記録01 終わった世界④
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
ー
夜。
風の音がうるさい。
いつもなら遠くで鳴っているはずの音が、今夜は近い。
低い咆哮。何かが走る音。岩が擦れる音。
危険種が活発になっている。
理由は分からない。
ただ、可食種の姿が減っている。
探しても見つからない。
食料が尽きそうだ。
ルルはもう寝ている。
最近は眠るのが早い。
起きるのも遅い。
日中の索敵と幻覚の維持で、消耗が大きい。
魔力を回復するための睡眠が必然的に長くなっている。
ぼくは起きている。
眠る必要がない。
眠ってはいけない。
ー
朝。
体が重い。
栄養が足りていないのかも。
「ごめん」
ルルが謝ることじゃないよ。
「ちがう、うまくできてない」
大丈夫!
特別に今日は朝ごはんを食べようね!
「…りょ」
らしくない。
ルルも本調子じゃなさそうだ。
ぼくがしっかりしないと。
簡単に食べる。
味はしない。
ただ、入れる。
ルルが軽く状況をまとめる。
短い。
必要なことだけ。
荷物をまとめて移動する。
ー
日中。
耳を澄ませて、慎重に行動する。
危険種の気配が濃い。
こういう日は寝床にこもって過ごすルールだけど、食料事情がそれを許さない。
ルルは視界補助を最低限に抑えている。
眠る時のように、片腕で支えて胸に抱いて歩く。
狩りに備えて、少しでも魔力と体力を温存できるように。
音と匂いを頼りに、危険種の気配がしない方角に進んでいく。
時々、胸の中のルルの匂いに意識が引っ張られる。
何の匂いに似てるんだっけ…
どこか頭がフワフワしている。
集中しなければ…。
ー
しばらく進むと、頭をペチンとされる。
「回ろう」
……あぁ、ボイドか。
暗過ぎて分からなかった。
いつの間にか、かなり接近してしまっていた。
そう思って迂回しようとした時。
ボイドの奥に、揺れる光が見えた。
光すら吸い込む深淵の中の光。
矛盾した現象。
明らかに異常な事態。
こういう時は逃げるのが基本。
基本なんだけど…
ルル… 黙ってそれを見ている。
ぼくも、この世界で初めて見る光から、目を離せない。
こちらに近づいてくる。
明るくなっていく。
…
…
火だ。
眩しい。
暗闇に慣れきった視界に、直接差し込んでくる。
輪郭が焼ける。
そして、見える。
照らされて、はっきりと。
地面に広がる岩肌。
周囲の岩の形。
伸びる影。
見えすぎる。
ルルの視界補助よりも、ずっと鮮明に。
感覚が、認知が、歪む。
そして。
ボイドから火を連れて、
それは現れた。
…異形。
小さな頭部。
細い手足。
身につけている、
布。
革。
金属。
施された
装飾。
縫い目。
重なり。
色、形、質感。
はっきりと見える。
はじめて見る。
でも、
なんということだ。
ぼくは知っている。
記憶の中の姿と符合する。
これは、人間だ。
ー
小柄なオス。
巨大なオス。
背の高い痩せ型のオス。
小柄なメスが2。
人間が5体。
距離が近い。
道具を持っている。
…武器?
武装してる?
なぜ?
美しい。
どうするんだっけ、狩る?
あ、いや、ちがう。
あっちも驚いてる。
なんで?
なぜここに?
何だこいつら?
どこかに文明が?
泣きそうだ。
わけがわからない。
いま何が起きている??
「ーーーー!」
「ーー!」
「ーーー、ーー?」
言葉!
理解できない、けどー
「おい!」
ルルに頭をバチンと叩かれ、ハッとする。
気がつけば、小柄な影がぼくらに急接近している。
低い姿勢、速い!
手には… 剣!?
反射的に振り払ったぼくの右手が空を切る。
ガラ空きになった右の脇腹あたりに風が走る。
斬られた!?
…いや、腰袋が盾に。
裂かれた腰袋からバラバラと中身がこぼれる。
骨の皿、ロープ、集めた素材…
失う!拾わないとー
…いや場合か!
くそ!!
くそ!!
始まってしまった…!
まずい!
二撃目がくる!
