第十五章 ふつつかな嫁ですがふしだらな嫁ではありません
懸念がすべて消えておれは安心して先生を家に連れ帰った。
玄関をあけたとたんだ。駆けてきたおふくろが先生に怒鳴った。
「あんたっ! うちのマサトをあんな目にあわせてよくもノコノコとっ!」
おふくろが肩まで手をふりあげた。しかし手はそこでとまった。ふりおろされることはなかった。
おふくろはくちびるをかんでいた。目は涙目だ。視線は先生のウエディングドレスにそそがれていた。おれをもてあそんで捨てたひどい女だと先生を恨んでいたのだろう。だが先生のウエディングドレスを見てすべてを悟ったらしい。先生のウエディングドレスにはよごれがところどころについていた。不治井に床を引きずられるのに抵抗したせいだろう。先生の化粧には泣いて崩れた痕跡も見えた。なにより花嫁衣装の女教師が高校生に手をつながれて家にくるのが一番の異常事だ。なにがあったか聞かなくてもわかったにちがいない。
先生が左の頬をおふくろにさしだした。
「どうぞお義母さま」
おふくろが先生をいぶかしげに見た。
「なんのつもりだい先生?」
「わたしの頬をぶちたいのでしょう? ぶってください」
「なんでそんなことを言うの? ぶたれると痛いよ?」
「そうでしょうね。わたしきょう二度頬をぶたれました。これで三度目です。二度あることは三度あると申します。お義母さま遠慮なさらないでぶってください」
「ぶてと言われてぶてるもんじゃないよ」
「いいえ。わたしマサトくんの妻になりたいんです。遺恨を残さないためにぶってください。わたしマサトくんにひどいことをしました。お義母さまがおいかりになるのももっともです。でもマサトくんをわたしにくださいお義母さま」
おふくろの手が目にもとまらない速さで動いた。先生の頬がパーンと鳴った。
痛いと先生が左頬を押さえた。
たたいたおふくろが泣きはじめた。
おれは知っていた。おれが期末テストの数学で百点だったのを知っておふくろが涙をこぼしたのを。
よろこんでではなかった。不憫な子だと思ったのだろう。せっかく百点を取るほどがんばったのに肝心の先生にふられたのだから。
小学生のときのピカソもそうだ。中学生のときは稲妻シュートだ。おれの必死の努力はいつもむくわれなかった。今度もまたむくわれない。そんなふうに親父とおふくろは思っていたのだろう。それでこないだから毎夜ブスッと渋い顔で酒を飲んでいたわけだ。
おれのようすがおかしくなったのも気づいていたはずだ。それもみんな先生のせいだ。そうおふくろは恨んでいたにちがいない。あたしの息子にそんな仕打ちをしやがってと奥歯をかみしめていたのだろう。あんなにトロトロのアツアツだったくせにあっさりうちの息子を捨てた人でなし女めと。
おふくろが泣きながら先生を抱きしめた。先生も涙をあふれさせておふくろを抱いた。奥からでてきた親父も目頭を押さえた。おれまで泣けてきた。
おれは泣きながら親父にたのんだ。先生をうちに置いてくれと。結婚式場から強奪してきたとだ。
親父が泣きながら笑顔を作った。黙っておれの頭に手を置いた。親父が無言でうなずいた。おれも無言で親父に抱きついた。親父に抱きつくなんて小学校以来だ。
しばらく四人で泣きつづけた。
最初に立ち直ったのは先生だった。先生がウエディングドレス姿で正座をした。親父とおふくろに向かって頭をさげた。
「ふつつかな嫁ですが今夜からよろしくおねがいいたします」
親父が笑いはじめた。おふくろは苦い顔だ。
おふくろが先生に釘を刺した。
「先生。家事は折半だからね。掃除も洗濯も食事の用意もみんな半分やってちょうだいよ。でないと追い出すからね」
「ええ。了承いたしましたわお義母さま」
「『ふつつかな嫁』じゃなくて『ふしだらな嫁』のまちがいじゃないかしら? まったくもぉ。近所迷惑な声は出さないようにね」
「はいお義母さま。マサトくんの下着をくわえて声が出ないようにしますね」
先生は真面目な顔で答えていた。そのせいでおふくろがさらに苦い顔になった。
「それいっしょに洗濯する気になれないからやめてちょうだい。マサトの腕でもかじってなさい」
「わかりました。そうします」
おれはあわてた。
「こら。そんなことをしたらおれの腕が歯形だらけになるじゃねえかよ」
おふくろが肩をすくめた。
「夏は半袖だからまずいかもね。でもその人って声が派手なんだもの。あたしご近所を歩けなくなるわ。なんとかしてねマサト」
おれは頭をかいた。この人がなんとかできるならおれは苦労をしてない。おれは先生にふりまわされっぱなしだ。
そんなしだいで先生が家に居座る儀式が終わった。
にくまれ口をたたきながらもおふくろは楽しげだった。先生が気にいっているのだろう。親父もニコニコと『夕食後ひさしぶりに一局さすか?』とおれを誘った。
おれは先生を自室にあげた。
まっ先にインターネットを見た。紘州パパはこう言っていた。『インターネットの地図を見ろ』と。おれと先生はモニター画面をのぞきこんだ。地図サイトのトピックスはおれと先生一色だった。『本日最大の話題! 高校生が結婚式場に乱入! 花嫁を強奪して逃走中!』と。地図上におれと先生の逃走経路が動画と静止画で点々と表示されていた。おれは結婚式場から逃げる途中でスマホを向けられたのを思い出した。
つまり紘州パパはこの地図を見ておれたちの現在位置を割りだしたわけだ。目撃時刻と写真が地図に貼りつけられていた。だから割りだしは簡単だったろう。口コミ情報の恐ろしさをおれは実感した。おれと先生は結婚式場からずっと見張られていたわけだ。不特定多数の見知らぬ人たちに。
おれと先生は顔を見合わせた。次に動画投稿サイトに飛んだ。再生回数のトップがおれたちだった。
ネット上はお祭りさわぎだ。日曜でひまをもてあましていた人が多くいたらしい。高校生が結婚式場を襲撃してヤクザと対決のすえ花嫁をうばっての逃走だった。おもしろくないわけがない。しかもBGMまでついていた。出来のわるい映画よりよほど迫力があった。
さらにあの不治井福一郎というのはかなり敵の多い男だったようだ。高校生に花嫁をうばわれた男はこいつですと実名が克明なプロフィール入りで紹介されていた。先生とおれの名前はAさんとBくんだったのにだ。
投稿された未編集の動画は番号を打って見る順番を指定してあった。その中でおれたちがレストランをでたあとの動画は録画の質が最高画質だった。レストランでは観客たちがスマホで録画をしていた。だが十九階まで観客たちは追ってこなかった。十九階にはおれたちと先生と不治井しかいない。おれはそんなふうに思っていた。でもそうではなかった。
ホテルの撮影係がおれたちのあとを追ってもう一基のエレベーターで十九階まできた。係のふたりはカメラだけをエレベーターから突きだして撮影をした。それでおれたちしかいないと思った十九階での活劇も録画されたわけだ。苗塚が見ていた画像がそれだった。そのため苗塚はおれたちの動静にあわせた音楽を演奏できたようだ。
だがインターネットで話題化した原因は花嫁をさらったおれではなかった。先生だ。最初に先生はすごいしかめっツラで式にのぞんでいた。それがおれの顔を見たとたん天使の笑顔に豹変した。その落差が視聴者の心臓をわしづかみにした。悲劇の花嫁を高校生のヒーローが助けにきたとだ。
お祭りさわぎを引き起こした張本人はひとえに先生だった。いまどきあんなしかめっツラで結婚式にのぞむ花嫁がいるはずない。眉間に深いたてじわをきざんだ花嫁だ。時代劇の花嫁かよとおれは思わず突っこみをいれた。その渋面の花嫁がとろけそうな笑顔に変わる瞬間は見物だった。視聴者は全員ハッピーエンドを期待したはずだ。結末を知っているおれですらこう思った。このかわいそうな花嫁を誰か助けてやれよと。
おれと先生はすべての投稿動画を見た。
おれは恥ずかしかった。ボールを蹴るたびに『稲妻シュートォ!』と叫んでいたからだ。おれは小学生のお子ちゃまかよといやになった。穴があったらはいりたい気分だ。でも先生はそれを見てキャッキャッと手をたたいてよろこんだ。この先生ってエッチは大人だけどあとは小学生みたいだ。アリスママの酔拳も完全に録画されていた。黒のパンチラがなかなかそそった。越前が拳銃を取り出したとき先生の顔色が青ざめた。おれの腕にすがりついてこう言った。
「伊沢くんが撃たれちゃいます! どうしましょう伊沢くん!」と。
おれは苦笑するしかなかった。
「大丈夫だよ先生。おれはここにいるだろ。撃たれなかったからね」
「あれ? そういえばそうでした」
そのあと先生はアリスママがグラスをぶつけておれがシュートを決めた場面で『やったあ!』とよろこんだ。
