量でまくしたてた。
「ピエールさんのミルフィーユの生地の層も、あのサクサク感があれば、もっと新しい和洋折衷が作れるはずです!最中の皮の代わりにパイ生地を使うとか、カスタードに白あんを練り込むとか……!ねえ、ピエールさん!これからも私に、洋菓子の真髄を教えてくれませんか!?」
ピエールは呆然とした。
勝ち誇るどころか、この少女は本気で自分の技術に惚れ込み、教えを請うている。
自分の小さなプライドなど、彼女の「お菓子への飽くなき情熱」の前では、羽毛よりも軽いものだった。
「……お前は、本当に……底の知れない小娘だな」
ピエールの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
毒気が完全に抜かれ、その顔には一人の職人としての清々しい表情が戻っていた。
「ああ。……不肖ピエール、今日からお前の助手を務めさせてもらおう。……いや、生クリーム供給担当だな」
「わあ、嬉しいです!ピエールさん、よろしくお願いします!」
無邪気に喜ぶミアを、アルベルト国王が微笑ましく見つめていた。
「うむ。あんこと伝統の融合、これこそが我が国の新たな誇りとなるだろう。……ミアよ、改めて余の専属とならぬか?ミハエルではなく、余の直属としてな」
「父上、それは看過できません」
ミハエルが即座に立ち塞がり、氷のような冷気を放った。
「ミアは私の専属メイドです。父上といえど、彼女の自由を奪うことは許しません。……おい、ミア、私の後ろに隠れていろ」
「兄上だけじゃない、俺も認めねえぞ。ミアは俺を人力ミキサー扱いした唯一の女……じゃなかった、俺の専属お菓子係だ!」
カイルが隆起した筋肉を誇示しながらミアの隣を陣取る。
「わたくしもですわ!ミア、今夜はわたくしの部屋で新作の試作会をいたしますわよ!誰にも邪魔させませんわ!」
シャルロッテまでが参戦し、国王の前で前代未聞の「メイド争奪戦」が再開された。
「ほほほ、アルベルト。この子には王族さえも虜にする、魔法の力があるようね」
王妃エレオノーラが楽しげに笑い、広間は幸せな空気に包まれた。
数日後。
王宮の厨房には、元気に立ち働くミアと、その横で必死に生クリームを泡立てるピエール、そして「仕方ねえな」と言いつつ率先して手伝っているカイルの姿があった。
執務室の窓からは、今日も甘い香りに誘われてミハエルが顔を出し、シャルロッテがお皿を抱えて走ってくる。
「……幸せだなあ。美味しいお菓子が作れて、みんなが喜んでくれて」
ミアはまた少しオドオドしたメイドに戻りつつも、その手元では、世界で一番甘くて優しい「至高の和菓子」が次々と生み出されていた。
彼女の物語は、これからも王宮の胃袋を掌握し、甘い旋律を奏で続けていく。




