第5話
まさか、試合で魔王と対戦をすることになるなんて思っていなかった。
あくまでこれは試合だ。だから手加減して魔王様のご機嫌とり……なぁんて馬鹿げたことをすれば国を滅ぼされるかもしれない。本気で行こう。
「【武器付与:黝】」
刀に第一試合で見せたブラックホールを付与し、刀身が漆黒に染まる。これによって並大抵の斬撃や魔術などは刀に吸収することができる。
他にも【身体付与】や【強靭化・極】といった様々な魔術を発動させ、万全の状態にした。
「ククク……! 良い、手加減などしようものならこの国を滅ぼそうとでも思っていたからな」
「恐ろしいですね。でも試合は試合、殺さないことだけ考えた全力で行くつもりですよ」
「そうだな。全力で楽しむために、周りを気にしないようにしておこう。【範囲結界・絶魔】」
僕らが立つこのフィールド内に結界を貼り、観客たちに攻撃が一切及ばないようにした魔王。
これのおかげで、気にしなくて済む。
「じゃあ、やりましょうか……!」
「うむ、では行くぞッ!」
一直線に僕に向かってきては、異質なオーラを放つ拳を放ってくる。魔王は〝冥滅拳〟とかいう最強の右腕を持っているとか聞いたことがある。
全てを闇に帰す拳とも言われているため、それ対策として僕は【黝】を付与していた。
「〝参式・水天一碧〟!」
「【天の崩壊】!」
脚を踏み込み、神速の勢いで横に一閃薙ぐが、黒い靄を纏った拳で弾かれる。だが互いの衝撃は貫通しており、互いの向こう側の壁が抉られていた。
すかさず振り向き、刀を下から上に振るう。
「〝肆式・雷龍天登り〟」
「ッフ」
刀がかすり、深くかぶるローブがふわりと浮いて一瞬だけ素顔が見えた。漆黒の髪と尖った耳とツノ、そして吸い込まれそうなほど美しい紫水晶のような彼女の瞳が視界に入る。
三日月のように口を歪めている表情を見て、僕と同じ感情を抱いていると確信した。
――楽しい。
先程までの戦いも楽しかったが、これは格別だ。本気で命を落としにかかっている感覚がしてゾクゾクする。
今までずっと研究して溜め込んできたものを解放できる喜び。
この空間に横槍が入ろうものならそいつを殺してやっても構わないと思えるほど楽しい。
「ククッ! 【終撃】!!」
「ははっ! 【始撃】!!」
光と闇のぶつかり合い。お互い一歩も引かずに大技を連発するが、せいぜいつくのは擦り傷程度。骨折や内臓破裂なんか一切せず、数滴の血が流れるのみ。
凡人を送り込めば一瞬で蒸発するような戦いをしており、アナウンスも何が何だかわかっていない様子だった。
『こ、これは凄まじい戦いです……! 実況解説としてこの場にいますが、私も何が何だかわかりません! とにかく大技が連発しております!!!』
刀術や魔術で対抗するも、有効な一撃は決まらない。戦いも長引いてきていることだし、そろそろ終いにしてもいいかもしれないな。
潮時だ。次の一撃に全てを込めよう。
「【刹那の解限】……!」
第1試合で使った僕の刀術。あれは超〜〜手加減してなんの力も込めずに放った技だ。だが、今回は本気の、限界を超えた、渾身の一撃を放つ。
腰を低くし、刀を構える。魔王も察したらしく、魔術を展開し始めている。
大きく息を吸い込み、刀を振るう。
「〝无式・空折〟!!!!」
魔王の背後で、僕の刀の【黝】は解けて力も一切込められなくなる。膝をつく寸前に声が聞こえた。
「……ククク。見事だ、アッシュ」
背後で何かが霧散する音が聞こえた。まるで白昼夢でも見ているかのような、いいや、白昼夢と戦っていたような感覚だった。
どうやら僕が戦っていたのは魔王の分身だったらしい。してやられたが、今はただ感謝をしよう。
『ウォーマ選手が姿を消しました!? 死んだ……というわけではなさそうです。まぁ何はともあれ最後の最後まで建ち続けたのはこの男、アッシュ選手だァーーッッ!!!!』
「「「「「うぉおおお!!!!」」」」」
久しぶりに全力で戦った。
魔術の研究も楽しいが、やっぱり戦うのも悪くないな。
八百長試合を引き受け続けてきた僕だったが、もう必要ないと言われたので全力を出した結果、見事優勝したのであった。
今日は2話投稿しますから、第6話はもうちょっと待っててくださいね〜。