変わらぬ私をあなたに
✲*゜。
大きな大きなお城には、嫌われ者の女王が独り孤独に住んでいる。とても残虐非道な魔女の女王様が。
その城に忍び込んだのは、ここには誰も近づかないから。追手を撒くため、一時休ませてもらおうと忍び込んだ。
この城の女王の噂など信じていない。なぜならこの噂は何百年と前からある話だから。実際、女王が姿を現したことはなく、とうに死んでいると思っていた。
だが、城に入って考えが変わった。
城は綺麗に整備されていたからだ。何処もかしこも埃ひとつない。
「誰もいないのか?」
息も整ってきて、好奇心から城を探索した。無駄に広い城には埃ひとつないのに、気味が悪いほど人の気配がない。
「っ!?」
ふと背後に人の気配を感じ、咄嗟に振り向いた。
「だれ?客を招いた覚えは無いのだけれど?」
目の前には、月明かりに照らされて、淡く光る女がいた。
見た目は二十代前半で、それこそ幽霊のように儚げな女だった。小さく首を傾けて、不思議そうに俺を見つめている。
この人気の無さすぎる城にいる、高貴な身分であろう服装と気品を持つ女。ということは、この女が例の女王様なのだろうか。殺気どころか生気も感じないが…?
「ねぇ、誰かと聞いたのだけど?ここは私の城よ?」
静かな声なのに、侮ってはいけない相手だと感じさせる威圧感がある。
儚げにこぼれる笑みは美しいのに、死んだ目をする不気味な女。確かに彼女は女王なのだろう。…これはきっと、ただの好奇心。
「あのっ、雇ってもらえませんか?」
子供であることを活かして、出来るだけ泣きすがる哀れな子供を演じた。
「え?ちょっと、泣かないで?」
女王様は戸惑っているようだったが、優しい手で俺をなだめようと頭を撫でてくる。俺をすぐに追い出すような人ではないのはすぐに分かった。
「どうしてもダメですか?僕、いらない子だから、どこにも居場所がなくて、子供だから街じゃまともな仕事に付けないから…お城は広いけど使用人が居ないって聞いて…もしかしたらって…」
涙目になって訴えかける。まぁ、嘘だけど……。
「……っ。全く、人間は愚かね。……分かったわ、特別よ?……お前は特別なの。だから、二度と私の前でいらない子だなんて言わないでね?」
女王様は戸惑いながらも、悩みに悩んだ挙句、了承してくれた。
あまりにも優しく俺の頭をなでてそう言うから、照れ臭くなった。
♬.*゜
兄様も姉様も、人間を愛していた。
見知った子でも、知らない子でも、みんなにとっては大事な家族で、我が子のように愛していた。
対する私は人間が嫌いだった。
自分勝手で、愚かで、浅はかな彼らが憎かった。私の兄弟の愛を利用して堕落を貪る彼らを、私と同じ人間だとは思えなかった。
でも、本当は分かってる。彼らこそ人間で、私たちこそ化物だということくらい……。
一番上の兄は優しくて、強くて、賢かった。そんな兄が人間に絶望した姿を見た時から、私は人間に優しくするふりを辞めた。
兄は国を分け、平穏をもたらした。私も国を貰ったけど「女だから」「この地に疎いから」と、何とか主導権を握ろうとする者たちや私に媚びる者たちに嫌気がさして、政は勝手にしろと政権を放り出した。
メイドも側近も鬱陶しくなって、気づけば城には誰もいなくなってしまった。それでも国は回るのだから、どうでもいい。
そうしてずっと独りだった城に、もう一人の住人が出来たのはそれから百年ほど経ってからだ。
「おはようございまーす!!朝ですよーー!!」
感情のない声で私を叩き起こしに来た男は、煩わしいことにカーテンを開け放った。そして、意図的にその光が私の目元に当たるように、私を窓側にずらすのだからタチが悪い。
