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 第四章 小雨の夜は人恋しい

 意地を通すか妥協するか。決めかねたまま梅雨に突入した。五月の終わりだった。平年より早い梅雨入りだそうだ。梅雨末期の七月第一週が期末テストだった。それまでには結論を出さねばならない。おれはうっとうしい季節にうっとうしい悩みをかかえたわけだ。

 六月一日の土曜の夜だった。おれの親父は食品会社のサラリーマンだ。親父の会社は世界中の魚をいったん中国に輸入する。中国で袋詰めなどの加工をしてから日本に再輸入をする。中国の人件費が安いせいらしい。そのため親父はよく中国に出張した。今回は中国の工場でトラブルが発生したため帰国がおくれていた。ベルトコンベアが故障したそうだ。

 おれと親父の関係は良好だった。親父は趣味が将棋だ。おれは小学生のときに将棋を教えてもらった。小学生のころは一度も親父に勝てなかった。だが中学生になったあたりから勝ちはじめた。いまは五分五分といったところだ。夕食後にはたいてい親父と将棋をさす。そういう習慣になっていた。

 そのとき家にはおれとおふくろだけだった。夕食後のおれはレンタル店で借りた野球マンガを読んでいた。休みの日は補習がない。とうぜん先生にこき使われることもなかった。腹がふくれたおれはのんびりとくつろいでいた。

 時刻は午後九時をすぎたところだ。そろそろ風呂にはいろう。そう思ってマンガを置いた。

 そこに二階のおれの部屋までおふくろの声が飛んできた。

「マサト。電話よ。雲財寺って先生から」

 おれは眉を寄せた。なんだよそれと。きょうは土曜日だ。なんで休日に先生から電話がかかる?

 おれはふきげんになって階段を降りた。

「はい。もしもし。おれ」

 先生が電話で怒鳴った。

『伊沢くん! 助けてください! わたし黒いのに襲われそうです! 狙われてます! 早く来てください! わたしの住所はですね!』

 先生が舌たらずの早口で住所を告げた。おれはつい聞き入った。ことわるという選択肢をおれは忘れていた。

 先生が口にした住所は自転車で十五分ほどのマンションだった。おれは小雨に濡れて自転車を走らせた。

 マンションは一階の入口がオートロックだった。先生の部屋番のインターホンを押すと先生の声が聞こえた。声はふるえていた。

「伊沢くん! すぐあけます! 早くです! 早くきてください! わたし怖いです!」

 間髪を入れず一階の玄関があいた。おれはエレベーターに走った。先生の部屋は最上階だ。

 エレベーターを降りたおれは廊下を見た。先生が自分の部屋の前に立っていた。おれを見てニコッと笑った。いや。頬が引きつっただけかもしれない。恐怖か笑いかおれには判別ができなかった。

「伊沢くん! ありがとう! こちらです!」

 おれは手招きをする先生に駆け寄った。

「先生! ストーカーはどこだ!」

 部屋の戸の前に立つ先生が眉を寄せた。

「ストーカー? ストーカーじゃありません。黒いのですよ」

 おれは首をかしげた。

「黒いの? なんだいそれ?」

「いえ。とにかくはいってください。わたし怖くてたまりません」

 先生がおれを部屋の中に押しこんだ。玄関にはいったおれは目を丸くした。

「なんだこりゃ?」

 廊下の壁や天井に鉛筆で数式が書きこまれていた。すき間もないほどびっしりとだ。子どもの落書きにも見えた。おれには理解できない式ばかりだ。記号自体が意味不明だった。

 先生がおれの背中を押した。

「それは気にしないでください。わたしのくせです。こちらですよ。台所です」

 廊下の突き当たりが台所だった。テーブルに鉢に盛られた肉ジャガがラップをかけられて冷めていた。テーブルの上には酒瓶がずらりと並んでいた。ウイスキーやブランデーなど蒸留酒ばかりだった。ジンとラムとウォッカはおれにもわかった。だがわからない酒も数多くあった。

 先生がグラスを手にした。手近にあった酒瓶の酒をグラスにそそいだ。グラスの中で琥珀色の液体がゆれた。匂いは嗅いだことがある。お菓子によく使われる酒だ。ケーキなどにはいっているやつだった。どうやら先生は肉ジャガをさかなに酒を飲んでいたらしい。

