一話 狐の嫁入り〜鈴ノ音〜
〜主人公視点〜
昔から、おばあちゃんに言われてきた言葉があった。16歳にもなると忘れていて、ふとした時に言いつけを破ってしまった。
今はもう潰れてしまった駄菓子屋さん。
金物店はまだあるけど、あそこのおじいさんは今は車椅子だ。
ここの保育園は数年前に園舎を綺麗にしたんだ。
保育園前の掲示板も、綺麗にされる前のもの。いつもお祭りのお知らせと、私が小学校3年生になるまでずっと貼られてた”探してます”の林業のおじさんの写真が載った貼り紙。
公園の滑り台もすごく高さのある滑り台だ。今は危ないからと低めの滑り台に取り替えられたんだ。
これは夢だと気づいた。
なんでかって?まず私が小さいんだもん。一緒にいるおばあちゃんの腰より小さいから小学校に入る前くらいだ。
今でもそんなに風景は変わらないけれど、これは私が住んでいる町の昔の風景だ。
隣を歩いているおばあちゃんが何か言ってる。これ、確か昔から言われてた言葉だったな。中学校入るまではよく言われてたけど、最近は言ってくれなくなったんだっけ。
風景は昔のままで、昔の自分で、意識だけ今の私。
夢って面白いよね。なんか変な感じにさせる。
ーーーーリン
ーーーーーリンリン
少し強めに吹いた風に揺らされて大きな音を出した風鈴の音でうたた寝から覚めた。
珍しい、こんな暑い日に勉強しながらうたた寝するなんて。
山の麓
大きな平屋
縁側には木漏れ日がキラキラと映し出されている
気温は高いが湿度がないからカラッとしている
今年は6月の早い時期から梅雨入りした。
今は7月中旬。もう5日連続で30度を超える猛暑が続いている。これは梅雨明けしたと言って良いのではないか。連日、ニュースのお天気コーナーで梅雨明けはあと少しと言っているが、実はもう明けているんだと私は思っている。
縁側で勉強を再開しようとしたら、古びた横開きの扉を開けるカラカラとした音がした。
「花南ちゃん、ただいま!お留守番ありがとうね!」
「お姉たー、たーんまー」
ここは私のおばあちゃんの家だ。
私は千堂 花南16歳の高校1年生。
自宅から5分のところにある晴江おばあちゃんのお家は、昔ながらの日本家屋であり私のお気に入りなのです。元々はおばあちゃんの小さい頃からの友達が住んでいたみたいなのだけれど、そのお友達の花代さんのご両親が亡くなった時に、うちのおばあちゃんが買い取ったみたい。小さい頃からおばあちゃんもこの家に遊びに来てたみたいだから名残惜しかったんだと思う。
「おかえり、おばあちゃん。莉花」
「花南ちゃん、お腹空いたでしょ!すぐにご飯の準備するからね!」
「おばあちゃん、白菜の古漬けある?あれたべたい!」
「いっぱいあるよ!」
「お姉たー、リカ、良いこにしてたよー!」
「はーい、いい子いい子」
妹のリカは3歳。歳の離れた妹である。
私はさっきの続きで縁側で勉強を再開した。リカは目に届く近くの畳の部屋で積み木とお人形遊びをしている。うちの親は共働きだから、学校が終わってからおばあちゃん家に来ている事が多い。部活動もやってないし。今日は土曜日で私の高校は3時間目までしかない。リカは保育園が休みだから朝からおばあちゃんの家に居た。さっきまでおばあちゃんとリカは、近所の田中さんのお家に手作りのいなり寿司のお裾分けに行ってたみたい。
「お姉たー、リカねー、ばぁばのおてちゅだいちたおー!お揚げさんね、ゴリゴリって!」
「リカは料理上手になるね〜、きっと良いお嫁さんになるよ〜」
「えへへへへへ!あとね!ばぁばにこれちゅくってもらったの!お姉たとおそろいのミシャンガ!!」
「本当だ、色違いで同じだね〜、良かったね〜」
ニコニコしながらリカが照れている。
私は声のトーンだけはしっかり高めにしているが、内心は事前にもらったこの夏休みの宿題を夏休み前に終わらせてしまおうと必死なのだ。今年は家族で海外旅行に1週間行くと言っていた。友達と東京の原宿にも行く約束をしている。市内の一番大きいテーマパークやプールに行く約束もあるんだ。何も気にしないで遊びたいから先にできることはやっておこう。コーム形の髪留めをもう一度強く挿し直して気合を入れた。
「カナンちゃん、リカちゃん、ご飯できましたよー」
「はーーい!リカおなかペコペコでーーーす!」
「おばあちゃん!数学の問題あと2問解いたらすぐに行く!」
「はーーい、じゃぁ、おばあちゃん、地下の糠床からキュウリ出してくるからね」
「はーーーーい」
おおきな平屋であることと、私たちがいる部屋からおばあちゃんのいる台所は家の端と端で離れているので大きな口を開けて大声でやりとりをする。田舎あるあると言うらしい。
リカは相当お腹が空いていたみたいで、走って居間まで向かう。
私もあとすぐに問題を解こうと問題集を見たら水滴が付いていた。晴れていたので気付かなかったがシトシトと雨が降っている。少し吹いている風に煽られて縁側の端が雨に濡れている。
縁側にいた私は、問題集とノートを載せた小さい机ごと持ち上げてリカのおもちゃの近くまで置きに来た。
明るいし全然気付かなかった。まさかお天気雨が降るなんて思ってもいなかった。今日の降水確率は10%だ。10%だからって降らないわけじゃないけどね、と思いながら縁側に置いてある学生鞄を持ち上げた時に音がした。
ーーーーーシャーーーーン・・・・・・シャーーーーン
随分と高い音で複数の音がする。巫女さんが持っているような沢山の鈴がついたあの・・・
と、名前を思い出しながら私は音がした方を直ぐに振り向いた。
おばあちゃんはキュウリを取りに地下に、リカは居間に向かった。このおばあちゃんちは他の家からは少し離れているからご近所さんということはない。そもそもご近所さんなら玄関か、表通りの窓から声をかけてくれるはず。私がいるのは、道路に面していない家の裏側で目の前は山である。
そして振り向いた先に白い何かがぞろぞろと動いているのが目に入った。
距離にして50メートルくらい先に連なって動いている。私は振り向いてしまった事をこの後悔する。私の目に入ってきたのは
『狐の嫁入り』だ
実際に見たことはないが、歴史書だか迷信だかなんかそんな感じの絵本とか本で色々な人の似たり寄ったりのイラストに近い狐の嫁入りだ。
振り向いて狐の嫁入りの行列を目にした瞬間、嫁さんと私の目が合ってしまった。
金の目をしている。いけない、合った目を逸らしてはいけないのか、逸らさなければいけないのかわからない。
そう思っていたら突然狐の嫁さん一匹が体から眩しいほど発光しながら私に向かって顔から高速で飛んで来た。
狐の嫁さんが目の前に来たその瞬間、さっきのうたた寝の時に見ていた夢の中で言っていたおばあちゃんの言葉を思い出した。
「いいかい、かなんちゃん。
お天気雨が降っている時に、”鈴の音”が聞こえたら、5秒間目を閉じるんだよ。絶対に、鈴の音がした方を向いてはいけないよ」
その瞬間、目の前が真っ暗になった。