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 王命によってヴァルターとアデリナの婚約が決まって十日後のこと。

 この日アデリナは、オストヴァルト城内にある青の館を訪ねる予定になっていた。

 青の館は天井や壁の一部に鮮やかな青の花が描かれていることから名付けられた建物で、ヴァルターとセラフィーナの住まいである。


 初対面のあとまもなくして、宣言どおりヴァルターから手紙が届いた。

 そこには双子の妹セラフィーナがアデリナに会いたがっているから、訪ねてくるようにと書かれていた。

 アデリナも約束に従い返事を書き、今日が訪問の日だった。


 第一王女セラフィーナは、光属性の魔力を有している治癒魔法の使い手だ。

 しかも絶世の美女で、国民からの人気が高い。

 男性は肖像画を見てうっとりしてしまうし、女性はあんなふうに美しくなりたいと望む。


(オストヴァルトの女神と名高いセラフィーナ様にお目にかかれるなんて……緊張してしまいます)


 肖像画でしか知らないが、アデリナも例にもれず、セラフィーナに憧れを抱いている者の一人だ。そのため、ヴァルターからセラフィーナを紹介したいという手紙が送られてきたときから、アデリナはずっとソワソワしていた。


 婚約者とその妹――美しい二人と同じテーブルを囲んで、平静でいられるか、不安になりつつも、館へ向かう足取りは軽かった。


(そういえば、セラフィーナ様のお噂はよく聞くけれど、ヴァルター様は……)


 王子同士の確執については度々耳にするのだが、ヴァルター個人の能力についての話題は少ない。

 ヴァルターも光属性の魔力を有しているとのことだが、魔法はあまり得意ではないらしい。

 王太子カールが火属性の魔法を使い、第一王女セラフィーナが治癒の専門家――ヴァルターは剣術がそこそこ得意だという噂は聞いたが、二人に比べると存在感がない王子という印象だった。


(社交や公式行事への参加も最低限だというし……やはり気難しい方なんだわ)


 だんだんと足取りが重くなる。

 婚約者の妹には会いたいと思うのに、婚約者と顔を合わせるのが気まずいというのは間違っているのかもしれない。


 城の入り口から先、近衛兵と女官に付き添われ、ヴァルターたちが待つ館まで進む。

 アデリナは移動しながら窓ガラスや鏡に映る自分の姿をつい気にしてしまった。


 紅茶をこぼしたような明るい茶色の髪に、青い瞳――不細工ではないけれど、特別な美人というわけではないからこそ、せめて身だしなみには気を使いたかったのだ。


 天気がいいため、館の前にある小さな庭にお茶の席が用意されているとのことだった。

 城内の建物から一度外に出て、木々が生い茂る小道を進むと、青の館の屋根が見えてくる。


 大きな木の先に人影があった。


「ねぇ、お兄様……。記念日でもないのに、高価な真珠をいただいてよろしいのかしら」


「べつに……理由がなくたって、贈り物くらいする。たまにはいいだろう?」


 おそらくヴァルターとセラフィーナの声だ。

 こういう場合、会話の邪魔をしないタイミングで顔を見せるのがスマートだと思い、アデリナたちは歩みを止めた。


「お兄様も婚約者ができて、少しは気の利く殿方になったのね!」


「私が気の利かない男だった……みたいな主張はやめろ」


「フフッ。……当然クラルヴァイン伯爵令嬢にはもっとすばらしい品物を贈ったわよね?」


「当たり前だ。ちょうど、婚約したのが彼女の誕生日だったからな」


 ヴァルターの言葉にアデリナは戸惑った。

 確かに、彼と婚約したのは十六歳の誕生日当日なのだが……。


「いったいなにを贈ったの? ダイヤモンド、サファイア? 宝石ではなくて、銀細工も素敵よね」


「教えるわけないだろう」


(教えるもなにも、なにもいただいておりませんが……)


 まず、あの日が誕生日だったと彼が認識していたことに、アデリナは驚いた。

 彼からの贈り物がほしかったわけではない。それとは関係なく、ヴァルターが見栄を張って嘘をつくのはよくない気がした。


(まぁ……でも、初対面だし……)


 そう自分に言い聞かせてみるが、不安は募る。

 最初からヴァルターは冷たかった。

 先日の手紙も、妹が会いたがっているから城に来てほしいという用件しか書かれていなかった。


(……歩み寄れない、かもしれない)


