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息づく種子(SF短編)

作者: まにまに

アイディア=人間

執筆=AI+人間微修正

にてお送りします

 街を歩けば、まるで絵画から抜け出してきたような完璧な人々が目に飛び込んでくる。長い手足、整った顔立ち、機能美をもった筋肉のバランス。そして会話を耳にすれば、彼らが持つ高い知能が嫌でもわかる。


 遠い昔、人間が「美しくありたい」「優秀でありたい」と願うのはごく当たり前のことだった。その欲望に応えるための技術が進歩し、やがて子どもの遺伝子を人為的に“最適化”することが常識になった。その処置は初めは富裕層のためのオーダーメイド医療だったが、いずれ国の制度と社会的圧力によってすべての新生児が受けるよう義務づけられた。子どもに遺伝子操作を“受けさせない”親は虐待者の烙印を押され、社会的に排除されたからだ。


 こうして「遺伝子操作されていない子ども」は世界から急速に姿を消していった。わずかな例外は、宗教的理由や、医療インフラから遠く離れた辺境の地での出産くらい。中心都市に生まれる限り、遺伝子操作はいわば出産前のチェックリストに入った当たり前の項目になっていた。


     *


 十数年前、データ上は“最後”とも言われる非操作児がこの街にもいたという。名前はリラ。両親は国の規定を拒み、絶望的な裁判を繰り返しながら生まれてきた子だった。だが両親に科された罰金や社会的制裁は過酷で、リラが四歳のころに一家は行方知れずとなった。


 もう二度と彼女の噂を耳にすることもない――と、多くの人は思っていた。あれから時は流れ、遺伝子操作の技術はますます洗練され、子どもたちは最新の“美しさ”と“知能”と“運動能力”をまとって誕生する。


 しかし技術が進むほど、街は奇妙な単調さを帯び始めた。人はみな違う顔立ちをしているが、根本の美的基準が同じためか、どこか均質な雰囲気が漂う。時代ごとに「美しい髪色」や「理想的な肩幅」「知能の重点領域」が微調整されるため、年代ごとに若干の流行り廃りはあっても、長期的に見ればバリエーションは縮小の一途をたどる。運動能力も科学的視点から徹底的に最適化されているから、身体機能の故障や偏りは激減し、その代わりに特殊な身体特性を持つ人間も絶無に近くなった。


 それでも、誰もが満足そうだった。そういう時代だから、疑問など抱く隙もない。人々は健康で美しく、賢く、そして効率的な世界を享受していた。


     *


 ある冬の日、未知の病が世界中を震撼させた。その症状は初期はただの風邪のようで、どこから始まったかもわからないまま、またたく間に国境を超えて世界へ広がっていった。そして発症すると、高熱と急激な免疫崩壊を伴い、さまざまな合併症が出始める。医療が発達したはずの社会は突然崩れ始め、対策ワクチンの研究も難航を極めた。


 理由はやがて明らかになる。単一化した遺伝子の組成が、この病への集団抵抗力を“結果的に”奪っていたのだ。病を引き起こすウイルスは、良くも悪くも画一的なヒトDNAに対してのみ猛威を振るう形で進化していった。そのウイルスに対抗するためには、むしろ遺伝的に“凸凹”のある人間、ウイルスからすれば想定外の遺伝構成をもつ人々の免疫が必要だったのである。


 けれど、もはや世界の人口の大半は同じ方向に“最適化”された遺伝子の持ち主だった。多様性の欠落はずっと指摘されていたが、「人々の質が均一化することによるリスク」など、誰も真剣に考えてこなかった。国境を越えた研究チームが秒刻みでワクチン開発に励んでも、発症した人々の健康状態は急速に悪化し、世界的な医療システムがパンクし始めた。死者数はあっという間に記録的な数字を更新し、都市機能は崩壊し、社会は未知の病に膝をついていく。


     *


 廃墟と化した街のビル群――ガラスの窓が割れ、雑然と紙や廃材が吹き溜まる大通り。かつて先進的な医療センターとして名を馳せた研究施設は、入口が崩れ、半壊したドームが寂しげに天を仰いでいた。人々の姿はまばらで、皆やせこけて息も絶え絶えだ。


 その中を数人の子どもたちが歩いている。彼らは体こそ疲労をにじませているが、目は驚くほど生き生きとしていた。食料を確保しなければいけないのに、彼らの足取りにはどこか楽しげなリズムがある。腹を空かせているのは事実だが、それでも世界に溢れる物資の残骸をまるで宝探しのように漁る。


 彼らは皆、「遺伝子操作を受けなかった子どもたち」だった。開発途上の地域で生まれ、あるいは宗教的理由で操作を拒まれ、都会に流れついた者もいる。ある者は技術ミスにより本来受けるはずの処置を逃れた“例外”かもしれない。それぞれ事情は違うが、ひとつだけ確かなのは、現在流行している疫病にかかる確率が驚くほど低いという事実だ。たとえ感染しても症状は軽く済み、十分回復が見込める。


