記録01 終わった世界③
朝。
拠点を移すことにした。
このあたりは安全だけど、食料と水のバランスが悪くなってきた。
腰袋を開いて指先で中身を確かめる。
石のナイフ。
薄くて平らな骨のお皿。
ルルのブラシ。獣毛が痛んできている。
血と脂の匂いが染みついた生皮のタオル。
つるつるした石。これはルルの”たからもの”。
その他、工作ツールの骨、加工前の素材。
ひとつずつ触れて、位置を整え直す。
当たり前だけど、石とモンスター由来の物資ばかり。
「わすれものない?」
ないよ。
「ほんと?」
大丈夫、全部持ったよ。
ルルは納得したのか、ぼくの腕を軽く叩いた。
ー
夜。
ルルが寝ている間にロープ作り。
帯状に切り分けておいたカ5の腸を束ねて、足の指に固定。三つ編みにしていく。
今では暗闇の中でも問題なく作業できる。
紐やロープはQOLを上げてくれる超重要アイテム。
この世界における、ぼくの最大の発明かもしれない。
ー
日中。
岩場を疾走する。
追い風に乗って気持ちよく跳ねていると、頭をペチンと叩かれる。
「とまって」
前方に、黒い領域。
輪郭が曖昧で奥行きが消えている。
視線を向けるほどに、距離感が狂う。
ボイド。
「うん」
この世界で時々見かける、局所的な領域。
ルルの幻覚をもってしても、あそこだけは見通せない。
だから近づかない。入らない。
それが、ぼくらの決まりだ。
「回ろ」
了解。
この世界にはこういった謎が他にもいくつかある。
もしかすると、それらを解き明かすことが、ぼくの役割なのかもしれない。
そのために、この終わった世界に生まれたのかも。
そんなことを考えなくもないけど、現実は今日、明日を生きるので精一杯だ。
何より、ぼくの好奇心にルルを巻き込むわけにはいかない。
ー
朝。
この日は寝床の周辺に生き物の気配がない。
必要な道具だけを持って遠出をすることにする。
狩りをして、持ち帰って、ちょっとだけ手間をかけた保存食を作ろうね。
寝床から30分ほど離れた地点、急に空気が重くなる。
ルルも索敵に集中する、視界のサポートが弱まる。
ゆっくり行こう。
足場を選び、体重を乗せる前に確かめる。
崩れないか。滑らないか。
しばらく進むと、ルルの気配がわずかに変わり、風が止む。
遠くから岩を砕くような衝撃音が響き、重い振動が地面を伝わってくる。
細かな無害種の群れが警戒臭を撒き散らしながら岩の隙間から飛び出し、せわしなく逃げていく。
立ち止まり、ゆっくりと身をかがめる。
耳を澄ますと、大きな何かが暴れまわる音に混じって、別の、細かく鋭い衝撃音。
ぶつかり合っている、危険種同士の争いだろうか。
程なくして静寂。
風が戻る。
もうしばらく待機だ。
「……もう大丈夫」
ルル、死骸があるなら素材が採れるかもしれない。
「近づくなら、もうちょいまつ」
ルルがよしと判断するまで待ち、慎重に現場へ向かう。
血と熱の匂いが濃くなる。
ぬらぬらした鱗を持つ爬虫類型の巨体が倒れている。
あちこちに裂傷が細かく刻まれ、おそらく致命傷となった腹部の大きな裂け目からは、内部が露出している。
キ3!
これはすごい!!
