Stage3-1【赤の呪文書】前編
【赤の魔法陣】を選択した貴方。
貴方が選んだ道が正しいとは限らない。
どんな結末を迎えても、それが現実なのです。
俺は【赤の魔法陣】に入る事を決めた。
アイネさんとメグミちゃんの了承を得て、魔法陣へと入った。
「全員何が起こっても、無茶だけはしないで。」
アイネさんの忠告に俺とメグミちゃんは真剣な眼差しを向けて頷いた。
赤の魔法陣は三人を包み込むように消えた。
鳥のさえずりと共に目を覚ました俺は、森の中に倒れていた。
年代も場所も明確には分からない。
しかし、辺りは綺麗な花が満開に咲き、遠くからは滝の音が響いている。
頬に心地よい風が当たったと思ったら、俺の周りを妖精達が追いかけっこをしていた。
こんなメルヘンな世界の中心に倒れていた俺は、滝の音が聴こえる方角へと歩いて行った。
するとそこには、広大なる森に囲まれた大自然があった。
滝の先は川となり、終わりが見えない程に続いていた。
先程までの高層ビル等はなく、ビルの代わりに大木が無数に生えていた。
「…それにしても何が起こったんだ。ここは西暦何年なんだ。」
訳も分からないまま、俺は辺りを見渡した。
しかし、アイネさんやメグミちゃんの姿はなかった。
どうやら転移後に離れ離れになってしまったらしい。
一先ず俺は、この空間に何か無いかを探し回った。
が、辺りには木や草、色とりどりの木の実以外は何も無かった。
埒が明かないと思った俺は、一先ず川の流れる方向へと足を進めた。
歩いていると小鳥は木の上で歌い、リスは木の実を持って駆け回っていた。
草や枝を掻き分けて森の中を進んで行くも、同じような光景が広がっていた。
ひたすら前を進み森を抜けると、そこは岩場だった。
先へ進むには、崖を降りなければ進めない状況であった。
やむを得ず俺は、慎重に崖を降りて行った。
下を見ず崖をゆっくり降りて行くと、三分程で地に足が着いた。
「…思ったよりも短くて助かったぁ。」
落ちなくて良かったという安心と疲労感で溜め息が溢れてしまった。
しかし、辺りを見渡すと再び森の中。
恐らくまた同じ光景を見ながら、歩みを進める事になると確信した。
俺は溜息を吐きながらも、森の中へと入って行った。
俺は一度休憩出来そうな所まで進もうと決心した。
足を進めていくと緑の葉は紅葉に変わり、気付けば辺りは真っ白に染まっていた。
歩み進めているうちに分かった事だが、ここは崖を超える毎に景色が変わっているようだ。
始めは緑の森、次に紅葉の森、そして今は雪原の森にいる。
この流れで言えば、緑の森の前には桜の森でもあったのだろうか。
そして、雪原の森を抜けてしまえば、次は何があるのだろうか。
何も分からないまま休憩場所まで進み続けるのだった。
休憩出来そうな場所まで降りて来たが、誰かに会う事はなかった。
「…ここまで森ばっかりだと、進むだけでも大変だな。」
三十分程休んだだろうか、先程よりも大きな独り言と溜息を吐いて立ち上がる。
そして、再び探索を再開した。
雪原の森を抜けると次は火山地帯だった。
雪のように火花が散っており、通るだけで火傷を負ってしまいそうだ。
この森はどのような構造になっているのか、全くもって分からなかった。
すると、この火山地帯の先から異様な気配を感じ取った。
どんな奴かは不明だが、俺ではとても対応出来ないレベルの相手というのは間違いなかった。
これもある意味、超能力の影響なのだろうか。
どちらにせよ、ソードハンターのままだったら即死だったであろう。
気付かない内に首を跳ねられていた可能性が高い。
さて、話を戻そう。
俺はこの火山地帯を進むべきかどうか悩んでいる。
火山地帯の先から放たれている紫色のオーラ、とてもじゃないが無視はできない。
昔見た心霊映像特集の番組を思い出す。
偽物だと分かっていても、急にお化けが出てきたら怖いよね?