 人類が単一化へ進むほど浮き彫りになってしまった「予期せぬ弱点」。その対極にこそ、わずかに残された多様性があった。未来を奪われることなく走り回る子どもたち――そこには崩壊したビルの影で小さな花を見つけて喜ぶ自由があり、足元に転がっていたラジコンカーを修理してレース遊びをする活気があった。


     *


 石畳がひび割れる道を抜けた先に、廃墟となった公共図書館が広がる。世界が正常に機能していた頃には、無数のデータ端末と自動貸し出し機が整然と並び、どんな学術情報でも画面に映し出せる場所だった。いまは停電で使えなくなった白い端末が無数の墓標のように並ぶばかりだ。


 その図書館の片隅で一人の少女――灰色のフードを被ったままの細身の子が、傷だらけの大型タブレットをいじっていた。薄暗がりでも視界を失わない彼女の瞳には、慣れない文字列の並ぶ画面が映り込む。


 タブレットを覗き込む子の名はリラ。かつて「最後の非操作児」と呼ばれ、社会的に抹消されたあの存在だ。行方不明になったと噂されたが、彼女は両親とともに地下に潜り、ずっと生き延びていた。疫病の混乱の中で再び地上に出てみれば、街はもう静かに崩壊していたのだ。


 彼女はタブレットに残されているデータを解析しながら、小さくうなずく。内容は旧研究チームのワクチン開発記録と考察資料で、残念ながらどれも途中で途切れていた。それでも貴重な断片だ。リラがタブレットに触れる手つきは、目的を伴った明確な意志を示していた。誰に教わったわけでもないが、両親が残してくれた文献や、自分で拾い集めた知識をもとに、どうにか理解を深めようとする。


 社会の“当たり前”を拒んだ両親は、たとえ周囲から罵倒されても、リラに「なぜこうなのか」を問いかける習慣を与えてくれた。知識や技術は他人の背中を追うだけではなく、自分の足で入り口まで歩んでいくことができる――それを身をもって示してくれたのが彼女の両親だった。幼いころの彼女は、ただ周囲に馴染めず苦しんでいたが、今ではようやくその教えの価値を理解し始めている。


     *


 重苦しい空気に包まれた廃墟の街でも、リラたち非操作児は生きる術を探し出す。それは強靭な肉体から生まれるものではない。強い生命力や精神力でもない。むしろ「できないこと」「不得手」な部分の多い彼女たちだからこそ、環境に合わせて小回りのきく柔軟さを持っていた。


 行き場を失った操作児の大人たち――この疫病に侵され、意識も朦朧としていく彼らは、ある日リラたちの小さなコミュニティを訪れた。何日も水を飲んでいないのか、震える指先で助けを乞う。数年前までは見下されさえした存在に頭を下げるのは、彼らにとって信じがたい屈辱だったかもしれない。


 しかしリラたちは静かに水と食料を差し出す。温かい毛布と、灯油を少し分けて与える。目の前の操作児たちがかつてどんな思想や常識を信じていたとしても、苦しんでいる人間を見捨てる理由は彼女たちにはない。


 生き残った人々は、ようやく気づく。新しい社会の仕組みを作るためには、どんな人間も不要な存在などないのだと。すべてを“特定の方向”へ最適化する考え方が、いかに世界を狭めてしまったかを痛感する。


 痛みを伴いながらも、そうしてかき集められた人々は、少しずつ力を合わせ始める。公共機能は崩壊したが、街にはまだ使える建築資材が山ほど残っている。電力も壊滅的に不足しているが、水力や太陽光発電の残骸を復旧できれば、最低限の電気が得られるかもしれない。


 何より、操作児たちが持つ高度な知能と専門知識はまだ光を失ってはいない。彼らが病に蝕まれてしまう可能性は大きいが、重症化を防ぐ薬を作り出す可能性を秘めているのも事実だった。一方、非操作児たちは疫病への抵抗力を武器に、移動して物資を集めたり、試験的に農作物を育てる実験を試みたり――不揃いな身体と多様な個性を最大限に生かしている。


     *


 瓦礫が積み上げられた研究施設跡の一角。リラは拾い集めたデータから読み取れる情報を少しずつまとめ、発電機の仮復旧を手伝っていた少年と意見を交わした。少年は完全な操作児で、体力も知能も高く医療知識を豊富に持っている。体内に症状こそ出始めているが、その指先は知的探究心に満ち、微妙な機器調整を繰り返す。リラは彼が吐血しそうになるのを何度も止め、タオルを当てて休ませながら、作業を再開していた。