「あのへんです。あのへんにいました。きゃーっ! あそこですぅ! 黒いのが出ましたぁ!」

 先生が悲鳴をあげながら壁を指さした。

 おれは眉を寄せてその物体を見た。ゴキブリにしか見えなかった。

「あのう先生。ひょっとしてゴキブリ退治におれを呼びつけたわけ?」

「やーん! その名を言わないでくださーい! わたしその名を聞くとお洩らししそうになるんですぅ!」

 なるほどとおれはうなずいた。それで『黒いの』なのか。

 先生がおれにハエたたきを手渡した。おれは忍び足で黒いのに近づいた。必殺の一撃でたたきつぶした。先生がおえーという目でおれを見た。そしてすぐ顔をそむけた。おれと『黒いの』からだ。

 先生は恐怖をまぎらわすためか酒をチロチロと舐めていた。

 おれはつぶした『黒いの』を苦い顔でティッシュに包んだ。先生がポリ袋をおれにわたした。厳重に包装しろとだ。おれはあきれたまま『黒いの』を処理した。なんでこんな雨の夜にきらいな先生の家でゴキブリを退治してるんだおれは? そんなことを考えた。

 おれはゴキブリの袋を手にさっさと帰ろうとした。風呂にはいって野球マンガのつづきを読もうとだ。

 そのおれのシャツを先生がつかみとめた。

「帰らないでください」

 おれは先生の顔を見た。

「おい。こんな時間にふたりでいるだけでまずいんだぞ? おれ先生を襲うかもしれねえ。いいのかよ?」

 先生がふるえる声で告げた。怖いらしい。

「黒いのに襲われるよりましです」

 おれは手にさげた『黒いの』のはいる袋を示した。

「こら! おれはコレよりちょっとましなだけか!」

「いいえ。黒いのと同じかもしれません。黒いのにテストをしても零点でしょう? 伊沢くんと同じですよね?」

「おれをコレといっしょにするなぁ!」

「ごめんなさい。おわびのしるしにこんなのはいかがですか?」

 先生が言いながらおれに抱きついた。先生の顔がおれの顔に接近した。先生の口がおれの口についた。先生の短い舌がおれの舌を舐めた。おれはゴキブリの袋をポロリと落とした。先生がおれの顔をさらに抱き寄せた。先生の舌がおれの口の中を這いまわった。先生の口は酒の匂いでむせ返りそうだった。

 熱烈にくちづけをつづけたせいでおれは舌が疲れた。おれは先生から口を離した。

「なんてことをするんだよ? 舌までいれるなんて」

 先生がくちびるをとがらせた。

「だってわたし大人です。二十六歳ですよ?」

 先生の顔はまっ赤だった。

「先生。酔ってるよ」

「酔ってません!」

 おれは人さし指を立てた。

「じゃこれは何本?」

 先生が目をすがめた。

「二本です。いえ。三本ですか?」

「ぶー。正解は一本でした」

「うそ? わたし酔ってませんよ?」

「酔ってるって」

「いいえ。酔ってません。正常に伊沢くんを愛せます。証拠をお見せしましょうか?」

 先生がおれのズボンに手をかけた。ぎこちない指がおれのベルトをゆるめた。

「こら! なにをするんだよ先生!」

「なにって証拠を見せるだけですよ? わたし酔ってないでしょう? ちゃんと伊沢くんのズボンとパンツをおろせます」

 先生が言葉どおりおれのトランクスをずりおろした。おれの男のシンボルが外気にさらされた。先生と舌をからめるキスをしたせいでおれのそこは半分以上ふくらんでいた。おれは恥ずかしさに棒立ちで固まった。

「先生。お。おれ」

 先生がおれに笑いかけた。それがおれの初めて見た先生の笑顔だった。でもおれは動転していて初めてだと意識しなかった。先生があまりに自然に笑ったせいもあった。

「伊沢くん大きくなってますね。こっちです」

 おれのズボンとトランクスを腕にかかえた先生がおれの手を引いた。連れこまれたのは寝室だった。シングルベッドが壁にくっついていた。おれの部屋のパイプベッドと同じ狭さのベッドだ。寝室の壁や天井にもすき間を埋めるように数式が書かれていた。おれは小泉八雲の『耳なし芳一』を連想した。なんらかの論証をえんえんと試みているみたいだがおれにはお経の羅列にしか見えなかった。

