第13話 御前試合と、和洋折衷の暴力的な旨さ
大広間の空気が、一気に張り詰めた。
「……では、試食を始めよう」
アルベルト国王の厳かな宣言により、まずはピエールの『陽光の七層ミルフィーユ』が運ばれた。
王妃エレオノーラが、繊細な銀のフォークでその層を崩す。
サクッ、という完璧な音が広間に響き渡った。
「……素晴らしいわ。バターの香りが鼻を抜け、カスタードの甘みが重厚に絡みつく。まさに王宮の伝統そのものね」
「うむ。これほどまでに密度の高いパイ生地は、長年鍛錬を積んだ者にしか作れまい」
国王も深く頷く。ピエールは得意げに胸を張り、隣のミアをこれ見よがしに睨みつけた。
だが、その満足感は長くは続かなかった。
次に運ばれてきたのは、シャルロッテが氷魔法で冷やし抜いた白磁の皿に乗る、ミアの『王宮生どらやき・至高の共鳴』だった。
「見た目は……ただの丸い菓子のようだが。……ほう、これは」
国王が手に取ろうとした瞬間、その指先に伝わる生地の「柔らかさ」に目を見張った。
ミハエルが運んできた極上の乳から作った焦がしバターと、カイルが腕の筋肉を犠牲にして泡立てた卵液。
それが生み出したのは、雲よりも軽く、けれど赤ちゃんの頬のようにしっとりとした驚異的な質感だった。
王妃が一口、その円盤を口に運ぶ。
次の瞬間、エレオノーラの美しい瞳が、信じられないものを見たかのように見開かれた。
「……っ!?」
「エレオノーラ?どうした、そんなに驚いて……」
国王も続いて口に放り込む。
咀嚼した瞬間、アルベルトの思考は真っ白に染まった。
冷たい。そして、温かい。
カイルが作り上げたシルクのような生クリームが、口の中の熱で一瞬にして溶け、氷のような清涼感を広げる。
その直後、ミアが魂を込めて炊き上げた粒あんの、力強くも優しい温かな甘みが追いかけてくる。
和と洋。小豆と乳脂肪。
相反するはずの二つの要素が、ミハエルが用意した濃厚なミルクのコクによって完璧に結ばれ、一つの旋律となって脳を揺さぶった。
「……なんだ、この口溶けは。生クリームの軽やかさが、あんこの重みをすべて『幸福感』へと変換しているのか……!」
国王の呟きに、広間は騒然となった。
「兄上、もういいでしょう!判定は決まりだ!俺の分をよこせ!」
我慢の限界に達したカイルが、給仕を待たずに皿を奪い取った。
「こら、カイル!わたくしが先ですわ!このお皿を冷やしたのはわたくしなんですもの!」
「二人とも、父上の前で見苦しいぞ。……当然、焼きたてを最も美味しく食べられる温度を知っている私が優先だ」
ミハエルまでが、氷の王子の仮面をかなぐり捨て、無表情のまま超高速の手つきでおはぎ……もとい、生どらやきを口へと運んでいる。
「……ああ、これだ。脳の隅々まで、最高級の糖分が浸透していく……。ミア、お前はやはり私の……我らの救世主だ」
口の周りに白いクリームをつけたまま、ミハエルが恍惚とした表情でミアを見つめる。
三兄妹が国王の前で、我先にとお菓子を奪い合う異常事態。
それは、ピエールの積み上げてきた伝統が、ミアという一人の「和菓子職人」が放った革新の前に、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
「……馬鹿な。あんな……あんな単純な構造の菓子に、私の芸術が負けるというのか……!」
ピエールは震える手で自分のミルフィーユを掴んだが、もはや誰の視線も彼には向いていなかった。
大広間を満たしていたのは、蜂蜜の焦げた香ばしい匂いと、三兄妹の幸せそうな咀嚼音だけだった。