 「理屈だけなら、ワクチン完成の手順はわかってる。でも必要なサンプルが足りないんだ。」


 少年は悔しそうに呟く。


 「研究チームの遺伝子庫は崩落に巻き込まれて、凍結サンプルも溶けてしまったらしい。僕たちのDNAは役に立たない。あまりに均質すぎるんだ。病原体が想定している相手が、僕たちなんだから……」


 リラは静かにうなずき、タブレットに残されていた仮説を表示させる。そこには、ウイルスの変異に耐えうるワクチンを作るカギが、多様な遺伝情報の「配合」にあるという一文が残っていた。


 リラたちのような“偏り”のある遺伝子配列を大勢集めれば、病原体の隙を突けるワクチン開発も可能かもしれない。すでに世界各地で、同じように非操作児の一部が自然免疫を示している報告もある。もっとも、その人数も決して多くはない。


 それでも不可能ではない。少年は不確かな希望を噛み締めるように頷きながら、目の前の廃材を小さくカットして仮設フレームを組み立て始めた。冷凍保存と解析機能を最低限復元し、遺伝子情報を集めるための装置を作るのだ。二人とも、病を恐れるより前に「やれるだけのことをやりたい」と強く思っていた。


     *


 雪が舞い散る廃墟の夜。かつて観光名所だった広場には、震えながら集まった十数人の人影が見える。彼らは操作児も、非操作児も混ざっていた。言葉を交わしながら、ある者は医療薬の調合実験の成否を確認し、ある者は翌日の食糧確保の計画を話し合う。


 最適化された筋力を持つ操作児が手際よく瓦礫を動かして広場を開き、器用な手先の子どもたちがシェルターを設置する。非操作児たちは仮設の焚き火を囲み、手作りのスープを配る。ここにいる全員が違う能力を持っていて、その違いこそが希望の光になろうとしていた。


 廃墟にたゆたう人影たちは、“理想”という名のもとに失われた多様性を、あらためて手探りで見つけ出そうとしている。完璧に見えた世界が崩れ落ちた今、彼らが拾い上げるのは、まだ目に見える形にはなっていないかもしれない。それでも、初めて出会う“他人の能力”や“他人の不器用さ”を受け入れることで、バラバラの欠片をつなぎ合わせていく。


 リラも火のそばでコートの襟を立てながら、ほっと息をついてスープを啜る。次の瞬間、ふと彼女の右隣で倒れ込みそうになったのは、あの少年だ。高熱に襲われた顔に脂汗が浮かんでいる。リラは急いで支え、解熱剤の入った水筒を手渡す。


 「大丈夫?」


 少年は痛みと戦いながらも笑みを見せる。


 「平気……じゃないけど、諦めたくない。いつかきっと、僕たちであの疫病を克服して、新しい街を作るんだ」


 火の明かりに照らされた少年の顔には、燃えるような決意があった。病を嘲笑うような軽率さはない。確かに苦しんでいる――それでも、その瞳の奥には煌めく世界への希求があった。


 リラは彼の肩をそっと抱きながら、まだ荒涼とした風が吹きつける廃墟を見回す。この世界にはもう、十分な薬や医療システムは残されていない。だが、人の意思と、多様な組み合わせから生まれる創造力は途絶えていない。


 「私たちが一緒なら、できるよ」


 彼の熱を帯びた頬を、優しく冷ました雪の結晶が滑り落ちていく。今はまだ頼りない小さな火だとしても、いつかそれが新しい時代を暖める炎になることを、リラは感じていた。


     *


 こうして、世界は何もかもを失ったように見えながら、その廃墟の中から少しずつ生まれ変わろうとしている。


 遺伝子操作によって生み出された均質な美や知能、運動能力。それらが否定されるわけではない。むしろ、それらが持つ長所やテクノロジーはこれからも社会を支える基盤となるだろう。しかし、過度にそれらに頼ることで見落としてきた“人間の可能性”を、子どもたちは自らの生き方で示し始めた。


 冷たいコンクリートの街路樹の根元には、新たに芽吹いた若い植物がある。その種子は思いがけない場所に落ち、瓦礫の隙間から光を浴びて育つ。ちょうどリラたち非操作児が、この世界にわずかに残された多様性の種子となるように。


 誰もが同じ枠に収まることで生まれる“美しさ”は、確かにあった。しかし、そこからこぼれ落ちたものが、こんなにも大きな変化と未来をもたらす――。


 やがて、がらんどうの街に子どもたちの笑い声が満ちる日が来るだろう。その時には、彼らが抱える“欠片”が組み合わさり、決して一色には染まらない美しい景色をつくりあげているに違いない。かつて一度は閉ざされた世界を、もう一度開く扉を見つけるのは、決して“完璧”と呼ばれていた者たちではなく、(いびつ)でも力強く息づく種子なのだ。


――瓦礫の中で、子どもたちの笑い声が高らかに響く。遠い空にこだまするその声は、まるで長い冬を越えた春の予感のように、世界の隅々まで温めていく。これからは、彼らが新たな未来を切り拓いていく――。



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