涙目で雇って欲しいと言っていた子供はどこへやら、豪胆な青年に成長してしまっていた。
「朝ですよ!」
独りだからと生活習慣が乱れまくっていた私を心配してか、毎日のように彼は私に1日3食をしっかり摂らせたいようだ。
1食抜かしたくらいで死ぬわけじゃないでしょうに……と、内心悪態をつきながらベッドから起き上がる。
いつの間にか用意された食事は一緒にという暗黙の了解に従い、主従関係だが彼も一緒に食事の席に着く。主従関係と言っても、そこまで堅苦しいものはなく、それなりに仲良くやっていると思う。
彼は仕事が出来る。
一緒にいて、煩わしいと感じない。とても良い従者だ。
だが、そんな平穏な時はいつまでもは続かない。分かっていたはずなのに。
─────彼が外に買い出しに行っているとき、それを見計らったように三番目の兄がやってきた。
「いつまで、そうしている気ですか?」
穏やかな物腰で、兄様はそう尋ねた。
我が国の愚かな民たちは、また、豊かな隣国の中でも一番穏やかで優しい兄様の国に助けを求めたのだろう。
「本当に愚かね」
「そう思うなら、導いてあげればいいでしょう?僕らは、あの子たちの王様なんですから」
優しい兄様のその言葉を、一体何度聞いただろう。
兄様も姉様も本当に優しい。
なんど人間に騙されても、何度も人間に刃を向けられようとも、人間を見捨てない。みんな優しすぎる。…私はそこまで優しくなれない。
「私は、彼らが嫌いです」
「そう。でも、きっと、いつか分かる時が来ますよ。……そろそろ、僕は帰りますね。大事な繋がりなのでしょう?あの子を、大切にね」
兄様は最後まで優しい笑みで、帰って行った。
私が気づいていなかっただけで、いや、気づきたくなかっただけで、この時には既に、終わりが近づいていた。
✲*゜。
───ピクっ
女王様と一緒にお茶をしていると、何かを察知したのか彼女は窓の外に目をやった。
「どうかしましたか?」
「客人のようね。……全く、人間とは愚かなのだから」
〝人は愚かだ〟かれこれ十数年も一緒にいれば、これが女王様の口癖なのだということくらいは理解した。何かあるたびに、彼女はそう言って悲しい顔をする。
ただ、呆れたというより諦めきったその声に、俺はなぜかいつも哀しくなった。
「お前、いつまでここにいるの?」
いつもの事だと気にも留めずに茶を啜っていた俺に、女王様は唐突に尋ねてきた。
何の冗談かと思ったが、女王は真剣な面持ちでこちらを見つめていた。冗談ではなく、真剣な話なのだろうが、なんだかこの話は……嫌だ。
「傷はとうに癒えたでしょう?大きくなって、随分と顔立ちも変わったわ。教養も充分に与えたから、もうどこでだって生きていけるわよ?」
優しい声なのに、冷たく感じた。
『邪魔だから消えろ』そう言われている気がした。
まあ、元々いい隠れ蓑だと思って仕えてたんだけど。……ひどい言い方をする主人だ。
「…っ…ここに居ちゃ、迷惑ですか?」
あぁ、やっぱり……分かってる。分かってた。長居し過ぎたんだ。
女王様との生活は、あまりに楽しすぎて、幸せすぎて、俺はいつしか離れたくないと思ってしまっていた。あぁ、俺はバカだな。
「何でもします。俺、ここが好きなんです。ずっと、あなたの隣にいたいんですっ!」
がらにも無く、口早にそう言った。女王の言葉の続きを聞きたくなくて、愚かにも縋ったのだ。
「……ふふ、まるでプロポーズね?」
少し、戸惑った様子で女王は、照れくさそうにそう言った。
何故そんな話になったのかと一瞬不思議に思ったが、自分の言葉を思い返して、納得した。その途端、顔から火を噴く勢いで、俺の顔が熱を帯びるのを感じた。
「あ、……これは、その、えっと……」