 壁に目を向けるおれに先生がうしろから抱きついた。

「わたし怖いんです。抱きしめてください」

 先生はガタガタとふるえていた。抱きついた先生がふるえるせいでおれは股間につけているものがブルブルと横に振動した。男はたてゆれが基本だ。横ゆれは初めての体験だった。

「先生。おれ下半身がスッポンポンなんですけど?」

「じゃわたしもぬぎます。それでおあいこですね」

 おれは思わず口にした。

「ちがうだろ! 先生酔ってるって!」

「いいえ。酔ってませんよ。きっちりわかってやってます」

「あんたわかってねえって! こらあ! ぬぐなあ!」

 先生が白いブラウスのボタンをはずした。次にスカートをストンと落とした。先生は白い肌に白のブラジャーと白のショーツだけだ。先生の肌から立ちのぼった薔薇の香水がツンとおれの鼻を刺激した。先生から匂いを嗅ぎ取ったのは初めてだった。

 先生が恥ずかしそうにおれを見た。

「もうぬいじゃったもーん。あっと。いまのは聞かなかったことにしてください。ついむきになりました」

 先生がベッドの掛け布団をめくった。先生がベッドにあおむけに寝た。先生の指がおれを招いた。

「どうぞ」

「どうぞって先生?」

 先生の手がおれに伸びた。先生がおれの手をつかんだ。先生の手は強引だった。おれをベッドに引きあげた。先生がおれを自分の上に乗せた。次に先生が下からおれに抱きついた。おれはなすがままだ。先生がうっとりとした目でおれにキスをした。おれもたまらず先生の短い舌に舌をからめた。

 狭いベッドでおれたちはからみ合った。いつの間にぬいだのか先生はブラジャーもショーツもはずしていた。おれまでシャツをぬがされてふたりとも全裸だった。

 キスをつづけながら先生が下からおれを見あげた。

「怖いんです。わたしのふるえをとめてください」

「それってああいう行為をしろと?」

「ああいう行為でもこういう行為でもしてください」

「だめだよ先生。おれたち先生と生徒だぜ?」

「もちろんです。伊沢くんは零点を取ったろくでなしです。わたしはアメリカの大学を出た天才数学者ですよ?」

 おれは首をかしげた。先生の耳に口をつけた。先生の耳を舐めながら訊いた。

「ああいう行為と天才数学者はなんの関係があるのさ?」

「あんっ! だめぇ! わたし耳は弱いんです! ごめんなさい。関係ありません。わたしとじゃいやですか?」

 おれはちょっと考えた。おれが好きなのはスズネだ。先生は好きではない。むしろきらいだ。でもいまおれと柔肌を密着させている先生はとても可愛かった。表面は冷たい。そのくせ内部が灼熱にうねる女体がおれの真下にあった。おれの一部分が張り裂けんばかりにおれを駆り立てた。先生とひとつに溶けたいと。呪い殺そうとさえ思っていた氷の美少女とだ。

「いやってわけじゃないけどさ」

「じゃおねがいしますね。わたし怖いんです。いまは誰かのぬくもりが欲しいんです」

 先生が下からおれの背中を抱き寄せた。おれは先生に重なったままキスをした。先生の指がおれをあやした。先生のもう一本の手がおれの手を自身の下腹にみちびいた。先生の翳りは淡かった。おれの指は下萌えに引っかからず先生に達した。先生の準備は終わっていた。おれは初めて女にふれた。おれはとまらなくなった。おれの分身がいますぐだとわめき立てた。今度は激しいたてゆれだった。

「笑わないでね先生。恥ずかしいんだけどさ。おれ初めてなんだ」

 先生がおれの耳を短い舌で舐めた。ないしょ話をするように声をひそめた。

「笑いませんよ。だから伊沢くんも笑わないでくださいね。わたしも初めてです。引きますか? わたし二十六歳ですけど」

「おれは十六歳」

 先生が苦い顔に変わった。

「歳の話はやめましょう。わたしの失敗でした」

「おれとの歳の差が気になるの?」

 先生がコクンとうなずいた。

「ええそうです。二十六歳にもなって処女なのが恥ずかしいです。ではおねがいしますね。キスをしながらしてください」

「わかった」

 おれが返事をすると先生の口がおれの口に近づいた。先生のうるんだ瞳がおれにまたたいた。おれは先生に舌をからめながら腰をくり出した。しかしヌルリとすべった。

「もうすこし下です伊沢くん」

「えっ? 下ってどこ?」

 おれは再度挑戦した。でもうわすべりするだけだった。先生がそのたびにアンと鼻声を洩らした。おれはその声だけで終わりそうになった。おれのの下腹は先生のでぬかるんだ。その感触もたまらなかった。