「これであの花嫁さんはたすかりますね」とだ。
おれは肩をすくめた。あんたがその花嫁だよと。
先生は化粧をしている自分を見たことがないらしい。ふだんは化粧をしないからだ。動画の花嫁は女優のような化粧をほどこされていた。先生は結婚式そのものに関心がなかったから自分の化粧顔を見てないようだ。それで不治井が引きずった花嫁が自分だと思えないみたいだった。もしくはいつもの天然ボケか。
そんなわけでおれたちはとつぜん有名人になっていた。
動画の再生が終わっておれはパソコンの電源を落とした。
先生がおれに照れ笑いを向けた。先生はまだ花嫁衣装だ。
「わたし本当に伊沢くんの花嫁さんみたいですね。ねえ伊沢くん。わたしをお嫁さんにもらってくれますか?」
「もちろんだ!」
おれは先生を抱きしめた。先生もおれを力のかぎり抱いた。
しばらくキスをしたあとで先生がおれの顔をうかがった。
「そういえばですね。スズネさんの処女膜の写真ってなんですか? 伊沢くんスズネさんの処女膜が見たいのですか?」
おれはすこし考えた。見たくないと言えば嘘になる。スズネのでなくてもよかった。『処女膜』が見たかった。おれはまだそれを見たことがない。AV女優にそれはすでにないからだ。
「そのとおりらしい。ごめん先生」
先生が笑いはじめた。
「素直にあやまらないでください。だだをこねてくださいよ。もっとわたしを困らせてください。わたしの可愛い人」
「おれには先生のほうが可愛いよ」
「まあ。おじょうずですね」
先生がおれに抱きついてキスをした。おれたちはしばらく舌で追いかけっこをした。スズネとハルアキもいまごろこうしているかなとおれは思った。
口を離しておれは先生を見た。机の引き出しからデジタルカメラをつまみあげた。
「ところでさ先生。スズネとハルアキが先生の写真を見たいって言うんだ。おれも先生の写真が欲しい。撮影させてくれない?」
先生がニコッとわざとらしい笑顔を作っておれに向けた。
「えーと。こんな笑顔でよろしいでしょうか?」
「先生。それわかってとぼけてるよね?」
「えっ? いえ。わかってませんよわたし。かんべんしてください。わたしそれ恥ずかしいんです。ましてスズネさんとハルアキくんに見られるんでしょう? 耐えられません。伊沢くんの前でレンズに披露することすら無理です」
「ちゃんとわかってるじゃないさ。スズネとハルアキがいなきゃ先生を強奪できなかったんだよな。花嫁をうばう映画を前日に貸してくれたのもスズネだしさ」
先生の顔がハッとした。なにかに気づいたようだ。
「そう言えばさっきのスズネさんの写真? ひょっとしてわたしの写真と交換なのですか?」
「あ。バレた? そうなんだよ。おれたち三人は秘密を共有する関係でさ。ゲームやエロ本も物々交換してたんだ。誰かが一方的に秘密を打ち明けるってんじゃなくてみんなで秘密を交換するのが基本でね」
「それでスズネさんとわたしの写真をですか。でもわたしそれつらいんです」
「んじゃいいや。やめよう」
おれは引き出しにデジカメをもどした。先生を困らせてまで見たいものではない。一度見てみたいと思っただけだ。
「えーっ? やめちゃうんですかぁ?」
おれは先生に顔を向けた。
「おい先生。いやなんだろ? なんでそこで引っ張るんだよ?」
「だってぇ。もうひと押しおねがいしますよぉ。さっきも言ったでしょう? もっとだだをこねてくださいって。そんな素直に引きさがられるとわたしが楽しめないじゃないですかぁ。もっとねばって寄りたおしてくださいよぉ」
「写真を撮られたいの?」
「いいえぇ。とーんでもございませんわ。おほほほほ。そんな期待はこれっぽっちもいだいてませんのよ。ホントです。まちがいありません。神に誓ってそうです」
「神には誓わないほうがいいぞ先生。神さまがきっとおこる。でもなにを期待してるの?」
「伊沢くんに口説かれるのをですよもちろん。エローくエッチィに口説き落として欲しいんです。『いやよだめだめ』って言いたいんです。世間なみな女性みたいにですよ。伊沢くんにわたしが欲しいって求められたいんです。だからあっさり手を引くのはやめてください。それがわたしの本音です。わたしのすべてが見たいんでしょう? わたしの心の奥ひだまでもですよね? わたしもう伊沢くんとすれちがうのは悲しいんです。せっかく伊沢くんと愛を確認できたのに誤解で別れるなんていやですよ」
「ああ。それはおれもそうだよ。実はさ。おれ先生のヤバい部分ってまるで憶えてないんだ」
先生が首をかしげた。
「はあ? いつも見たでしょう? 毎回毎回? それとも見なかったんですか?」
「いや。それがさ。毎回ちゃんと見たんだよ。なのに憶えてないんだ。おれもよくわかんないんだけどね。頭に血がのぼりすぎておれの録画装置が一時停止するみたいなんだ。先生に夢中になりすぎてそのあいだの記憶がふっ飛んでるの。数学の難問を解いて熱中するとさ。途中の計算をまるで憶えてないことってあるじゃない? 答えはちゃんとだしてるし計算もしてるんだけどね。熱にうなされてるときみたいに記憶に残ってないんだ。それといっしょで先生と身体を重ねるんだけどおれ先生の顔だとか肉体は憶えてないんだ。気持ちよかったって思いと幸福感が残るだけなんだよ。先生の細部はまるでわかんない。まあそのせいで毎回新鮮みたいなんだけどさ」
「ああ。それわかります。わたしも目をつぶってることが多くて伊沢くんがどんな顔でわたしを楽しんだとかは憶えてませんよ。伊沢くんのも憶えてません。頭がポーッとなってますからねえ」
「だよね。けどおれさ。エロ本なんかは思い出すことが可能でさ。それっておれが第三者の目で見るせいだと思うんだよね。でも先生の写真を第三者の目で見ることが可能かはわからないんだ。先生の写真を見て頭に血がのぼれば同じ現象が起きるかもしれない。エロ本は比較的冷静な目で見るけど先生の写真は無理かもね。どういうふうになるかおれ自身がわからないの。だから先生を撮らせて」
「おっと。そう来ますか。予想外の展開です。そんな方面からアプローチされるとは思いませんでしたよ。なかなかテクニシャンですね。そうですねえ? すごく恥ずかしいんですよねえ? どうしましょう?」
「あのさ先生。どうして先生は花嫁衣装をぬがないの? おふくろが服を貸してやるって言ったのをことわったのはなぜ?」
「今度はそっちですか? いやなとこを突きますねえ。その答えはもう知ってるんでしょう? わたしの口から聞きたいのですか?」
「うん。おれ先生に説明してもらいたいな。よく考えたらおれさ。先生と先生ごっこをしてないぞ? 先生は女教師の役をやってないじゃないか。せっかく本物の女教師なのにさ」
「そういえばそうです。わたし年上の女教師でした。ベッドで伊沢くんを生徒としてあつかったことはなかったですね」
「それはなぜ? どうして先生は女教師役をやらなかったの?」
「女として浮かれてたせいだと思います。わたし二十六年の人生で彼女あつかいをされたのは今回が初めてです。だから伊沢くんとおない年の感覚で接してました。いえ。わたしが年下かもしれません。わたし伊沢くんにあまえっぱなしです。そんな女に年上の女教師役が務まるはずがありません。そうでしょう?」
「なるほど。そのとおりだ。先生も年上の男が好きなの? アリスママといっしょ?」
「いいえ。ちがうと思います。わたし思春期をやり直してるんじゃないでしょうか?」
「思春期をやり直す?」
「ええ。近ごろの女は中学生でボーイフレンドを作ります。高校生で肉体関係に進んで二十歳くらいから結婚を考えますよね? わたしはそれがありません。でもいまわたし伊沢くんというボーイフレンドができたんです」
「だから中学生をやり直してる? それでデートは遊園地に行きたい?」
「きっとそうだと思います。身体が大人だから肉体関係からはいりましたけど心はまだ中学生みたいです」
「そうなんだ。じゃ夏休みはゲームセンターやカラオケに行く? 映画館やプールも行こうよ?」
「はい。うれしいです。でもわたし問題がひとつあります」
「なにそれ?」
「大人の肉体に引きずられてます」
先生がおれに抱きついた。熱烈なキスをおれにした。口を離して先生がおれを見た。先生の目は期待にうずうずしていた。
「つまり恋は大人のものにしろ?」
「ええ。中学生の恋はいやです。深くて濃いのにしてください」
おれは悩んだ。おれ高校生なんだけどさと。十六歳で大人の恋は無理だと思う。こういうむちゃを平気で言うのが女だろうか? それとも中学生の心が言わせるのだろうか?
