Stage9-2 平凡な日常へ
七月十二日(木)
俺は【今あり】のせいで海外旅行をしたように、時差ボケのようになっていた。つまりは寝不足という事だ。
寝惚けた状態で通学路を歩いていると後方から走って来た誰かに追突された。
その人物は前のめりに転倒した俺の背中に向かって「ごめんなさいッ!」と連呼している。
「…何をそんなに急いでいる。別に遅刻じゃないだろ。」
「あ、本当だ。エヘへッ。」
可愛い。腹立つ。けしからん。
オタクの三拍子が揃い、俺は照れ隠しをするように目を逸らす。
「…あ、あの!有海先輩…ですよね?」
「…え、あぁ、まあそうだけど。」
「こ、この前ゲームショップで見掛けて!ど、どんなゲームするのかなぁって思って。」
俺は不思議でたまらない。何故この子がこんなに僕のやるゲームを知りたいのか。
「…まあRPGとかが多いかな。最近は【今あり】ってゲームやってて…」
すると彼女は頬を赤らめて、口をモゴモゴさせていた。
「…わ、私もそれやってたんです!怖くなって辞めちゃいましたけど…エヘへ…。」
そのエヘへって辞めて。可愛いから辞めて。
あぁ…もうどうにかなりそっ。
「…ま、まあ、あれはかなり上級者向けというか…変人向けというか…結構難しいんだよ。」
「確かにそうでした。中々操作が上手くいかない事も多くって。結局私死んじゃったんですけどね。」
「…は?」
俺の反応に彼女は少し驚いたような反応をする。
「…ちょっと待て…今死んだって言ったか?」
「…へ?はい。」
どういう事だ?
何故彼女はこの世界に戻って来れている。
「…君、名前は?」
「え!?ま、前原和葉です。」
「…覚えておく。また今度話聞かせてくれ。」
そう言って立ち去ったものの遠くから彼女は「はいっ!」と嬉しそうな表情でこちらを見つめていた。
そんなにゲームが好きだったのか、何かゲーム仲間が出来るのも嬉しいな。
「あ、有海先輩と話しちゃった///…それにまたって…。」
鈍感野郎と乙女の心は見事に交差していたのであった。
教室に着くと、俺はすぐに着席した。
毎日のように着席したと同時に一人のクラスメイトが近付いて来た。
「よぉ浩太!またゲームか?」
身体のデカい男が惣菜パンを食べながら近付いてくる。
「それが生き甲斐なもんで…てかパンくず…」
「程々にしとかないと頭がパッパラパーになっちまうぞ?ダッハッハッハッハッ!」
「…お前は俺の母さんか…だからパンくず…」
こいつは沖田 大翔、空手部の時期主将だ。部活に熱中するのもわかるが、もう少し身の回りの事も気を配れるようになった方が良いのではないだろうか。
今も言っていたようにパンくずを机に零しては、パンのゴミをポケットに入れ、別のポケットから新たなパンが出てくる。彼の机の周りは鞄が三つある。一つは授業用、一つは部活用、もう一つは食事用である。そう、こいつはとにかく食うのだ。こいつの親は食費が大変だろうな。
「ちょっとお兄ちゃんッ!有海さんに失礼でしょッ!またパンばっかり!野菜も食べなって言ってるでしょ!」
「…わ、わかってるよ。」
彼女は大翔の妹の彩香。綺麗な薔薇には刺がある、そんな台詞が似合う女性だ。このように、大翔は毎日彩香に怒られている。兄妹で同じクラスっていうのも何気大変そうだ。しかし、この二人意外に仲が良く、休日は良く一緒にいる所を見掛ける。その度に思うのだが、地毛が茶髪なのが本当に羨ましく思う。この兄にこんな美女が妹で良いのだろうか。
「…有海さんいつもごめんなさい。」
「大丈夫だよ。今に始まったことじゃない。」
その背後で大翔はハムスターのようにパンを頬張り続けていた。
「お兄ちゃんッ!」
彩香の声が響いた所で、同時にチャイムも鳴り響く。担任が教室に入ると、『起立〜礼〜おはようございます〜。』とやる気のない声の塊が教室を飛び交う。
「お前らもう少し元気は出ないのか?」
担任の言葉にもフルシカトを決め込んだこのクラス2年B組は、これが通常運転なのである。
そして、ダラダラと一日を過ごし、あっという間に放課後のチャイムが鳴り響く…。
次回もお楽しみに!




