第六章 女教師と男子高校生
月曜になった。おれはルンルンで登校した。梅雨の曇り空さえ輝いて見えた。
授業中の先生はおれを無視した。おれは残念だった。だが仕方がないとも思った。学校でいちゃいちゃするわけにはいかない。男女のキスひとつで停学だ。先生と生徒のキスが見つかれば先生は学校を辞めさせられるだろう。おれも停学になるはずだ。悪くすれば退学だ。
放課後になった。おれはいそいそと数学準備室にはいった。
先生が顔をそむけておれをむかえてくれた。
「なんでおれを見ないの先生?」
「ノ。ノーコメントです。さあ勉強をしますよ伊沢くん」
先生がよそよそしく教科書をさし示した。おれはうずうずしながらも先生につき合った。いつ教頭がくるかわからない部屋でいちゃつくわけにはいかない。
先生はおれが身体にさわったりキスをしてくると身がまえていたらしい。最初は全身をこわばらせていた。だがしばらくしていつもの先生にもどった。
おれはきのうから真面目に勉強をするようになった。もともとパズルが好きだ。数学はどれもが難解なパズルと言ってよかった。おれはすぐ問題に熱中しはじめた。股間のうずきもおさまった。男はいつも小学生と同じだ。遊びに集中すると女の存在を忘れる。
すると妙なことが起きた。先生は初めおれの計算式に満足げなうなずきを返しながら見ていた。おれが問題を解き進むにつれて先生がイライラとしはじめた。
おれは自分の計算がまちがっているのかと思って先生に顔を向けた。
「おれどこかしくじった先生?」
先生が眉を寄せておれを見た。
「いいえ。大丈夫です。計算は合ってますよ」
「じゃどうして先生はイライラしてるのさ? なんだかもどかしそうだよ?」
先生がおれから顔をそむけた。先生の頬は桜色に染まっていた。
おれは先生に近寄った。先生の肩を抱こうとした。
そのとたんだった。先生がおれに顔を向けた。先生がおれをとうとつに抱き寄せた。先生のくちびるがおれにとどいた。先生がおれの舌を求めた。
おれは先生の舌に応えた。先生のあまい吐息に誘われておれは先生のスカートの下に指をのばした。先生の手がおれの手首をつかみとめた。
「だめです。いけないんですよ。教師と生徒があんなことをしては」
おれは先生から顔を離した。
「じゃどうしてしたのさ?」
先生がおれから目をそらせた。
「なりゆきです。黒いのからわたしを守ってくれたお礼でした。深い意味はありません」
「なりゆき? お礼? 本当にそうなの? 一夜のお遊び?」
先生がおれを見ないままうなずいた。
「ええ。わたしの気の迷いです。わたしたしかに酔ってました。酔ってなければあんなことにはなりません。ですからもうわたしにふれないでください」
おれはがっかりした。次にすねた。教科書とノートをカバンに突っこんで先生に背を向けた。
先生がうしろからおれに声をかけた。
「待ってください伊沢くん。忘れ物ですよ」
おれはふり向いた。だが忘れ物に心当たりはなかった。教科書もカバンも持ったはずだ。
先生が悲しげな顔でおれの手を引き寄せた。おれは先生の胸に抱かれてまたキスをされた。
「これが忘れ物かい先生?」
先生が頭をさげた。
「ごめんなさい」
「いまのキスはどんな意味なの先生?」
先生がうつむいた。頬はまっ赤だった。先生がおれの顔を見ずに答えを返した。
「気の迷いのつづきです。意味はありません」
もう行けとおれには聞こえた。行ってくださいとだ。
おれは先生から離れた。おれとしては先生からあまい言葉が聞きたかった。また『伊沢くんが好き』と言って欲しかった。その舌たらずの声でだ。
おれは部屋の戸に手をかけた。戸をあけかけたおれにふたたび先生の声が飛んできた。
「もうひとつ忘れ物をしてますよ伊沢くん」
おれは眉を曇らせた。
「もうひとつ?」
ふり向くおれに先生が紙袋を押しつけた。ファンシーショップで売られているカラフルな紙袋だった。てのひら大で軽かった。中身の見当がつかない。しかしふんわりした布のような手ざわりだ。