ひとつだけわかったことがあった。おれはこの女のどんなわがままにもつき合ってやりたい。中学生としてあつかって欲しいなら中学生に。大人としてあつかって欲しいなら大人としてだ。先生の期待に応えられる男におれはなりたかった。
おれは先生の目をじっと見た。
「おれ先生の写真が撮りたい。撮影させてよ先生」
先生がうるうるした瞳でコクンとうなずいた。おれはその瞳をまず撮った。先生の女の部分より濡れた瞳がたまらないかもしれない。そう感じた。思い出して先生に口の端を短い舌で舐めてもらった。するとおれの下半身に直撃が走った。おれは先生の美貌が好きなのではなかった。この可愛い女が好きみたいだ。笑顔の先生が大好きだった。おれの前でしか見せないやんちゃでこまっしゃくれた小悪魔の笑顔がだ。
先生が次に妖艶な笑みを浮かべておれのそこを見た。先生は二十六歳相応の顔も持っていた。百面相のように顔貌が変わった。立ちあがった先生の指がスカートの両端をつまんだ。じらす目をおれに向けた。
おれはカメラを手に先生の耳に口をつけた。あまくささやいた。
「姫。スカートをあげてくださいませんか?」
「よろしくてよ。わが騎士さま」
先生の手がそろりそろりと床についていたスカートのすそを持ちあげた。おれはまず長い靴下をぬがした。足の爪にくちづけをすると先生が『ああ』と声を洩らした。先生のスカートがあがるにつれておれの舌もスカートのすそを追いかけた。ふくらはぎ。ひざ。太もも。先生の肌をくすぐりながら口でスカートを尾行した。太もものつけ根に純白の光沢を持つ下着が現われた。
「まっ白だね」
「シルクですの。サラサラの肌ざわりですわ。さわってごらんになる?」
おれはうなずいて先生の太ももを舐めあがった。つけ根に近づくと先生がカタカタと足をふるわせた。立っているのがつらそうだ。先生がおれを見おろしながら声をおさえた。おれは下着の上からそっと指と舌を這わした。先生がうれしそうに目尻をさげてたくしあげたスカートに指をいれた。腰骨にさしこまれた指先がシルクの下着をそろりそろりとずらせた。すぐに先生の淡い繊毛がのぞいた。下着が太ももまでおりると先生の下腹を隠すものがなくなった。先生が恥ずかしそうに頬を染めながら顔を横に向けた。先生が下着を太ももでとめておれの手を下着へみちびいた。先生の指がスカートをさらに持ちあげた。おれはゆっくりと下着をひざへとずらして足首から抜いた。先生がそっと足を開いてくれた。床にしゃがむおれから先生のすべてが見えた。カメラをかまえて先生のその部分にシャッターを切った。先生が薄目をあけておれを見た。おれの大好きな笑顔でだ。おれの眼前にはもう絶対に見ることはないと思った先生のなにもかもがあった。おれの目から想いがあふれた。先生が楽しげに目をほそめた。
「うふふ。わたしの騎士さまは泣き虫ですね。大好きですよ伊沢くん。でもいやですねえ。わたしにこんな恥ずかしいかっこうをさせたまま泣かないでください。わたしまで泣けるじゃないですか。女のみっともない部分を丸見えにして泣いてちゃバカですよ」
「でも涙がとまらない」
先生がスカートから手を放しておれに抱きついた。
「伊沢くーん!」
「先生ぇ!」
「この一週間わたし泣きましたよ! 酔うともっと泣けました!」
「おれも同じだよ先生! 先生がいなくなってさびしかった!」
「わたしの愛しい人! わたしをもう放さないでください!」
「放すもんか! おれだけの先生だ! 愛してるよ先生! 大好きだ!」
おれは先生を抱きしめて泣いた。花嫁衣装で下着をつけてない先生とキスもしないで泣きつづけた。先生は淫らそのもののかっこうなのにおれは先生をただ抱いて泣いた。なんでとめどなくエッチなかっこうなのにこれほど純粋な涙しか出ないのか不思議だった。
どのくらい泣いたのかわからない。ふと気づくと先生が涙顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「えへへ。わたしうれしいです。こんなに素敵な一日ははじめてです。お礼に性教育をしてさしあげますね」
「性教育?」
「はい。さっき年上の女教師をやってないと指摘されました。ですからちょこっとしてさしあげます。わたし伊沢くんの先生ですから」
先生がベッドに乗ってお尻をつけた。花嫁衣装のスカートをたくしあげて足を大きく開いた。おれはつい釣りこまれて先生のその部分に顔を近づけた。
先生がふふふと笑って女の根源を指でこじあけた。
「期待にそぐわない反応でうれしいです。これがわたしの処女膜ですよ」
おれはいぶかった。
「あれ? 処女膜ってやっちゃったらなくなるんじゃないの?」
「いいえ。処女膜は直径が二センチくらいで厚さが三ミリていどのドーナツ状の薄膜です。たいていはまん中に最初から小さな穴があいてます。わたしの場合は鉛筆の直径ほどの穴でした。そこに伊沢くんがはいって伊沢くんのサイズに膜が裂けたんです。よく見てください。膜に四カ所の裂け目があるでしょう?」
おれはまじまじと見た。先生の指摘どおりドーナツ状の肉膜に四カ所の切れこみが見えた。おれの下半身は痛くてたまらなくなった。
「うん。たしかに裂け目があるよ。これが処女膜なわけ?」
「はい。処女膜は初体験からしばらくはやぶれたまま残ってるものなのです。ですから写真に撮ってパソコンの画像ソフトで切れ目を修正すれば元の裂け目がない状態に復元できますよ?」
「てことは先生の初体験前の処女膜が見れる?」
「ええ。またはですね。処女膜再生手術ってのもありますよ。直径が二センチのドーナツ状の薄膜ですからね。わきの下などから皮膚を採取して貼りつける手術だそうです。おのぞみなら受けましょうか?」
「でもさ。それをしたらまた処女膜がやぶれて痛いんじゃないの?」
「そのとおりだという話ですね」
「先生に痛い思いをさせたくないよ」
「けどうれしい痛みですよ? 好きでもない男に頬を往復ビンタされるよりその痛みのほうがどれだけ好ましいかわかりません。伊沢くんになら何度だって処女膜をやぶってもらいたいです」
おれはたまらなかった。先生の下半身にむしゃぶりついた。先生の手が力まかせにおれの頭を押した。
先生が大きな声をだした。
「やーん! ど変態ですぅ! ど変態がここにいますぅ! お義母さまぁ! お義父さまぁ! マサトくんがエロいんですぅ!」
「先生!」
予想どおりと言うべきか。引き戸がガラガラとあいた。戸の外に怖い顔をしたおふくろと親父が立っていた。
おれは顔をしかめた。先生がスカートのすそを自身の部分にかぶせておふくろと親父を見た。
「またのぞいてらしたんですか? まだエッチをしてませんよ?」
おふくろが顔をあからめて先生に口を突きだした。
「いえね。マサトが先生に変態な真似をしてそれでふられたんじゃないかって」
先生が首をかしげた。
「変態なこと?」
おれは口をはさんだ。
「おれ変態なことなんかしてねえよおふくろ!」
「うそおっしゃい! あんたの隠してるものの中に縄で縛ったりロウソクをたらしたりするのがいっぱいあるじゃないの! 先生にもそんなことをしてきらわれたんじゃないかって心配してたのよ。あんたはあたしが気づいてないと思ってるけど見て見ぬふりしてあげてるだけなんだからね。ハルアキくんもスズネちゃんもエッチだものねえ。あのふたりとつき合うのをやめさせるべきだったわ。ごめんなさいね先生。こんなエロ息子で」
先生がおれの肩を抱いた。
「いいんですよお義母さま。わたしどんなマサトくんでも好きです。愛してます」
「縛られてムチでぶたれてもかい?」
先生が首をかしげた。
「それ気持ちいいですかお義母さま?」
「先生! うちの旦那はそんな変態じゃありません! 強姦同然に押し倒すだけです! 変態行為はしません! 息子のマサトとはちがいます!」
先生がしゅんとしょげた。
「ごめんなさいです」
おれは思った。おれってどれだけ変態だと思われてるんだと。みんながおれを変態だと思ってやがる。周囲がそれだと本当にぐれるぞ。コート一枚で公園に出没する変質者になってやる。電車で痴漢をしてやるぞ。近所の物干場から下着を盗んで頭にかぶってやる。ストーカーはやったからもういいか。
おれはそう考えて気がついた。その行為をすべて先生にしたいと。
おふくろがばつが悪そうに戸をしめようとした。先生がそこに声をかけた。
「ちょうどいいです。結婚式をあげましょう。わたし花嫁衣装ですしね。下着ははいてませんけど」
「はあ? 結婚式?」
「ええ。お義母さまとお義父さまで証人になってください。わたしいまからマサトくんと式をあげます」
先生がおふくろと親父の手を取って室内にみちびいた。おれを立たせておれと手をつないだ。親父が神父役を割りふられた。聖書を手にした親父が先生に訊いた。
「なんじ雲財寺ミサエはこれなる伊沢マサトを夫とすることを誓いますか?」
先生が答えた。
「誓います」
「病めるときもすこやかなるときもこの者を伴侶として共に生きると誓いますか?」
「誓います」
「では誓いのキスを」
先生がおれを抱き寄せた。おれの口に口をつけた。力のかぎりのディープキスだった。エロすぎておれは下着の中にぶちまけそうになった。
おふくろが親父の手を引いて室外に連れだした。親父のズボンの前もテントが張っていた。アリスママのくねらせた腰もエロかったが先生の腰ふりもエロいらしい。
ふと気がついたおふくろがおれを手招きした。
「ところでマサト。あんた弟か妹ができてもかまわない?」
「おれは気にしないと思うな」
先生がおれのうしろから口をはさんだ。
「わたしずっと弟か妹が欲しかったんです。可愛がってあげてもいいですか?」
おふくろが顔をしかめた。
「先生。あんたの歳だと弟や妹じゃなくて息子か娘だわ。それにあんたマサトの子を産むんでしょ? あたしの子を可愛がってる場合じゃないと思うんだけど?」
「えっ? そ? そうなのですか? わたしがマサトくんの子の母? わたしそれは考えませんでした。マサトくんの子が欲しいとは思いましたけどわたしが母親になるとは気づきませんでしたよ? そうですねえ。わたしが産むとわたしがお母さんになるんですよねえ。三十歳までには産まないとまずいですよねえ?」
「あたしは四十歳だけどまだまだ大丈夫よ」
「わたしのママも四十二歳で産むって言ってました」
おふくろが先生の顔を見た。
「あんた二十六歳って話じゃなかった? あんたのお母さんは四十二歳かい? 五十二歳のまちがいじゃないの?」
「まちがいじゃありません。ママは十六歳でわたしを産んだんです」
おふくろが肩をすくめた。
「ひえー。やるもんだね。じゃあんたのお父さんもあたしとよく似た歳かい?」
「いいえ。パパはいま七十二歳です」
「どっしぇー! 極端な両親だねえ。それであんたが変わってるのかねえ?」
「いえ。わたし変わってませんよ? ごくふつうの女です。どこにでもいる平凡な女ですよ」
おふくろがクルリと背を向けた。
「そうしといてあげるわ。マサトをおねがいねミサエ。あなたはもううちの娘よ。マサトと結婚したんだからね」
戸がしまるとおれは先生をベッドに引きたおした。先生がおれを押しとどめて質問をした。
「わたしとママのどちらのキスがうまいですか?」
おれは先生のくちびるをついばみながら答えた。
「ママさんの舌のほうがよく動いたよ。でもおれが感じるのは先生だ」
「ママのほうがキスがうまいんでしょう? どうしてわたしが感じるんです?」
「さあ? 好きだからじゃないの先生が? おれ先生の笑顔がいいんだよ。すごくエッチな貌が特に好きだ」
「やだあ。それうれしいのか恥ずかしいのかわかりませんよぉ。エッチな貌はやですぅ」
おれは照れる先生にいじわるをしてみたくなった。
「そうなの? 先生はエッチがやなんだ。さっきもおふくろと親父を呼んだしな。おれその気がうせちゃったよ。もうやめる先生?」
先生の顔がハッと引きしまった。信じられないという顔だった。おれも信じられない。おれが先生とのエッチを断念するはずがないだろ?