上手く思考回路がまとまらない。
「落ち着いて?ほら、お茶でも飲んで」
女王はパニックになっている俺に、優しくお茶を差し出した。
俺はそれに従うように、お茶を飲み、息を整える。たんだんと、頭も冷めてきた。
殺しや盗みの経験ならばあるが、恋愛ごとなんて初めてのことで、よく分からない。
どうなんだろう、俺は女王様をどう思っているのか。
初めて、そんなことを考えた。
─────ふと昔の仲間を思い出した。殺し屋時代の仕事仲間。いつまでこの仕事をするのかと俺が尋ねると、そいつは『愛を見つけるまで』だと言った。
では、愛とは何か?そう問うと『実力なら勝てるのに殺したくないって思っちゃたら、それが愛だよ!』そいつは嬉々として言った、変な奴。
もしそれが本当なら……。
俺は実力で女王に勝てないけど、勝てたとしても……殺したくない。俺は、死ぬまでこの人と笑って生きていきたい。
「好きです」
照れくさいけど、この女王様には口で言わなきゃ伝わらない。
口では人間を嫌いだと言うけれど、誰より人間を見守り続けた優しい人。
熱いからと言って、日照り続きのこの国に雨を降らす人。
うるさいからと言って、兄弟に国の援助を頼んでくれる人。
俺の怪我にすぐに気づいて、手当てしてくれる人。
俺はこの優しい人が、大好きなんだ。
♬.*゜
「好きです」
からかっているわけじゃない、本気の言葉。
自分で言って、自分で照れている彼を見ていると、こっちまで恥ずかしくなってくる。それと同時に、可愛いと思った。
「じゃぁ、ずっと私と一緒にいてくれる?」
「もちろんです」
彼は即答だった。
「じゃぁ、ずっと私の味方でいてくれる?」
「もちろんっ」
「じゃぁ……私に力を貸してくれる?」
「もちろん……?って、何の話ですか?」
彼と出会って、彼と過ごして、少しだけど兄様が、あんなに絶望していたにも関わらず、再び人間を愛したその気持ちが分かった気がする。
確かに人間は愚かだけど、自分よりも大切だからと私をかばって怪我をする彼の危うさが、私の行動に合わせてコロコロと変わるその表情が、それ以上に美しいと思うようになった。愛おしく感じるようになった。
いつか彼は私を置いて逝くのでしょう。
それまででいい。彼と共に生きたい。彼に誇れる自分でいたい。
「あーあ、兄様の予言通りになっちゃったわね。さあ、私は私の務めを果たそうと思うわ。手を貸してくれるんでしょ?」
「……ふっ、もちろんです。どこまでもお供しますよ」
私の差し出した手を、彼はためらいもなく取ってくれた。
その先に待つものについて、何も聞かずに。
その先の未来が明るいものだと信じてくれているのだと思うと、ただただうれしくなった。その期待を裏切りたくない。
私は人が嫌い。だから、人間のためじゃない。私はこの子のために、王になろう。
二人で歩いていく。
城の魔法で閉ざされた門を開けるのは、もう何百年ぶりになるだろうか。
開かれた扉の前には、私を殺しにやってきた愚かな人の子が大勢集まってきていた。貧困、天災、疫病……全てを私のせいにして、私を殺しにやってきたのだろう。
そんな事をしても無駄だと理解できない、愚かな子。そう言って、無視するのはここまでにしよう。
目を背けるのも、向き合わないのも、もうお終い。
「仕事は多そうですね。まずは何をしますか?女王様」
彼はそう言って、私の隣で笑った。
読んでいただき、ありがとうございます。
名前は、読者の皆さんにお任せしようとおもいます。
女王様は次女で、5人兄弟の末っ子です。やれば出来るけど、大切な人のためにしかやる気になれない子です。自分のことには疎いですが、他人のこととなると鋭いです。