「家に帰ってからあけてください。絶対に学校であけちゃだめですよ」
おれはちゃめっけをおこした。先生にからかいを投げた。
「あけると白い煙がモクモク? おれおじいさんになっちゃう?」
すると先生がきょう初めて笑った。
「あら玉手箱ですね? じゃわたしは乙姫さまですか?」
おれは思った。浦島太郎にマグロはでてこなかったなと。
「そうだよ。白い煙がおれを十歳ふけさせると先生はおれの相手をしてくれるかい? 高校生じゃいやなのか先生?」
先生が目をそらせておれに抱きついた。おれの手から先生にもらった紙袋が離れた。
たっぷりと三分間はキスをされた。
先生がおれの口を解放した。先生の流した涙がおれの頬をつたって落ちた。
先生がおれを見ずに涙を手の甲でぬぐった。
「わたしは伊沢くんがきらいです。わたしがどんな気持ちでいるか知らないくせに無神経なことばかり言います。もっと気をつかってください」
おれは先生の顔を見た。先生がどんな気持ちでいるかだって? おれは先生の心の内を推しはかろうとした。だがつかめなかった。悲しいのか怒っているのかさえわからない。喜んではいないようだ。泣いているものな。だが泣くほどきらいなのにどうしておれにキスをするのだろう? おれには先生がわからなかった。どう気をつかえばいいかはもっとわからなかった。
おれは先生にもらった紙袋を拾いあげた。中が見たくなって袋をやぶった。
先生が声を張りあげた。
「あーっ! だめぇ! ここであけちゃだめですぅ!」
だが遅かった。おれは中を見た。中身は透明のポリ袋だ。ポリ袋に真空パックされていたのは純白の下着だった。下着の一部に血の染みが見えた。
そのときドアにノックの音がした。教頭だろう。おれはとっさに紙袋をポケットにつっこんだ。つづいておれは机にもどった。
教頭の蘭野がドアをあけた。そのときおれと先生はいつもの位置についていた。おれは机で勉強するふりだ。先生はおれに指導する顔をつくろっていた。
「進んでますかな雲財寺くん?」
「はい教頭先生。伊沢くんはがんばってますよ。この調子だと期末テストは零点脱出です」
「それはよかった。零点を取る生徒がいると校長の評価がさがりますからな。せめて五十点は取れるように指導を徹底してください。たのみましたよ雲財寺くん」
「ええ。わかりました。おまかせください教頭先生」
蘭野がうなずいて部屋をでた。
おれと先生は同時にハーと息を吐きだした。ヤバかったとだ。
落ち着いたおれが気づくと先生がおれをにらんでいた。先生の両こぶしは腰にあてられていた。
「伊沢くん! 学校であけちゃだめって言いましたよね? どうしてあなたはわたしの言葉を聞かないのです? そこまでわたしがきらいですか?」
泣きそうな顔だった。
「いや。先生がきらいだからじゃないんだ。中身を見たかっただけなんだよ」
おれはさっきポケットに隠した紙袋を取り出した。何度見ても女物のショーツだった。
「そんなにジロジロと見ないでください。家に帰ってからです。学校で見ちゃだめですよ」
「先生。これおとといの?」
先生がコクンとうなずいた。頬がまたまっ赤だ。
「はい。まだ洗濯してません。わたしを大きらいな誰かがどうしてもちょうだいと言ったのです。わたしはあげたくありませんでした」
「あげたくない品をわざわざ真空パックして紙袋に詰めたの? 親切も行きすぎじゃない先生?」
「知りません! 伊沢くんのばかぁ! 無神経すぎですよ!」
先生が頬をふくらませて横を向いた。本気でおこっている顔ではなかった。よろこんでいるように見えた。
おれは先生を指でまねいた。おれのひざの上に来いとだ。
「おいで先生」
先生がおずおずとおれのひざにお尻を乗せた。おれは先生のあごを指で持ちあげた。先生がうっとりとおれに目をすえた。つづいてゆっくり先生のまぶたが閉じられた。
おれは先生の短い舌を舐めまわした。先生の身体がびくびくと踊った。おれは先生のスカートの下に手をのばした。先生が夢見ごこちのままおれの手をつかんだ。