「あの。わたしは大丈夫ですよ。このままつづけても」
「もうやめようよ先生。おれ疲れたよ」
先生がしぶい顔になった。
「そ。そうですね。じゃやめましょうか」
おれは先生の髪の毛を指ですいた。耳に息を吹きかけた。
「本当にそれでいい? おれこのままやめちゃっても平気?」
先生がおれをにらんだ。その顔もいいなあ。
「いじわる! 知りません! なんでそんないじわるをするんですか! わたし怒りますよ!」
おれは先生の耳をやさしくかんだ。
「先生のすねた顔が見たいから。おれ先生の喜怒哀楽がぜんぶ見たいよ。先生の身体だけじゃなく先生の心の奥底まで見たい。先生の身も心も丸裸にしたい。おれに先生を教えて。先生のなにもかもをおれに見せてよ。裏も表も光も闇も」
「えーん! もっといじわるですぅ! 伊沢くんがわたしを泣かせるぅ! どうしてくれるんですかぁ! トロトロにとろけたじゃないですかぁ!」
「そんなの決まってるだろ? こうするのさ」
おれは先生を床に立たせた。そしてスカートの下にもぐりこんだ。先生がスカートの上からおれの頭を両手で押さえた。
「ああん! 変態ですぅ! だめぇ! いやぁ! そんなとこ困りますぅ! きょうは香水をつけてないんですぅ! 伊沢くんとこうなる予定はなかったんですよぉ!」
そうと聞いたらますますやめるわけに行かなくなった。こんなチャンスはまたとない。
先生の花嫁衣装はロングドレスだ。おれの全身がスカートの下にもぐりこめた。外から見たら先生ひとりしかいないと見えるはずだ。ウエディングドレス姿の花嫁がひとりでもだえている。そんな構図だろう。
「だめですよ! 絶対にだめ! きょうは本当にくさいです! 朝からちゃんとだったんです! せめてお風呂にはいったあとでしてください!」
お風呂にはいったあとなんてどこに醍醐味があるんだよ? おれはそう胸の内で突っこんだ。ドレスの中からおれは先生に声をかけた。
「先生。先生はいつもおれの洗ってないのに口をつけるじゃないか。おれはコロンもふってないのにさ」
身もだえながら先生が言いわけを口にした。先生の手はおれの頭をそこから引き離すのに必死だった。
「だってわたし伊沢くんの味も匂いも好きなんです。洗ってないやつが特にいいんです」
「そんなのずるいぞ。おれだって先生の生の匂いが嗅ぎたい」
「だめです。それは許可できません」
「なんでだよぉ? 先生はよくておれはだめなのか?」
「ええ。女はよくて男はだめです。日本の常識です。そんなことをすると青少年育成条例に違反しますよ。十八歳未満は禁止です」
「こら! その十八歳未満を食ったのは誰だ! あんたがいちばんの犯罪者じゃないか! おれにも犯罪をさせろ! 先生最大の恥ずかしい場所の匂いを嗅がせろ!」
「やーん! ど変態ぃ! せっかくここまでロマンティックだったのにぃ! 最後の最後がど変態ですぅ! そんな変態行為をしちゃだめですよぉ! わたし泣いちゃいますぅ! えーん! 最後までロマンティックにしてくださーい!」
おれは言下に否定した。
「やだ。こんな機会は二度とないもの。先生つぎからまた香水をつけるんだろ?」
「えっ? いえ。そんなことはないかもしれませんけどどうだかわからないような気もしないでもありませんからごめんなさいですあしからず」
「なにを言いたいかわかんないよ。つまりまた香水をつけるってことだよね?」
「そ。そうです。だって恥ずかしいんです。それすっごくエッチです。わたしくさいなんて言われたら生きてられません」
「ぜったいに言わないからさ。先生そのものをおれにちょうだいよ」
「やです。だめです。不可です」
「あ。そんなこと言うんだ。じゃおれ毎日くさいって言うぞ。先生はくさいって言ってやる。毎日毎日いじめるぞ。いいのか先生?」
「やーん。伊沢くんが脅迫するぅ。でも本当にそれやめてくださーい。わたしそれだけは困るんですぅ」
「もうおそい。覚悟しな先生」
「だめです。そんな覚悟はできません。ああ。だめぇ。やめてくださいぃ。それは変態行為ですぅ。いやーん。お義母さまに言いつけますよぉ!」
おれはドキッとした。またのぞかれてないかとだ。
そっと耳をすました。すると階下から家をゆらす振動が伝わってきた。そういう行為のゆらぎだった。
先生も気づいたようだ。
「呼んでもいらっしゃいませんねあれでは。お取りこみ中のようです」
先生の手から力が抜けた。
「いいのかい先生?」
苦笑いをする声が聞こえた。あきらめたらしい。
「わたしのすべてが欲しいんでしょう? 妻ですからね。がまんします」
おれは先生の女の子から味を見た。十日ぶりのそこはすでに熟れすぎていた。おれは先生を刺激しないようたてみぞにそっと舌をつけた。そうっとそうっとだ。周辺の匂いを嗅ぎながら先生を味わった。がむしゃらに味を見ると先生が抵抗するに決まっていた。先生がビクンビクンと全身をふるわせておれの口にその部分をこすりつけた。おれは胸がいっぱいになった。先生の気が変わらないうちに先生の最大の秘密に舌を這わせた。だめというふうに一瞬先生の腰が逃げた。おれは先生の腰骨をつかんで逃げるなと釘をさした。先生が腰の力をゆるめた。おれはやっと先生本来の匂いを知った。くさくはなかった。おれは先生の匂いも好きになった。きんもくせいに似ていた。舌で味わうと先生の手がスカートの下にのびてきた。おれの手をつかんで女の子の部分にみちびいた。そういうところに舌を刺しながら女をなぐさめろと。おれは先生の望みどおりのことをした。先生の子宮を指先でつつくと先生の腰がおれの真上でまわりはじめた。
「あっ! やん! それ! そんなのだめぇ! やだあ! 立ってられませんぅ!」
先生がベッドに上体をうつぶせた。おれはスカートをめくりあげて本格的に先生を追いつめた。舌と指で先生を追うと先生がのけぞりながらシーツをつかんで声をあげた。真夜中にだすと問題のある声だった。昼間でも近所の奥さまがたの眉をひそめさせる声かもしれなかった。
上体をベッドにゆだねた先生が必死で自分をおさえようと努力した。涙ぐましい努力だった。ベッドのシーツは先生につかまれてくしゃくしゃに乱れた。先生が枕をかんだ。やぶれて中身がでないかおれは心配した。
先生が高まっておれの胸が張り裂けんばかりにふくらんだ。おれはあふれる想いで先生を呼んだ。
「先生! 先生ぇ! 先生っ! おれ先生が大好きだっ!」
「伊沢くん! 伊沢くんぅ! 伊沢くんっ! わたしも大好きですっ! 愛してます!」
「おれも愛してるよ先生っ!」
「ああんっ! もうだめですぅ! わたし! わたしっ! わたしぃ! はあんっ! いやーんっ! やんやんっ! やーんんんっ! もうだめぇぇぇ!」
先生がおれの指を蜜まみれにしてのぼりつめた。おれはズボンをぬぎすてた。もう一刻もがまんができなかった。うしろからいどもうとしたおれに先生が顔をふり向けた。
「ごめんなさい。ちょっと待ってください」
「なんでだよ? おれがまんの限界だぞ?」
「聞きたいことがあるんです」
「なにそれ?」
「スズネさんは伊沢くんが不能になったと言ってました。本当ですか?」
先生の目はおれのたてゆれを見ていた。ビクンビクンと飛び跳ねていた。とても不能になっていたとは思えないあばれぶりだ。
「ああ。本当だよ」
先生がベッドに身を起こしておれのそこにそっと指をあてた。先生の指はおれを爆発させる動きではなかった。なだめて休憩をさせるみたいなあやし方だった。このひと月ほどのあいだに先生も成長していた。おれをそそり立たせるのも寝かせつけるのも自在になっていた。おれは先生のてのひらから逃げだせない孫悟空みたいだ。
「するとしばらく解放してないんですか? いつから放出してないんです?」
「先生に別れを告げられておれ不能になったみたいなんだ。だからそのまえ先生としたのが最後じゃないかな?」
「わたしがこないときは自分で処理してるんじゃなかったんですか?」
「先生が毎日きてくれたときは先生が帰ったすぐあとでも処理したよ」
「それはなぜです? わたしには男のかたのその心理がわかりません。わたしが相手をしてあげた直後でしょう? わたしで満足できなかったわけですか?」
「ううん。ちがう。先生が恋しくてだよ。先生を思い出すと下半身が暴走するんだ。それでしかたなく自分でね。先生がいないと先生が恋しくてたまらなくなるんだよ。肉体が求めるんじゃないんだ。心が求めるんだよ。先生を想うだけでせつなくてせつなくてとめようがなくなってね」
「なるほど。じゃどうして十日前から自分で処理しなかったんです? この十日間はわたしとしてないでしょう?」
「先生のくるのが二日おきや三日おきになっただろ? あの時期おれは疑心暗鬼におちいった。『先生がおれに飽きたんじゃないか』とか『おれはただのセックスフレンドにすぎないんだ』とかね。先生に別れを告げられる直前はそれが特に強かった。だから先生が帰るとおれは落ちこんだよ。先生にひどいことをしたしね。先生を残酷に責めただろ? あれが自分に跳ね返って自己嫌悪だったんだ。処理をするどころじゃなかった」
「ふうん。そうだったんですか。わたしこそ伊沢くんに『飽きられた』『きらわれた』って思ってましたよ。だから笑ってくれなくなったんだって」
「先生おれさ。それを説明するのにもうひとつ白状しなきゃならないことがあるんだ。おこらない?」
「怒ります」
先生の手に力がこもった。ピークをくだりかけたおれのに先生のいかりが伝わった。
「ええーっ? おこらないでよぉ。話せないじゃないか」
「話してくれないのがいやです。もう怒ってます。なんで打ち明けてくれないんですか」
「だって先生がおこるに決まってるんだもの」
「話してくれないほうがいやですよ。白状しないとおこります」
「白状したらおこらない?」
「白状してもおこるときはおこります」
「でえええっ? おれどうすりゃいいんだよぉ?」
「話しても話さなくてもおこられるんです。話しなさい」
「はい。わかりました先生。先生ってさ。そういうときだけ先生の貌をするんだね」
コホンと先生が咳払いをした。
「わたしはいつも先生です。わたしと伊沢くんは先生と生徒以外の何ものでもありません」
よく言うよとおれは思った。おれに数学を教えないで股ばかり開いていた人がそれかいと。そのときもまだ先生の指はおれのをあやしていたしだ。
「まあいいや。おれさ先生をストーカーしてたんだ」
「ストーカー? わたしをつけ狙ってたんですか?」
「つけ狙ってたんじゃないよ。先生がマンションまで送らせてくれなくなっただろ? おれ心配で先生のあとを自転車でつけてたんだ」
「なるほど。でもわたしは二十六歳です。小学一年生が初めておつかいに行くんじゃないんですよ? そんな心配はして欲しくありません」
「そう言うと思ってこっそり尾行したんだよ。最初は純粋に心配してただけなんだ。でも」
「でも?」
