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第三話_凛の独演

凛は隣に立つ清十郎に、悪戯っぽい、だが刃のような鋭さを含んだ視線を向ける。


「清君。あなたは他を当たってくれる?ここは私にやらせてくれるかな?」


「…分かりました。凛さん、あまり遊びすぎないように。」


清十郎は短く一礼すると、影が溶けるようにその場から姿を消した。

一人残った凛は、ふっと憑き物が落ちたような、清純でどこか危うい「迷い子の娘」の顔を作る。

そして、喜眼寺の重々しい門をふらふらとくぐっていった。


◇◇◇


「おい! そこの娘、なにをしておる?」


門番と思わしき男が槍を突き出し、凛を呼び止める。

凛はあどけない悲鳴を上げ、艶やかな声を漏らしながら石畳に倒れ込んだ。

その際、はだけた襟足から覗く白い肌が夕闇に妖しく浮かび上がる。

門番が動揺するのと同時に、少し先を歩いていた先ほどの僧侶が、異変に気づいて振り返るのを凛は確認していた。


「…あぁ!助けて…くださいませ…!」


凛はわざとらしく石畳に膝をつき、潤んだ瞳で門番ではなく、その僧侶の方を縋るように見上げる。

何かを言おうとした門番を制し、欲の色の混じった足取りで近づいてきたのは、やはり僧侶の方だった。


「哀れな…、これほど美しい娘が。一体何があったのか言うてみい。」


僧侶は凛の腕を取り、助けるふりをしてその柔らかな肌を撫で回す。

凛は怯える芝居を続けながら、心の中で冷たく嘲笑う。


「家も…身寄りもなくし、この京の街で…。お坊様、どうかお導きを…。」


「ふむ、それは不憫な。よし、こちらへ来い。まずは一息つかせてやろう。」


僧侶は周囲の門番に目配せすると、凛を抱えるようにして教団の奥深く、一般信者の立ち入りを禁じられた静かな一室へと連れていく。


◇◇◇


「さあ、ここなら誰も来ぬ。悩みも苦しみも、すべて私に預けるがよい。」


部屋の扉が閉まるなり、僧侶は本性を現した。

凛を畳に押し倒さんばかりに肩を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めようとする。

その鼻息の荒さに、凛は吐き気を覚えたが、顔には艶やかな困り顔を浮かべたまま、男の胸元に指先を滑らせた。


「お坊様、そんなに急がないで。私、畏れ多くて震えが止まらないわ…。あなた様のような高貴なお方が、私のような者を…。そのお召し物からして、他の方とは格が違うのでしょう?」


凛は男の肩にかけられた朱色の豪華な袈裟を、うっとりと見つめるフリをして指先でなぞった。


「くくっ、よく気づいたな。この寺では袈裟の色こそが法力の証。黒や青を纏うのは下級の駒に過ぎん。この朱の袈裟を許された我ら幹部こそが、慈眼の御仏の真意を執行する者なのだよ。」


「まぁ…。でも、女の私がお部屋に入っても良かったのかしら。お寺は女人禁制かと…。」


凛は男の耳元で吐息を漏らす。

男は鼻の下を伸ばし、得意げに声を潜めた。


「案ずるな、幹部には女も数人おる。奴らもこの朱の袈裟を纏い、寺の全容を差配しておるのだ。お前も俺に従えば、その一員に…ひひっ、それ以上の悦楽を与えてやろう。」


「…女もいる。そして、この袈裟を纏っていれば、中を自由に歩ける。そういうことね?」


凛の声から、先ほどまでの震えが消えた。

僧侶が「あ?」と顔を上げた瞬間、凛の細い指先には、どこに隠し持っていたのか銀の小刀が握られていた。


「なっ…。」


「じゃあ、あんたのその汚い命。私が預かってあげるわ。」


一閃。


何の抵抗もさせず、凛は僧侶の喉笛を深々と裂いた。

声を出す暇さえ与えられないまま、男は畳の上に崩れ落ち、自らの血の海に沈んでいく。

凛は返り血を浴びぬよう軽やかに身を翻した。

男は喉元を抑え、必死で何かを叫ぼうとしているが声はもう出ない。

それを冷ややかな目で見下していた凛は、彼が動かなくなるのを確認すると、身につけていた朱色の袈裟を躊躇なく剥ぎ取った。


「…少し血がついちゃったわね。」


袈裟についた男の血を見やり、眉を潜ませる。

凛は手際よくその袈裟を自分の着物の上から羽織り、鏡に映る自分の姿を確かめた。


「女の幹部がいるなら、これを使って自由に動けそうね。さて、この喜眼寺の『全容』とやら、隅々まで拝見させてもらいましょうか。」


彼女は伊田陀鬼屋の刺客。

通り名は『誘惑殺の凛』である。

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