記録01 終わった世界①
ルルが眠りに入る。
夜が始まる。
太陽がないこの世界は四六時中ずっと暗闇だし、ぼくのこの身体はほとんど睡眠を必要としない。
だから彼女が眠る時が、ぼくらにとっての夜だ。
ルルの意識が途切れると、不思議と周囲がさらに一段と暗くなる。
何かあれば彼女を抱えて走れるように、抱き寄せて「朝」を待つ。
ルルは小さい。
だから寝るときはだいたいこうして、ぼくの胸のあたりにすっぽりと収まる。
とても勇敢で頼りになる彼女も、この時だけはまるで普通の女の子みたいだ。
はっきりと姿は見えないけど、暖かい。鼓動が伝わってくる。
石の匂いと、少しだけ甘い匂いが混ざった、安心する匂い。
この世界には花なんて咲かないから、何に例えたらいいか分からないんだけどね。
そんなことを考えながらも、ぼくの意識は耳に集中している。
常に吹き荒れる風の音に混じる様々な気配。
…今のところ、見知った無害種の音だけだ。
警戒臭もしない。
どうやら今日は安全な寝床を引き当てたようだ。
こんな夜、ぼくは日本語で考え事をするようにしている。
ほとんど使い道はないんだけど、こうでもしないと忘れちゃうからね。
だから今日は、ぼくらの生活について話してみるよ。
ー
ぼくとルルは、だいたい同じような一日を過ごす。
日中は基本、ずっと歩いてる。
歩くというより移動する、かな。
この世界は岩ばかりで、平地なんてほとんどない。
段差と、穴と、裂け目ばかりだ。
ぼくはそれをよじ登ったり、飛び越えたりしながら進む。
ルルはぼくの背中に乗っている。
狩りはぼくがやる。
と言っても、剣とか槍とか、そういう立派なものはない。
石とか、骨とか、割れた何かの殻とか。
そういうものを使う。
この世界の生き物はだいたい硬いから、道具も自然とそういうものになる。
ルルは狩りの直前になると、ぼくの肩から降りて隣に立つ。
ぼくには見えないけど、そのときルルは幻覚を使っている。
獲物の視界を歪めたり、音の位置をずらしたりする。
ぼくはそれを合図に動く。
最初はね。
ルルが何をしているのか、よく分からなかった。
ただ、ルルが「今だよ」という。
すると、獲物が一瞬だけ変な動きをする。
その瞬間を狙う。
そうやっているうちに、だんだん分かってきた。
これがこの世界での人間の生き方なんだなって。
便利だよ、幻覚。
ぼくらはそれで何度も助かっている。
例えば、大きな捕食種に見つかったとき。
ルルはぼくらの存在を薄くする。
消すわけじゃない。
ただ、そこにいることに気づきにくくする。
岩の影と同じくらいの存在感になる。
そんな感じ。
もちろん、それでも死ぬときは死ぬんだろうね。
この世界はそういう場所だ。
ぼくとルルは、もう長いこと一緒に旅をしている。
時間の感覚は曖昧だけど、かなり長いと思う。
ルルの幻覚も、昔より上手くなっている。
ぼくの身体もだいぶ強くなった。
お互いに、生き残るのが上手くなった。
ただ。
この世界は広いのに、
どこまで行っても同じなんだ。
岩。
暗闇。
風。
異形の生き物たち。
そしてたまに同族、人間。
…ただ、ぼくとルルとは少し違うかもしれない。
安心できる相手だとは感じない。
ぼくは一度だけ、ずいぶん遠くまで歩いたことがある。
理由は単純。
少しでも、違う景色が見たかった。
結果は、まぁ、想像通りだ。
何も変わらなかった。
岩の色が少し違うくらいかな。
そのとき、ぼくは思った。
ああ。
ここは、どこまで行っても同じ世界なんだなって。
集落は見当たらない。
道らしいものもない。
人が生活していた痕跡がない。
多分、文明がないってことなんだと思う。
だから歴史も、残っていないのかも。
そして、言葉すらないのかもしれない。
ぼくとルルは、
生まれて、歩いて、狩りをして、食べて、眠る。
それを繰り返す。
たぶん、これがこの世界の人間の生き方なんだ。
この世界は、壊れているわけじゃない。
むしろ、完成してしまっている。
ぼくには変えようがない。
変わる必要もない。
きっとただ続くだけ。
だからぼくはこの世界のことを、終わった世界と呼ぶことにした。
もちろん、ルルにはそんなこと言ってないよ。
前世の記憶を持たない彼女にとっては、比較する世界がないからね。
それに、ぼくはこの世界がそこまで嫌じゃない。
ぼくは、ルルがいれば満足だから。
……こんな感じなんだけど、もう少し具体的な話もした方がいいかな?
ルルとどんな話をしたかとか、ルルがどんな子なのかとか、
ルルの話ばっかりになっちゃうと思うんだけどさ。
ダメかな?
大丈夫ですよ。
彼女なしでは、あなたの人生は完成しないのですね。
そうだね。
うん。
その通りかも。
人生というか、生活というか。
とにかく自分の事を語る上でルルは外せない。
分かりました。
では改めて、お聞かせください。
あなたがこの世界でどう生き、そしてどう終わったのかを。




