Stage9-3 思い出とその先
俺はすぐに身支度を整えて教室を出た。
急いでいた事もあり周りの事は見向きもせず小走りで玄関へと向かった。
「有海ッ!!!」
廊下を急いでいる途中、後方から俺の名前を呼ぶ声が響き渡る。
振り返るとそこには、剣道部顧問の細谷が立っていた。細谷はゆっくりと俺に近づいて来た。
面倒な奴に遭遇してしまったと頭をポリポリと掻いて誤魔化す。
「お前、いつになったら部活に顔出すんだ?」
「…いやぁ、まあ、その内?」
細谷は溜息を吐いて、悲しそうな目でこちらを見直す。
「…あのなぁ有海。人生は一度きり、高校生活も一度きりなんだ。」
始まった…。
「練習が嫌いとか怪我をしたとかそんなのは仕方ない。でもお前の才能をこのまま腐らせる訳にもいかない。」
よく見てくれてるし、感謝もしてるんだけどさ…
もう俺に、この世界は向いてないんだよ先生…
「…やっぱ、あんな事があったし戻りづらいのか?」
あんな事…確かにそんな事もあったな…
あの出来事が無ければ、俺はこうはなっていなかったのかもしれない。
同じく剣道部に所属していた、若林初佳。彼女も相当な腕の持ち主だった。ある日、俺と稽古をしていた時に彼女は怪我をしてしまった。右手首にひびが入っている程度で、彼女は「こんなもの、唾付けときゃ治る!大丈夫大丈夫!」と俺を励ましてくれた。本当は俺が励まなさないといけないのに、怪我をさせてしまった事で逆に気を使わさてしまった。
しかし、初佳が戻ってくる事は無かった。
部活だけでなく、学校にも来なくなってしまった。
原因は、多分俺だろう。その日を境に、俺も部活を休むようになった。
「…有海…若林は怪我をした。それで戻らなくなったのかは先生にも分からない。ただ、気にしていても何も始まらないぞ?」
そんなことは分かっている…逃げているだけだってことも。
「…とにかく、まだ戻るつもりはありません。すみません、失礼します。」
俺は細谷に背を向けてその場を去った。
困った表情を浮かべているのは背を向けていても分かった。複雑な気持ちを抱えたまま、俺は初佳の家へと向かった。
初佳の家に向かう途中、後方から「せんぱーい!」という声が聴こえ振り返った。そこいたのは中学三年生のゲーマー、溝田 優希だ。彼とは昔ゲームセンターで知り合った。当時彼は、爆熱ファイターズという格闘技ゲームを得意としていた。当然ゲームセンターにある為、アーケード版な訳だが…
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『すっげぇ…あれが無敗と言われた…』
『ユウキって常に一位のだよな!?』
『あの捌き方出来るのはヤバいな。』
ゲームセンターで歓声に包まれていたユウキは、やや調子に乗っていた。だがそれも仕方の無いこと、彼に挑む者達は次から次に敗北したのだから。
そんなある日、ユウキは格闘技ゲームなどやった事もない俺をターゲットにした。通りがかりの眼鏡をかけた陰キャ高校生、とにかく勝ちに拘っていたのだろう。
しかし、この日彼は初めての敗北を味わった。
「…こ、この僕が…三戦三敗…。」
『…おい、無敗が負けたぞ。』
『あんな陰キャに?ダッセェw』
『所詮ガキだったわけだ。上には上がいる。』
「うるさいッ!どいつもこいつもッ!僕に勝ってから文句言えよッ!」
怒鳴った後にユウキという少年は、ゲームセンターを飛び出してしまった。
『なんだよあいつ。』
『調子乗ってんな。』
面倒だなと思いながら、俺は彼を追い掛けた。
彼は河川敷で泣いていた。余程負けた事も、馬鹿にされた事も悔しかったのだろう。生粋のゲーマーだ。
俺はそのまま彼の横へと向かった。
「…君、相当ゲーム好きでしょ。」
ユウキは驚いた様子で警戒していたが、諦めたかのように話を続けた。
「…何度も練習したさ。負ける事が嫌で仕方無かった。気付けば今の状態になってた。たまにタッグとかもやってみたけど全然ダメ…誰も僕にはついてこれなかった。でもたまに味方を守ったりするプレイヤーもいてさ、あぁなんか良いなってその時は思ったよ。でも、もう遅かった。誰も僕に適う奴はいなかった。」
「…でもお前、負けたじゃん。」
「あぁ、そうだよ!負けたよ!」
声を荒らげると彼は少し笑った表情を見せた。
「…むしろもう清々しい気分すね。負かしてくれてありがとうって感じだよ。」
「いつでも対戦してやるよ。」
俺の挑発的な言葉に牙を立てる事なく、彼は穏やかに笑った。
その後、俺達は【爆熱ファイターズ】のタッグマッチイベントに出場した。
『優勝は!ユウキとホイル焼きだぁ!』
俺とユウキは歓声に包まれて幕を閉じた。
イベント後の会場裏で俺はユウキに呼び止められた。
「なんすかホイル焼きって!めっちゃ笑いましたよ!」
「有海、アルミ…ホイル焼きだろ。」
「どんな連想させてるんですか!」
ユウキが笑い疲れた様子で両腕を伸ばしながら背伸びをした。
「でも、先輩には本当に感謝してます。」
そう言うとユウキは手を差し伸べた。
「ありがとうございました。これからも尊敬する先輩でいてください。」
俺達は互いに微笑み合いながら握手を交わした。
ーーーーー
「何笑ってんすか先輩。キモいですよ。」
「…大丈夫。思い出し笑いだ。」
「もっとキモいっす。」
そんな思い出を振り返りながら、再び初佳の家へと向かった。
「どこ行くんです?」
「初佳の家。」
「あれ?そういえば初佳さんて入院してるんじゃなかったでした?」
優希の言葉に俺は言葉が出なかった。
次回もお楽しみに!




