きっと君とこんな夜を
中3の春。
俺は、ずっと眠れない夜を過ごしていた。
別に病気とかじゃない。
寝ようとしても、うまくいかないだけ。
音も光も消して、目を閉じても、
頭の中だけがずっとざわざわしてる。
昼間のクラスの空気とか、
明日やらなきゃいけないこととか、
全部が身体にまとわりついて、眠らせてくれない。
そんなときに出会ったのが、夜更 紬だった。
夜の公園。ベンチに寝転がって、空を見てた。
制服じゃなかったけど、俺と同じくらいの歳。
「起きてる人、初めて見た」
開口一番、それだった。
「起きてるって……夜に?」
「うん。こんな時間に生きてる人、滅多にいないよ」
言ってることは変だったけど、
なんとなくわかった。
彼女の目は、完全に“夜の住人”のそれだった。
それから、夜になると公園で会うようになった。
紬は不思議な子だった。
家にはほとんど帰らないらしい。
学校にもちゃんと行ってるっぽいのに、夜はいつも外にいた。
「なんで帰らないの?」
って聞いたら、にこって笑って言った。
「夜のほうが、私のこと誰も見てこないじゃん?」
その言葉が、妙に刺さった。
ある夜、缶コーヒーを二人で飲んでたとき、
紬がふいに言った。
「ねぇ、結婚しよっか」
「は?」
「だって、夜にしか会えないし、昼のことよく知らないし、それなら夜だけの夫婦でも良くない?」
「夜限定かよ」
「うん。“夜婚”ってやつ。ほら、寝ないし、逃げないし、今だけでちゃんといる」
なんだそれって思ったけど、
でもたしかに、
俺たちは夜にだけ、ちゃんと息ができてた。
別の日。
自販機の下に落ちた小銭を拾ってたら、
紬がぽつんと呟いた。
「ほんとはさ、一回、死のうと思ったことあるんだよね」
「……」
「でもさ、こうやって夜に誰かと話してたら、もう少し生きてみてもいいかなって思うことある。ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ」
俺は何も言えなかった。
でも、なんとなくわかった。
その“ちょっとだけ”が、案外すごいことなんだって。
「結婚しよ」と
「死のうか」が、
たまに同じ重さで響く夜がある。
どっちも、「一緒にいよう」って意味でしかなくて、
どっちも、本当は“生きてたい”のかもしれない。
春が終わるころ。
俺は少しだけ眠れるようになった。
学校に行って、昼に誰かと話すことが増えて。
夜、紬に会う時間が短くなった。
でもあの夜、最後に会ったとき、
紬は珍しく自分から手を握ってきて言った。
「じゃあさ、また眠れなくなったら、結婚しようね」
「……了解」
それ以来、彼女には会ってない。
でも眠れない夜は、今でもふと思う。
“夜の奥の方”で、
紬がまだ息をしてる気がするんだ。
一緒に死のう
と
結婚しよう
はたまに同じ言葉に聞こえます。