「最後は先生がトイレに行くときまでついてった。おこらないで聞いてね。おれ先生がおしっこする音まで聞いちゃった」
「へんたーい! なんでそんなことをするんですか! それでおこらない女の子はいませんよ! 絶交です! そんな恥ずかしいことをしないでください!」
「おこらないでよ先生。だってさ。教頭の蘭野が女子トイレに潜んでたらおれがやっつけなきゃと思ったんだ」
「あっ。そ? それでですか? そのためわたしが沼泥先生や教頭先生に襲われかけたときあんなにタイミングよく?」
「そうなんだ。最初はおれの部屋から帰る先生をマンションまで見守っただけだったんだ。でも沼泥の件があっただろ? あのせいでずっと先生のあとをつけるようになってさ。先生が襲われるとおれ泣いちゃうから」
「ふうむ。情状酌量の余地はありそうですね。ああ。そのせいでわたしが伊沢くんの部屋にきても伊沢くんがいなかったんですね? いつも留守で悲しいなって思ってたんですよ。そのわりにわたしがきたのを知ってるみたいなタイミングで帰ってきましたよね? あれはわたしのうしろにいたせいですか?」
「そうだよ。おれはずっと先生の背後にいたんだ。先生は前だけ見てわき目もふらずに歩いてたから尾行は楽だったよ。おれが部屋にはいると先生はさびしそうな顔でベッドにすわってた。おれがもどったとたん顔がパッと笑顔に変わっておれに飛びつくんだ。『待ちくたびれたじゃないですか』ってくちびるをとがらせながらね。それが可愛くてさ。おれはたまらなかった」
「わたしは心細かったんですよ。このまま伊沢くんが帰ってこなければどうしよう。捨てられたらどうしよう。そんなことばかり思ってました。ほんの三分ほどのあいだにわたしは何百回不安になったかわかりません。あんな心配はもういやです」
「そうだったの。ごめんね先生」
「わたしたちもっといろいろ話すべきだったんですね」
「そうだね。おれもちゃんと問いただせばよかったんだ。そんなわけでさ。先生のマンションに紘州パパが泊まっただろ? あのときおれ翌朝まで先生のマンションを見張ってたんだ。徹夜でね。先生ったらうれしそうに紘州パパに抱きつくんだもの。おれ以外の男には近寄られるだけで逃げる先生がさ」
「そうでしたか。たしかにわたしがさわれるのはパパと伊沢くんだけです。だから誤解したわけですね? わたしがパパをマンションに泊めたので」
「うん。紘州パパは七十二歳だろ。先生の父親とは思えなかったんだ。不倫中の愛人だとばかり」
「それであのあと伊沢くんの態度が変わったんですね? わたしがパパとエッチをしてる。そう邪推したわけですね?」
「ああ。胸がこげて仕方なくてさ。ごめんね先生。おれひどいことばかりしただろ。『この裏切り者』って思ったんだ」
「わたしは伊沢くんがなにを怒ってるのかわかりませんでした。わたしどんな怒らせることをしたんだろう? ずっとそう考えてましたよ。わたし怒らせるようなことはしてなかったんですね?」
「そうさ。先生は悪くないよ。おれが勝手に誤解したんだ。先生が結婚するって言いだしたときさ。てっきり相手は紘州パパだと思っちまった」
「あのときわたしの結婚相手を知ってる口ぶりでしたものね。わたしそれを疑うべきでした。伊沢くんがわたしの結婚相手を知ってるはずがないんですものね。あんな男とどうして結婚するんだと問いつめられてわたし動揺したんです。深く考えてみませんでした。あまりにもタイミングが合いすぎましたよ」
「そうなんだよな。おれたちまったくちがう話をしてたのにぴったり合致したみたいだね」
「いやですねえ。ああいうすれちがいって」
「だからおれもう先生に隠しごとをしない。先生のスカートの中を階段の下からのぞいたことも打ち明けるよ」
「えーっ! そんなことをしたんですか! それはわたしが教頭先生に襲われるのと関係ないじゃないですか!」
「関係ないけどさ。おれ先生をずっと尾行してたんだもの。階段をあがる先生のうしろから身を沈めて進めばとうぜん見えるんだよ」
「とうぜん見ないでください! んもぉ! プンプンです! ほめていいのか怒っていいのかわかりません! うー! わたし怒るべきですか! ほめるべきですか!」
「先生の好きにして」
「突きはなさないでください! おこりながらうれしいです! 伊沢くんは正義の味方ですか? 変態ですか? どっちです!」
おれはすこし考えた。
「正義の変態さんだ」
「やーん! 開き直ったぁ! 居直り変態は卑怯ですよぉ! そのまんまじゃないですかぁ! ひねりがありませーん!」
「ひねってどうすんだよ?」
おれはベッドにすわる先生の顔を見た。毎日きてくれたときの顔だった。とつぜんおれの目から涙があふれた。
「どうしたんです伊沢くん?」
「先生がまたおれの部屋のベッドにすわってる。そう思ったら涙が」
先生がおれを抱きしめた。ふたりで抱きあってしばらく泣いた。ふたたびこんな日がくると思わなかった。先生には二度と会えないと思っていた。おれは一度なくした先生をまたこの腕に抱いた。よろこびと悲しみがおれの中で交錯した。先生をなくした悲しさと先生を取りもどせたよろこびが交互におれをゆさぶった。おれの涙はとまらなかった。悲しいのかうれしいのか自分でもよくわからない。
先生が泣くおれにキスをしてきた。おれはその口に応えた。おれのものはまたガキンガキンに硬直した。おれは先生を押し倒そうとした。すると先生がおれをとめた。
「伊沢くん。わたしひとつおねがいがあるんです。いいですか?」
「なに? おねがいって?」
「伊沢くんのためてるやつをわたしの口にください。飲ませて欲しいんです」
おれは先生を見た。
「はい? おれのを飲む? それってああいうこと?」
「ええ。きっとそういうことだと思います。伊沢くんってスケベのど変態でしょう? わたしと関係する前は毎日のように自分で慰めてましたよね?」
「あ? いやそれノーコメントってことで」
「ゆるしません。ノーコメントはわたしだけです。伊沢くんにノーコメントはありません。どんなことだろうと吐かせます。拷問してでも白状させますよ。そもそも伊沢くんのベッドの下はエロ本とエロDVDだらけじゃないですか。毎日してましたよね?」
図星をつかれておれはうなだれた。
「は。はい。してました」
「よろしい。そういう行為を憶えて十日もしなかったときがありますか?」
おれは思い返した。
「いえ。ありません」
「ということです」
「えっ? なにが『ということ』なの先生?」
「つまり十日ためたレアアイテムをわたしの口にください。そういうことです。貴重品でしょう? そもそも伊沢くんはいつそういう行為を憶えたわけです? 小学生のときですか?」
「ああそうだよ。ハルアキのお父さんの話はしたっけ?」
「いえ。聞いてません」
「ハルアキの親父さんはエロ小説家が副業なんだ。それで資料としていっぱいエロいものを集めてるのさ。ハルアキはそのエロい品や資料をくすねておれとスズネに見せてくれる。小学生のときにハルアキからもらったエロ本がいまもあるよ」
「あっ。それやたら開きぐせのついた無修正のやつでしょう? 女の子がすごく可愛い笑顔でニッコリしてましたよね?」
「ええーっ? あれもチェックをいれたのぉ?」
「もちろんです。わたし伊沢くんのふつつかな妻ですから」
おれはおふくろの言葉を思い出した。『ふしだらな妻』だ。おれのふしだらな妻はまさに『すごく可愛い笑顔でニッコリ』と笑っていた。とつぜんおれはたまらなくなった。
おれは先生におれの分身をすり寄せた。
「そうだよ。先生の読みどおりさ。そのエロ本がおれの一番のお気に入りなんだ。おれ美人は好きじゃない。笑顔の可愛い女の子が好きなんだよ。だからツンツンしてるときの先生は大きらいだった」
「スズネさんを好きな理由もそこですね」
「そのとおり。スズネはいつも笑ってる。どんな悲しいときでも笑える女なんだ。どれだけ打開困難な状況だと思えるときでも打開策をひねりだすしね」
「なるほどです。わたしはスズネさんほど笑顔が可愛くありませんものね」
「そんなことないさ。先生は自分で気づいてないだけだよ」
「わたし笑顔が可愛いんですか?」
おれは眉を寄せた。本当のことを言おうか言うまいか。
「あのさ。言いにくいんだけどね。先生の笑顔は可愛い。それはたしかなんだ。でもひとつ問題があってさ」
「問題? 問題って?」
「言ってもいい? きっと怒るはずなんだけど」
「言ってください。なにを言われてもおこりませんよわたし」
「先生はエッチなことを考えてるときの笑顔がすっげー可愛い。エロエロな先生が最高!」
「ちょっと伊沢くん! それじゃわたしはエロ女じゃないですか! 訂正してください! わたし怒りましたよ!」
おれはくちびるを突きだした。
「嘘つき! 先生は嘘つきだ! 怒らないって言ったのにぃ! だから大人はきらいだ! 自分で決めたルールをすぐやぶる! なにが『なにを言われてもおこりませんよ』だ! 簡単におこってるじゃないかぁ!」
先生がてへへと頭をかいた。その顔も可愛かった。
「そういえばそんなことを言いました。ごめんなさいです」
おれは先生にキスをした。おれの下半身はパンパンだった。いつ噴出してもおかしくなかった。先生がそっとおれの舌に応えた。おれは先生のスカートの下に手をいれた。下着をつけてないそこに手をのばした。先生がおれの手を押しとどめた。
「だめですよ伊沢くん」
「どうして?」
「撮影をつづけましょう」
「もう撮影なんてどうでもいいよ。おれ先生が欲しい」
「だからだめなんです。わたし伊沢くんのを舌で味わいたいんです。その手をゆるすとわたしもがまんできなくなります。おねがいです。わたしに伊沢くんを味わわせてください。伊沢くんがはじめて十日もためた濃いのを味見したいんです」
「なるほど。わかったよ。じゃ先生のエッチな部分を撮ってもいい?」
「だめです。エッチな部分は撮っちゃいけません」
おれは頬をふくらませた。
「なんだよそれ? 撮影をつづけるんじゃないのか? 先生の言ってることがおれわからないよ」
「だから『エッチな部分』は撮っちゃだめなんです。わたしの女の部分を撮ってください」
おれは首をかしげた。
「どうちがうのかわからないんだけど? それどうちがうわけ?」
「言葉がちがいます。伊沢くんはデリカシーがなさすぎます。もっとやわらかな言葉を選んでください。わたしが傷つかない言葉でおねがいします」
「あ。そういうことなの。露骨に言うなってわけね?」
「ええ。『やらせろ』なんて言われると女は醒めます。トロトロに酔わせてください。わたしが女だと骨のずいまで教えてください。ついでに『好きだ』とか『愛してる』とか言ってください。わたしがメロメロになるようにです」
「わかった。よーくわかりました。期待にそえるかはわかんないけど努力するよ先生」
おれは先生の耳に口を寄せた。
「おれさ。先生が好きなんだ。先生のすべてを残したいんだよ。ねえ先生。おれに先生のなにもかもをくれない? おれ先生の全部が欲しいな」
