5-1 過去の誤解がまた一つ
「ねぇ、ロジーネ。ドレスはどちらがいいかしら?」
ペールピンクか濃紺か……。アデリナは二着のドレスを取り出して、メイドに意見を求める。
ヴァルターから初めてデートに誘われたアデリナは、浮き足立っていた。
婚約者が、なかなか手に入らない歌劇のボックス席のチケットをわざわざ入手してくれたのだ。
十六歳の小娘なら浮かれて当然だった。
(初対面のときも、青の館訪問のときも……失敗してしまったから今度こそ頑張らなきゃ!)
こんなふうに誘いがあったということは、彼に関係改善の気があるに違いない。
前向きなアデリナは、今度こそヴァルターときちんと話をしようと思っていた。
「……きっと歌劇場であれば、殿方の装いは黒でしょう。ドレスもリボンも濃いめの色がいいかもしれませんね」
ロジーネの言葉を受けて、アデリナは、大人っぽい夜の装いに着替え、美しいヴァルターに少しでもつり合う女性になろうと奮闘した。
キラキラと光る銀髪とアイスブルーの瞳を持つ青年の隣に立つには、やはり寒色系のドレスが似合いそうだ。
夜の装いにふさわしい濃紺のドレスに銀細工のネックレス。
日暮れ頃には完璧な仕上がりになっていた。
あとはヴァルターが迎えに来てくれるのを待つばかりだ。
やがて、黒塗りの馬車が伯爵邸へと辿り着く。
けれど、中から彼は出てこない。
代わりにヴァルターの側近と思われる男性が降りてきて、出迎えたアデリナに手紙を渡す。長い赤髪が特徴的なほっそりとした青年だった。
「私は、ヴァルター第二王子殿下付きの補佐官で、コルネリウス・ランセルと申します。大変申し訳ございませんが、我が主人はやむを得ない事情でこちらに赴くことが叶いませんでした」
「そ、そうなのですか……」
アデリナは今日の観劇が中止であるという事実に内心落胆していた。
けれど、生真面目な婚約者のことだから、きっとやむにやまれぬ事情があるに違いないのだ。そう考えて、あまり顔には出さないように努める。
コルネリウスから差し出された手紙の封を切り、中から便せんを取り出す。
そこには簡潔に、こう記されていた。
『妹が風邪を引いたから、日を改めさせていただきたい。今日の公演は、ご家族の誰かと鑑賞するといい』
手紙にはヴァルターが持っていたはずの二枚のチケットが添えられていた。
普段とは違い、走り書きみたいな文字だった。文字を丁寧に書く時間すら惜しかったのだろうか。
「風邪? 風邪ですって!? まぁまぁ、それはたいそうな理由ですこと」
ロジーネがコルネリウスをにらみつけ非難をする。
コルネリウスは申し訳なさそうな顔をするだけだった。
「ロジーネ。ランセル様はお使いなのだから、責めても仕方がないわ。それに、大切な妹君が体調を崩されているのなら、無理にお誘いしても歌劇なんて楽しめないでしょうから……これでいいのよ」
「お嬢様、ですが!」
アデリナはロジーネを制し、コルネリウスへ声をかける。
「ランセル様、どうかお気になさらないでくださいと……第二王子殿下にお伝えいただけますか?」
「かしこまりました」
「王女殿下のお加減がよくなったら、またお手紙をくださると嬉しいです」
アデリナはコルネリウスが馬車に乗り込むまで、ずっと気丈に振る舞い続けた。
(……仕方ない、のよね……)
セラフィーナがどんな具合かもわからないのだ。こんなことで拗ねては淑女として恥ずかしい。正しい対応ができた自分を褒めてあげるべきだった。
「お嬢様……」
「さあ、せっかくのチケットですもの! もったいないからお父様にお付き合いいただこうかしら」
自分でも空元気だとわかっていた。
それでもアデリナは、クラルヴァイン伯爵家の娘として、王命で定まった婚約者にはわがままを言えなかったし、家族を心配させる態度も取れないのだった。