「ここじゃだめです」
「ならどこで?」
先生がすこし考えた。
「わたしの部屋か伊沢くんの部屋だと思います」
「じゃおれが先生の部屋に行こうか?」
また間があいた。
「わたし伊沢くんのベッドが好きです。伊沢くんの部屋で伊沢くんの匂いに包まれて眠るとまるで天国に着いたみたいでした。わたし伊沢くんの部屋がいいです」
「でもうちはおふくろがいるよ?」
うるませた瞳で先生がおれをうかがった。わずかにかしげた首がうぶな女子学生に見えた。
「きのうもお義母さんはいましたよ?」
そういやそうだとおれは気づいた。
「じゃおれの部屋にしようか?」
先生が無言でうなずいた。コクリとだ。
おれは勉強を終えた。先生がおれを数学準備室から追いだした。
「わたしこれから職員会議です。終わったらすぐ行きますね」
おれは浮かれながら階段を降りた。期待にズボンの前をふくらませながらだ。
階段の下にハルアキとスズネがいた。バスケ部の練習が終わったのだろう。
ハルアキがおれの肩に手を置いた。
「おいマサト。最近つき合いが悪いぞ。補習は終わったんだろ。ひさしぶりにカラオケでも行かないか?」
ツインテールのスズネがおれのカバンをうばった。
「さあ行こマサト」
おれは苦笑した。スズネは積極的だ。行動的と言ってもいい。真夏の太陽のように活動的なだけに強引だ。
まあいいかと思った。先生は会議だと言っていた。すぐには終わるまい。それに来るのはおれの部屋だ。おれがいなくてもおふくろが先生を部屋に通してくれるだろう。
おれとハルアキはスズネにつづいた。おれたち三人でリーダー格はスズネだ。おれとハルアキは提案をする。決断をくだして準備をととのえるのはいつもスズネだった。スズネはずっとおれたちの先頭を走ってきた。幼稚園からだ。おれたちはスズネをたよりにしていた。スズネはおれたちの姉みたいな存在だった。
スズネとハルアキはおれに気をつかった。カラオケボックスに腰をおろしてもふたりはおれに腫れ物にさわるように接した。自分たちがつき合いはじめたことが引け目になっているようだ。
おれはふだんどおりの顔をよそおってひととおり歌った。ハルアキとスズネもぎこちなく歌った。まるで楽しくなかった。サラリーマンの接待カラオケみたいだった。
曲がとぎれて沈黙が落ちた。おれたち三人は顔を見合わせた。
ハルアキが機械をとめた。まじめな顔にハルアキが変わった。
「なあマサト。おれとスズネがつき合いはじめたのが気に入らないのか?」
おれは首をかしげた。
「いや。そんなことはない。ハルアキ。おまえいま幸せか?」
ハルアキがうなずいた。
「ああ。すっげー幸せだ」
おれはほほえんだ。
「そいつはよかった」
スズネとハルアキが顔を見合わせた。
スズネがおれのおでこに手をあてた。
「大丈夫マサト? 熱はない? そうね。熱はないみたい。そうか! あいつね! あいつのせいでしょ?」
「あいつ? あいつって?」
「雲財寺よ。うざいんじゃ冷凍マグロみさえ」
おれはドキッとした。そのとおりだった。おれはスズネとハルアキといながら考えていたのは先生のことだ。
「まあそうなんだけど」
「やっぱり! あいつ陰険だものね。数学準備室の掃除までやらされてるんだって? 補習なんて言ってるけどネチネチ責められてるんでしょ? あたしもいつもにらみつけられてるわよ。あたしなにもしてないのにさ。たしかにマサトやハルアキとよく授業中にしゃべってるけどね。なんか親のかたきみたいな目でにらむの。気持ち悪くてやってられないわ。ねえマサト。雲財寺の弱みをさぐったげようか? 女シャーロックホームズと呼ばれた腕は落ちてないわよ。あのマグロ女が実は男遊びをしまくりだったら一大スキャンダルよね」
おれは思い出した。小学生のころ三人でよく少年探偵団ごっこをした。スズネは担任の男性教諭のあとをつけてつき合っている女性教諭を割り出した。ふたりがラブホテルからでてきた瞬間をスマホで撮影したわけだ。いまならインターネットに即投稿だろう。