テレビの前で薄目で見ていたあれですよ。
今、リアルを体験中なんですよね。
多分怖いからと言って歌ったりでもしたら死ぬんだよなぁ。
まあ、結局宛は無いので先を急ぐ事にした。
そういえば、クリアしなければこのゲームから出られないらしいが、死んだらどうなるんだろ。
そんな事を思いながらゆっくりと足を進めた。
森林地帯というのは同じだが、木や草は灰となっている。
しばらく進むと、火山地帯の中心に全身黒い服装をした何者かが立っている。
身長は女性にしては高く、165cmくらいだろうか。
俺はゆっくりと草をかき分けて入り、黒い服の人物に声をかけた。
「…あのぉ、すみません。道に迷いまして。」
黒い服の人物は振り返り、無言でこちらに近付いてきた。
顔立ちは眼鏡をかけた美人。
現実世界では、保健室の先生などが似合いそうだ。
将来有力株間違い無しのエロ美人であった。
「…貴方がアルミさんですね?」
「…はい、そうですけど。」
「良かったぁ、やっと会えました。随分と探したんですよ。」
先程まで溢れ出ていた殺気オーラはなんだったのだろうか。
これまでのオーラが嘘のように、美人はお持ち帰りスマイル(妄想)を向けてくるのだが。
「何処かで会いましたっけ?」
「いいえ?初めましてですよ。」
黒い服の彼女は、一切表情を変えずにこちらを見てくる。
「申し遅れました。私は市村清子と申します。この世界を観察して回っている悪魔とでも言っておきましょうか。」
そう言うと彼女は、背中から大きな羽を繰り出した。
飛び散った血液が肌に触れると、俺の体力ゲージが少々削られた。
「何だその羽!ふざけんな!」
「それは私の持つ悪魔の羽。羽や血に触れてしまうと体力減少だけでなく、状態異常にまでなってしまいます。魔力はそれほど使いませんし、便利なんですよ。」
悪魔の血液に興味津々だが、本題に戻すとしよう。
「それで、俺に何か用ですか?」
「私は貴方を助けたい。私の悩みを解決して頂けないでしょうか?お礼は、私の歯車。悪くない話でしょう?」
彼女の言葉でジュンヤのオッサンが言っていた【市村清子】という人物を思い出した。
「え、貴方があの歯車の市村清子さん?」
「あはは、そうですよ。実際、私は悩みさえ解決してくれればそれでいいのです。あとは感謝の意として、アルミさんのお手伝いをしましょう。」
どちらにしても、未知であった【市村清子】の攻略が最短で叶えられそうだ。
ここは、受ける他ない。
「こちらとしても願ったり叶ったりだ。さあ、悩みはなんだ?」
「場所を変えましょう。」
市村清子さんは、火山地帯に隠れている塔を指さした。
そして、羽ばたくように塔の頂上へと飛んで行った。
俺は走って塔の中へ入り、階段を上がって行った
途中に部屋は無く、屋上にのみ出られるようだ。
屋上へ出ると、強い温風が吹いている。
すると、遠くの山から噴火しているのが見えた。
ここまではかなりの距離がある為、様子を見て大丈夫だろう。
塔の屋上の中心には、市村清子が黒い羽を広げたまま立っていた。
近付いて行くと、市村清子は火山地帯の森や空を見渡していた。
「…酷いでしょ。まるで滅びきれない土地。」
出会ってから初めて、市村清子は悲しそうな表情を見せた。
「…大雨警報、そして大型竜巻。多くの土地を飲み込む程の津波。異常気象がこの地球を変えてしまったんです。私はその異常気象に巻き込まれて死んでしまいました。」
「…貴方は幽霊なんですか?」
「…見ての通り悪魔なんです。幽霊として成仏したいんですけど…それには私自身の悩みを解決して後悔を消すしか方法はないんです。」
そうか、市村清子は成仏したいがために俺に会いに来たんだ。
この世界を観察する悪魔なら、俺が何の為にこの世界に来ているのかもお見通しという訳だ。
【悩・ミッション発生 市村清子の願い】受諾しますか?
まあ、今更やらない訳にもいかない。
市村清子の悩みとミッションを解決しないと先には進めないのだから。
【受諾する】
「ありがとう、アルミさん。」
俺は、無言で【人魂化】を取り出す。
「あーダメですよ!私は悪魔だから【人魂化】は使えないんです。」
なんという事でしょう。
「わざわざ私にならなくても大丈夫ですよ。私の願いとしては、火山の中にある焔の正殿に行ってきて欲しいんです。中には魔物もいるのですが、私あそこの魔物が苦手なんですよ…。なのでアルミさんに行って貰えたら嬉しいな〜なんて思ってまして。」
「…今なんて?」
聞き捨てならなかった。
火山の中?正殿?歩く?
「えっと、すみません。火山の中なんて怖いですよね。」
そんな顔しないで、切なくなっちゃうから。
行けるわ!行けるけど、んんんんんん!