と仰け反ったその瞬間、追撃の構えをとっていた小柄なオスがビクンと直立する。
ルルの幻覚が入った!
「今!」
了解!
右足の皮製ホルスターから愛用の道具を抜く。
さすがルル。
もう大丈夫、いつも通りだ。
頭部めがけて振り下ろす。
ーいける。
瞬間、ガッギン!という異音。
「あ゛っ」
ルル!?
ぼくの腕から背中に移動しようとしていたルルが、全身に何かを巻き付けられ、硬直している。
拘束された!?
宙に浮かぶ模様… 文字…? 魔法…!
同時に、メスの一体が何かを囁きながらこちらに手を向ける。
光る。
眩しい!
何かが放たれ、右膝に激痛。
撃ち抜かれた!熱い!
火の玉!?
倒れ込みながら、左腕でルルを抱き寄せて胸の中に引きずり込む。
地面に膝をつくと同時に、覆い被さるように背を丸める。
ルルは小さい、ぼくの身体で隠せる!
顔は地面に擦り付けるようにして伏せる。
ぼくの頭部は鉄壁だ、岩に激突しても砕けない!
呼びかける。
ルル、動けるか!
「ーー!」
「ーーーー!」
会話が飛び交う… 追撃が来る。
全身の筋肉を強張らせる。
風を切る細い音が近づき、ストンと軽い音を立てて背中に着弾する。
1つ、2つ、3つ、
痛い、鋭い、くっそ、重い!
ものすごい速度で何かが撃ち込まれている。
呼びかける。
ルル、動けるか!
素早くて浅い斬撃も加わる。
首筋や脇をチクチクと狙ってくる。
チビ野郎、もう動けるのか。
呼びかける。
ルル、動けるか!
ふたたび風切り音、鋭い痛み… 今度は4発。
洗練されている。
無駄のない動き。
高度な連携。
誰に何をされているのかも把握できない。
対してこいつらは、
ぼくらを狩る方法を熟知している。
…
あぁ
終わる。
ぼくらが終わってしまう。
…
…
…ルルを逃そう。
それだけはやり遂げよう。
そのために、どうにか隙を作る。
音を聞く。
タイミングを合わせ、ノールックで右手の道具を横なぎに振る。
地面スレスレに。
手応えあり!
悲鳴が上がり、小柄なオスが倒れ込み、のたうち回る音。
「ーー!ーー!」
「ーー!?」
やった、足を切ってやった!
研ぎに研いだキ3のアバラだ、チビ野郎!!
トドメはいらない。
この隙にルルを。
ルル、動け!
体を起こす。
…いつの間にか、目の前には巨体。
金属を重ね合わせた、重厚な装備を身につけた、大きなオス。
地面に転がる仲間を守るように立ちはだかり、両手に握った…ハンマーを振り上げ、
咄嗟に道具で受ける構えをとる。
振り下ろされたハンマーはぼくの道具をあっさりと砕き、そのまま脳天を直撃する。
とてつもない衝撃、装甲が砕け、
あ、
意識を取り戻すと、ぼくは仰向けに倒れ、真っ暗な空と、取り囲む影を見上げていた。
視界がゆれる…せかいが回る…
からだ…動かない。
ルル、いる?
「うごくな、ねてろ」
よかった。
にげて。
「ねてろ、なにがあっても」
ねてるよ、動けないんだ。
ルルはにげて。
ぼくらを囲う影、何かしている。
巨体は… ぼくの右肩の付け根に足を置き、体重をかけて押さえつけている。
反対側に痩せ型のオス。しゃがみ込んで、手際よく何かをしている。
手には短剣、吹き出す血。
…あぁ、解体ね。
痛みが遠い。
ぼくの身体はくれてやる、好きにしろ。
だから、ルルには手を出さないで。
…
…いや待て。なにを解体している?