「使えるとこ取る」
大荷物になってしまえば持ち帰れない。
ゆっくり作業する時間もない。
素材博士のルルに従って、必要な部位を切り取っていく。
…肋骨もほしい。
一番採りやすそうなものを選んで、内臓と肋骨の隙間に手を突っ込み、周囲の膜や肉を石のナイフで削ぐ。
なかなかの重労働。
血と油でぬるぬるする。
最終的には腹部に半身を突っ込んで、全体重をかけてぶら下がり、強引にもぎ取った。
手にした肋骨はズシリと重い。
達成感。
加工すれば良い道具になりそうだ。
「それいいね」
血と脂まみれのルルが言う。
何故かぼくと一緒に腹部に入って、間近で作業を見ていた。
彼女は積極的に学ぶ。偉い。
ベトベトになってもかわいい。尊い。
水場に移動しよう。
牙も採りたかったけど、警戒臭が薄れてきてる。
水場に出る。
浅く、流れは弱い。
地下水にように冷たい水に、指先をつけてさっと洗う。
続いてルルをきれいにしていく。
じっくり、丁寧に。
静かに。
「うーー、つめたい」
ごめんね、がまんがまん。
「なんか、さわり方がやだ」
匂いはちゃんと落とさないと。
だからがまん。
「ひーー、つめたい」
ルルがおしゃべりなのは、緊張を抜けたからだろう。
水場も決して安心できる場所じゃないけど。
最後に自分の身体をザザッと洗ったら、水筒に水を汲む。
最近は可食種の膀胱をパンパンに膨らませて乾燥させたものを使用している。
素材はいつでも採れる。
皮のカバーで包んで、持ち運びにも耐えられる。
水と素材は手に入ったけど、結局狩りはできなかったなー。
ー
夜。
岩場。
本日の寝床。
風は弱く、音は遠い。
食事をする。
薄切りにして、風の通り道に干しておいた肉を噛む。
「かたい」
そうだね。
でも保存食としては、これで成功なんだよ。
「ゼンセのチエってやつね。他にどんな食べ物があった?」
めずらしい。
ルルさんがぼくの前世に興味を持つなんて!
「ハゲのゼンセ話は長いからな〜」
じゃあ短く。
そうだね、缶詰とかカップ麺とか、ある意味で究極の保存食かも。
缶詰には、採れたての肉がそのままずっと保存される。
カップ麺は、あったかい水をいれると… 何て言うか、あったかい食事ができる。
「うまい?」
うまい。
多分、カ1より、ずっと。
「それは言い過ぎでしょ」
カ1については、ぼくの記憶が戻る前の生活で一度だけ食べたことがあるらしい。
ぼくは全く覚えていないけど、ルルはあれが1番だったと言う。
ちなみにそれ以降、1度も遭遇していない超レアなモンスター。
ルルの殿堂入りか、どんな味なんだろう。
ー
朝。
狩りへ。
成果は上々。
まだ大丈夫。
ー
夜。
ルルにスポーツの話をしてみる。
興味ないと言われる。
野球みたいに、石を投げたら狩りが楽にならないかな?
投擲が効果を発揮するような距離まで幻覚が届かない。
だからこっちからも視えない、狙えない。
獲物に当たっても外れても、大きな音が出る。
練習も必要だけど、その時も音が出るでしょ?
バカなの?死ぬの?
といった感じに諭された。
やっぱりルルは頭が良い。
ー
記憶の時間を進めます。
ー
朝。
丸1日移動で終わる。
ー
夜。
どうにか寝床を見つけた。
保存食を食べる。
ルルが眠そう。
今日はおやすみ前のおしゃべりは無し。
ー
日中。
人間のペアと遭遇。
お互い慎重に接近する。
ルルと相手の女性は額をくっつけ合い、幻覚テレパシーで情報交換。
付き添うぼくと相手の男性も、必然、肉薄した距離に立つ。
その間、男性陣は視線で牽制しあう。
こわい…。
ルルが得た情報は非常に有用だった。
久しぶりにカ3の群れを見つけることができた。
「狩り尽くせ〜〜」
こんなテンションのルルは滅多に見ない。
良かった。
良い日だった。
ー
夜。
久しぶりに豪華な食事。
保存食の仕込みもしておく。
まだ大丈夫。
ー
朝。
歩きで移動。
ー
夜。
まだ柔らかいままの保存食を食べる。
ルルはこの方が良いらしい。
ー
朝。
移動。
可食種が見当たらない。
ー
夜。
罠を作ってみようと提案する。
期待してると言われる。
がんばるぞ。
ー
朝。
移動。
ー
夜。
ルルが眠る。
ー
朝。
おはよう、ルル!
ー
夜。
ルルが眠る。
ー
夜。
ルルが眠る。
ー
…
もうやめたい。
止めてほしい。
思い出させないで。
お願いします。
どう終わったのか、聞かせてください。