おれは先生の私生活を知りたい気もした。だが先生に男関係があるとは思えない。
「先生のせいじゃねえよ。ちょっと疲れてるんだ。このところ蒸し暑いからさ」
「ほんとに調べなくてもいいの? あの女ぜったいにうさんくさいわよ? 数学の天才だなんて言ってるけどそれも嘘っぽいしさ」
「そうなのか?」
「いえ。まだ調べてないからなんとも言えないけどね。それともなに? マサトあの女が巨乳じゃないからうんざりしてるの? あの女が巨乳ならマサトはいまごろ数学で学年一だものね」
ハルアキがおれの肩を抱いた。
「そのとおりだ。マサトは掛け値なしの巨乳派だものな。小学四年のときは担任に惚れたっけ」
スズネがあいづちを打った。
「そうね。あの担任の専門が美術だったせいでマサトはピカソタッチで担任の顔をかいたもの。あのピカソはたしか県の優秀賞を取ったわね。校長室に呼ばれて朝礼でもほめられたわ。担任はそのあと転出しちゃったけどさ」
おれは肩をすくめた。あの担任にはラブレターを書いた。だが返事はもらえなかった。最後まで無視だった。
ハルアキがおれにコーラをすすめた。
「まあ飲めマサト。おまえは中学のときサッカー部でがんばったよな。理科の女教師とふたまたをかけてさ。そのどっちも同僚と結婚しちまったけどよ。高校にはいると巨乳女教師がいねえ。だから落ちこんでる。そうだろ? 雲財寺の冷凍マグロは貧乳だものな。校長の陸丸はデブで胸囲はある。だがあれは巨乳とはいえねえ。ただのブタだ。音楽の『男が萎える苗塚』もえぐれ胸だしな。おまえの落胆はよくわかる。そこでだ。ひさしぶりにおれとスズネとおまえの三人でアダルトビデオを見ないか? 子猫ちゃんの肉球シリーズの最新作を親父からくすねたんだ。シリーズ最大の爆乳一メートル三センチが登場だぞ。どうだい今夜?」
おれは即答した。
「今夜はだめだ。おまえとスズネのふたりで見てくれ」
スズネとハルアキがまた顔を見合わせた。
スズネがツインテールをゆらしておれの手をつかんだ。
「マサト。あんたぜったいおかしいって。まさか不能になったんじゃないでしょうね? もしそうなら言ってよ。いまは治す薬もあるんだからね。あたしが手にいれたげる」
おれはスズネに顔を向けた。
「スズネ。おまえいま幸せか?」
スズネがとまどった。
「えっ? まあ幸せと言えば幸せかな? 毎日のご飯はおいしいわよ?」
「そいつはよかった。じゃおれそろそろ帰るわ」
ハルアキがおれのシャツをつかみとめた。
「まだいいじゃねえか。五時にすらなってねえぞ」
「いや。今夜はすきやきなんだ。遅くなるとおふくろが片づけちまう」
ハルアキの指から力がぬけた。
おれはふたりを残してカラオケボックスをでた。空には黒雲がたれこめていた。重そうな雲を見ながらおれは考えた。先生の件を打ち明けるべきだったかと。だが先生はみんなにきらわれている。おれ自身が先週まで大きらいだった。そんな先生としたとは言いづらい。見さかいのない男だと笑われるのが関の山だろう。それにだ。先生とおれの関係が学校で噂になれば先生が困る。ハルアキとスズネは口がかたい。でも先生にいい感情は抱いてない。ついぽろっと洩らすかもしれない。
おれはどうすればいいかわからなかった。わからないまま小雨の中を家に帰った。
玄関に先生の靴があった。先生は台所でおふくろとしゃべっていた。
おれがただいまと声をかけると先生とおふくろが同時におれを見た。
先生がとつぜん笑顔になっておれの手を引いた。いそいそと二階にあがろうとした先生におふくろが声をかけた。
「先生。別のものばかり開いてないで教科書も開いてくださいね」
先生が足を止めておふくろに顔を向けた。
「別のものですか? ああ。ああいうものですね。だめですか?」
「いえ。だめってわけじゃないんですけどね。勉強もしっかり教えてもらわなきゃ困るんですよ。あっち方面ばかり教えてもらってもねえ」