 そんなおれの気配を察したのだろう。先生がおれのをつかんだ。そっと指先でだ。

「ここです」

 先生がおれのを自身の命にあてた。おれは先生に誘導されるまま腰を前にだした。おれは熱くたぎるうるみに包まれた。たまらずおれの腰は本能に駆られた動きを見せた。

 そのとたんだった。先生がビクンと全身を波打たせた。

「痛いっ! そんなにあせらないでくださいっ!」

 おれは動きをとめた。おれの芯が激しくうずいた。もっと進ませろとだ。

 おれは口をとがらせた。

「おい先生。自分でいれて痛いもないだろ?」

 先生が下からおれをにらんだ。涙目だった。

「わたしがいれても伊沢くんがいれても痛いものは痛いんです。女ですからしかたがありません」

「それはそうかも。でもおれとまらないよ」

 おれの腰は先生の底を求めて動いた。先生が苦痛に顔をふった。肩までかかる黒髪がベッドのシーツにこすれてサラサラと音を立てた。

 先生が泣きながらおれに告げた。

「ごめんなさい伊沢くん。とめてください」

 先生がおれから身体を離した。痛いからもうやめるのだと思った。おれはがっかりした。

 先生がおれの身体を回転させた。あおむけにおれを横たわらせた。先生がおれに馬乗りになった。

「なにをするんだよ先生?」

「伊沢くんまだ終わってないでしょう?」

「それはそうだけど」

 上になった先生がおれの乳首を舐めながら下腹を沈めた。

「やん! 痛い!」

「おい先生。痛いならやめろよ」

「いいえ。わたしもまだ終わってません。でも伊沢くんはしばらく動かないでくださいね」

 先生がおれの上で動きはじめた。ぎこちなくだ。しかしおれはたまらなかった。

「先生! それだめ! おれもう!」

「いいですよ。わたし避妊薬を飲んでます。だからわたしにください。伊沢くんのすべてを」

 先生がおれに顔を近づけた。先生の短い舌がおれの舌を求めた。おれは先生に腰を使われながら先生と舌をからめた。すぐにおれは堰を切った。先生がおれの上で背すじをのけぞらせた。

「伊沢くんっ! それいいっ! わたし幸せですっ!」

 おれは先生の奥になにもかもを吐きだした。スズネとひとつになれなかった哀しみ。学校内をしつように流れることなかれ主義のうんざりさ。冷たい先生に抱いていた嫌悪感。そんなおれの不満や不平を先生の深奥は一気に洗い去った。あらゆることがおれの頭から消えた。おれはからっぽになった。重いしこりがすべて溶けた気分だった。いまは先生の短い舌がひたすらいとおしい。それだけだ。放ちながらおれは先生の舌を舐めつづけた。泣きたくなるほどおれは先生に酔いしれた。

 おれの上で先生がおれに涙をこぼした。悲しいのかと思った。でも先生は笑顔だった。おれは初めて先生の明るい笑顔を見た気がした。恐怖はもう消えたらしい。先生が泣き笑いでおれの舌を吸った。

 おれは安心してそのまま眠りに吸いこまれた。

       ♀

 次に気づいたとき下半身がうずうずと疼いていた。

 おれは目をあけた。先生がおれの開いた股のあいだにすわっておれのを指でもてあそんでいた。おれのそれは先生の手の中で独立した鼓動をきざんでいた。いわゆる朝勃ちだ。でも時刻はまだ午後十一時だった。ゴキブリ退治が終わったのが午後十時前だからすこしうたた寝をしただけらしい。

