終話 狐の嫁入り〜鈴ノ音〜
この機械のモーター音だらけで、聞き逃してしまいそうな声量だったが、カナンの耳にしっかりと届いた。
「千堂・・・晴江は・・・私のおばあちゃんです・・・」
カナンが驚いてイッセイのおばあちゃんを見る。カナンの向かいにいてコームをつけてもらったイッセイも、曲げていた膝を無意識に伸ばして元の姿勢に戻して自分の祖母を見た。
おばあちゃんはコードに引っかかりそうになりながらもカナンの方に飛び出した。
「晴江ちゃんの・・!晴江ちゃんの・・・!お孫さんなのね・・・!!」
カナンの両肩を掴んで聞いてきたおばあちゃんの顔が、嬉しそうにも悲しそうにも見えた。
「・・・ばあちゃん、どう言うこと?」
「おい!!ばあさん!!!!どうした!イッセイ!!もう限界だ!お嬢ちゃんをカプセルに乗せて扉閉めろ!!!」
イッセイは本当はしたくないが、おばあちゃんとカナンを引き離し、カナンをカプセルに入れた。しかし、おばあちゃんはくらい付いてきてカプセルの扉を掴んだ。
「おい!!ばあさん!!どうした?!ばあさん!!お嬢ちゃんが捕まっちまう!元の世界に返してやんないと!!」
「晴江ちゃんは・・・晴江ちゃんは・・・」
「ばあちゃん!誰かと勘違いしてないか?!カナンは異世界人だよ、しっかりしてくれ!」
おじいちゃんは時間がないことに焦り、近くの関係ない機械をバンバンと叩いている。イッセイも何がなんだかわからないが、扉を掴んでいるおばあちゃんの手を離させる為に掴んだ。
「私も・・・!あの時・・・!突然・・・」
「ばあさん!!ばーーーーさん!!!くそっ・・・ワシの声を聞け!!!
“ハナヨ”!!」
《ばあちゃんのお友達の花代ちゃんがね、これ、教えてくれたのよ》
カナンの頭の中で過去の映像が流れた。
疑問が無くなった。点と点が繋がって線になった。
このおばあちゃんは、自分のおばあちゃんの友人、そして、今おばあちゃんが住んでいる家に元々住んでいた“花代”さんだ。
今思えば、若い頃の花代さんの話は沢山出てくるのに、学生以降の話が出てきたことが無かった。仲が悪くなったなら、その友人の実家など買うものか。
仲が悪くなったわけじゃない。
「花代さんも、私と同じで、あの家の裏山の近くで・・・狐の嫁入りの時に鳴った鈴の音を聞いたんですね・・・」
そう呟いた時、花代おばあちゃんは涙を静かに流し始めた。
「そうなの・・・あの時、鈴の音の方を見て・・・晴江ちゃんは、晴江ちゃんは元気?」
「元気ですよ」
カナンも涙を浮かべた。
「ボタンが!!!流石に押せない!!!」
おじいちゃんは、予期せぬ出来事に頭を抱えて叫んだ。まさか、自分の伴侶が異世界人だったとは夢にも思わなかった。結婚45年目にして衝撃の事実である。
おばあちゃんを抑えているイッセイも同じである。おばあちゃんを抑える為に手に力は入っているが、頭は一切働かない。
「おばあちゃんに!花代さんが元気と教えても良いですか!絶対に喜びます!!」
「ええ・・・よろしくね・・・」
「あと!私のカナンって名前、花の漢字が付くんです!お父さんにも!妹にも!花代さんから勝手に貰ったって!!!」
「私もね、子供に晴江ちゃんの晴の字貰ったの。そしたら、子供たちが孫にもつけてね。
一晴“イッセイ”も、晴太“セイタ”も、みんな“晴”が付くのよ」
「それも伝えます!!あ!あとこれ!」
カナンは、カプセルから飛び出て、自分の手首からミサンガを外した。
「これ!おばあちゃんが作ったんです!今、ミサンガこうやって凄く可愛いんです!ミサンガは最初に花代さんから教えて貰ったって聞きました!私はまたおばあちゃんに作って貰いますから!きっと、これ花代さんが持っててくれるって知ったらおばあちゃんもっともっと喜びますから!!」
おばあちゃんの手を掴み、カナンは無理矢理におばあちゃんに渡す。
そして、すぐにカプセルに戻って扉を閉めた。
ドカン!!!ドカン!!!!!