そっちにはルルが、
「ハゲ」
「ねてて」
ぺたっと、ルルの手がぼくの頭に触れる。
やさしくて、あったかい。
ブチブチと音を立てて、何かが剥がされる。
背中、左腕と肩に、神経を削るような激痛が走る。
巨体が何かを両手に抱えて、力任せにぼくから引き剥がしている。
最後に、ぼくに触れていたルルの手も、ベリっと剥がされる。
その瞬間。
ボイドがあった位置から、強烈な光が溢れた。
視界を埋め尽くす光。
すべてがシルエットになる。
世界が、人間が、ルルが。
巨体が握りしめるバレーボール大の、肉塊。
力なく垂れ下がる木の根のような細い筋、タコの足のような幾つかの触手。
したたる血。
ル
「ル゛ゥ゛ゥ゛ル゛ル゛ル゛ゥ゛ア゛ア゛」
ありったけの声量で叫ぶ。
返せと。
腕を伸ばす。
返して。
眩しい、よく見えない、でもルルだ。
ルルを返せ。
返せ返せ返せ返せ
「ーー、ーどうする?」
「撤退しよう」
!?
唐突に、人間の会話が理解できた。
「ルールーは?」
「寄生体で十分だろ、本体は売りものにもならん」
「生かしとくのかよ! あいつおれの脚を…」
「…その方がこいつらは苦しむ」
待て、待て、
言葉が分かるなら返してくれ!
ルルを返せ!
ぼくも連れて行け!
あああぁルルをそんな袋にいれるぁああぁ
『ル゛ウ゛ァ゛ッ ル゛ル゛ル゛ゥ゛ァ ァ』
「…気味が悪い」
「戻るぞ!」
影が連れ立って、光の中に消える。
次第に光が収まっていき、闇とぼくが残された。
ルルが連れ去られた…
生かされた…
…その方が苦しむだと?
見つけ出して、
お前らをぶち殺して、
ルルを連れ戻してやる…!
ー
体感、数時間後。
右足は、膝の辺りから下が無くなっていた。
焼けこげた匂いと、血の匂い。
状態が見えない、分からない。
とりあえず流血はまずい、破れた腰袋を巻き付ける。
時間をかけてうつ伏せの体制になる。
体中に激痛。
奴らが消えた場所まで、気合いでどうにか這いずってたどり着く。
ザラザラとした岩の地面、小石。
そこらじゅうを手探りしても何もない。
どこも変わらない。
何の痕跡もない。
ここは今、ボイドの中なのか?
全てが真っ暗で、輪郭すらが見えない。
まるで、夜だ。
相方を失ったオスは詰む。
まさか、どこに行ってもこうなのか?
この先ずっと…?
ー
さらに数時間後。
だと思う。
また意識を失っていた。
頭部へのダメージが深刻だ。
状態を確認するために、おそるおそる触れる。
装甲が凹んでいる。
砕かれたかと思ったが、中身は露出していない。
脳震盪のようなもので済んだ、のだろうか。
ハッとする。
さっき物資をぶちまけた。
回収しなければ。
這いずって元の位置を目指す。
慎重に手探りする。
…分からない。
…見つからない。
匂いも辿る。
血や油の匂いがするはずだ。
自分の右足の匂いが邪魔をする。
あぁ。
ー
あいつら、また戻ってくる可能性がある。
地面を這いながら岩陰らしき窪みを見つけ、潜り込む。
傷を回復させながら、ここで監視する。
ぼくのこの身体は寝る必要がない。
見逃すものか。
ただの闇をひたすら眺め続ける。
ー
時間の感覚がない。
ルルがいない。
朝と夜の区別がない。
ただただ、暗い。
なにも無い。
こわい。
ー
便宜上、夜とする。
何ということだ。
寝てしまっていた。
身体はまだあちこち痛いけど、マシになってきている。
今は回復を優先して睡眠が必要なのか?
……寝なくても大丈夫なんて、そんなことあるのか?
ー
夜。
空腹に耐えられない。
何か食べなければ。
岩陰を出て食料を探す。
生物の気配が、極端に薄い。
ー
夜。
こんなに飢えたことはない。
ルルといた時も、獲物が見つからないことはよくあった。
それでも、どうにかなっていた。
それに、久しぶりに狩りが成功した時のルルは、子供のようにはしゃぐ。
そんなルルが見れるから、格別に美味しかったんだろう。
ルル…
ルル…
ー
夜。
まさかこの世界で焼肉を食べれるなんて!!!
濃厚な匂いにつられて這いずり進んだ先に、焼かれて死んだと思われる、何かの死骸。
接近するのに随分と時間がかかったけど、先客は誰もいなかった。
肉が焼けるこの香り、もしかするとこの世界の生き物にとっては異質過ぎるのかもしれない。
ぼくだけがこの価値を知っている!
