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 時戻しの魔法――それは、多くの者が研究したが、誰も成功していない奇跡の力だ。


 ヴァルターは、王位に就いて以降、その魔法を研究していた。

 そして膨大な闇の魔力を使えば、すべての生物を含む物質を過去の状態に戻すことができるという結論に至ったようだった。


 ある日アデリナは、ヴァルターとこんなやり取りをした。


「アデリナ……時戻しの魔法を使ったらどうなると思う?」


「質問の意図がわかりません。時間が戻る……ただ、それだけでしょう?」


「そう、それだけなんだ。過去に戻った人々は一度目と寸分違わぬ行動をして、回帰点に辿り着く。そしてまた時戻しの魔法が使われるだろう」


「それではある地点から別の地点を無限に回り続けることになりませんか? 意味がないというか、怖いです……」


 皆が過去に戻るだけ――もし、魔法の使用者まで時を戻した記憶を忘れているのなら、同じ行動を繰り返し、また時を戻す選択をするのではないだろうか。

 つまりそこから先、未来へは進めない。


「君の言うとおりだ。そして、無限の繰り返しで魔力的なひずみが生まれると、やがて弾けて世界が消し飛ぶと私は考えているんだ」


 実験はできないので、すべては仮説でしかない。

 けれど、それゆえに、時戻しは禁忌の魔法だ。


「だが、時属性のアデリナは……その理からはずれる力を秘めているんだ」


 アデリナの得意魔法は防御結界だ。

 魔法で防御壁を構築していると誤解されがちだが、実際には違う。物質の時間を止めて固定することによって攻撃を弾いているのだった。


 例えば元々ある壁に魔法を使用すれば、壁の強化に繋がる。

 なにもないときは大気の時間を止めれば、見えないシールドになるという具合だ。


 アデリナの力は基本的に生物には干渉できない。

 例えば草木の時を止めれば、魔法を解いた瞬間から枯れはじめる。

 動物に魔法を使えば、一部ならその場所が壊死する可能性があり、広範囲なら命を奪ってしまう。

 命を奪わないかたちで干渉するためには完璧に魔法を組み立てる必要があり、普段の百倍、千倍の魔力が必要となる。


 それこそ、命を賭けて一度だけ使用可能な魔法だろう。


「時属性の魔力所有者の精神を守ることは、そこまで難しくない。だが、それではだめだな。時戻しの魔法を使った本人……つまり私の記憶を守らなければ……」


 時属性の限界は、時を静止させるところまで。

 闇属性のヴァルターのほうにこそ、時を戻す力がある。

 ただし、無限回帰をふせぐにはアデリナの時属性が必要……。


(なんだか、ややこしい話ね……)


 ヴァルターの考えは時属性の魔力を使い、魔法の使用者の精神だけを守った状態で過去へと戻るというものだった。

 時戻しののちヴァルターだけが、その魔法理論も今後に起こる出来事も、すべてを覚えている。

 だとしたらやり直し世界でのヴァルターは、神にも等しい予知能力を手に入れたことになりはしないか。


「そうですか……。生物に干渉するほどの魔力を、私はヴァルター様にさしあげたほうがよろしいのでしょうか?」


「……どうやって君から魔力を取り出すか、わかっていて言っているのか?」


 めずらしく、彼の表情がわずかに歪んだ。それで大体の察しがつく。

 きっと命と引き換えなのだ。


「今……わかりました……。それでも、お望みならばどうぞ……」


 どうせ皆が過去へと戻るのだから、セラフィーナが死なない世界線のために、彼はアデリナの命を奪うのだろうか。

 半身たる彼女のためならば、ヴァルターは非情になれる人だ。


「馬鹿だな……アデリナは……」


 アデリナの予想に反して、それ以降ヴァルターは時戻しの魔法について一切語らなくなった。

 闇に囚われながらも、ヴァルターは正義の人だ。

 一度すべてが消滅し、回帰すれば蘇るとしても、アデリナの命を奪うことはできなかったのかもしれない。



 回帰前に起こった大雑把な出来事を書き記してから、アデリナは一度ペンを置いた。


「ハァ……。亡くなったセラフィーナ様よりも、生きている私を優先してくれた。そう思っていたのだけれど……」


 実際、その認識は間違っていなかった気もしている。

 けれどアデリナが瀕死の重傷を負ったとき、ヴァルターの中にあった禁忌の魔法を使うことへの躊躇が一切失われたのだ。


「……それで、どうして私……時戻しの前のことを覚えているのかしら?」


 二人ぶんの記憶を保護できるほどの魔力をアデリナはその身体に秘めていたのだろうか。


「ものすごく嫌な予感がするんだけれど」


 ヴァルター自身の保護ができずに、代わりにアデリナの記憶だけが保護された――という可能性が高かった。

 そちらのほうが簡単だとヴァルターが言っていたのだ。

 今すぐ確認したくても、ただの伯爵令嬢が第二王子に会いに行ける方法などない。

 彼が過去の記憶を持っているのなら、明日にでもアデリナのもとへやってくると信じるしかなかった。


(きっと明日、会いに来てくださるはず。そうしたら五発くらいぶん殴ってさしあげましょう!)


 けれど、願望混じりの予想ははずれてしまう。

 誕生日当日まで、アデリナの周辺で回帰前と違う出来事は一つも起こらなかった。


「本当に……ダメ夫! 今度は絶対、絶対に結婚なんてしないんだから」


 絶望的な気分になり、回帰後の世界ではまだ見ぬ未来の旦那様に悪態をつく。

 もちろんどれだけ悪く言っても、ヴァルターは会いに来なかった。


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