「あの。お義母さま。お言葉ですが教えてもらってるのはわたしです。わたしあっち方面はうといんです。マサトくんのほうが詳しいと思います」
おれは顔をしかめた。先生。地雷を踏んでるぞと。
先生が足を浮かすと案の定『おふくろ地雷』が破裂した。地雷は踏みこんだ瞬間には爆発しない。足が離れてスイッチがもどるときに爆発する。おふくろ地雷は自爆テロなみに強烈だ。ジュネーブ条約で禁止してもらいたい非人道兵器だった。
「先生! あたしはマサトに教えてくださいっておねがいしてるんです! マサトからあなたが習えとたのんでるんじゃありません!」
先生が粉々にくだかれてしゅんとなった。
「ごめんなさいお義母さま」
「まあいいわ。あとでお茶を持って行きますよ。一回戦が終わったひと休止に運べばよろしい?」
「あ。はい。それでけっこうです。昨夜はごちそうさまでした」
「今夜もごいっしょなさる?」
「いいえ。今夜は失礼いたします」
「マサトだけでおなかがいっぱい?」
先生が笑顔で深くうなずいた。
「ええ。きっと堪能させてくれると思います」
おふくろが肩をすくめた。皮肉も通用しないのね。そんな顔だった。
思い出しておれはおふくろに寄った。
「きょうはのぞかないでくれよな」
おふくろが声をひそめた。
「ここはあたしの家よ。そこでしてるあんたが悪い。文句があるなら働いて家を出なさい」
正論だった。
「でもおれのぞかれると自信がねえ」
「軟弱者。男は自信を持たなきゃだめよ。毎日はのぞかないわ。あたしはそんなにひまじゃないの。うるさいことは言いたくないけど責任だけはちゃんと取りなさいよ」
「ああ。わかった」
おれは先生に背中を押されて自室にはいった。戸をしめるなり先生がおれに抱きついた。うむを言わさずキスをされた。おれはやっぱり先生がわからない。このキスはどういう意味なんだろう? 先生はおれが好きなのかきらいなのか? わからないままおれは先生とくちびるを吸い合った。
口を離すと先生がおれのシャツをぬがせはじめた。先生がおれのズボンもおろした。そのときおれは思い出した。ズボンのポケットに先生の下着があるとだ。おれはポケットから紙袋を引き出した。忘れているとおふくろに洗濯をされる。せっかく先生が未洗濯のをくれたのに洗濯されてはたいへんだ。
おれは机の引き出しにその紙袋をしまった。先にいれてあったスカイブルーの下着の上にだ。おれの背後から先生が声をかけて来た。
「ひとりエッチはほどほどにしたほうがいいですよ」
おれはふり向いた。
「先生はどうなんだよ?」
「わたしですか? わたしは二十六歳ですから」
おれは肩をすくめた。女ってみんなこんなのだろうか? はぐらかされているのか答えてもらっているのかわからない。
「そういやさ先生。このスカイブルーの下着をありがとうね。はげみになったよ」
先生が顔をそむけた。
「はげみになったのはいいことでした。でも誤解しないでくださいね。あげたのではありません。置き忘れただけです」
「置き忘れた? メモつきで? ベッドの下に隠したエロ本の上にわざわざたたんで?」
「はい。メモつきでわざわざたたんで置き忘れました。いけませんか?」
おれは口の端に苦笑いを浮かべた。
「開き直るなよ。先生あんたおれのエロ本もチェックしただろ?」
先生がうろたえた。
「え? いえ? その? 伊沢くんはどういうご趣味なのでしょう? そう思ったのです。巨乳がご趣味でしたのね。昨晩一昨晩と貧弱なものをお見せして申しわけありません。今夜もわたしの貧乳でがまんしていただけますか?」
おれはそのときになって思い出した。おれは巨乳好きだったと。先生はどう見ても巨乳ではない。なのになぜおれは先生で突っ立った?
男の性的指向は範囲が狭い。おれの場合は巨乳だ。貧乳では反応しない。ロリコンの男は熟女だともよおさないし熟女好きの男は女子高生に感じない。つまりおれのストライクゾーンに先生ははいってない。本来だと起立しないはずだ。それがどうして?