「なにをしてるんだよ先生?」

「見てました。伊沢くんのって不思議ですねえ。本人は寝息をかいてるのにここだけ起きてるんですから」

「その指やめてくれる?」

「どうしてです? 迷惑ですか?」

「ああ。迷惑だ。先生にそれをされるとまた先生を襲いたくなるぞ」

「そうなのですか。ではもっとします」

「おいおい。もっとしてどうするんだよ? 襲うぞ?」

「やん。ノーコメントです。でも今度はやさしくしてくださいね。わたし下になりますから」

 おれは先生の顔をうかがった。ぽーっととろけた目でおれを見ていた。

 先生がベッドの中央に寝ていたおれを横に押しのけた。代わって先生があおむけに寝た。おれは先生にのしかかった。先生と生徒だろうがとめられなかった。おれははっきりケダモノと化していた。情欲のかたまりだった。

 二度目の先生は熱かった。一度目よりもさらに熱い。おれは先生を楽しむ間もなく終わった。

 先生が下からおれの頭を抱き寄せた。おれの耳に口をつけながらささやいた。

「わたし伊沢くんとこうなれて幸せです」

「おれも先生とこうなってよかったよ。先生すごくあったかいんだね。おれもっと冷たいのかと思ってた」

「『うざいんじゃ冷凍マグロみさえ』ですからね。うざい冷凍マグロのお味はおいしかったですか?」

「先生。そんな皮肉はやめろよ。可愛くないぞ」

「ええ。わたし可愛くない女です。二十六歳ですから」

「歳は関係ないじゃないか」

「いいえ。関係あります。伊沢くんが二十歳になればわたしは三十歳です。おばさんですよ。三十歳になるまでに初体験ができてよかったです」

 おれのはまだ先生に収まったままだった。おれは先生の顔を見た。

「先生もう痛くない?」

「はい。すこし痛むていどです。慣れました」

「そう。じゃいいよね」

 おれはゆっくり先生の内部を探索しはじめた。

「あんっ! なんですか? 終わったんじゃないんですか? やんっ! そんなとこっ! だめぇ!」

 先生はだめと言いながらおれの背中に手をまわした。先生がおれを両手でぎゅっと抱き寄せた。もっともっととせがむみたいなしぐさだった。おれは先生の底に到達した。先生が下腹をおれに持ちあげた。おれは先生の奥を突いた。先生があんあんとわめいておれの顔中を舐めた。

 おれは先生の深部に終止符を打った。すると先生の身体がビクビクとふるえた。つづいて先生の全身がぐったりと力をうしなった。

 おれはビビった。先生が死んだと思った。でも先生は寝息をかきはじめた。こわれ物にさわるみたいにうかがうと先生は気持ちよさそうに眠っていた。

 おれは安堵して先生の上をおりた。トイレに行きたいと寝室をでた。

 トイレは玄関のわきにあった。トイレの壁にも数式が書きつづられていた。先生はおしっこをしながら計算をしているのか? まるでトイレで新聞を読むおじさんみたいだ。そうおれは苦笑した。

 先生の家の中に女らしい品はほとんどなかった。服と靴が女物だったくらいだ。化粧品は乳液や化粧水があるていどだった。どの部屋にも飾りはない。あったのは数式の書きこみだけだ。男の痕跡もどこにもない。家族が同居している気配もなかった。先生は孤独なひとり暮らしみたいだ。

 おれは家に帰ろうと思った。だがのどが乾いていた。

 台所で水を飲んでふと気まぐれを起こした。鉢に盛られた冷めた肉ジャガをつまんだ。味つけのバランスは悪くない。だが味が濃かった。先生が飲み残したグラスの琥珀色した液体の匂いを嗅いだ。ショートケーキのモンブランの匂いがした。栗のクリームにいれる酒らしい。液体を舐めてみた。舌がしびれた。酒ビンにはアルコール度が四十度と書かれていた。強い酒なのだろう。酒をなめた舌で肉ジャガを口にいれた。肉ジャガの味がまったりに変化した。市販の肉ジャガではなかった。先生は自分で料理をするようだ。酒のつまみにするために味が濃いらしい。

