8、解放クエスト
オリヴァーと顔を合わせたくない。というかオリヴァーの方から休んでくれ。
そんなリコの願いも虚しく、いつものダンジョン前に、パーティは勢揃いした。
リコの前に立つオリヴァーは、昨日のことなんてなかったかのような涼しげな表情だ。フードの下からそっと睨みつけたが、オリヴァーがリコの方を向きそうになると、慌てて俯いた。
「昨日、左手奥を探索してみたんだが、落石が邪魔をしていて進めなかったところがあるんだ。すまないがトーリス、ひとりじゃ動かせそうそうにないから、俺と一緒に来てくれないか」
オリヴァーが尋ねると、トーリスは小さくゲッ、と呟き、あからさまに顔を歪めた。
「何か不都合でも?」
「いや、そういうわけじゃ……あ、でも、俺よりもリコのがいいんじゃねぇかな? その落石、魔法で吹っ飛ばした方が早いだろ?」
オリヴァーとふたりきり!? 冗談じゃない!
リコは叫びそうになるのを堪えて、ローブの中に顔を埋めた。
「対モンスター以外での魔法は控えるべきだ。ただでさえ、洞窟のようになっていて、いつ崩れてくるかわからないしな。腕力のみで岩を運べるのは、俺とお前だけだろう」
「えぇー……俺腰痛いんだけどなぁ」
トーリスはぶつぶつ呟いていたが、作戦を曲げる気はないようで、オリヴァーは一足先に洞窟へと入って行った。
トーリスも渋々といった様子で、その後ろをついていく。
「レイナとリコは……そうだな、俺たちとは別のルートを頼む。大体もう中のことは把握しているだろ?」
数歩歩いたところでオリヴァーは振り返り、ついでのように付け加えた。
なんとも締まりのないクエストスタートだ。
「了解でーす。じゃ、行きましょうか、リコさん」
レイナはチラッとトーリスを見てから、リコに目配せして、つんつん、と鼻を触った。
思わずリコは吹き出す。レイナと2人だというだけで、ずいぶん気が楽だった。
「どのルートにします?」
「うーん……私はどこでもいいですよ」
「じゃ、昨日とは反対のルートにしましょう! 少しは退屈しのぎになると思いますんで」
レイナの言うことはもっともだと、リコは思った。ただただ洞窟内を歩くこのダンジョンは本当に退屈で、歩いているだけで寝落ちしてしまいそうになる。せめて昨日とは別の景色を眺めたい……大して代わり映えはないだろうけど。
ただ地下を進んでいた昨日よりも、地上に近いだけで視界は明るく、それだけでも勇気づけられるようだった。
前を歩くレイナの足取りも軽く、ほとんど歩いているというよりはスキップだった。
「今日はリコさんと2人で嬉しいです!」
「うん、私も……あはは」
とりあえずリコは愛想笑いで答えてみたものの、2人なのが嬉しいというよりは、トーリスがいないことを喜んでいるのは見て明らかだった。
その浮かれっぷりに、リコは自分のことを棚に上げ、本当にストレスが溜まっていたんだなと同情心を募らせた。
「ん?」
突然レイナは立ち止まり、その場にしゃがみ込んだ。
ちょうどレイナの前に、人ひとりが通れそうな穴が開いて、壁一枚を隔てた向こう側が見えている。
首を傾げるレイナに並んで、リコも腰を屈めて中を覗いてみた。
遠目で見るよりも意外に壁は厚い。そして向こう側の景色には、四角く角張った物が少しだけ見切れていた。
「あれって宝箱ですよね?」
「です……かね?」
レイナはしゃがんだ体勢から地面に這いつくばると、匍匐前進で穴をくぐろうとしていた。
「ちょっと、レイナさん!?」
「ボク、あの宝箱取ってきます」
「えぇ!? 危ないですよ! オリヴァーさんも、いつ崩れるかわからないダンジョンだ……って……」
リコが止める間もなく、レイナはずりずり音を立て、腕の力だけで穴を進んでいった。
「だーいじょーぶです! 壁の硬さ確かめたんで。リコさん、すいませんが、モンスター来ないようにそこから見張っててくださいー」
……そうか、今無防備なレイナを守れるのは、私だけなんだ。
リコは杖を握りしめると、壁にピッタリ背中をくっつけて、後ろを振り返った。
道幅は広く右からも左からも、モンスターは来放題だ。
レイナさんを守る……というかそもそも私は勝てるのか?
リコの膝は震え、背筋が冷たくなってきた。足首をくすぐられたような気さえして、視線を落としたが何もない。
振り返るとレイナはもう、穴の向こう側に到達していた。
あぁ、レイナさん。早く帰ってきて……。