「…成仏したいだけだよね?その焔の正殿とやらに何しに行けと?」
「焔の正殿には、赤の呪文書が隠されているんです。その赤の呪文書を持ってきて頂けないでしょうか。」
こういう類いのミッションは苦手だが、もはや俺に逃げ場は無いのだ。
俺は渋々了承した。
「…ちなみにこの世界は西暦何年なんだ?」
「ここに西暦という概念はないんです。強いて言うなら、七万年前とかですかね。」
「え、嘘だろ?めっちゃ遡ってるじゃん。」
驚いた事に、先程いた世界から七万年前に転移してしまったらしい。
だとしたら、この自然の美しさや火山活動の活発さには納得がいく。
俺は焔の正殿へ行く事を渋々了承した。
「では近くまで私がお連れしますから!」
市村清子は再び悪魔の羽を広げ、俺を抱き抱えて飛び立った。
火の雨で天候が荒れる中、市村清子は時々熱がりながらも飛び続けていた。
それにしても、アイネさんやメグミちゃんはどこに行ったのだろうか。
「なぁ、火山のどこに向かってるんだ?」
「火山の中に洞窟があるんですよ。そこに向かってます。」
こんな高い位置から七万年前の景色が見られるとは。
空から見ると、至る所が地殻変動を起こしている。
とてもじゃないがこんな所に長居は出来ない。
このエリアでは火山地帯が一番下の層に存在している。
これは偶然なのであろうか。
そのお陰か、仮に火山が噴火をしても他の地帯に影響はないようだ。
「見えますか?あれが火山内の洞窟です。」
火の雨や雲をぬけて行くと、火山の底でグツグツしている溶岩や硫黄の臭いが漂ってくる。
火山の中など基本見られない、そんなリアルな光景に俺は感動してしまった。
「すっげぇ!もう少し近くで見せてくれよ!」
テンションが上がったまま火山を見下ろしていると、何故か急に降下のスピードが上がったように感じた。
「市村さん?ちょっと早くない?」
しかし、彼女からの返事はなく、気付けば俺を手放して急降下しているでは無いか。
「市村さんッ!?ちょっ…早く降ろせってそういうことじゃねぇよおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺の声は徐々に遠のいていくだけだった。
マズい、このままでは溶岩の中に入ってしまう。
俺は激熱温泉に入りに来た訳では無い、というかここでは身も骨も溶けてしまう。
そして俺には、この状況で使える道具や魔法はない。
頼れるのは己の超能力のみだ。
俺は火山の洞窟に向かって手をかざしてみた。
使用した事はないが、一先ず念を送ってみる事にした。
手の先から紫色のオーラが出始め、落下する身体はゆっくりと洞窟へと向かっていった。
本当にこの中に【赤の呪文書】があるというのか。
無事洞窟に到着した俺は、中へと足を進めた。
中には石で作られた遺跡、壁には壁画が描かれている。
分かれ道もなく、一直線に進み続ける。
火山の中は、暑さだけでなく酸素も薄い。
その為息苦しさを感じるが、ゲームのお陰か現実程の息苦しさはない。
しかし、体力ゲージは減っていく為、長居は出来なさそうだ。
こういう時は、以前のように回復魔法とか使えれば良いのだが。
全ての魔法と特技が消えた俺には無縁の話となった。
俺自身のステータスで褒める所を探すとすれば、最大体力値が高いという事と身の軽さ位だ。
あとは訳の分からん超能力のみ。
しかし、先程の身体を引き寄せた超能力は何だったのだろうか。
そんな事を考えていると、入口らしき石の扉が出現した。
扉を開けようとしてみるが、当然のように微動だにしない。
ここで俺は、再び超能力を使用する時が来たと思った。
ステータスを開いて、超能力を選択。
『超能力が選択されました。貴方は既に超能力者です。』
久しぶりに聞いた音声アナウンスは、改めてゲームの世界にいる事を思い出させた。
しかし、落下時に超能力を使用してしまったせいか、俺はもう超能力者となっていたようだ。
もしかすると将来的にはとんでもない力を秘めているのかもしれない。
超能力を使用する為、俺は手を扉に翳してみると、重い扉は光り輝いた。
そして、少しずつ重い扉は開き始めた。
これはテレキネシス、念力というやつだろうか。
先程の身体を移動させたのも恐らく同様の能力だろう。
石の扉が開き切ると何かを引き込むように激しい風が吹き荒れた。
そして俺は、力に耐え切れず風と共に扉の中へと引きずり込まれたのだった。
次回【赤の呪文書】中編
最後の扉で落ち合いましょう。