 おれは壁の数式を見た。まるでわからない。宇宙人が書いた落書きだ。

 おれは寝室にもどった。先生は前後不覚に眠っていた。

「そんな無防備に眠ってると襲うぞ先生」

 言いながらおれは裸の先生に掛布団をかけた。先生の手がふとんの下からおれに伸びた。

「帰らないでください。今夜はわたしとふたりっきりでおねがいします」

 先生は寝ぼけ声だった。でもおれの手を放してくれなかった。おれは先生と同じふとんにもぐりこんだ。先生の肩を抱いた。いつ眠ったのかわからない。

       ♀

 次に気がついたとき時計の針は午前四時をさしていた。部屋の電灯はつきっぱなしだ。おれはいつも部屋をまっ暗にして寝る。明るいせいで目が覚めたようだ。

 先生は掛け布団を蹴飛ばしていた。季節は梅雨だ。おれも先生も全裸だった。しかし寒くなかった。狭い部屋はふたりの体温でむしろあたたかだった。おれは先生にふとんをかけようとして手をとめた。おれに背を向けて丸くなっている先生の背骨をながめた。

 おれは見たかった。先生のすべてをだ。いまなら先生は眠っている。こっそり見るならいましかない。さいわい部屋の照明はあかあかとともっていた。おれは女の子のものを生で見たことがなかった。おれが最初に見るのはスズネのその部分だとおれは信じていた。昨日までは考えられなかった。まさか大きらいだった先生の部位を見たいと思う日がくるとはだ。

 おれはそっと先生をあおむけにした。先生の下半身に腰をすえて先生の太ももを持ちあげた。あんがい重かった。一本ずつ慎重に股が開く位置にととのえた。

 おれは見た。先生のなにもかもをだ。感激した。純粋に胸を打った。おれに邪心はなかった。なのにおれの分身はおれの意志と無関係に勃ちあがった。おれはいつもしているように息子をあやしながら先生を鑑賞した。どんな名画よりもきれいだ。そうため息がでた。

 放ちそうになって気づいた。その部分の味を見てないぞと。肉ジャガの味は見た。気にいる味だった。では先生のそこんところは?

 おれは顔を寄せた。

 そのとたんだった。

「やんっ! そこにキスをしないでくださいっ! 初めての女の子のそういうところはだめなんですよっ!」

 舌たらずの声が飛んできた。先生がおれをにらんでいた。

 おれは口をとがらせた。

「だって先生は言ったじゃないか! 『ああいう行為でもこういう行為でもしてください』って! こんな行為もありだろう?」

「伊沢くんは卑怯です。以前の言葉を引っ張り出すなんて卑劣ですよ」

「卑怯で卑劣なのは先生だろ? いま寝たふりをしてたよね? なんで眠ってるふりをしてたのさ?」

 先生がポッと頬を赤らめた。

「えーと。ノーコメントです。訊かないでください。わたしからは言えません。わたしのそういうところをジロジロと見てるんですもの。すごく恥ずかしいです」

「見ちゃだめなの?」

「だめです。恥ずかしすぎます」

「それで寝たふりをしたわけ? おれが見たがったから?」

「ノ。ノーコメントです。わたしから『見てください』なんて言えません」

 先生がおれから目をそらせた。おれは先生のその部分に口を近づけた。舌を伸ばした。

「あっ! ばかぁ! いじわるぅ! だめですって言ったのにぃ!」

 おれは先生の隠された謎をひとつずつ味わった。薔薇の香水の匂いがきつかった。いちばん下まで進むと先生の手がおれの顔を押しのけはじめた。

「やだあっ! そこはだめぇ! そこはきたないのぉ! くさいに決まってますぅ!」

 おれは同意した。

「たしかに臭いよ先生」

 先生の手がとまった。ハッとした顔でおれを見た。

 おれはニヤリと笑った。先生は臭くないと否定して欲しかったはずだ。

 先生が泣き顔に変わった。涙がこぼれる前におれは口をひらいた。

「先生あんたここに香水をつけただろ? 薔薇の香りが強すぎて臭いぞ。おれは鼻がいいんだ。こんな強い匂いはきらいだよ。おれは先生の素の匂いがいいな」

「そこは愛し合うのに関係のない器官です。わたし本来の匂いは臭いですよ。それでもいいんですか?」

「いいに決まってる。こんな薔薇の香水より先生そのものの匂いがおれは嗅ぎたいよ。でもさ。いつ香水なんかつけたわけ? 先生はいつもコロンすらつけないでしょ?」

「わたしの匂いを常に嗅いでるんですか?」

「いや。そういうわけじゃないけどさ。狭い数学準備室で先生とふたりっきりで補習をやってるんだ。先生の匂いくらいわかるよ」

「そ。そうですか。伊沢くんが本物の変態かとうたがいましたよ。香水をつけたのは伊沢くんが一階から連絡をくれた直後です」

「それっておれとエッチをするって思ったせい?」

「いえ。そんなわけないでしょう? 女のみだしなみです。ごく日常の礼儀ですよ」

「それは嘘だね。先生は上半身に香水をつけてない。いちばん強く匂ってるのは先生のここだよ。ショーツをぬがなきゃわからない部分だ。先生おれとこういう関係になるって期待したの?」