「ああん! それいいっ! その調子で最後までおねがいしますぅ!」
おれは先生にさまざまな姿勢を要求した。先生がはじらいながらもうれしそうにおれに従った。先生を撮影しているとおれも楽しくなった。なにせウエディングドレスの花嫁さんだ。こんな機会はそうないだろう。先生もウエディングドレス姿を残したかったらしい。
撮影のあいだ中おれのものはたてに跳ねつづけた。いつベッドの上や床にぶちまけてもおかしくなかった。そんなおれに先生が釘を刺した。エロいポーズでだ。
「それはわたしの予約の品ですからね。ちゃんとわたしの口に納品してくださいね。床にワックスをかけちゃいやですよ。でもまあ床をよごしてもペロペロさせていただきますけど」
おれはあきれた。
「変態だ。先生のほうがおれより変態じゃねえ?」
「嘘でしょう? 伊沢くんもわたしの下着でよくやってるじゃないですか。匂いを嗅いだり口にふくんだり」
「見てたの?」
「知らん顔をしてました。やめてくださいって言ってもやめてくれないでしょう?」
「そりゃそうだけどさ。おれ先生の味が好きだからね。じゃ先生もおれの味が好きなの?」
「だーいすきです! 最初にわたしにしてくれたとき伊沢くんは寝ちゃったでしょう? わたしあのときわたしの中にはいった伊沢くんのをグラスに取って飲みました」
「ええーっ? そんなことしたの? きたないって思わなかったの?」
「なんできたないんです? 大好きな男の子のですよ? 伊沢くんがそのあとわたしの口にくれる保証はありません。伊沢くんはスズネさんが好きでしたものね。最初で最後になるかもしれなかったんですよ? わたし伊沢くんの命がどんな味をしてるか知りたかったんです」
「どんな味だったの?」
「幸福な味でした。すこし塩っぽかったんですけどあらゆるお酒よりも甘美でしたよ。わたしうれしくてうれしくて眠れませんでした。なのに伊沢くんはグーグー寝てるんです。わたし腹が立ちました。どうしてわたしにもっといたずらをしてくれないのですとね」
「それでおれにいたずらをしてたわけ?」
「えっ? いえ。その。忘れたことにしていただけませんか? とっても都合わるいですそれ。眠る男子高校生のその部分にキスをしたり舌を這わせたり頬ずりをしてたなんてわたし困ります」
「そ? そんなことしてたの?」
「だ。だからそのことにはふれないでください。もっと都合のわるいこともしましたから」
「なんだよそれ? なにをしたんだ先生?」
先生の頬がまっ赤に染まった。
「そのう。伊沢くんのいちばん匂う部分をそのう」
「おれの味見をしたわけ?」
「そう指摘されるとそうかもしれません。だって伊沢くんのすべてを知りたかったんです。とってもおいしかったですよ。わたしすごく気に入りました。そこをさかなにウォッカを飲みたくなりました」
「どうしてウォッカなのさ?」
「ウォッカがいちばん匂いが薄いんです。ほかのお酒だと伊沢くんの匂いが楽しめません。伊沢くんの匂いはアーモンドに似てます。そのせいでわたし最近は毎晩アーモンドを食べながらウォッカを飲んでますよ。伊沢くんのその部分とあの部分を思いながらです。伊沢くん伊沢くんって泣きながら飲んでました」
おれは肩をすくめた。
「バカだよ先生は。泣くくらいならおれんとこに来いよ。おれ先生を抱きしめて離さなかったのにさ」
先生の目からポロポロと涙がこぼれた。
「えーん! 伊沢くんがまた泣かせたぁ! 伊沢くん! 伊沢くん! 伊沢くーん!」
先生がおれにしがみついた。おれは先生を力のかぎり抱いた。
しばらく泣かせたあと先生を笑わせようとからかってみた。
「でもさ。先生はおれ以上の変態じゃん? おれ先生のその部分をサカナに酒を飲みたいなんて思わねえぞ?」
先生がうふふと泣き笑いを見せた。
「伊沢くんは十六歳ですからね。二十歳をすぎればそう思うかもしれませんよ?」
「ならねえっての。おれ酒を飲むよりきっとしごく。先生のほうが変態おやじだよ。おれで酒を飲むなよ。子作りからどんどん離れてるぞ?」
先生が涙を手の甲でぬぐった。今度はあらためてニッコリと笑顔を見せた。
「ごめんなさい。だってわたしには数学とお酒と伊沢くんしかないんですもの」
「数学とお酒とおれ? あのう。ひょっとして次はおれの全身に数式を?」
先生が極上の笑顔でおれに首をかしげた。
「書いてもいいですか?」
おれは顔をしかめた。笑えなかった。おれはいよいよ耳なし芳一になるらしい。おれとハルアキとスズネは数々のアダルトビデオを見た。きっと五百本以上だ。しかし数式ペイントプレイなんてビデオはなかった。全身にお経を書く耳なし芳一プレイもだ。先生はとてつもない変態らしい。おれは身体中に数式を書かれても笑い死にしないでいられるだろうか? 先生は喜々としておれの全身に数式を書くにちがいない。どんな拷問だよそれ? 書くあいだおれの部分はギンギンになって先生は口にふくんで楽しむのだろう。ひどい話だ。おれにはうれしげな先生の笑顔が見える気がした。人間イスは聞いたことがあった。しかし人間黒板なんて聞いたことがない。おれは先生といるとこれから先ずっと未知の世界に踏みこみつづけるにちがいない。現実はエロ小説より奇なりだ。おれはハルアキの親父さんに取材を申しこまれるかもしれなかった。
ふと思い出したのか先生が不安げな顔を作っておれに向けた。
「ところで伊沢くん。さっきわたしの匂いを嗅いだでしょう? くさくなかったですか?」
おれは思い起こした。
「ああ。くさくなかったよ先生。安心して。先生のはきんもくせいみたいな匂いだった。秋の涼やかな高原の匂いだったよ」
「そう言っていただけると安心です。ホッとしました。でも次からはやめてくださいね。変態はいやですよ」
「ええーっ? そりゃないよぉ! なんなんだよそれぇ! さっきあんなに気持ちよさそうだったじゃないかぁ!」
先生がポッと頬に血をのぼらせた。
「だって恥ずかしいんですもの」
先生が四つん這いのままおれまで顔を移動させた。先生の口が跳ねているものを収納した。おれはビクンと腰をふるわせた。たまらない刺激だった。
「おい。恥ずかしい女のする行為がそれか?」
先生が跳ねるものから下へと口を移動させた。ふたつの並んだ部品を指と舌でいとおしみつつおれを見た。
「話をしてるとたまらなくなりました。わたしとっても恥ずかしいです」
言いながら先生の舌がおれのいちばん恥ずかしい部位を這いはじめた。
「こら先生。おれも次からはするなって言うぞ」
「はい。いいですよ。いつも『次からするな』って言ってください。『次』からはしません。『いま』からするだけです」
「それずるいだろ先生!」
「わたし二十六歳ですから」
「歳は関係ねーじゃん!」
「関係ありますよ。大人はずるいに決まってます」
なるほどとおれは納得させられた。先生はそういうときだけ大人だ。おれを子どもあつかいして手玉に取れる大人の女だった。ホントおとなってずるい。おれは大人がだっいきらい!
先生はおれのそこをしゃぶりつくすとまた跳ねつづけているものをくわえこんだ。今度は本格的に先生の短い舌がおれを這った。おれはたまらなかった。ただでさえ十日も解放してない。なのに先生の短い舌がおれのいちばん敏感な部分を横にチロチロと這いまわった。あっと声をあげる間もなくおれは先生に吸いつくされた。
先生が極上の笑みを口の端にきざんでおれの生命を舌で味わった。口の中で楽しそうに転がした。まるで新酒の試飲をしているみたいだった。先生ののどがゴクンと音を立てた。先生がおれにとろけた貌を向けた。
「ああ! デリシャスです! オスの匂いと味がたまりません! アルコール分がないのが哀しいです! でもわたしこれだけで酔いそうですよ! すごいです! ごちそうさまでした伊沢くん!」
でもすぐに先生が沈みこんだ。
「どうしたの先生? やっぱり飲むんじゃなかった?」
先生が顔をあげた。
「いいえ。ちがいます。もう二度と飲めない。そう考えたら悲しくて」
「二度と飲みたくないの? 無理に飲まなくてもいいんだよ。吐きだせばいいんだ。そもそも口でしなくていいよ」
「いいえ。いいえ。いいえ。ちがいます。伊沢くん十日もがまんができますか?」
おれはちょっと考えた。
「ああいう行為をだよね? できないと思う。不能になったからたまってただけでさ。おれ精通があってから二日とためたことはないよ」
「でしょう? つまり十日ためた伊沢くんのものを味わうのはこれが最後ってことですよ」
「いや。おれ先生のためなら十日がまんしてもいい」
「だめです。それはだめなんです」
「どうして? おれなんとかがまんするよ?」
「だめですったらだめなんです! わたしががまんできません! 十日も伊沢くんを食べられないなんていやです!」
おれは首をかしげた。
「つまり先生ががまんできないから十日ためるのは無理?」
「ええ。わたしどうしたらいいのでしょう? 濃いぃのを舌で味わいたいのです。でもそれをすると十日も伊沢くんをがまんしなければなりません。そんなの耐えられませんよ。でも特濃も舌先でペロペロしたいんです。伊沢くん。わたしどうすればいいんです?」
「おれに聞かれてもねえ。それ究極のジレンマだよ。パラドックスだね」
「ですよねえ。仕方がありません。朝一番のでがまんします。毎朝わたしにくださいね」
「ええーっ? 毎朝なのぉ?」
「だめですか?」
「だめってことはないけどさ。朝は忙しくない?」
「そうでもないですよ。わたし出勤前にいつも楽しんでました」
「そんなことしてたの? 先生ってエッチ?」
「ちがいます! 学校に行くと伊沢くんがいる! そう思うとたまらなくなるんです! それでふとんの中でちょこっとするんです! 伊沢くんの名前を呼びながらしましたよ! 五分もかかりません! わたし淡泊ですから!」
おれには濃厚としか思えない。先生が淡泊だとAV女優はみんなマネキン人形だ。ピクリともしないぞ。
「あー。信じてませんね? なんで伊沢くんはわたしの言葉に耳を貸さないのです? わたしとこんな関係になる前もなったあともじゃないですか。学校で下着の袋をあけるなって言ってもあけましたよね? そんなにわたしに逆らいたいのですか? わたし伊沢くんに信頼されてないわけですか? どうしてわたしを信じないんです?」
「いや。信じないんじゃなくてさ。先生が可愛すぎてあっけに取られるだけなんだ。先生っておれの予想しないことばかり言ったりしたりするんだもの」
「あら? わたし平凡ですよ? ごくふつうの女です。二十六歳ですから」
「歳は関係ないんじゃ?」
「関係ありますよ。二十六歳の女が奇行ばかりじゃ社会人失格です。そのまま進めば変わったオバサンじゃありませんか。変わったオバサンはたいてい逮捕されます。ごくふつうのオバサンだと人畜無害ですよ?」
おれは首をかしげた。十六歳の男子高校生を食う二十六歳の女教師はすでに社会人失格だ。逮捕されてもおかしくないぞ?