おれは混乱した。おれが好きなのは幼なじみの紀尾井スズネだ。スズネ以外なら巨乳がいい。先生はスズネではなかった。巨乳でもない。なぜにそんな女と何回もできた? しかもだ。おれは今またしたい。初めての女だからか? おれには答えがだせなかった。
好きでもない女とだってできる。それが男だ。ところがだ。おれは先生が好きかもしれなかった。
おれは首をかしげた。ここまでストライクゾーンをはずれた女が好きなんておかしいだろと。おれは自分をもてあました。先生の問いに答えられなかった。貧乳でがまんする? はいだろうか? いいえだろうか? それとも『ぜひやらせてください。おねがいします』だろうか?
悩むおれの手を先生が引いた。先生がおれをベッドに抱き寄せた。先生の手にみちびかれるまま上に乗ったおれは先生のスーツのボタンをはずした。先生の小ぶりな胸をくすぐるとおれの手の下で先生がアンと声を洩らした。おれは先生の貧乳でじゅうぶん昂奮していた。おれ本人は答えが不明だ。だがおれの一部分は先生の問いの答えを知っていた。先生にもそれがわかったようだ。おれが胸をもむと先生が『やあん』とおれにあまえてくれた。
おれはそのときふと思い出した。
「そういやさ先生。おれってどうだった? 評価がプラスに転じた?」
先生が下からおれを見あげた。
「答えなきゃいけませんか?」
「できればね」
「こんな感じでした」
先生の口がおれの口につけられた。先生の短い舌がおれのくちびるをくすぐった。おれは爆発しそうになった。
先生が口を離しておれを見た。わかりましたか? そう問う貌だった。
「わかんねえよ。おれがどうだったって訊いてるんだぜ」
「わかりませんか。ではこれでどうです?」
先生の手がおれの下半身にのびた。トランクスの中に指がはいった。爆発寸前だったものがいよいよ切羽詰まった。
「こら! そんなことするんじゃねえ!」
「どうしてです? ピクッピクッって脈打つからですか? トランクスの中で満足しちゃいそうだからですか?」
「わかってるなら訊くな!」
「答えがわかってても書かなきゃ得点はもらえませんよ? 伊沢くんはわたしにとってこんな感じでした」
先生がキスをしながらおれのいちばん敏感な部分を指先でくすぐった。おれはいつ終わってもおかしくなかった。先生はさっきこの方面はうといとおふくろに告げた。でも先生の指はおれには気持ちよすぎた。キスはもっとたまらなかった。やっぱり習っているのはおれだろう。
先生の指がおれの先走りでぬめりはじめた。おれは荒い息の口を先生の耳につけた。
「つまり先生も気持ちよかったわけ?」
先生が息をとぎれさせておれの耳をかんだ。
「伊沢くんはどうでした? わたしが女だと理解できましたか? 胸がとぼしいわたしでも女でした?」
「ああ。いやってほど理解したよ。自分でするのと雲泥の差だったさ。胸がちいさくても気にならないみたいだ。先生は立派な女だったよ」
「それは重畳でした」
「でもおれまだ答えを聞いてないんだけど? おれは先生にとってどうだったのさ?」
先生がまっ赤に染まった顔に持ちあげた枕を乗せた。枕の下からくぐもった声がおれに告げた。
「答えたくありません。でもわたし女に生まれてよかったと思いました。伊沢くんに小さな胸をもまれていま幸せです」
おれはうなずいた。
「それで充分だ」
おれは先生を生まれたままの姿にした。おれも同じ姿になった。キスをしながらそっと先生に重なった。
三回戦を終えて先生をマンションに送った。霧のような雨はいつの間にかやんでいた。
風呂にはいって夕食を終えた。おれは先生の思い出にひたりながら数学の問題を解いた。おもしろいように先に進めた。気がつけば午前三時だった。おれって数学の天才かも。そんなことさえ思った。
先生はやはりおれをマンションにいれてくれなかった。それがどうしてかはわからない。だが先生はおれをきらってないらしい。マンションにいれてくれないのはなにか理由があるのだろう。
おれはそう考えて納得した。先生は大人だ。おれにはわからない理由があるのかもしれない。