涙が出るほど美味かった。
消し炭のように焼かれた部分も、程よい火加減の部位も、生の部分も、全てが最高に美味かった。
カ1、これがぼくのカ1だよ、ルル!
腹が満たされ、少し離れた岩陰で食休みをとる。
ルルと食べたどんなものより、美味いと思ってしまった。
今更、ようやく、自分の無力さと愚かさで胸が詰まる。
こんなもの食べれなくても、ルルさえいてくれたら…
ー
夜。
火で殺されたモンスターがいたということは、人間がこの辺りに現れた可能性があるということだ。
奴らは移動している?
ボイドを通って、どこかに現れ、ボイドからどこかへ帰る?
奴らの拠点はどこにある…
カ1の肉を採れるだけ採って、近場の岩陰で保存食を作る。
ナイフがないから、丸い岩に叩きつけてなるべく薄くする。
ペチン、ペチン、と音が鳴る。
ルル…
ー
夜。
ルルを探す。
同じ場所で何日か過ごしたが変化はない。
移動しよう。
ー
夜。
ルルを探す。
1日中、闇の中を這い回っただけだった。
ー
夜。
ルルを探す。
人間の痕跡はなし。
生き物の気配もなし。
ー
夜。
ルルを探す。
本日も収穫なし。
ー
夜。
ルルを探す。
収穫なし。
ー
夜。
ルルを探す。
収穫なし。
闇。
闇、闇、闇。
ー
夜。
ルルをさがす。
ー
夜。
ルルを探す。
呼びかける。
ルル、どこだ!
ー
夜。
ルルを探す。
ー
夜。
ルルをさがす。
ー
夜。
ルルを探す。
備蓄が心許ない。
だが、這いずって移動することにかなり慣れてきた。
ー
夜。
ルルを探す。
創作範囲を広げよう。
高低差の少ない道を選んで、行けるところまで進もう。
ー
夜。
ルルを探す。
夜。
ルルを探す。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルを探す。
ー
夜。
ルルを失った日のことを考える。
ボイド…
あれは人間の「ポータル」だったのではないか。
以前から人間はこのエリアに来ていた。その痕跡がボイドだ、とする仮定。
しかし、現れる時は暗く、去る時には明るい。
あれは、なんだったんだ。
人間の言葉。
あれも意味が分からない。
あの時、急に理解できるようになった。
日本語では、なかった。
途中で日本語になったわけでもなかった。
ぼくの中で意味が発生した。
なぜ、あの時に。
ルールー。寄生体。
これは、あまり考えたくない。
ただ、奴らにとって、ぼくらの種族名は「ルールー」なのかもしれない。
ルルと、ルールー。
ぼくはなんで、ルルをルルって呼ぶようになったんだろう…
ー
夜。
ルルを探す。
夜。
ルルを探す。
夜。
ルルを探す。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
ー
夜。
ルルのにおい!!!!!
唐突な出来事。
懐かしさが込み上げる、忘れもしない。
ルル! ルル!! ルル!!!
どこ!? どこにいる?
地面を這い回ってルルを探す。
見つかったのは、つるつるした石ころだった。
…ルルの”たからもの”だ。
よく寝る前にこねくり回して遊んでいた。
しかし、なぜこれがここに。
ここはまさか、あの場所…?
ひたすら進んでいたつもりが、戻ってきた……?
ー
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
この世界は、ぼくが思っていたようなスケールではないのかもしれない。
どこまでも続く不毛の大地を想像していた。
けど実際には…
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルが、そう見せていたのか。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルは
夜。
ぼくにどこにも行ってほしくなかったんだ。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをさがす。
夜。
ルルをよぶ。
こえにだして。
『ル゛ゥ゛ゥ ル゛ゥ゛ゥ』
夜。
ルルをよぶ。
『ル゛ゥ゛ゥ ル゛ゥ゛ゥ ル゛ゥ゛ゥ』
『ル゛ゥ゛ー ル゛ゥ゛ール゛
ー
周囲がほんのりと明るくなってきた。
ルルが目を覚ます。
朝だ。
日本語での考えごとは、ここまで。
ぼくらの1日がはじまる。
ログを停止します。