「おれやっぱり先生がわからないよ」
「わたしは二十六歳ですから」
「答えになってねえ」
「いいんです。答えなんてありません。人生は数学とちがいます。わたし自身もわたしがわかってません。先生と生徒の関係がまずいとわかってます。なのにわたし伊沢くんを食べるのがやめられません。どうしてとまらないのかわからないんです。それがわたしですよ」
「なるほど。二十六歳になってはじめて男とつき合ったせいなわけね?」
「だと思います。わたし今とまどい中です。クルクルと迷ってます。伊沢くんと別れたほうが伊沢くんのためだと思います。でもわたし伊沢くんと離れたくありません。毎日それで悩んでますよ。わたしはそもそも人づきあいが苦手です。だから伊沢くんに好きになってもらえる可愛い女になる自信がありません。努力はしてるんですけど」
「あはは。先生はそのままで可愛いよ」
「そうですか? わたしはいつも不安ですよ? 十歳も年上です。おしゃれもできません。化粧だってへたです。つけマツゲをつけたら福笑いになるんですよ? がさつですし」
おれは先生を抱きしめた。
「そんな先生がいいんだよ。おれ先生が好きだ。そのままの先生が大好きなんだ。先生は言ってただろ? 自分以上にも自分未満にも飾る必要なんかないってさ。先生は先生でいてよ。おれといるとき先生は素のままだろ? おれに本当の先生を見せてよ。以上でも未満でもないありのままの先生をさ」
「お酒と数学しか趣味のないわたしをですか? わたしはもっと素敵なわたしを伊沢くんには見てもらいたいのです」
「先生はいまがじゅうぶん素敵さ」
「やん。伊沢くんおじょうず。この女たらし。その手で何人の女の子を泣かせたんです?」
「おれに涙を見せてくれた女の子はひとりだけだよ。おれはいつの間にかその子が大好きになってたんだ。十二年間も好きだった幼なじみがいたのにさ」
先生がおれのおでこにひたいをくっつけた。
「わたし妬きますよ。その幼なじみの話はしないでください。わたしだけを見てください。わたしだけを」
「おれは先生だけを見てるさ。先生の初めてをもらった夜からずっとね。ああ。その前からかもしれない。先生がおれに説教してるとき先生のくちびるはあまいかなって思ってた」
「実際に味わってどうでした?」
「泣きたいくらいあまかったよ。おれ糖尿病になるかと思った」
「糖尿病は困ります。不能になるとわたし悲しいですよ」
「先生エッチだものね」
「いえ。わたしより伊沢くんがエッチでしょう? 変態ですし」
「かもしれない。おれ先生といるとずっとひとつになってたくてしょうがないんだ。先生のあらゆるところに舌をつけたいしさ」
「わたしそれ恥ずかしいんですけど?」
「がまんしてくれる? おれ先生のすべてを味わいたい」
「しかたがないですね。好きにしてください。わたしは伊沢くんのものになります。どんなことでもわたしにしていいですよ。エッチなことでも残酷なことでも」
「残酷なことってどんなこと?」
「ムチでたたいたりロウソクを垂らしたりです」
「縛ったり?」
「ええ。好きにあつかってください」
「わかった。じゃ」
おれは先生をベッドに押しあげた。先生を這わせてスカートをたくしあげた。先生に吸い取られても勢いを失わなかったそれで先生を征服した。ひさしぶりの感触におれは酔いしれた。
先生が顔をふり向けておれを非難した。
「こらド変態! ウエディングドレスの花嫁を四つん這いにしないでください! スカートをまくりあげてうしろからなんて鬼畜の所行です! ロマンティックじゃありません!」
おれは反論した。
「いま『好きにあつかってください』って言ったじゃないかよ! 嘘つき!」
「嘘をつかない女は女じゃありません!」
「そ? そうなの?」
「はいそうです。ああん! こらあ! そんな派手な動きはだめぇ! いやーん! 楽しむひまもなーい! ひどいですぅ! あはんっ! もうだめぇ! わたし終わっちゃいますぅ!」
先生につられておれも終わった。一分ももたなかった。先生に一度飲まれたあとだというのにだ。
ベッドにうつぶせに寝た先生がおれをにらんだ。恨みがましい瞳だった。
「変態。伊沢くんは正真正銘の変態です」
「どっちがだよ? だいたい好きにあつかえって言うからあつかったんじゃないか。なんでおれが恨まれるんだよ?」
「恨みますよ。とうぜんでしょう? いつも伊沢くんはそうです。わたしのして欲しいことはしなくてですね。して欲しくないことばかりします。学校でだってそうですよ。なんで補習中まじめに勉強をするんです? ひどいじゃないですか」
おれは首をひねった。
「補習中にまじめに勉強しちゃだめなの?」
「ええ。だめです。だってまじめに勉強しかしないんですよ? ひどいでしょう? だからわたし伊沢くんの頭をたたいたんですよ。出席簿で」
おれはさらに首をかしげた。
「まじめに勉強をして頭をたたかれたんじゃやってられないぞ? 補習だろ? 勉強をするのがあたりまえじゃないかよ?」
「やです。わたしと関係する前はふざけて勉強なんかしなかったじゃないですか。なんでいきなりまじめになるんです? わたし怒りますよ」
「先生言ってることがめちゃくちゃだよ。つまりおれが勉強に夢中になって先生にかまわなかったから腹が立つ。そういうわけ?」
「え? いえ。そんなわけではありませんよ。勉強は学生の本分です。正しい行為です。でも」
「先生はさわって欲しかった? キスをして欲しかった?」
「やーん。言っちゃだめぇ。わたしキスしてなんて思わなかったもん! あ。いや。いまのは忘れてください。ついむきになりました」
おれは先生の耳に口をつけた。
「先生。補習中ずっとそんなことを考えてたの? なにを期待したかおれに教えてよ」
「ああん。耳はだめぇ。それ好きなのぉ。数学準備室でもそれをして欲しかったんですぅ。耳元であまい言葉をささやかれて抱きしめられたいんですぅ。『ああ。いけません。だめよ。わたしたち教師と生徒なの。学校でなんていけないわ。はあん。だめなの。やめて。ああ。もうだめぇ』なんてのを期待してたんですぅ」
おれはあきれた。
「そうだったんだ? 先生ってエッチだねえ」
先生の耳から口を離すと先生の声からあまさが消えた。先生が口をとがらせておれを見た。
「だってわたし最愛の人と結ばれた直後だったんですよ? ふたりっきりで個室の個人授業です。相手は希代の変質者じゃないですか。襲ってこないほうがどうかしてます。ねっ? おかしいでしょう? 学校でですよ? 先生と生徒ですよ? これで燃えない変態がいますか? 誰がどう考えたってわたしが襲われるのがとうぜんでしょう? ちがいます?」
おれはなんて答えていいのかわからなかった。
「そんなに学校でしたかったの先生?」
「そ。そうじゃありませんよ。襲ってこないのはおかしい。そういう話です。学校でしたかったわけじゃありません。誤解しないでくださいね。わたしはしたかったんじゃないんですよ。『いや。だめ』って拒絶したかったんです。『だめよ。だめなの。えっ? どうしてもがまんできないの? じゃすこしだけね』って。あっ!」
「すこしだけしたかったわけね?」
「やん! 口がすべっただけだもん! わたしエッチじゃないもん!」
おれは先生と顔を見合わせた。先生の顔はまっ赤だった。口がわなないてなにも言えそうにない。
「ついむきになっただけだよね? 聞かなかったことにするね? それでいい?」
先生が無言でうなずいた。先生の口が無言のまま『ありがとうございます』と動いた。先生の手がおれの手をつかんだ。先生の手はおれの手をむきだしのお尻にみちびいた。おれがさっき吐きだした部分におれの指がふれた。
「あん! またできるでしょう! わたしひさしぶりに伊沢くんに乗りたいんです!」
背面からおおいかぶさるおれに先生が顔をふり向けてキスをねだった。先生がおれをふるい落としてあおむけにした。ウエディングドレスの花嫁がおれの上でお尻をふった。おれは三分ももたずに先生に終わりを告げた。花嫁衣装をぬがなかったのは先生もこれをしたかったのだろう。花嫁姿でおれに乗りたいと。
おれの上でおれにぴったりと身体をあわせた先生に訊いてみた。
「先生はおれを思ってひとりエッチした?」
先生がおれのおでこを指ではじいた。
「知りたいですか?」
「うん。知りたい。教えて先生」
「この四月からずっとです。三月までは映画のキスシーンとかでしてました」
おれはおどろいた。四月のおれは先生をいじめていた。その四月から先生はおれで自分を慰めていたのか?
