XXX
「可愛い子には旅をさせない。」
薄暗い部屋の中。
ソファの上に横たわる男を眺め機嫌良く歌う一人の男。
「他の誰かに傷つけられると困るから。他の誰かに奪われると困るから。他の誰かの手垢を付けられると可愛くなくなるから。」
小刻みに頭を揺らし歌い続ける男の口角はニタリと上がり目を細める。
「裏切り者には罰を与えよ。疑わしきは罰せよ。爪を剥ぎ叫ぶ声を。」
楽しげな声はそこで止み、上がった口角はスンと下がる。
「なんて面ぁしてんだよ。格好悪いなぁ。」
地獄の入口で待ち構える鬼に出くわしたかのような表情で寝転ぶ男に蔑んだ声で話しかける。
「あーあ、つまんねぇの。」
男が立ち上がるとギシッと床の軋む音が響いた。
その音が幾つか重なると重い扉が開かれ薄暗い部屋に少しの光が差し込む。
光に照らされた部屋はまるでいちごジャムが入った瓶をひっくり返したかのような光景だった。
男が部屋を出ようとした時電子音が響き渡った。
男は気怠そうにポケットからスマートフォンを取り出し耳に当てる。
「……なに?」
「蒼、今から帰ってきなさい。」
「どうして?」
「言わなくても分かっているだろう?」
電話は一方的に切られ男は眉間に皺を寄せた。
「…………チッ。」
男は頭を掻き毟ると振り返ることも無く部屋を出ると荒く扉を閉めた。