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第八話_浄化と静寂

夜の静寂が包む六助の店。

幸は震える声で、薬種問屋で起きた凄惨な光景を父に語り終えた。

床に広がる血の海、転がる生首、そして何より自分に向けられた、氷のように冷徹な言葉。


「…お父ちゃん、あの方は、あの方は仏様なんかじゃないわ。…恐ろしい、人殺しだわ…っ。」


幸の言葉を、六助は静かに受け止めた。

彼は娘の細い肩を抱き寄せ、涙を拭ってやる。


「…幸。あの方が本気なら、お前は今ここにはいない。どんな背景があるにせよ、あの方は俺たちの絶望を取り除き、お前を救ってくれたんだ。俺たちにとっては、間違いなく恩人なんだよ。」


幸もまた、父の言葉の奥にある真実を理解し、溢れる涙と共に深く頷いた。

もはやこの街に未練はない。

二人は清十郎が遺した金を抱きしめ、夜明けと共に遠い街へ旅立つ決意を固めた。


◇◇◇


同じ頃、哀眼寺の朱塗りの門を一人の男が潜り抜けた。


いち…。」


門番の一人が首を抑えて崩れ落ちると同時に、清十郎が軽い口調で数を数える。

驚愕に目を剥き、壁に立てかけていた槍を取ろうと手を伸ばしたもう一人の門番も、その手が柄に触れるより速く、首と胴を違えて地面に落ちた。


…。」


庭で作業をしていた男が、それを見て叫び声を上げようとしたが、清十郎の刃が喉元をかすめる。

男は何も発せず、枯れ葉のように地面に崩れ落ちた。


さん…。」


清十郎は流れるような動きで刃から血を払い、静かに鞘に納める。

辺りは、何事もなかったかのように静まり返っている。


「さて、あと何人でしょうか?」


普段と変わらぬ穏やかな笑顔のまま、清十郎は庭を抜け、本殿へと足を踏み入れる。

まるで日曜の午後に散歩でもするように、軽やかな足取りで。


「こんにちは。」


廊下ですれ違う僧兵に、清十郎は人懐っこい笑顔で挨拶をする。


「ん? おぬし、なにも…、」


僧兵が訝しげに歩みを止めた時には、既に彼の首は宙を舞い、廊下を転がっていた。


…。」


清十郎は歩みを止めることなく数字を刻んでいく。

その刃は一度も止まらず、その呼吸は一度も乱れない。

庭を横切る信者、異変に気づき飛び出してきた下男。

彼が数字を口にするたび、寺のどこかで命の音が消える。


とう…。」


寺の奥へ進むにつれ、静かに、だが確実に死の静寂が伝播していく。

迎え撃とうと現れる僧兵たちも、清十郎が数字を数えるたびに、命の灯を消されていった。

彼の二つ名は「皆殺し」。

そう、皆殺しの清十郎である。


◇◇◇


その惨劇の最奥。

哀眼法師は、外界の異変に気づかぬまま、金銀財宝と数人の美しい側仕えの女たちに囲まれ下卑た笑い声を上げていた。


「くくく…今日もまた、多くの信者が『哀しみ』を捧げに参った。絶望こそが魂を浄化し、我を肥やすのだ…。」


酒杯を傾けたその時、襖が音もなく開いた。


「楽しそうですね。ここは哀眼寺ではなかったんでしたっけ?」


問いかけと共に現れたのは、一点の曇りもない笑顔を浮かべた清十郎だった。


「なっ、何奴じゃ!誰か!僧兵を呼べ!」


狼狽する法師に対し、清十郎は小首を傾げて笑う。


「もう誰もいませんよ。みなさん一足先に浄化の旅へと出かけましたから。」


「フンッ!戯言を!」


鼻で笑い、法師が側仕えの女に酒を注ぐよう命じた、その瞬間。


「あぎゃあああああ!!!」


法師の右手の指が、二本、鮮やかに宙を舞った。

女たちも悲鳴を上げて座り込む。

涙を流し、指の付け根を押さえてのたうち回る法師を、清十郎は冷ややかに見下ろす。


「その表情…。それこそが魂の浄化、でしたっけ?」


「だ、誰か…誰かおらぬか!殺せ!こやつを殺せ!」


必死に叫ぶ法師を、清十郎は「あれ? さっきの聞こえてなかったんですか?」と不思議そうに眺めている。

痛みが怒りに変わったのか、法師は財宝の山から宝石で飾られた大太刀を掴み出した。


そして、震える側仕えの女を盾にするように清十郎の方へ突き飛ばし、女もろとも斬り捨てようと力任せに大振りの一撃を放つ。


「――おっと。」


清十郎は飛んできた女性を片手で優しく受け止め、背後へと逃がす。

同時に、振り下ろされた大太刀を紙一重で見切り、その返し刃で法師の右腕を肘から先、根こそぎ切り落とした。


「…っ、あああ…っ!!」


切れた腕を拾い上げ、声にならない悲鳴を上げる法師。

怒りは再び、深い恐怖へと塗り替えられる。


「ま、まて!何でもする!金か?権力か!?」


「そうですね。では、存分に哀しんでください。」


懇願する法師の声を遮り、清十郎は次に、法師の両足の指を一本ずつ丁寧に切り刻んでいった。

阿鼻叫喚の叫びが響き渡る中、清十郎は法師が座っていた豪華絢爛な玉座に、まるで自分の席であるかのように優雅に腰を下ろした。


「どうです?魂が浄化されてますか? 僕が見届けてあげますよ。」


そのまま暫しの間、清十郎は法師を放置した。

失血により法師の顔から生気が失われ、視線が朦朧としてきた頃。

清十郎は玉座から立ち上がり、虫の息となった法師の耳元で囁く。


「哀眼寺の教えは、僕には少し難しかったみたいです。結局、あなたは浄化されたんですかね?」


一閃。

法師の首が、財宝の海へと転がった。


三十さんじゅう…っと。」


最後の数字を数え終えると、清十郎は腰を抜かして怯える側仕えの女たちに向け、微笑んだ。


「女性には手を出さない主義なので、安心してください。」


背を向けて歩き出す途中で、彼は思い出したように振り返る。


「あぁ、一つだけいいですか。…哀しみでは人は救われないと思いますよ?」


笑顔のままそう言い残し、清十郎は月明かりの下へと歩き出す。

哀眼寺にはもう僧侶は誰もいない。

ただ、残された数人の女の啜り泣く声だけが、静寂の中に時折聞こえるのみであった。

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