「す。すこしです。でも信じてください。最初から伊沢くんと関係しようと呼んだわけではないんです。もしそうならお風呂にはいって勝負下着をつけました。伊沢くんが一階にきたあとで気がついたんです。そのため時間がありませんでした。下着を替えるひまもなかったんです。ですからわたしの洗ってない匂いをごまかそうと」

「香水をつけたわけね? 一番ヤバい部分に」

「そのとおりです。ごめんなさい」

「ごめんなさい? ごめんなさいってことはさ。次は香水をつけない先生をおれにくれるわけ?」

「いいえ! それはできません!」

「なんで?」

「だって無理です。次も香水つきってことでおねがいします」

「そうなの。まあいいか」

 言いながらおれは先生の最後の秘密に舌をつけた。

「やーんっ! そこはいやあっ! だめですぅ! やめてくださいぃ!」

「先生。せっかく香水までつけてむかえてくれたんだろ? おれが期待に応えなきゃわるいじゃない」

「うそでしょう! 伊沢くんが変態なだけじゃないですか!」

 おれは苦笑を浮かべた。

「ごめん先生。それ正解。おれってど変態だ。しばらく我慢してね」

 おれはそこを押し広げて先生の味を見た。チョコレートをおれは連想した。あまみのすくないブラックチョコだ。

 先生の女の秘密はおれにみそ汁を連想させた。朝のわが家のみそ汁はなめこ汁だった。その部分の舌ざわりがなめことそっくり。そう思った。

 先生があまえ泣きをはじめた。困っているのかよろこんでいるのかわからない。

「ああーんっ! 伊沢くんがいじめるぅ! わたしに恥をかかせるぅ! 伊沢くんのへんたーいっ! そこの奥の味を見ないでぇ! わたしお嫁に行けなくなるぅ!」

「ねえ先生。誰のところに嫁入りするの?」

 ぷいと先生が顔を横向けた。

「知りません! ノーコメントです! わたし怒りました!」

 おれは首をかしげた。おこってどうするんだと。

 先生がもそもそと頭をおれの下半身にまわした。とうぜんと言うべきかおれのその部分が先生の顔の前に来た。

「うわっ! だめだよ先生っ! そこはだめぇ! そこだけはやめてぇ!」

 先生がおれのを指であやしながらおれがいま舌をつけている部位に口をつけた。

「こら。わたしのはしましたよね? なのに自分がされると泣きますか? 伊沢くんは根性なしです。わたし怒ってるんですよ。短い舌でどんなことができるか教えてあげます」

 先生がおれの恥ずかしい部分に回転する舌をつけながら指で分身を責めた。おれは泣きそうになった。

「だめっ! 先生っ! おれっ! もうっ!」

 おれのものを柔らかな熱いビロードが包みこんだ。おれは先生の濡れた短い舌にうながされて先生に命を送りこんだ。先生のちいさな突起を舌先でつつきながらだ。

「やんっ! こらぁ! おとなしく終わりなさいっ! そんなのしちゃだめぇ! ああーんっ! ばかあ! わたしも終わっちゃいますぅ! じっくりわたしに味わわせなさいぃ! 伊沢くんのアンポンターン!」