突然、工場の入り口シャッターの下半分が内側にひしゃげた。
そして拡声器のような質の悪い大きな声が聞こえてきた。
《ここを直ちに開けなさい!!犯罪者を匿っているなら共犯で全員逮捕する!!》
「シャッターーーー突っ込まれて曲がっちまったんで直ぐには開きませーーーーん!!あと、名乗らない人をおうちに入れてはいけないので絶対に開けませーーーん!!!」
おじいちゃんがシャッターの外のいる、機関に向かって大声で悪態をついた。
その間に、イッセイはカナンの入ったカプセルの扉にロックをかけた。
カプセルの外側にいる花代と、寄り添うイッセイを見てカナンはもう一度お礼を言う。
「イッセイ君、本当にありがとう。花代さん、ちゃんと帰っておばあちゃんに伝えます。これからも、お幸せに」
「カナンちゃん・・・ありがとう」
「カナン、ありがとう。これ、大事にする。それじゃあね」
先ほどカナンにつけてもらったヘアコームを指差しながらイッセイは笑顔でカナンに言った。
そして、イッセイと花代がカプセルから離れた。
「ポチッとな!!!」
おじいちゃんがボタンを押したと同時に、次元移動装置が稼働した。
機械音は稼働待機中の3倍、機械熱も発生して工場内の気温が徐々に上がっていく。
カナンの入ったカプセルは装置が起動してから二重、三重と更に囲われた。
そして、厳重に囲われたにも関わらずカプセルからは目も当てられない程の光が発せられた。装置の活動限界なのか、コードや機械の間に稲妻が走っている。
30秒程、異常な光と電流、熱気に包まれた工場だったが、機械のアナウンスとともに、何事もなかったかのような静けさを取り戻した。
《次元移動完了致しました》
次元移動装置から少し離れた所で花代を座らせたイッセイは、カプセルまで全速力でもどった。
カナンはいない。きっと、上手くいった。
《では、強制捜査を行う、突入をする!!!》
「来てみろってんだ!!壊したシャッターちゃんと弁償しよろな!!」
機関の人間が、シャッターを破って工場内に入ってきた。
今、工場内にいるのは、イッセイとおじいちゃんとおばあちゃんの3人だけだ。
「匿ってないだろうな!!隈なく女を探せ!!」
黒いスーツを着た機関の男がゾロゾロと乱入して手当たり次第カナンを探し始めた。
「ハン!!女はそこに座ってるワシの妻だけじゃ!!他にはおらんわ!一生探しとれ!!」
カプセルの前に居たイッセイの元に、黒いスーツの男が一人やってきた。
「君たちはよく異世界人と遭遇するな。まさか呼び込んでいるんじゃないだろうな」
「まさか、そんなこと出来るわけないじゃないですか」
「このカプセルの中を見る。開けろ。」
「誰も居ませんよ」
男はイッセイの横に並んで囲いの解除されたカプセルを見た。
「ふん、マスクとゴーグルだけか」
今は7月中旬。もう5日連続で30度を超える猛暑が続いている。
太陽が出ていたのに雨が降った。やはりまだ梅雨は明けていなかったのだ。
「ばぁばーー、お姉た、どこいるのー?もうしゅこちちたらかえっくるぅ?」
晴江おばあちゃんは莉花を膝に乗せて縁側で麦茶を一緒に飲んでいた。莉花の質問が聞こえていない。
あの時、花南は数学の問題を2問解いたらご飯を食べると言っていた。
荷物もそのままだった。縁側にはいつ降ったのか雨が吹き込んだ跡が残ってた。このような光景を見るのは2回目だ。と晴江は思い出していた。
そう、友達の花代ちゃんが突然――――
「あ!!お姉たーーー!どこ行ってたのーー!!」
莉花の大きな声に晴江は後ろを振り返った。
そこには、ご飯を食べる前には、下ろしたてと変わらない、まだ入学して3ヶ月しか着ていない綺麗だったはずなのに、埃まみれになった制服を着た花南が立っていた。
「莉花、ごめんね、急にお友達に呼び出されちゃって!」
「もーー!お姉た―――!!」
嘘に決まっている。玄関には花南の靴がちゃんと揃えて置いてあった。つっかけも全部玄関にあった。花南は、“この家からは出ていなかった”のである。晴江はそれに気付いていた。
「また、いなくなっちゃったんじゃないかって・・・」
晴江は膝にいる莉紗を抱きしめながら涙を流した。
「お姉た、ばぁば泣かちたーーー!!ママに言うーーー!」
「おばあちゃん、急にごめんね」
「ううん、帰ってきてくれれば良いんだよ」
「最近、言ってくれないから忘れてて、ふと見ちゃったんだ」
「・・・」
「言いつけ、守らなくて、ごめんなさい」
「良いんだよ」
くしゃくしゃな笑顔で晴江は花南を見た。そして、驚いた。
花南の方が静かに滝にように涙を流していたのだ。
埃まみれの制服の袖で涙を拭った花南は、晴江と莉花の方へ歩き出した。
そして晴江を見て嬉しそうに話しかけた。
「おばあちゃん・・・あのね___ 」