「先生ってマゾなの?」
「そんなことはありません。伊沢くんにいじわるをされると悲しかったですよ。家に帰って泣きました。泣きながら胸がチクチクとうずきましたよ。無視されるよりはよかったんです。伊沢くんがわたしを思ってくれてる。気にかけてくれてる。それがうれしかったんです」
「おれがいやがらせをしてもおれでひとりエッチをしたわけ?」
先生が目をそらせてうなずいた。
「ええ。そんなときのわたしの想像の中で伊沢くんは変質者でした。わたしのお尻をたたきましたよ。わたしは泣きながらゆるしを乞いました。でも伊沢くんはゆるしてくれません。泣くわたしをうしろから愛するんです。わたしを駆りながら告白してくれました。好きだからいじめるんだ。そんなふうにです。わたしもっと泣きました。顔をふり向けてキスをねだりました。わたし終わったとき本当に泣いてました」
「それは悲しかったから?」
「いいえ。胸が詰まって泣けました。大好きです伊沢くん。わたしをいじめるのは好きだから。そう言ってください」
おれは先生の口に口をつけた。
「そうかもしれない。おれあのころすでに先生が好きだったのかも。先生だけをいじめたかったからな。ガキみたいに好きな女の子だからいじめたかったのかもしれない」
「うれしい!」
先生がおれの舌に応えた。おれは先生とくちづけながら先生をおれの上からおろした。先生をひさしぶりにいじめたかった。うつぶせに寝かせた先生のスカートをはねあげた。丸いお尻の谷間を両手でかきわけた。先生のいちばんいやがる部分を舐めまわした。
「先生が大好きだからいじめたい! いじめていいか!」
「ええ! わたし伊沢くんにいじめられたいです! 存分になぶってください!」
おれは先生を舌でいじめながら先生の女に指をさした。先生がおれのベッドでピチピチと跳ねた。おれは苦笑した。この女を冷凍マグロだと揶揄したバカ男がいたなあと。おれは自嘲もした。こんな冷凍マグロはいねえよなと。
先生の手がおれの手首にのびた。
「もうわたしの味を楽しんだでしょう? もうひとつの伊沢くんでわたしをまた味見してください。おねがいします」
先生におねがいされたらことわるわけにはいかなかった。おれはしぶしぶ先生自身から指を回収した。その部分の指ざわりがおれは大好きだ。先生の舌たらずのあまい声はもっと好きだが。
うしろから先生を浅く責めたら先生がそれだけで終わった。先生が顔をふり向けておれにキスをせがんだ。先生の拍動を一部分に感じながらおれは先生の短い舌に舌をからめた。そのままおれも終わりそうだった。そう告げると先生が首を横にふった。もっと楽しませて欲しいらしい。おれは先生が落ちつくまで待った。しばらくして先生がじれはじめた。先生が笑顔でおれに懇願した。おれはもっともっとじらしたかった。じれにじれた先生がどうなるのかを知りたかった。でも先生が情けない顔でおれにねだった。おれもたまらなくなって先生を駆り立てた。おれは先生に弱い。おれが先生を思いどおりにする日は来ないにちがいない。
奥まで到達しておれは先生にたずねた。
「おれ先生と溶けてる。先生は?」
「わたしにそれを訊くのですか? 伊沢くんは意地悪です」
「答えてよ先生。はぐらかさないでさ」
「いじわる。わたしは伊沢くん以上にトロトロですよ。伊沢くんの一部分はそれを知ってるでしょう?」
たしかに知っていた。知っているからこそおれは先生に訊いた。話しかけてないとまた終わりそうだった。おれはこの女に惚れていた。油断をするとすぐ終わりがくる。先生が引きのばして欲しいと望むなら工夫が必要だった。
「先生はおれのを舌で転がしただろ? どんな味だった?」
「はっきりした味ではありません。話に聞いてましたけど苦くはありませんでした。すこし塩けを感じました。中華料理で片栗粉のトロみをつけるでしょう? 味のないトロみって感じです。舌先にまとわりつきました。でもネバネバではありませんでしたよ。天津飯にかけられてるトロトロの中華汁の味なし版ってところでしょうか?」
「おれのは天津飯にかけられてるトロトロの中華汁かい? そんな表現はじめて聞いたな。先生はやっぱり変わってるよ」
ツンと先生がおれから顔をそむけた。
「わたしは生き方を知らないのです。不器用なのですよ」
変わっていると言われるのが禁句らしい。きっといままでの人生で変わり者だと責められつづけたのだろう。おれは先生の顔をまたおれに向けさせた。
「おれが教えてやるさ先生。おれのために生きろよ先生。おれは先生のために生きるからさ」
先生の顔がパッと輝いた。笑顔なのに涙があふれはじめた。
「ええ。いいですよ。うれしいです。女心がわしづかみです。なんでそう泣かせることばかり言うんですか変態のくせして。あんっ! エッチのまっ最中ですよ? うしろから犯しながら泣かせないでください。変態なのか正義の人なのかわかりません。わたし感激してもっと気持ちいいじゃないですか。やん! そこいいっ!」
「変態はよけいだ。でもさ先生。おれに数学を教えてよ。学校の数学じゃなくて先生の数学をさ。おれ先生のすべてを理解したい。先生のなにもかもをだ」
「エロいことも多いですよ? ああーんっ! そこはだめぇ! 伊沢くんうますぎぃ! はアんっ! やですねえ。このエロ小僧は。わたし自分がこんなにエッチな女だと知りませんでしたよ。わたしまたジュクジュクです」
「おれもカキコキさ。おれもここまでおれがスケベだと思わなかったよ。おれたちいいコンビだね」
「そうですね。わたし伊沢くんとこういう関係になって地獄に落ちると思いました。でもたどり着いたのは天国でした。伊沢くん今夜もわたしを天国に連れていってください」
「おれそんな自信ねえよ。いまも終わらせないように必死だぞ」
「いいえ。いいんです。わたし伊沢くんといっしょにいるだけで天国の気持ちですよ。わたしだけの伊沢くんでいてください。おねがいします」
「それなら大丈夫だ。おれも先生だけでいい。おれはずっと先生のものだよ。ところでさ先生」
「なんです?」
「おれもう限界。終わっちゃっていい?」
「ああ。そうでしたね。わがままを言ってごめんなさい。いつでも終わらせてください。わたしばかり楽しんで悪かったです」
顔をふり向けた先生がおれにくちづけて腰をうしろに跳ねあげた。おれはたまらず先生に終止符を打った。先生のお尻がさらに跳ねた。おれにその部分を押しつけて先生も終わりを告げた。
おれと先生の荒かった息がすこしずつ収まった。先生がおれの頭にうしろ手をまわした。先生の指がおれの髪の毛をなでた。
「とっても素敵でしたよ。わたしの王子さま」
おれは先生をからかった。
「変態はきらいじゃなかったのかい?」
「ちがいますよ。変態はいやですって言っただけです。きらいとは言ってません。だって変態がきらいと言えば伊沢くんの全人格を否定することになります」
「おい先生。おれは変態が全人格か?」
「ええ。そうでしょう? ちがうんですか?」
おれは自分をかえりみた。
「年上ごのみで女教師フェチで先生のいやらしいところにキスをするのがなにより好き。そんな男だから?」
「そのとおりですけど? いま伊沢くんがあげた特徴の人を変態と呼ばずして誰が変態です? ウエディングドレスを着せたまま女性のああいう部分をいやらしく撮影する男子高校生ですよ? 変態以外のなにものです? 変質者でしょう?」
「そう指摘されるとそうかも。けどなんだかムカつくぞ。この野郎! また先生のいちばん苦手なところを味わってやる! 覚悟しろ!」
おれは先生のその部分に顔をつけた。
先生が笑いながらおれの頭を手で押した。本気で抵抗する力ではなかった。
「やーん。いじわるぅ。そこばかりいじめるのはもう終わりにしてくださいぃ。わたし最後はロマンティックに決めて欲しかっただけですぅ。わたしから変態的に愛してくださいなんて言えませーん。わたしは結婚式場から強奪された花嫁ですよぉ? いやな相手との結婚から白馬の王子さまが助けてくれたんですぅ。それが最後の最後にですよぉ。白馬の王子さまがわたしのお尻に顔を埋める変態おやじになるなんて夢をこわすにもほどがありますぅ。ひどすぎますよぉ」
おれは先生のお尻の谷間にもぐらせた舌をはずして先生を見た。
「そ? そんなものか? いつもいつもおれこうだったはずだけど?」
「それはそのとおりです。ふだんから伊沢くんが変態だったのはたしかですよ。でもきょうはわたしの白馬の王子さまでいてください。わたしをもっと酔わせてくださいよ。こんな日くらい最後までロマンティックをつらぬいてわたしを満足させてください。それがわたしの夢です。女にとってこれほど幸せな一日ってないんですから」
「おれだって幸せだよ?」
「伊沢くんはいいんです。わたしがあしたからずっと幸せにしてあげます。きょうはわたしの記念日ですよ。だって毎日わたしを結婚式場からうばって逃げるなんてしてくれないでしょう?」
「そりゃそうだ。じゃおれはどうすりゃいい? 先生の望むことを言ってよ。そのとおりにするからさ」
「こうしてください。そっとですよ。もう乱暴なのはなしです」
先生がおれとくちびるをついばみながらベッドをおりた。おれに先生が手ほどきをして花嫁衣装を身からはずさせた。おれと先生は全裸で向き合った。お互いの裸を上から下までじっとながめた。先生がおれの手を取った。ふたりでベッドに横たわった。先生の手がおれの手を小さな乳房にみちびいた。
先生の望むロマンティックはただキスをしてそっとそっと重なるだけだった。先生はもどかしそうだった。でもそのもどかしさがいいのかもしれない。外人のアダルトビデオと日本もののちがいみたいだった。しっとりと情緒たっぷりでひとつに溶けたかったらしい。しとやかにたおやかに先生は乱れた。いつもの情熱はなかった。だがシーツをサラサラと流れる黒髪とあまい吐息が優しい雨音に聞こえた。ゆっくりとゆっくりと時間が流れた。おれも先生も泣いていた。うれしいからか悲しいからか気持ちいいからかはわからない。そのどれもが混ざった涙だった。きょう一日の想いがその涙に凝縮しておれたちからあふれた。終止符もそっと打たれた。先生が下からおれを抱き寄せた。おれと先生は身体のすみからすみまでをくっつけた。ひたいとひたいをすり合った。くちびるを重ねた。手と手をつないだ。足のつま先をからめた。そうしておだやかにお互いをたしかめた。静かに。泣きながら。無言で。なにも言う必要はなかった。お互いの全細胞が知っていた。霧の雨が落ちてくるみたいにおれたちは終わった。ベッドはきしみすら立てなかった。先生とおれはいつまでもいつまでも泣きながらキスをした。いつ眠ったのか憶えていない。