 それでも、ここで立ち止まっては埒があかない。

 笑顔でどうにか取り繕ってから、アデリナは二人のもとへと向かった。


「失礼いたします、アデリナ・クラルヴァイン。只今、参りました」


「あぁ……来たか。こっちに座れ。非公式な場だから楽にしてくれてかまわない」


「お心遣い痛み入ります。ですが、まずはご挨拶をさせてくださいませ」


「許す」


 ヴァルターの許可を得てから、アデリナはセラフィーナを正面に見据え、お辞儀をした。


「……お初にお目にかかります、第一王女殿下。アデリナ・クラルヴァインでございます。本日のお招き、大変光栄なことと存じます」


「ご丁寧にありがとう、セラフィーナよ。……これからよろしくね? クラルヴァイン伯爵令嬢。……さあ、まずはお茶を楽しみましょう。座ってくださいな」


「恐れ入ります」


 セラフィーナに促され、アデリナは今度こそ席に着く。

 庭園に設置されたテーブルは円卓だった。ヴァルターが時計の十二時だとすると、アデリナが四時、セラフィーナが八時という等間隔での着席だった。

 茶会の最中は主にセラフィーナがアデリナになにかをたずね、アデリナがそれに答えるというやり取りが続く。

 ヴァルターは時々セラフィーナに促され「あぁ」だとか「そうだな」とか、ひと言だけ話すが、毎回それで終わってしまう。

 妹であるセラフィーナと二人きりのときはわりと饒舌だったが、親しくない者とのおしゃべりは嫌いなようだ。


 長い銀髪とアイスブルーの瞳を持つセラフィーナは噂どおり完璧な美貌を兼ね備えている女性だった。


 相づちを打って、首を傾げるたびに真珠のネックレスがさらりと流れて印象的だ。

 王女という高い身分を持っているにもかかわらず、不遜なところがない。慈悲深く完璧な女性だった。


 けれど同時に、アデリナに対しては親しみやすさも感じられない。

 とくに直前の兄妹の仲のよさそうなやり取りを立ち聞きしてしまったアデリナは、どこまでも部外者で傍観者という心地だった。


「そう言えばクラルヴァイン伯爵令嬢。お兄様から聞いたのだけれど、先日あなたのお誕生日だったようね? ……贈り物はなんだったのかしら?」


「え……あ、あの……」


 予想外の質問にアデリナは動揺してしまう。


「おい、セラフィーナ!」


「わたくしはクラルヴァイン伯爵令嬢にたずねているのよ。お兄様はお黙りになって」


「だが!」


「心配なんですもの。お兄様がとんでもない品を贈っていないかって」


(どうしようっ、どうすれば……)


 先ほど二人のやり取りを聞いてしまったので、ヴァルターが嘘をついていることは知っている。


(もらっていないと言えば、殿下に恥をかかせることになってしまう。ここは……地獄なの?)


 先ほどまでヴァルターとセラフィーナが楽しげな会話を繰り広げていたのを知っていたため、さらに惨めな気持ちにさせられる。


「クラルヴァイン伯爵令嬢? どうかなさったの?」


「い、いいえ……第二王子殿下は……あ、あの……ブ、ブローチをくださいました!」


 アデリナは咄嗟にたまたま胸元のリボンの上につけていたブローチに触れながら、そう答えてしまった。


「あら、とても可愛らしいブローチね。令嬢によく似合っているわ」


 セラフィーナは満足げに頷く。

 彼女はなにも知らないのだから、当然悪気はない。

 けれど、セラフィーナの首元で光る真珠が眩しくて、アデリナはなぜだか胸が痛くなった。

 出会って間もない婚約者でしかないアデリナが、生まれたときから一緒にいる妹と張り合っても仕方がない。


(でも、殿下は『当たり前だ』とおっしゃったのに……。私は、当たり前をしてもらえなかった……)


 おそらくそれが苦しいのだ。

 伯爵家の一人娘として、自由な結婚が許されない立場であることはわかっていた。

 それでも婚約者という存在に夢を見ていた部分があった。

 できるだけ互いを尊重し合い、好きになっていけたらいいと思っていたのだ。


 その願いが叶わない予感がして、落胆したのだった。


 けれどこれで窮地を脱したことにはならない。


(怒っている……のかしら? 私、選択を間違えてしまった?)


 ヴァルターはアデリナの言葉を否定しなかったが、アデリナの嘘に話を合わせてくれるわけでもなかった。

 益々言葉数が減り、鋭い視線を向けてくる。


 ひたすらに場の空気が悪かった。


 一度しか会ったことのない、しかもまったく親しくもない年上の男性ににらまれるというのはアデリナにとって恐怖でしかない。


 だんだんと理不尽に思えてくる。

 それ以降はどんな話をしたかもよくわからない。

 どうにか地獄の茶会を終えたアデリナは、屋敷に到着し私室の扉を閉めた直後にベッドに寝転がった。


「発端は殿下の嘘なのに! なんで、私が……なんで……あんなふうににらまれなきゃいけないのよ」


 ポスッ、ポスッと枕に拳を打ち込み、ここ数時間でため込んだ鬱憤を晴らそうとした。

 それでもやり場のない思いを抱え込んだまま、気づけばアデリナの瞳からポロポロと涙がこぼれる。



 近い将来の夫に出会ってまだ十日しか経っていない。

 けれどアデリナにはこの先彼と打ち解ける未来がどうしても想像できないのだった。

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