第12話 ミルフィーユの迷宮と、黄金の円盤
王宮の大広間には、国王夫妻をはじめとする重鎮たちが居並び、異様な熱気に包まれていた。
中央の調理台には、洋菓子職人長としてのプライドを一身に背負ったピエールが、鬼気迫る表情で立っている。
「完成いたしました!これこそが我が洋菓子人生の集大成、『陽光の七層ミルフィーユ』にございます!」
ピエールが差し出したのは、目が眩むほどに精緻な芸術品だった。
極限まで薄く、けれど力強く焼き上げられたパイ生地が七層に重なり、その隙間にはバニラビーンズが贅沢に香る特製カスタードと、濃厚なバタークリームが交互に挟まれている。
その香ばしい芳香は、広間の隅々まで支配するほどに強烈だった。
「……ほう。見事なものだな」
国王アルベルトが感嘆の声を上げる。周囲の貴族たちからも「さすが職人長だ」「あんな地味な小娘に勝ち目などない」と囁きが漏れた。
ピエールは勝ち誇ったように、隣の台で作業を続けるミアを指差した。
「おい、小娘!いつまでその平べったいパンケーキのようなものを焼いているのだ!そんな家畜の飼料同然の代物が、この芸術に並ぶとでも思っているのか!」
その言葉に、背後で控えていたカイルがピキリとこめかみを動かした。腕はまだ昨日の泡立てのせいでパンパンに張っている。ミハエルも無言のまま、氷のような冷気を周囲に撒き散らしていた。
だが、当のミアはピエールの罵倒など全く耳に入っていない様子で、目をキラキラと輝かせてミルフィーユを凝視していた。
「……すごい。ピエールさん、このパイ生地の層の重なり、熱伝導率の計算が完璧です!この厚みでこのサクサク感を維持するのは、まさに神業……!バターの含有量を極限まで高めつつ、生地の粘性を殺さない技術、本当に勉強になります!」
「な、何をわけのわからないことを……」
「これなら私の生地も、もっと焼き温度を上げても負けないかもしれません!ありがとうございます、ピエールさん!」
ミアは無邪気に頭を下げると、すぐさま手元の銅板に意識を戻した。
彼女が焼いているのは、蜂蜜をたっぷりと配合した「どらやき」の皮だ。
カイルが限界まで空気を含ませた卵液と、ミハエルが持ち帰った極上の乳から作った焦がしバターが練り込まれている。
表面が黄金色に染まり、ふつふつと小さな気泡が浮き上がった瞬間、ミアは鮮やかな手つきでそれを裏返した。
「……盛り付けます。シャルロッテ様、例の器を!」
「お任せなさい!わたくし自ら、最適な温度に冷やしておきましたわ!」
シャルロッテが差し出した「月光の白磁皿」の上に、焼き立ての黄金の円盤が並べられる。
そこに、カイルが腕の筋肉を犠牲にして作り上げたシルクのような生クリームと、ミアが三日三晩かけて炊き上げた最高級の粒あん、そして隠し味の塩バターが惜しみなく挟み込まれていく。
見た目は、どこまでも素朴で丸い「どらやき」だ。
しかし、その隙間から覗く生クリームの白とあんこの黒のコントラストは、ピエールの華やかなミルフィーユに負けない不思議な存在感を放っていた。
「私の……いえ、私たちの自信作です。『王宮生どらやき・至高の共鳴』。召し上がってください」
ミアの瞳から、臆病なメイドの面影は消えていた。
ただ、最高の素材を使い、最高の助力を得て、最高の方程式を解き明かした職人としての、絶対的な確信だけがそこにあった。




