悪役令嬢なんて無理無理!だって私いい人だもんって、周りがハンパなくちょーイイ人だらけで…ハイ?!まさかのバッドエンド決定ですか、ありえなす…。
「君って、いい人すぎてつまんないよね。」
その言葉を聞いた直後、私の世界は強制終了した。
正確には…、猫をかばって飛び出したら、トラックが突っ込んできたんだけどね。
反射的に「猫ちゃん逃げて!」って叫んだ私は、次の瞬間、空を飛んでいたのだ。
目覚めたら、そこは…異世界だった。
「エリザベティカ!ああ、私の…愛娘! 可愛すぎる! 目が覚めてよかった、よかったよ~!!」
ひげ面のおっさんが、ボロンボロンと涙をこぼしながら…私の頬をべろんべろんと舐めている。
え、誰?
え、なに?
え、舐めるの…やめて?!
……混乱する頭を、整理してみる。
どうやら私はそこそこ人気のあった乙女ゲーム「聖~善人の住まう星~」という、善人しかいない世界に転生したらしい。
確か、キャッチコピーは…
「悪役令嬢は必ず破滅する運命です。処刑、島流し、生き埋め…どれがいいですか?」
ちょっとまて。
そんな選択肢…いらないから!!!!
私はなぜか「悪役令嬢エリザベティカ」に転生してしまったようだ……。
「え、ちょっと待って。私、悪役令嬢? いやいや、無理無理! だって私、いい人だもん!」
前世では「いい人すぎてつまんない」と言われたけど、それでも私は人に優しくすることが好きだった。だから、異世界でもそのままでいこうと、即、決めた。
「悪役令嬢? そんなの演じる必要ないよね。平凡に、善良に生きていこ!」
というわけで、善人プレイ、開始だぁ!!
……そう思っていたのだ、最初は。
「おはようございます、エリザベティカ様。今日もお美しいですね!」
「おはよう、マリア。今日も笑顔が素敵だね!」
メイドに笑顔を向けながら、挨拶を返す。
これが普通の礼儀だもんね。
だけど、マリアは震えながら言うのだ。
「エリザベティカ様が…私に笑顔を…! これは…何かの罠?」
なんでそうなるの!?
私、ただ挨拶しただけだよ!?
どうやらこの世界、私のキャラ設定が「冷酷無比な悪役令嬢」らしく、ちょっとでも優しくすると「裏がある」と思われてしまうらしい。
孤児院に寄付しようが、落ちてるゴミを拾おうが、おばあちゃんの荷物を持とうが、魔法で花を咲かせて村を彩ろうが、なにをしようが……。
「エリザベティカ様、なんて慈悲深い…!」
「悪役令嬢なのに善行…、これは罠ですね」
「きっと裏で何か企んでるに違いない……」
「エリザベティカ様、孤児院を支配しようとしているのですね!」
「迷子の子を利用して人気取りとは…さすが悪役令嬢」
「魔獣を操って自作自演とは…恐ろしい…」
「落ち葉掃除? ああ、わざとらしく見せ付ける事で民衆に労働を強いるつもりか…」
「エリザベティカ様、また善行ですか? その裏にどんな陰謀があるのか…、楽しみです」
「違うってばああああ!!!!!!!!!!」
なんと、周りの人々は、私の善行を「悪の策略」として受け取るのである!
みんなの善人レベルが異常すぎて、ちょっとでも目立つと「悪役ムーブ」に見えるらしい。
なんで??
ねえ、なんでこんなことになっちゃってんの?!
しかも地味に、周りの人々が…善人すぎる。
友人クラリッサは、毎朝孤児院に手作りのパンを100個届けてるし。
はとこの騎士団長は、魔物討伐の報酬を全額寄付してるし。
三つ下のこの国の王子は、毎晩孤児たちの寝かしつけをしてるし。
「ねえ、私より善人が多すぎない!?」
前世の記憶をフル活用して善行を積み重ねているのに、周りの善人たちがそれを軽々と超えてくる。
結果として、私の行動が「偽善」「計略」「悪役の罠」と認定されてしまうのだ!!!
このままじゃ、私が“相対的悪役”になっちゃうよぉぉぉぉぉぉぉ!!!
「なにしても悪人に認定されちゃうんですけど!? 私の善行、霞むのがデフォ…?」
はっきり言って、泣きそうだった。
「エリザベティカ様、残念ですが王都での慈善活動が“民衆操作”と判断されました。裁判にかけられます」
「はああああ!? なんで!? ただの炊き出しだよ!? カレー配っただけだよ!?」
どうやら、私の行動が「民衆の心を操る悪役令嬢の策略」として、王国の議会に報告されたらしい。
バッドエンドフラグが立ちまくっている。マジありえなす…。
「このままじゃ処刑される…!」
私は決意した。
善人バトルを仕掛けるしか、ない。
「善人度で勝負だ!」
私は貯金をはたいて孤児院の真ん前に学校を建て、併設病院を完備した。
前世の知識を使って衛生管理や教育制度を整え、人々がより暮らしやすい環境を与えることだけを考え、善行に励んだ。
だが、周りの善人たちは…さらに上をいくのだ!!
「エリザベティカ様が病院を建てた? では私は、病気を治す魔法を開発しましょう…できました~!」
「学校を作った? 私は、子供たちに夢を見せる魔法絵本を配布しますね!」
「魔物退治? 私は魔物と和解しましたよ! これで争う事はなくなるでしょう!」
え、もう無理なんですけど。
絶対勝てない。
善人度、インフレしすぎ……。
裁判の日、私は王城の広間に立っていた。
「エリザベティカ・フォン・ルミナス。あなたは悪役令嬢として、民衆を操り、王国を混乱させた罪に問われています」
「違います! 私はただ…いい人でいたかっただけなんです!」
私は叫んだ。
涙がデロンデロンとこぼれてくる。
「前世でも、いい人すぎてつまんないって言われました。でも、それでも私は、人に優しくしたかった。誰かのために、何かをしたかっただけ。それが…罪なんですか?」
沈黙が広がる。
その時、ひげ面のお父様が立ち上がった。
「エリザベティカは…私の娘だ。誰よりも優しく、誰よりも強い。でもってかわいくて、思わずなめ倒さずにはおられないような…う、ゴホ、ゴホンっ!!! え、えーとだな!!! 悪役令嬢? そんなのは…ただの役割だろう! みんなで寄ってたかっていたいけな少女をいたぶって…この、ド畜生どもめ!!!」
民衆が、立ち上がった。
「エリザベティカ様は、私たちに希望をくれたんだ!」
「彼女の善意は、本物だ!」
「悪役令嬢なんて、もういらない!」
「この世界に、役割なんて必要ない!」
私を擁護する声が、瞬く間に広がっていく。
世界が変わった瞬間だった。
私は処刑を免れた。
そして…「善人すぎる悪役令嬢」として、世界の価値観を変える存在になったのである!
うぉおお…長かった、長かったよぉおおおおお!!!
よかった、ホント悪役令嬢の呪いから抜け出せてよかった!!!
…ふ、ふふふ、ふふふふふふ!!!
「ねえ、いい人すぎてつまんないって言った人。今の私、ちょっと面白いでしょ?」
私は、悪役令嬢さながら…声高らかに笑うのだった。