 おれは叱られながら先生に吸いあげられた。先生がおれを吸い終わるとおれの顔の前に顔を持ってきた。

 先生がおれのひたいを指ではじいた。

「伊沢くんは悪い子ですね。こんなにエッチだと思いませんでしたよ。わたしの初体験をなんだと思ってるんです? アダルトビデオのフルコースをこころみるつもりですか?」

「先生もアダルトビデオなんて見るの?」

「伊沢くんはいつも見てるんでしょう? わたしだって見たことはありますよ」

「ふうん。どこで見たの? レンタルビデオ店で借りたわけ?」

「いいえ。大学の寮にありました」

「感じた?」

「ぜんぜんだめです。わたしは好きな男の子と抱きあう想像のほうが感じますよ。恋愛映画のキスシーンのほうが断然です」

「映画館で準備が万端になるわけ?」

「そ。そんなことはありません。一度だけ。一度だけです」

「そういうときひとりエッチをするの?」

「ノ。ノーコメントです。伊沢くん質問しすぎですよ」

「だっておれ先生のことが知りたいんだもん。先生もひとりエッチする?」

「ちょ。ちょっとだけです。ごくたまーにです。ほとんどしません。かぞえるほどです。さびしいときにほんのすこしです。好きな男の子を想って指で表面を上下させます。中に指は入れません。さっきまで処女でしたからね。さあわたし恥ずかしいけど告白しましたよ。納得してくれましたか伊沢くん?」

「うん。ありがとう先生。でも好きな男の子って誰?」

「ノ。ノーコメントです。答えられません。その質問はつらいです。かんべんしてください」

「そうなの? ところでさ。おれもうひとつだけおねがいがあるんだ」

 先生がいやーな顔になった。おれがなにを言いたいかわかったらしい。

「そのおねがいは聞きたくないです」

「聞いてよ先生。アダルトビデオのフルコースを知ってるわけでしょ? 今回ひとつ抜けてる体位があるよね? 重要なやつがさ。それしてみたいんだ。だめ?」

「だめです。あれはだめですよ。あれだけはいやです。あれはわたしのいちばん恥ずかしい部分がすべて見えるじゃないですか。だからだめです。あれだけは許してください」

「でもおれあれしてみたい。おれも初体験なんだよなあ。アダルトビデオのフルコースを試してみたいなあ。あの体位って男のあこがれなんだよなあ。先生みたいな美人とやってみたいなあ」

「わたし美人じゃないですよ。だからだめってことではいけませんか?」

「やだ。おれ先生としたい。させて先生。先生の恥ずかしい部分は見ないからさあ」

「うそでしょう? さっきもジロジロと見てたじゃありませんか。また見るに決まってます。そのとおりですよね? さあ白状してください」

 おれはしぶしぶうなずいた。

「はい。そのとおりだと思います。先生のそのかっこうを目前にしたらきっと見ちゃうでしょう。おれ女の子のを生で見るのは初めてなんだ。そこのところを考慮してよ先生」

「情状酌量を求めますか。伊沢くんって弁護士になったら大成しそうですね。いいでしょう。でもくれぐれも弁護されるがわにまわらないでくださいね。伊沢くんすっごくエッチですよ。痴漢になっちゃだめですからね」

「うんうん。おれ先生の言うことならなんでも聞く」

「あらあら? きのうまでの伊沢くんはどこに行ったのでしょう? あんなにわたしに逆らってましたのに?」

「それは先生もだろ。ツンツン冷たい顔ばかりしてさ。おれを見くだしてこき使って頭をポンポンたたいたじゃないか。きょうの先生はなんだよ。とろける顔でおれにキスをせがんでさ。最初からその顔を見せろよ。そうすりゃおれだってちゃんと勉強をしたさ」

「えっ? そうなのですか? わたしがキスをねだれば勉強してくれたのですか?」

「そうだよ。おれは先生がきらいだった。冷たくてくらーい女だと思ってたからさ。でもいまの先生はぜんぜんちがうじゃないか。やけどしそうなほど熱い女だぞ。なんでその本性を隠してるんだよ?」

「本性? 本性ですか。わたしも自分でよくわかりません。わたし男の人とこんな関係になったのは今回が初めてです。キスも初めてですよ。恋もしたことありません。だからわたしはいつものわたしといっしょだと思うのですけど?」

「ちっがーう。いつもは氷の美少女って呼ばれてるぞ。うざいんじゃ冷凍マグロみさえだ。いまの先生は燃える情熱女じゃないか。どこが冷凍マグロだよ。活きがよすぎる天然真鯛だ。おれは先生をつかみ切れないぞ」

「そうなのですか? でもわたし伊沢くんにみんなあげましたよ? つかみ切れてるでしょう? いえ。ひとつだけ残ってますか。しかたがありません。それもさしあげます」

 先生がおれに女の最悪のかっこうを向けてくれた。おれはがまんの限界をこえた。泣きながら先生とひとつになった。先生も涙をシーツにこぼしておれの舌を求めた。おれはすぐ先生に終わりを告げた。先生がええとうなずいた。


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